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水島クレオと或るAIの物語  作者: 千賀藤隆
第三章 大停電
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想定外

コーヒーの香りに誘われて寝室を出ると、ソファで真理がクレオのアイ・ラインを引いていた。傍らでは、二人に無視された深刻なニュースが寂しく流れている。水島はドリップされたコーヒーをカップに注ぐと、ソファに座り、しばらく真理のお手並みを拝見した。


(真理)「よし、こんな感じかな?・・・どお、このバージョンのクレオは?」

(水島)「うん、いつもは可愛い系の綺麗だけど、今日はセクシーだ」

(真理)「私はどお?このメイクも三つ編みのカチューシャも、クレオにやってもらったの」

(水島)「いつもはセクシー系の美人だけど、今日の真理は可愛い系だ」

(真理)「ニュースが怖そうなんで、見る前に姿を変えることにしたの。ケイも可愛い系か、セクシー系に変身してみる?」

(水島)「いや、僕はもう十分セクシーだから。朝食にしよう」

(真理)「そうね。どちらかというと可愛い系だけどね」


  朝から重苦しく、悲壮感あふれる映像しか流さないニュースは一旦オフにして、バッハの平均律クラーヴィア曲集を少し大きめのボリュームでかける。マッシュルームのスープに、十種の野菜サラダにマニラ・マンゴー、カリカリ・ベーコンとスクランブル・エッグ、それにパープル・ポテトで作った粉ふき芋、いつもより、少しだけ豪華な朝食。包丁がまな板をたたく音、水道管に水が擦れる音、皿と皿が奏でる音、シルバー・ウェアが立てる金属音、スリッパの踵が床をたたく音、椅子の脚が床を震わす音、それとバッハ。とりあえず、今は食事が優先事項。いつもよりセクシーなクレオに、いつもより可愛い真理、いつも通りの水島は、ほとんど何も話すことなく食事を終え、後片付けをし、歯を磨き、そして、申し合わせたようにソファに座った。


(水島)「さてと、昨夜から何が起きたか、これから何が起こり、起き得るのか、できるだけ正確に把握しよう。クレオ、ニュースや災害対策本部の情報をまとめて教えてくれるかい?」

(クレオ)「はい、分かりました」


クレオによると、ソーラー・ストームの第2段がやってきたのは午前1時57分。それは、各国政府や学会が想定したものより遥かに大きく、想定外の大量の放射線と荷電粒子で次々と人工衛星を葬り去り、国際宇宙ステーションとも連絡が途絶えたという。社会システムに関しては、とりわけGPSを失った影響が大きい。グローバル・ポジショニング・システムの名称から位置情報を得るための社会基盤と考えがちだが、実際には超高精度の時刻情報を得るための社会基盤であり、ハイテク社会では、高度化した電力系統の制御から、クレジットカード、先物取引など各種金融システムの制御、グローバルに跨るコンピュータ・ネットワークの同期や各種デジタル放送、天気予報、地震観測など多岐に渡る社会システムを支えている。もちろん、国防関連のシステムも。


(真理)「自動運転も金融システムも機能不全なので、移動手段もなければ、買物もできないのね」

(水島)「GPSの回復には、どれくらい期間が必要なんだろう?」

(クレオ)「今のところ、半年は超えると言われています」

(水島)「(数年かかるのでは?でも、国防の基盤でもあるから、何はともあれ、超特急で対処するのかな?)」

(真理)「その期間、社会インフラはどうなるの?」

(クレオ)「対策本部では、1990年頃をモデルにした臨時の運営方法を検討中です」

(真理)「あら、だったら、ここにスペシャリストがいるじゃない?」

(水島)「僕も含め、2016年に暮らす人々にも耐えられないだろう」

(真理)「いっそのこと、ソーラー・ストーム災害のない19世紀をモデルにすればいいのに」


  クレオは、続いてソーラー・ストームの第3段、本丸のCME到来について説明する。CMEは磁気嵐を引き起こし、送電網や通信ケーブル、パイプラインなどの巨大インフラに大量の電流を発生させ、破壊する危険があるので、磁気嵐発生中は、送電網を分断するなどの処置を取るそうだ。当然、計画停電を実施する。この処置のための仕組みは何十年も前に出来上がっているという。

  今回のソーラー・ストームでは、CME(総重量数十〜数百億トンに上るプラズマ、荷電素粒子の雲)は三波に分かれて到来するそうだ。第一波は、今夜11前後に到来、その後、第二波が明日の午後3時頃、第三波は明後日の明朝と予測されている。


(水島)「計画停電は、いつから始まるの?」

(クレオ)「今晩9時に始まります」

(水島)「計画停電が終了する予定は?」

(クレオ)「磁気嵐が沈静化するまで続きますが、四日後の午前4時頃ではないか、との予測です」

(真理)「また『想定外』ってないでしょうね?」

(水島)「想定通りなら、・・・計画停電は79時間続くと。36時間を軽く超えてしまうなぁ」

(真理)「36時間って?」

(水島)「このマンションのエナジー・ストレージが蓄積している電力」

(真理)「じゃあ、クレオは停電すると、どこかの時点で眠りにつくのね?」

(クレオ)「はい、申し訳ありません」

(真理)「あなたは悪くないわ。食料は?私、三日分持ってきた。昨日の晩、一つ食べちゃったけど」

(水島)「 非常食は君の分も一週間分ある。クレオが買ってくれた」

(真理)「ありがとう、クレオ。・・・ところで、上杉先生は?」

(水島)「今もメルクーリにいる」

(真理)「・・・ここから、メルクーリまで何キロ?」

(クレオ)「海側の道を歩けば8.8キロです」

(真理)「走れば45分ね」

(水島)「電気の他に使えなくなるものは何だろう?・・・買い物ができなくなるが、食料は一週間分、それから、水は備蓄したものがあり、と」

(真理)「梅雨明け前の7月の関東でシャワーなしか」

(水島)「30分も歩けば綺麗な水があるよ、塩入りの」

(真理)「いいアイデアね。あっ、今、すんごく嫌なこと想像したんだけど。下水って、どうなるの?下水処理施設が機能不全になって逆流とかないよね?」

(クレオ)「幸いにも、この地区の下水処理場、及び下水関連の設備は潮流発電を主電源に使っており、また、大きなエナジー・ストレージを備えているため、停電の影響を避けられると思います」

(真理)「お〜神様、ありがとう!」

(クレオ)「それから、消防、救急、警察は、機能が限定されます」

(水島)「まあ、そうだろう。今、できることは、・・・これ以上、『想定外』とならないよう、祈るだけか」

(真理)「嫌なことが来るのを待つ時間は嫌ね」

(水島)「気分転換に、その辺り、散歩に行ってくるかな」

(真理)「私も付き合うわ。クレオは?」

(クレオ)「私は、やることがあるので」

(真理)「やること?」

(クレオ)「はい、私は災害対策モード中なので」

(真理)「ふ〜ん」


  すべきことも、できることも特にない。水島は散歩したりテレビやネットで情報を探り、真理はジョギングがてらメルクーリに様子を見に行った。クレオは、夕方まで何やら作業をしていたが、夕食後は充電器を書斎のロッキング・チェアーに乗せ、そこに座ってじっとしている。


CME到来まで4時間、計画停電開始まで2時間を切った。


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