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水島クレオと或るAIの物語  作者: 千賀藤隆
第三章 大停電
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冷静に取り乱す

夕方6時を過ぎた。真理の家から水島の家まで、普段であれば、ドア・ツー・ドアで5時間半、午後3時半には着いていたはずだ。


「今、どこ?」

「ようやくプリズムに乗ることができました。東京には9時、そちらに到着するのは10時前後になると思います。なので、私を待たずに夕食を食べてください」

「わかった。念のため、君の居場所をトラッキングできるようにしてくれるか?」

「はい、クレオに私の居場所をトラッキングさせます」


  真理を家に呼んだのが正しかったのかどうか?24時間以内にソーラー・ストームが発生するという警報が発せられてから8時間以上経った。二人用の量を買った食材の半分を使って夕食を作り、いつものようにクレオと二人でテーブルについて腹ごしらえをする。ニュースでは、ソーラー・ストーム警報で避難する人々を各地から中継し、一方で、今後、見られるかもしれない壮大なオーロラ・ショーを楽しもうとする人々の様子も映し出していた。


「片や脅威で逃げ惑う人々、片や世紀の天文ショーを楽しもうとする人々。正反対の反応だね」

「ええ。ソーラー・ストーム対策が想定通り機能すれば、またとない幻想的な天文ショーを楽しめますよ」

「機能すれば、ね。そう願いたいな」


  次に真理から連絡が入ったのは午後9時ちょうどだった。


「東京駅に着きました。今、車に乗るところです。さすがに、この時間になると空いてます。20分で、そちらに到着します」

「よかった。どうやら、無事、着きそうだね。ご飯は食べたかい?」

「はい、サクラメントでプリズムの長蛇の列に並んでいる時は、ダメかもって泣きそうでしたが、なんとか来ました!夕食は食べました。今は睡魔で大変です」


  真理から東京到着の知らせを受け、緊張の糸が一気にほぐれるのを感じた。通話を切り、両手を伸ばして大きく伸びをし、手洗いに立つ。冷蔵庫でつまみを物色し、ブランデーをグラスに注ぎ、真理へのねぎらいの言葉を考える。その間、10分もなかった。音声とともにニュース番組の映像が、突然、消え失せた。水島がスクリーンを凝視した次の瞬間、クレオが冷静な口調で話し始める。


「ソーラー・ストームが8分前に発生、たった今、第1段階が到達しました。グローバル・ポジショニング・システム(GPS)、放送、通信を含む各種人工衛星インフラが、現在、機能障害を起こしております」

「GPSって、この時代、何種類もあると思うけど、どれもダメなの?」

「はい、アメリカや日本をはじめ、12系統のGPS衛星群がありますが、現在、バックアップ含め、すべてに障害が発生しております」

「自動運転車はどうなってる?真理が、今、乗っている車は?」

「自動運転車は、最寄りの安全な場所に避難、停車しているそうです。真理さんは、1分前に浜離宮の横を時速280キロで通り過ぎましたので、おそらく天王洲周辺で高速を降りて待機されているかと思います」

「真理に繋がるかな?」

「呼び出しをかけておりますが、繋がりません。おそらく、今、真理さんがいらっしゃる場所は、低軌道衛星通信が唯一のネット・インフラになってると思いますが、GPS同様、こちらも、現在、不通になっております」

「低軌道衛星通信?」

「超高速の無線通信インフラです。地球全体をカバーするサービスで、現在では、最も普及した無線通信インフラとなっております」

「ふ〜ん。で、GPSや通信衛星は、待ってれば復帰するの?」

「致命的な故障になっていなければ、ですが、今までも小規模のソーラー・ストームで機能障害を起こした後に、数時間で復帰した事例はあります」

「もし、致命的な故障になっていたら?」

「当面、GPSも低軌道衛星通信も使えません」

「当面って?」

「数カ月単位だと思います」

「その場合、自動運転車による移動手段はどうなるの?」

「地上の基地局を使った位置計測による低速の走行方式に変わります」

「低速走行への切り替えは、すぐに実施されるの?」

「いえ。道路インフラの各システムを入れ替え、その後、検証する期間が必要なので、数週間の導入期間が必要のようです」

「数週間・・・。ここから、天王洲まで何キロあるのかな?」

「ルートにもよりますが、53キロから55キロです」

「どうやったら、真理を救出できるだろう?」

「現状、打つ手はありません」


時計の針は、夜9時20分を指している。


「君は、今、緊急モードで、この近辺のヒューマノイドと情報交換できるんだよね?」

「はい、できます」

「この近辺で、自動車かバイクのレースが趣味とか、収集家の人はいないかな?」

「・・・はい、ここから1キロほど離れたところに、バイクを収集されている方がいらっしゃいます」

「その方とお話しできないかな?」

「はい、少々、お待ちください・・・。はい、繋がりそうです。タブレットをお使いください」


  水島がタブレットを手に取ると、そこには高齢の紳士の姿があった。バイク収集家は、渡辺という名の白髪頭の男で、顔じゅう白いヒゲを生やした人の良さそうな、いかにも趣味人という雰囲気の人物だ。


「私、渡辺と申します」

「夜遅くすいません。水島と申します。初めまして」

「バイクのことを聞きたいとのことですが、今のソーラー・ストームと関係するのですか?」


水島は、GPSなどの人工衛星の機能障害で移動手段が麻痺していること、それが突然だったので、知人の女性が50キロほど離れた場所で立ち往生していることを説明した。


(渡辺)「しかし、私はご覧の通り、まもなく90になる年寄りでしてな。最後にサーキットに行ったのは四半世紀も昔じゃし、公道を走ったのはさらに昔じゃ。バイクは暇を見つけて磨いとるんで、今でもエンジンは良い音だしてるんだが、運転はチト無理ですなぁ。恥ずかしい話、私にとってバイクは楽器になっちゃったんですよ。ハハハ、あっ、こりゃ失礼、深刻な事態の時に不謹慎でした」

(水島)「いえ。運転は私ができます。ついては、バイクを貸して頂くことはできないでしょうか?」


水島がそう言いかけた時だった。クレオが、水島が見たこと、いや、想像もしなかった真剣な表情で声をあげた。


(クレオ)「ダメです」


驚きのあまり、水島はタブレットを手から落としそうになった。


(水島)「ど、どうしたの、クレオ?」

(クレオ)「すみません、でもダメです。水島さんが運転しちゃ絶対ダメです」

(水島)「(ヒューマノイドが・・・動揺してる?)でも、こんな災害の起こった夜に、真理は一人取り残されているんだ。他に救出する手段はないんだ」


そう言うと、水島はタブレットの渡辺に向かって話を続ける。


(水島)「話が中断しちゃってすみません。今から、そちらにバイクを借りに行っても良いでしょうか?」


するとクレオは水島から文字どおりタブレットを奪い取った。


(クレオ)「渡辺様、お騒がせしてすいません。後日、お詫びさせて下さい」


クレオは、そう言って接続を切り、タブレットを水島から隠すように両手で抱え、体を斜めに向けて水島の目を見つめた。


(水島)「どうしたんだ、一体?それより、早く真理を救出してあげないと。それは、わかるよね?」

(クレオ)「はい、それは、分かります。でも、人間が公道を運転するのは危険ですし、法律違反です」

(水島)「危険といっても、今、公道には自動運転車も走ってないんだし、僕は生前、20年もバイクを運転してたんだ。それも公道をね」

(クレオ)「それは、50年以上昔の社会でのことです。今は道路の仕組みも違います。それに夜です。雨も降るかもしれません。それに、冷凍保存されていた期間を差し引いたとしても、水島さんは、何年もバイクを運転してません。それに、」

(水島)「それには、もういい!真理は、今、救助が必要なんだ!こんな夜中に女性が一人、それも、ソーラー・ストームとか訳わかんない災害が起こってる、こんな夜中に女性が一人、取り残されてるんだ!とても不安になってるはずなんだ。君にも分かるだろう?君にとっても真理は重要な人だろう!」


水島も、つい声を荒げてしまう。そして、クレオに近づきながらタブレットを寄越すように手を差し出す。しかし、クレオはさらに一歩下がって水島の目を睨むように見つめる。


(クレオ)「真理さんは大切です。でも、水島さんが一番大切です。水島さんを危険にさらすことはできません」

(水島)「だから、危険と言っても、・・・(おいっ、・・おいっ、そんな表情で見るなよぉ、・・君はヒューマノイドだろう・・・?)」


左右の目は涙で溢れ、瞳が揺れて見える。大粒の涙が一筋、頬を伝って流れ落ち、唇を噛んだ口元は震えている。体は萎縮し、肩も震え、スカートから伸びる脚も内側に折れて震えている。取り乱したようなクレオに水島は言葉を失った。


  その状態が2、3分続いただろうか。不意に真理から連絡が入った。クレオは接続をつなぎ、タブレットを水島の方に向けた。


(真理)「ケイ、ゴメン!ソーラー・ストームでGPSがやられちゃって、車が緊急停車。まだ、道半ばなんだ。今は、ネットがつながる、ええと、これ倉庫かな?とりあえず、ネットつながるところに避難してます。後ろ見える?この人たちも、私と同じような境遇にあった人達なの。難民キャンプ状態です」

(水島)「とりあえず、・・無事のようだな。そこから、ここに来るのに何かアイデアはあるかい?」

(真理)「とりあえず、GPSが復旧して車が動き出すのを待つわ。倉庫を開けてもらったから、みんなで、ごろ寝できるスペースもあるの。それに、みんな避難途中だから非常食持ってるし。まあ、車が動かないようなら、明日、明るくなってから歩くわ」

(水島)「歩くって、50キロ以上あるんだぞ!」

(真理)「あら、私、毎年、フル・マラソン完走してるのよ。去年は3時間33分!」

(水島)「それは、それは・・・」

(真理)「ねえ、ケイは身長何センチ?」

(水島)「175」

(真理)「私と2センチ違いね。荷物持って歩くのは大変なので捨てていこうと思うの。ケイの服、借りられるかな?クレオのは小さいと思うんで」

(水島)「いいけど、僕のブラは君には小さいと思うよ」

(真理)「ハハ、下着だけは持ってくわ。ん、何?ちょっと待ってて」


真理は、周囲の人達と何か話し始めた。ざわめきの中に「ヤッホー」という雄叫びも聞こえる。


(真理)「ケイ、車、動き始めました。私がさっきまで乗ってた車もこっちに向かってます。よかった、ケイのブラ借りずに済んで。じゃあ、後で!」


真理の映像が切れると、クレオは水島にタブレットを渡し、泣き顔の痕を残したまま、水島へにっこり微笑み、バスルームに入っていった。


「(状況を冷静に認識、判断した結果、取り乱すことにした)」水島は、クレオが化粧台に向かっている間、一見、逆説的にも思えるフレーズを頭の中で繰り返した。オーナーの命に関わることであれば、自分がオーナーに嫌われる事をしてでも阻止する、そう設計されているのは妥当なことだろう。


「(しかし、・・・しかし、何だろう、この感じは)」


  《ヒューマノイドには哲学者が考える『真の心』はないが、人に影響を与える『人が感じる心』がある》


クレオはバスルームから出ると、ソファに座っていた水島の前に立った。直立したまま、両手を体の前で合わせ、礼儀正しい姿勢で視線を床に落とした。


「あのぉ、水島さん。先ほどは、取り乱してしまい申し訳ありません」

「・・・いや。結果的に君の判断が正しかった」


水島は立ち上がると、両手でクレオの頬を包みキスをした。


「さあ、真理の寝るところを作ってあげないと。君は、今日から、また僕のベッドで寝なさい。それから、数日、続くと思うから、君の服も僕のクローゼットに移した方がいい」

「はい」


クレオは、いつもの明るいクレオの顔に戻った。全く何もなかったかのように。一方、水島は再び考えてしまう。


「(もし、真理から連絡が来てなかったら、あの後、俺はどうしたんだろう?)」


ソーラー・ストームの第2段階が近づいている。


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