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水島クレオと或るAIの物語  作者: 千賀藤隆
第三章 大停電
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備えあれば

車から降り、マンションの入口に向かう途中で大きな旅行カバンを抱えたカップル(凛々しい男はヒューマノイドだろう)とすれ違った。


「(避難する場所がある人だな)」


『家猫』の花玲奈は父親のいる札幌に避難しただろう。「(そうでないと困る)」このマンションに、今、何世帯、残っているのだろうか?


  水島は部屋に戻ると、すぐに冷蔵庫のモニター画面を使って、食材の買い出しに取り掛かった。しかし、保存食になりそうなものは軒並み品薄になっている。水島が買い物に苦戦していると、キッチンの収納からゴソゴソと音が聞こえ、扉を開けると宅配ロボットが大量の保存食を運び入れる姿が見えた。


「(さすが、クレオ。彼女がいると・・・僕は馬鹿になるかも)」


水島は気を取り直し、今日の夕食用の生鮮食料品の買い出しに切り替えた。日持ちしない食材は普段より若干品揃えが少ない程度で、さして問題なく購入できた。しかし、宅配に随分と時間がかかる。いつもなら30分以内に届くが、今日の配送予定時間は2時間+と表示された。宅配するのは、ヒューマノイドではなく専用ロボットなので労働力不足ではないと思うが、多くの人々が一斉にオーダーしているからだろう。


「ただいま〜」


いつも通りの声とともにクレオが帰宅し、いつも通り水島の背中に軽く手を回して挨拶のキスをする。


「水島さんは、いつも冷静に行動できますね?」


クレオは優しい母親の眼差しで水島を見つめる。その表情に、水島は事態の深刻さを感じ取ったが、不安を表情に出さないよう努めた。


「食料品がたくさん届いた。緊急用に買っておいてくれたんだ、ありがとう」

「緊急時用の食料は、いつも一週間分、備蓄してます。真理さんがいらっしゃるそうなので、あれは、真理さんの分として購入しました」

「(さすが、クレオ、アゲイン!)」


クレオは洗濯機のある部屋の奥の収納スペースに向かい、折りたたみの容器を大量に抱えて戻ってきた。それは、水道が止まった場合に備えて水を備蓄する容器だ。


「あと10分後から、私たちが給水する番になります」

「『私たちの番』って、どういうこと?」

「みんなが一斉に給水すると水の出が悪くなるので、周辺の住民間で取り決めて時間をずらして給水することにしたんです」

「それって、この周辺に住むヒューマノイドの間でコミュニケーションして、調整したってこと?」

「はい、そうです。正確には同じ水源を利用する住民間で取り決めました」

「ヒューマノイドと暮らしていない家庭はどうするの?」

「ヒューマノイドのいない家庭の割合は5%以下と少数なので、その方達の影響は微弱と考えております」

「フム(ヒューマノイドが前提の社会かぁ。・・・その前提が崩れると、どうなるんだろう?)」


  水島は、クレオと一緒に水を容器に詰めては部屋の中に並べて備えた。それが終わると手持ち無沙汰になった二人はベランダから外を眺めた。マンションの玄関からは、また一組、カップルが大きな旅行カバンを抱えて出て行った。


「このマンションには、何世帯、残っているんだろう?」

「24世帯中、8世帯が地方へ避難すると連絡を受けています。したがって、16世帯20人の人間がここに残っています」

「何でも知ってるんだね」

「緊急モードで情報共有しているので」

「ところで、水は備蓄したけど電気はどうなの?」

「はい、このマンションの地下にエナジー・ストレージ(巨大な充電池)があり、停電になっても、その後、24時間は電気が使えます。現在は16世帯しか残ってないので、1.5倍の36時間は電気が使えると思います」

「地下にあるの?なんかエナジー・ストレージと聞くと爆発したり、有毒物質があるようなイメージがあるけど、大丈夫なのかな?」

「水島さんの生前は、そういった危険な装置もあったようですね。でも、現代のレギュレーションでは心配ありません。今のエナジー・ストレージは、装置が破壊されても、爆発も燃え出すこともなく、有害物質も使っていません」

「ふ〜ん、36時間ねぇ。ソーラー・パネルとか、あるいは近隣にマイクロ・グリッド(小規模発電所による電力送電)は、あるのかなぁ?」

「マンションの屋上にはソーラー・パネルが設置されてます。しかし、全住民の電力を賄うほどの発電量は期待できず、マンションの管理(ヒューマノイドの管理人含む)とセキュリティ・システムへ優先的に使うことに取り決めました。それから、マイクロ・グリッドですが、この地域は歴史的な建造物が多く、風光明媚な地域のため自然エネルギーによる発電所が自粛されてるんですよ」

「となると、万一、停電になると電気が使えるのは36時間分きっかりか」

「はい」

「フム・・・。電気がないと君は活動できない。停電が36時間以上続くと君はどうなるの?」

「はい、ただの大きな、お人形になってしまいます。申し訳ありません」

「僕の冷凍保存と似てるかも」

「そうかもしれませんね」

「電気が回復するまでは、お人形さんかぁ。・・・その間、どうしてるのがいい?」

「どうしてる、って、どういう意味ですか?」

「うん、例えば、ベッドに寝かせるのがいいのか、ソファに座った格好がいいのか、あるいは、僕のロッキング・チェアーがいいか?」

「あのぉ、ロッキング・チェアーでいいですか?」

「あの椅子、好き?」

「あの部屋、水島さんと初めてお会いしたメルクーリの病室みたいなので」

「OK、じゃあ、もし、停電が長引いた時は書斎を君の冷凍保存の部屋にしよう(解釈の仕方によっては、クレオが自分の好みを言ったようにも感じるな。これも『感じる心』か?)」


  水島は、クレオが長い眠りにつくのを想像し、サマンサの目覚めを待つフローラの姿に自分自身を重ね合わせた。


「(冷凍保存されたサマンサは、停電になっても大丈夫なんだろうか?)」


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