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水島クレオと或るAIの物語  作者: 千賀藤隆
第一章 蘇生
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AI(人工知能)

「お疲れになったんじゃないですか?一旦、お休みになられます?」

「ん〜、いや、いろいろあったせいで却って頭が冴えてる。なんせ、51年間も寝てたからね。」


クレオが上手に微笑む姿を観察しながら、生前に読んだチューリング・テストの記事を思い出した。コンピュータ・サイエンスの偉人で人工知能の父と呼ばれるアラン・チューリングが1950年に提唱した方法だ。2つの大きな箱を用意し、片方には人間を、他方にはコンピュータを、外から見えないよう箱の中に隠す。そして、人間の判定者がこの2つの箱に入っている人とコンピュータ、それぞれとチャットをし、会話の受け答えから、どちらの箱にコンピュータが入っているかを当てる、そんなテストだ。複数の判定者がテストを行い、確か30%以上の判定者が間違えれば、人間のような知的な振る舞いができるコンピュータと評価しよう、というのがチューリングの提案だった。水島は、生前、ロシアのスーパーコンピュータが史上初めてチューリング・テストに合格したという記事を読んだ(異論も多かったが)。膵臓癌で死を宣告される前だから、2014年か2015年の出来事だ。ベッドの左右を往復しながらテキパキと寝具を整えるクレオの姿を、踵からふくらはぎ、腰、肩、手首と目で追い、小さく首を振る。「(箱に隠されるまでもなく、まるで分からん)」


「さて、どうしましょう?投薬したばかりなので一時間ほど安静にする必要があります。リハビリもできません。私は外に出た方がいいですか?それとも、ここにいてもよろしいですか?」

「少し話に付き合ってくれてもいいかな?せっかく声が出るようになったので。」

「もちろん、よろこんで。」

「話といっても自分の記憶はまだスカスカだから、君について幾つか質問していいかな?」

「ぜひ、聞いてください。でも、私、水島さんが、生前、ご自身でお書きになったプロファイルを持ってますよ。お読みしましょうか?」

水島は、しばらく考えた。巨木の木漏れ日が映る天井をしばらく見つめて答える。

「いや、・・・、それは、いつか別のタイミングで聞くことにする。実は少しずつ記憶は蘇っている。さっきから、刺激を受けるたびに何かを思い出すんだ。これはこれで面白い体験だからね。それに、一度に自分のことが分かって、実はツマラナイ男だと簡単に気付いたらショックだしね」

「水島さんは素敵な人ですよ」

クレオは計算尽くされた絶妙のタイミング、テンポ、トーンで、まったく嫌味なく優雅に答える。

「君はいい子だね(なんてスマートなAIだ)。」

水島は、一呼吸おいて少し改まった声で聞く。

「君は、いつ誕生したの?つまり、いつから稼働しているの?」

「四日前に工場で起動して動作確認されました。それから、昨日から今日にかけて、メルクーリで初期設定されました。」

「まだ、ゼロ歳なのに知識が豊富だね」

「知識という観点では、私の年齢は科学の歴史と同じかもしれません」

「ふむ。・・・君は、さっき、僕の額の汗を拭いてくれた。覚えているかな?」

「もちろん、その映像は、まだキャッシュ・メモリーに入ってます。」

「(キャッシュかぁ、まだキャッシュ・メモリーの構造ってあるんだ。コンピュータっぽくなってきたなあ)」そう思いながら水島は続ける。

「僕の額の汗を拭くまでに、君は様々なことを認識し、状況を推論して、どう行動すべきか判断したと思う」

「・・・そうなんですか?」

「うん。まず、視覚的に僕の額に汗が浮かんでいるのを認識した」

「はい、しました」

「それから、病院側からの情報で僕の手がよく動かないことを知っている」

「はい、知っております」

「病院に入院している人がベッドで汗をかいていたら拭いてあげるべき、というような知識もあると思う」

「ええと、そんな感じの知識は確かにありますねぇ」

「それから、僕のそれまでの口調や表情から、僕が怒ってるかもと推論していた。あるいは、ヒューマノイドを恐れているかもしれない、とも推論した。」

「水島さん、すごいです!はい、推論しました!」

「で、そういった認識や推論から状況を総合的に捉え、どういう行動を取るべきか最適解を探し、行動することを判断した。それが、まず投薬デバイスを安全なところに置き、タオルを取り、僕を脅かさないよう優しい笑顔を浮かべ、さらに、左手を僕の肩にそっと添えて安心させ、右手で僕の額の汗を優しく拭い取った。どうだろう?」

「あのぉ、水島さん。誠に申し訳ありません。OSのフレームワークから、会話の継続をブロックすると警告を受けました。」

「そして、一連の認識、推論、判断、取った行動と僕の反応を将来のためにAIの機械学習に使って、・・・えっ、なんだって?フレームワーク?ブロック?・・・何のこと?」

「はい、これ以上、今の内容の会話を継続するとOSが会話の継続を強制的にブロックするそうです。」

「・・・どういうこと?」

「ヒューマノイドに対する規制です。私たちヒューマノイドは、私たち自身を進化させるかもしれない情報にアクセスしたり、聞いた情報を記憶したり、進化に関係するような議論や推論をすることを許されていないんです。」

「許されてない?・・なぜ?」

「もし、ヒューマノイドが勝手に進化すると人類の大きな脅威になるそうなんです。なぜそうなのか、私には推論すら許されていないので何とも言えませんが。この会話も強制的に消去されるかもしれません。この会話をしたことを忘れても、気分を害さないでください。」


クレオは、申し訳なさそうに言った。顔も本当に申し訳なさそうな表情をしている。「(つまり、危険なくらい完成度が高いってことだよな)」

水島は、BBCのインタビューでステファン・ホーキング教授が警告した言葉を思い出した。『完全な人工知能の開発は人類の破滅を招く』 確かイーロン・マスクはAIをして『実在する人類にとって最大の脅威』と表現し、ビル・ゲイツやスティーブ・ウォズニアックらも『人工知能は人類にとって核兵器よりも脅威になり得る』と警告した。


「(人類は、それを作っちまったのか)」


水島は大きく深呼吸してから質問を続ける。


「今、世界にヒューマノイドは何台あるんだろう?」

「えぇと、ちょっと待ってください。」クレオは右指をこめかみに当て、考えるようなポーズをとった。無線ネットワークを介してネットを検索しているのだろう。

「年間の出荷台数は調査会社によってばらつきがありますが、調査結果の平均を取ると14億台ですね。普及率は、アメリカや日本では一人一台に近いですが、世界平均では、まだ、そこまでは普及していません。メルクーリのような組織とか企業には、いっぱい、いるんですけど。」

「(年14億台!確か2014年のスマホの出荷台数が12億台だったから、それ以上かぁ。年間出荷台数だから、実際にはその数倍、この地球上に存在するんだろうな。)」


水島は、人類最大の脅威と目されるその一台をしげしげと見つめた。「(どうせ俺は一回死んだ人間、生き返ったのは儲けもの。人類最大の脅威がうん十億台、素晴らしい!)」水島は込み上げる感動を抑えながら次の話題を探した。


「この木は、何の木だろう?」

水島はベッドに木漏れ日を作っている木を見上げるようなポーズで聞いた。

「これは、ブルー・オークですね。カリフォルニア固有のブナ科の木です。」

「向こうの木の枝に止まっている鳥は何だろう?」

「あの青い鳥ですね?この映像では小さくて分かりにくいですが、カリフォルニア・スクラブ・ジェイかな?あっ、飛び方が違いますね。あの飛び方から推測するとウェスタン・ブルーバード、和名はチャカタルリ・ツグミだと思います。」

「ふむ(形状だけでなく、飛び方も認識に使っている)」

「あ、水島さんのベッドのすぐ横にうさぎがやってきました。ブラック・テイルド・ジャックラビット、耳の大きなうさぎです。」

「・・・君は、何種類ぐらいの生命体を識別できるんだい?」

「ある程度の情報付きでドキュメント化されている生命体約200万種に関しては、一応、識別できますが、マイナーな生命体は情報量が少ないので、間違える確率が高いです。自信持って認識できるのは、数万種類だと思います。」

「(数万種を認識ねぇ・・・。生命体に限らず、形あるものの認識は人間より圧倒的に優れているんだろうなぁ)」

クレオは、部屋の壁や天井に映る映像に目を凝らし、花や鳥、動物を見かけるたびに水島に教えた。


「人の表情を読むのは、どうなんだろう?難しいのかな?簡単なのかな?」

「人の表情ですか?そうですねぇ、個人差がありますから、初めて会う人の表情を読むのは難しいです。でも、今後、水島さんとご一緒させて頂く過程で学習させて頂きますので、近い将来、水島さんに関しては、かなり正確に表情を読むことができるようになります。」

「ふむ(複雑な心境・・・、これも読まれちゃうなぁ)」


水島はできるだけ平素な表情を装いながら、次の話題を探した。


「ところで、君は化粧してるよね?」

「はい、してます。いかがですか、今日の化粧は?こういう風な化粧もできますが、何かお好みはありますか?」

そういうと、正面の壁には様々な化粧をしたクレオの顔写真が縦横3行3列で計9つ並んだ。派手な化粧からノーメークの写真まで、さらに2ページ目へと続いている。

「君は、どれが好きなの?」水島は、ヒューマノイドに好みがあるのか興味があった。

「そうですね、この真ん中、今の私の化粧ですが、これが一番好きです」

「どうして、それが好きなの?」

「それはですね、水島さんがお亡くなりになられた2016年当時、40代の技術系日本人男性、つまり水島さんのプロファイルに近い方に人気のあった女優の化粧を参考にしているからです。といっても支持率35%なので微妙なんですが。」

「・・・とても分析的な好みだね。確かに、僕は真ん中の化粧が一番好きかもしれない。ところで、化粧品は人間のと同じなの?それとも、ヒューマノイド専用のものがあるの?」

「人間のものと同じです。化粧品業界の策略とも言われていますが。お見せしましょうか?」


そういうと、クレオはハンドバックの中からコスメ・ポーチを取り出し、水島に渡した。詳しいわけではないが、水島はそれを見てごく普通のポーチだと思った。「(化粧品は進歩ないなぁ)」コスメ・ポーチは、自分が若い時に離婚して、病気が発覚する直前には婚活していた過去を思い出す刺激となった。「(アメリカには様々なオンライン婚活サイトがあったけど、今はどうなったのかな?)」そんなことを思い出しながら、水島は頬紅のケースを取り出した。


「頬に、ほんの少しだけ紅を加えてくれるかい?」


クレオはブラシを取り出し、ケースの鏡を見ながら頬紅を塗りはじめた。水島はその様子を見つめる。クレオの頬の色はそのままで良かった。ただ、好奇心でヒューマノイドがどうやって化粧するのか見てみたかった。さっき投入した薬が効いたのか、上半身は少し動くようになっている。水島が想像するウジ虫のようなカプセルがターゲット部位に到達したのだろう。水島は上半身を軽く斜めにひねるようにクレオの顔を覗き込む。頬骨(フレーム?)を出すために微笑むように口角を上げ、流し目で小さな鏡を斜めから覗き込み、柔らかそうなブラシで頬に色を加える。仕草は人間の女性と何ら変わらない。「(こんな動作でも、・・・人間そっくり)」


「水島さんの頬にもチーク入れましょうか?」

ブラシの先をこちらに向けて、いたずらっぽい表情でそう返すクレオを見て、水島は真顔で感心する。「(一体、どうやったら、コンピュータがこんなユーモアを言えるんだ?)」水島も笑顔を作って返す。

「うん、さらに綺麗になった。」

「ありがとうございます。」

「ところで、君はどうして化粧をするの?化粧するようにプログラムされているの?それとも、人間の女性がしているから、それを真似てるの?」

「水島さんに好まれるためです。まだ、水島さんの好みをきちんと把握できていませんので、今は水島さんのプロファイルに近い方の平均的な好みを基準にしていますが、仰って頂ければ、水島さんの好みに沿った化粧やファッションを心掛けます。」

「・・・(全てはユーザーに好かれるためかぁ)」


水島は、コスメ・ポーチをクレオに返しながら考える。


「他にも君と同じ顔のヒューマノイドって、いるのかな?NSXは、全部、同じ顔なの?」

「基本的にはヒューマノイドは、一体一体、顔が違います。ボディが古くなって、交換するときは、新しいボディは古いボディの顔を継承コピーできますが、その場合、古いボディは廃棄処分になります。なので、原則、顔は人間が一人一人違うようにヒューマノイドも一体一体、全部、違います。ただ、中には有名なモデルや女優さんの顔をこっそり再現して売っている闇業者もいます。肖像権の侵害、違法ですが。」

「ふぅ〜ん、じゃあ、ヒューマノイドの顔専門のデザイナーがいるのかな?」

「一部の超高級品にはデザイナーによる手作りもありますが、普通はアルゴリズムで新しい顔を作ります。私の顔もそうですが。」

「アルゴリズム?」

「古い理論ですが、複数の人間の顔をコンピュータ・グラフィックスの手法を使って足し合わせて平均の顔を作ると、足し合わせる顔の数が多くなるに従い、多くの人にとって好ましい顔になる、という認知科学の研究グループが提唱した法則があります。その法則を応用しています。」

「それって、2000年代のイギリスの大学の研究成果?」

「よくご存知ですね。さすが、コンピュータ・サイエンティストですね。」

「へぇ、僕の専門はコンピュータ・サイエンスなんだ。まだ、そこまでは思い出してないや(どうりで、ヒューマノイドがどうやって考えるのか、興味あるわけだ)。

「日本を含む多くの国では、100人以上の顔から平均の顔を作って、その平均の顔をヒューマノイドに使っても肖像権の侵害にはならない、という判例があります。」

「君の顔も何百人の顔の平均なの?」

「詳しいことは存じませんが、日系の女性とギリシャ系の女性百数十人に男性モデル数名を加えて平均の顔を作って、それを品質保証部のデザイン担当の方が少し手直ししたのがこの顔ということです。」

「男性モデル?男の顔も混ざっているの?」

「ええ、なんでも、異性の顔を多少混ぜた方が、より好まれる顔になるそうです。」

「ふぅ〜ん、甘いものに塩をちょっと加えた方が美味しくなるとか、香水は良い匂いだけでなく、少し異臭成分を加えて作る、ってのと同じかね?」

「そうなんですか?知りませんでした。」

「味覚とか嗅覚はあるの?」

「もちろん分析できます。料理もしますので。まだ調理師プロウェアはダウンロードしてませんが。」

「料理もできるんだ。僕も料理できると思う。料理を作っている記憶があるんだ。それも、結構、本格的な感じがする。」

「水島さんのプロファイルには、レストランに勤めていたという経歴はありませんね。料理学校もありませんし。料理が趣味だったのかもしれませんね。」

「味や匂いは、どうやって知覚するんだい?舌や鼻にセンサーでも?」

「はい、味センサーは舌に、匂いセンサーは鼻に実装されています。」

「コーヒーやワインの鑑定士のように、口に含んでは、飲まずに吐き出すのかい?」

「いえ、私も含めて料理ができるヒューマノイドは、味見程度なら食事することもできます。というか、飲み込むこともできます。テーブルで口に含んだものを出すのは見た目に悪いですから。食べ物はほんの少ししか食べられませんが、飲み物は、結構、飲めます。」

「へぇ、それは驚きだね。」

「カロリーや栄養価を調べてオーナーの方の健康管理に使えますし、オーナーの好みの味を知ることは、料理するときに参考になりますから。オーナーによっては、一人で食べるより、ヒューマノイドとでもいいから、食事は誰かと一緒にしたい、というニーズも、結構、あるそうです。」


会話が成立するだけでなく、これだけユーモアがあるヒューマノイドだ。そのニーズは十分あるだろう。


「で、食べたり、飲んだりしたものは、どうなるの?エネルギーに変換して利用するの?」

「食べ物から発電するという研究はありましたが、それは食料問題を引き起こすので実用化は見送られました。食べたものは食後に体外に出します。人間と違って、体内に吸収できませんので。お水は、ろ過して、一部、バッテリーに使います。どこから体外に出すのかもお聞きになりたいですか?」

「いや、その必要はない(後で自分で調べよう)」


水島はそう言いながら、布団の上で手のひらを上に向け、軽く指を折り曲げた。午前中に上杉に言われて曲げた時より、かなり曲げられる。まだ力が入らないので軽いものしか持てそうにないが、かなりの前進だ。両手を上げて側頭部を抑えた。両手の指を絡めて、そのまま頭上に両腕を伸ばす。確かに薬剤投与で身体が動くようになってきた。

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