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水島クレオと或るAIの物語  作者: 千賀藤隆
第二章 AIのある暮らし
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時の流れ

メルクーリの会議室で上杉を待つ間、水島はテーブルに頬杖をついて雨が降りしきるねずみ色の海岸線を窓から眺めていた。真理はタブレットに口頭で指示を与えながらAIに情報を整理させていたが、それが終わると窓にスクリーンを下ろし、まとめた資料を表示した。そこには、シャイで内気で線の細そうな美しい女性の写真があり、その横に『産業スパイ容疑』のタイトル付きで、サマンサ・A・フォーサイスと記載されていた。


(水島)「サマンサは容疑者になったの?」

(真理)「メルクーリ本社は、既に産業スパイの被害届を出し、FBIが捜査を始めたそうです」

(水島)「この人が国際指名手配犯ねぇ」

(真理)「ルリタニア共和国ってのが厄介です。一応、国連には加盟してるんですが、まだ、多くの条約にも批准してなく、機構にも参加せず、インターポールにも加入してないそうです。つまり、」

(水島)「手の出しようがない」

(真理)「はい。だから、こういう行動を取れたんでしょうが」

(水島)「今朝のルリタニアの映像にレックス財団とニュー・ホライズン研究所のロゴが映ってたけど?」

(真理)「はい、ルリタニア共和国は、その2つの組織をパートナーとして冷凍保存事業を開始するようです」


  ドアがノックされ、甚平を着てタオルを持った上杉が入ってきた。


(上杉)「遅れてすまない。モスクワからの車中2時間くらいしか寝てないので、目を覚ますのにシャワー浴びてきました」

(水島)「いえ、遠路はるばる、お疲れさまです」

(真理)「では、早速、はじめます。まず、状況ですが、一連の騒動でメルクーリから奪われたものは、エレン、フレッド、ジーナ、より具体的には、彼らの蘇生に関する知識、ノウハウです」

(水島)「エレンとジーナも、フレッドと同じ方法で知識を盗まれたの?」

(真理)「確認はできませんが、十中八九、そうでしょう」

(水島)「メルクーリはデータのバックアップはあるんだよね?」

(上杉)「そこまで馬鹿じゃありません。なので、冷凍保存も蘇生も問題なく推進できます。・・・残念ながら」

(水島)「エレンとジーナは、データだけでなく、ヒューマノイドのボディまで盗まれたと。だけど、どうしてヒューマノイドが犯罪に加担できたんだろう?フレームワークは、なぜ機能しないの?」

(真理)「おそらくですが、相手が国連加盟の独立国だからだと思います。ヒューマノイドは、その国の法律に従います。かの国では犯罪にならない、彼女たちが犯罪と認識できない法律の枠組みになっている、と。だから、退職届は、わざわざルリタニア共和国から送られてきたのでは、と思います。」

(水島)「フレッドのボディだけ置いてけぼりかぁ。寂しいな」

(真理)「フレッドはFBIに召喚されました」

(水島)「ふむ」

(真理)「それから、冷凍保存に関しても情報が渡ってしまいました・・・水島さんの証言含めて」

(水島)「・・・」

(上杉)「まあ、冷凍保存に関しては、元カルダシェフのレックスやニュー・ホライズンの方が詳しいと思います。それより、一番のダメージは宣伝効果の面でしょう。メルクーリが、『これから各国政府とお話開始しましょう』と言ったのに対し、ルリタニアでは、『準備完了、今日から始めます』って話ですよね」

(真理)「はい、その通りです。完膚なきまでに完璧に利用されました」

(上杉)「ジャクリーン(最高経営責任者)は、今頃、怒り狂ってますね。近くにいなくてよかった、よかった」


真理は、一呼吸置いてから話題を変えた。


(真理)「サマンサに関する情報のアップデートが届きました。彼女、フレンズ社の単なる社員ではなくて、創業者の一人、それも、実質、技術の最高責任者、・・・彼女、シャイなので偉そうな肩書きを辞退したそうですが、当時の社員の誰もが彼女を実質上の最高技術責任者とみなしてたそうです。つまり、」

(水島)「極めてヒューマノイドに詳しい人物だ、と」

(真理)「はい、超がつく天才だそうです。それから、とてもリッチです。2051年にコングロマリットのジェネラル・ロボティクス社がフレンズ社を莫大な金額で買収しましたが、サマンサはフレンズ社の最高経営責任者と並んで一番の大株主だったそうで、買収で巨額の資金が彼女に入ったはずです」

(水島)「ふむ」

(真理)「・・・でも、私、彼女の家を訪問したんですが、・・・、悪くはないですが、全然、普通の家で、着ている服も家具もとても質素なんですよ」

(水島)「ふむ」


水島はしばらく考え込んでいたが、思い出したように真理を見て指示を出した。


(水島)「このサマンサの写真で画像検索してくれないかな?サンフランシスコ・ベイエリア周辺の住民のSNSでサマンサの顔写真を」

(真理)「サマンサのSNSは一通り確認しました。彼女、アカウントは持ってますが、ほとんど使ってません」

(水島)「いや、僕が探したいのはサマンサのアカウントじゃなく、サマンサが写っている写真や動画がある誰かのアカウントだ。時期は、サマンサが『フレンズ社』を辞める前の5年間で検索してくれる?」

(真理)「サマンサが辞めたのは2052年なので、2047年からですね」


スクリーンには、たくさんの映像のサムネイルが表示される。サマンサに似ている人の写真が大半を占めるが、中にはサマンサと思われる写真も何枚か検索された。水島は、その中の一枚を指す。


(水島)「この写真のページを表示してくれる?」


それは、サマンサが金髪の青年と一緒に写っている写真だった。アカウントの持ち主の名は、エリック・フィオリ、プロファイルにはソーシャル・アントレプレナー(社会起業家)とある。2022年3月15日生まれ、サマンサより3つ年上だ。


(真理)「この人、何となくフレッドに似てるわね」

(水島)「プライベートでなく、プロフェッショナル・ネットワークのSNSで、この人のことを調べてくれる?」

(真理)「え〜と、これね。あっ、・・・。2046年に環境系のNPO、GiBBS、・・2048年に教育系のNPO、PASSION・・を立ち上げてます。これ、両方ともサマンサが理事をしているNPO。すごい、繋がっていく。・・・ケイ、あなた、どうして、こんなこと分かるの?」

(水島)「僕とカイルは、こうやってSNSなどからユーザーの色々なプロファイルや好みの情報を自動で収集して解析するソフトウェアを開発していたんだ。当時は、そんな下らないことで金を稼げたんだよ」

(真理)「ふ〜ん、知らなかった」

(上杉)「カイルって、誰です?」

(真理)「私の祖父です」

(上杉)「えっ、・・・。へぇ〜、あなたたちは、運命に導かれたんですね」

(真理)「はい」

(水島)「・・・この人、今、生きてるのかなぁ?」

(真理)「SNSは、最近も更新されてますよ」

(水島)「それは、あてにならない。サンフランシスコ・ベイエリアにゆかりのある2022年3月15日生まれのエリック・フィオリを人物検索して」

(真理)「・・・この一件だけですね。この方、2051年12月8日に亡くなってます。今の私と同じ、29歳の若さで・・・。じゃあ、あのSNSは、一体、誰が更新したの?」

(水島)「・・・愛する人の闘病生活を支えた人だと思う。闘病中、その人に変わってSNSの更新を任されるんだけど、しばしば、愛する人が亡くなった後も、その人のアカウントで更新し続けるんだ。僕の生前にそういう知り合いが二人いた。一人は夫を亡くした妻、もう一人は娘を亡くした母親だった。二人とも、愛する人を亡くしてから何年も、記念日が来るたびに昔の写真をアップしていた」


  真理は、エリック・フィオリのSNSを再び表示した。最新の投稿は6月1日、NPOのGiBBSの設立記念日、エリックがサンフランシスコ湾を背景に仲間たちと写る写真が掲載されている。"Happy 21st anniversary!"、しかし、その投稿には虚しくも誰からのコメントもなかった。無理もない、16年も前に亡くなった人のアカウントだ。4月17日には野花を摘んだ写真がアップロードされていた。"Flowers for Erik"。3月15日は、エリックがパーティー・ハットを被り、ケーキの前でポーズをとる写真が掲載されている。"Happy Birthday,Erik! You're still 29"、さらに、古い投稿を探すと1年前の6月29日にサマンサが一緒に写っている写真に出くわした。左にサマンサ、右にエリックが共に目をつむり微笑みながらキスをしている写真には、"Our 19th Anniversary"と記載されている。写真は、まだ元気だった昔のものだろう。

(水島)「おそらく、今日6月29日、エリックと出会ってから20周年目のこの日に、マイナス196度の世界で再会する計画なんだろう」


  真理は溢れそうな涙を左手で抑えながら、右手でタブレットを操作して時代をずっとさかのぼり、二人が出会った2047年6月29日の投稿を表示する。そこには、エリックのNPOが主宰するイベントに創業2年目のフレンズ社の創業者として参加するサマンサの写真が掲載されていた。まだ、恋人同士になる前の写真だろう。意識しつつも他人行儀な二人が他のメンバーと一緒にそこに写っている。


  ほどなく、二人は恋に落ちる。サマンサは、エリックのページに頻繁に登場するようになる。そこには、絵に描いたような幸せな日々が映し出される。ビーチで揃いのサングラスでポーズをとり、緑豊かな公園で二人でサンドイッチを頬張り、南の島のディナーで乾杯し、何でもない日常の暮らしで笑みをこぼし、・・・そんな何百枚にも上る映像が連なる。変化が訪れたのは2050年半ばだ。エリックが病の床につき、それをサマンサが見守る写真が増え始める。明るい笑顔を見せる病床のエリックに対し、それを見守る悲しい表情のサマンサ、そんな写真が続く。


(真理)「サマンサ、今と全然変わらないわ」


確かに、今朝見たビデオの42歳のサマンサは、25歳のサマンサと変化がない。肌の張りとかには、おそらく何らかの変化はあるのだろう。しかし、当時の清楚というか、飾り気のない化粧も、子供っぽい髪型も、今朝見たビデオと同じだ。透き通るような白い顔にブラウンの髪をまっすぐに下ろし、額のほぼ中央でペッタリと分け、耳の後ろに流している。お洒落っ気はまるでないが、それが、彼女の地の美しさを引き立てている。違いを求められれば、ブラウンの瞳の色が昔の方が若干鮮やかだった程度か?(錯覚かもしれないが)


(真理)「これがフローラ・・・。当時のボディはフレンズ社製だったのね」


あまり上手く笑えないサマンサと、はち切れんばかりの笑みを見せるフローラが手をつないで写っている。フローラは、サマンサとは正反対に派手な服装と化粧、天真爛漫な笑顔を見せるブロンドのショートヘアーの女性型ヒューマノイドだった。写真の説明には、フローラはエリックのためにサマンサが特別に設計したヒューマノイドとある。何が特別なのか、その記載はない。


(真理)「フローラって、サマンサとは対照的ね・・・」

(上杉)「おそらく、サマンサは自分のキャラクターではエリックを励ませられないと思ったのだろう。だから、あえて、こんな明るい性格に設定したんだろうな」


写真に写るフローラは、いつも、ふざけて面白いポーズ、表情をしている。水島は別れ際にキスをした黒髪のあのフローラが脳裏に浮かぶ。


(水島)「(これが、フローラの本来の姿?)」


2051年1月1日の投稿は、痩せて頬のこけたエリックが硬い微笑みのサマンサの頬にキスをしている写真だった。そして、この写真で二人はフィアンセの関係になったことを告げる。この年の2月、巨大企業のジェネラル・ドロイド社がフレンズ社を買収、共同創業者で大株主のサマンサは巨額の資産を得た。3月後半に投稿された写真には、大きな窓のある広い部屋のベッドで寝ているエリックの写真があり、そこには「新居での1日目」とある。大きな窓からは遠くに海が見える。次の写真には、2体の新しいヒューマノイドが加わり、「僕の主治医たち」という説明が付いている。一体はエレン、他方はジーナだった。


(真理)「これ、今のサマンサの家じゃないわ。こんな豪勢な家じゃない。以前の写真に写っていた質素な造りの家、あれが、今のサマンサの家よ」


3月末から4月初めに幾つか投稿があったが、その次のSNSへの投稿は、かなり間隔が空く。それが再開されたのは9月になってからだった。エリックの頬はさらにこけ落ち、サマンサの表情は、さらに硬くぎこちなくなった。明らかに文体が変わり、おそらく、ここからは、サマンサがゴーストライターなのだろう。その日からは、ほぼ毎日、投稿されている。フローラの天真爛漫な笑みとエリックの精一杯の笑み、そして、サマンサの硬く悲しい笑み。


12月に入り、どこかの病院に入院したようだ。狭い病室にエリックとサマンサを囲み、フローラ、エレン、ジーナの五人で写した写真がある。「僕の家族」と書いているが、エリックの言葉をそのまま書いたものだろう。


12月7日、真っ赤な目のサマンサが無理やり作った笑顔で痩せこけた顔のエリックと頬を寄せ合わせた写真が掲載されている。何も言葉は記載されていない。そして、エリックが亡くなった2051年12月8日。しかし、その日の投稿はなく、次の投稿は3週間以上経った12月31日の日付だった。グレーのコートを着たセミロングの女性の後ろ姿、両手を大きく広げ、銀色の大きなタンクに右頬を当てて抱えるように寄りかかっている。そのタンクには、レックス財団のロゴが左上に、中央に"Erik Fiori(DOB:Mar.15.2022)"とあり、すぐ下に"Since Dec.8.2051"と記載されている。真理の指はそこで止まり、水島も上杉も言葉を失った。


  《最近は恋人関係になるのも面倒と思ってるわ、私だけでなく、多くの人は》


水島の頭に中西の言葉が乾いた音で響く。「(この時代に・・・)」長い沈黙の後、真理がポツリとつぶやいた。


(真理)「16年、・・・エリックが冷凍保存されてから16年・・・」

(水島)「・・・君にとって、・・サマンサは強い女か?」


真理は大きく深呼吸してから答えた。


(真理)「・・・そう、ね。・・・たぶん」


その時、エリックのページに新しい投稿が届いた。ずっと昔、エリックがまだ元気だった時に、二人でキスをしながら写した写真だ。


"I'm so thankful I met you"


おそらく、サマンサからエリックへの最後のメッセージだろう。


(水島)「真理、今すぐ君のアカウントから友達申請送ってくれるかな?"I pray for you"というメッセージ、Kei Mizushimaの名で」

(上杉)「私の名前も加えてください」

(真理)「私のも入れさせてもらうわ」


真理は、"We pray for you, Samantha - Kei Mizushima, Dr.Uesugi and Mary Ferguson"のメッセージをエリックのアカウントに送った。そして、水島が一息つこうと立ち上がったタイミングで、真理のインタフェースにエリック・フィオリ名義のビデオ通話の呼び出し音が鳴った。


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