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水島クレオと或るAIの物語  作者: 千賀藤隆
第二章 AIのある暮らし
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ルリタニア共和国

「何ですって!」


水島が真理の声で起きたのは朝5時半過ぎだった。枕元のコントローラで窓を明るくし、外の空気も取り込んだ。窓に向かってベッドに座ると、一輪の桔梗が目に入り、霧で霞んだ遠くの海岸線を背景とした作品がそこに完成した。


  《花は野にあるように》 紺の作務衣を着た小物屋の言葉を思い出す。


  水島がパジャマ姿でリビングに入ると、既に服に着替えた真理とクレオが向かい合って立ち、真理は水島を見ると両手で口を押さえた。


(真理)「重ね重ね、大変、申し訳ありません。昨夜は途中で寝ちゃって泊めて頂き、今朝はこんな早くに大声出してしまって・・・」

(水島)「いや、構わんよ。エレンとジーナのことだね。急ぐなら、僕の書斎を使って本社カリフォルニアに連絡してみなよ。書斎は、君が寝ていた部屋の向かいだ」

(真理)「エレンとジーナが辞めたこと、昨日のプレス・カンファレンスと関係あるんでしょうか?」

(水島)「さあ、どうだろう。エレンとジーナのオーナーって、誰なの?」

(真理)「まず、それを確認してみます。あっ、でもH2R(Human & Humanoid Resource)の担当者、私じゃあ、教えてくれないかも、プライバシー云々で・・・。」

(水島)「上杉先生なら知ってるんじゃない?彼女らのボスだろ?今、どこにいるか知らないけど」

(真理)「あっ、そうですよね、・・・上杉先生に連絡してみます」

(水島)「それから、クレオ、エレンとジーナはヨーロッパのどこの国から退職届を提出したの?」

(クレオ)「ルリタニア共和国です」

(水島)「ルリタニア共和国?聞いたことない国名だな」

(クレオ)「ルリタニアという地域名は昔からありましたが、国として独立したのは9年前です。なので、水島さんは、ご存知ないと思います」

(真理)「ルリタニア?私が学生の時に住民投票で独立するって話題になった古城で有名な東欧か北欧の観光地、たしか人口20〜30万人の小国。なぜ、そんな小さな国に二体とも?」

(水島)「・・・」

(クレオ)「あのぉ、昨日、メルクーリは人体の冷凍保存に関するプレス・カンファレンスをしましたが、日本時間の朝4時からルリタニア共和国でも、人体の冷凍保存に関するプレス・カンファレンスが開催されています」

(真理)「ルリタニア共和国で?・・・誰が?・・どういうこと?」

(水島)「とりあえず、そのカンファレンスの中継を繋げてくれ」


  再び、リビングのスクリーンを下ろし、ソファに三人並んで、今度はルリタニア共和国からのプレス・カンファレンスの映像に見入った。カンファレンス開始から既に2時間近く経過したライブ映像は、イベントのエンディングを中継していた。大きなステージでは、ルリタニア共和国大統領という肩書きの男が赤いドレスを着た女性の手を取り、観客に拍手を求めていた。


(真理)「サマンサ・フォーサイス・・・」

(水島)「えっ、・・・この人がサマンサ?(思ってたイメージと真逆すぎ)」

(真理)「なぜ、こんなところに・・・?」


サマンサは、アメリカ人には珍しいシャイでおとなしそうな女性だった(もっとも、水島はこの時代のアメリカ人をほとんど知らないが)。透き通るような白い肌に淡いブラウンの瞳、ブラウンのストレート・セミロングを額のほぼ中央で分け、髪をピンで留め、両耳を出している。サマンサは42歳とのことだが、ずっと若く見える。幻想的でどこか悲しげな笑み、過去を引きずる薄幸の美女と言おうか。精一杯の勇気で赤いドレスをまとい、この舞台に立っていることが伝わる。会場には、レックス財団とニュー・ホライズン研究所のロゴマークも掲載されている。ともに旧カルダシェフ財団出身の科学者が設立した組織で、メルクーリ以外で冷凍保存からの蘇生に成功したのは、この2つの組織しかない。ライブ中継は、ほどなく音楽が途絶え、映像は唐突に終わった。


  水島たちは、ニュースを探した。AIがニュースを作り、配信するこの時代、カンファレンス終了と同時に(あるいは同時並行で)様々なニュースが流れる。幾つかのニュースを見たが、どれも要旨は同じだ。基本的なことは、昨夜、メルクーリの最高経営責任者がプレス・カンファレンスで話したことに似ている。メルクーリはTSM(時間移動医療)という言葉を使っているのに対し、ルリタニア共和国のカンファレンスでは、"Life Option"という言葉を使っているが、どちらも人体を生きたまま冷凍保存し、未来のある時期に蘇生する、という事業を始めるということだ。


  大きな違いの一つ目は、メルクーリは、これから各国政府と協議しながら法改正を促すという段階なのに対して、レックス財団とニュー・ホライズン研究所は既にルリタニア共和国と協業を進めて法改正を終え、今日から事業を始めると宣言したことだ。

  二つ目の大きな違いは、メルクーリがTSMを現代医学では治癒できない難病患者に対しての手段と限定している一方、"Life Option"では、必ずしも難病患者に限定していないという。実際、ルリタニア共和国で最初に"Life Option"を受ける人は、その人自身は病気ではなく、訳あって生きる時代を未来にシフトするために自分自身を冷凍保存するという。


(真理)「メルクーリは、完全にダシに使われたわね」

真理は呆然とした表情で呟くように言葉を発した。

(水島)「・・・ルリタニアで冷凍保存される第1号がサマンサなのか?」

(真理)「サマンサ・A・フォーサイス、この記事には、名前が出てるわ」

(水島)「このルリタニアっていう国、どうして、レックス財団やニュー・ホライズン研究所に協力したんだろう?」

(クレオ)「ファイナンス・トゥデーの記事には、同国の新たな産業政策と書いてます。観光立国として独立したのに旅行のトレンドが変わって観光客が集まらず。次に取り組んだハイテク企業の誘致にも失敗。独立を主導した現政権は、かなり苦境に立たされていたそうです」

(水島)「冷凍保存が産業政策になるのかね?」

(クレオ)「水島さんのように先進国の平均生涯収入レベルの料金を支払い、水島さんのように2ヶ月で退院されれば、かなり利益率の良い事業かと思います。凍ってる間は、ほとんどコスト掛かりませんし。さらに、金融サービスです」

(水島)「金融サービス?冷凍保存と何か関係あるの?」

(クレオ)「ルリタニア共和国の法律では、冷凍保存中も生きているとみなすので、同国に持ち込まれた資産の所有権も維持されます」

(水島)「あっ、なるほど、そこに目を付けたか!」

(真理)「どういうこと?」

(水島)「現状、冷凍保存は、法的には死亡したことになるので所有権がなくなってしまうんだ。僕もそうだけど、冷凍保存から蘇生すると無一文になってしまう。それどころか、僕には、国籍すらないけどね」

(真理)「つまり、今、冷凍保存を考えている人にとって、蘇生後も資産を維持するにはルリタニア以外に選択肢がない、と」

(クレオ)「高額の冷凍保存サービスを受けられる人は裕福層です。その人たちは、現金化するなどして同国に資産を持ち込むと期待されます。そして、冷凍保存されている期間は、その巨額の資産を誰かに運用してもらわなければなりません。つまり金融サービスも有望な産業になるだろう、という算段です」

(水島)「ふむ」

(クレオ)「あっ、水島さん、ルリタニア共和国の法律では、冷凍保存中もその方のヒューマノイドは存続し続けられます。次回はルリタニアで冷凍保存されて頂ければ、蘇生された時にまたお会いできます!」

(水島)「・・いや、冷凍保存はもう勘弁」

(真理)「つまり、ケイを誘惑するフローラは、今後もこの世に居続けるのね」

(水島)「ゆ、誘惑はされてないけど、・・ところで、サマンサは金持ちなの?」

(真理)「サマンサが勤めていた会社は、成功裏に大手企業に買収されたわ。サマンサがストックオプションを行使していたなら、生前の水島さんと同じくらいのお金を手に入れたかもね。あるいは、冷凍保存第一号になる条件でディスカウントしてもらったか。でも、・・・」

(水島)「でも、何だい?」

(真理)「でも、どうしても、あのシャイというか、内気というか、線の細そうなサマンサが?そんな大胆な行動できるとは思えないのよね。・・・何があの女を突き動かしてるのかなぁ、と。」

(水島)「・・・」


  水島も真理もすっきりしない頭を抱えながら、とりあえず、水島は朝食の準備を、真理は上杉に連絡することにした。既成のドレッシングを使った簡単なサラダにオレンジを切り添え、フランス・パンのスライスを焼き、オリーブオイルにピーチのバルサミコ酢を加えて添える。そこに試行錯誤でクレオが目玉焼きを作り、紅茶を入れるのを待つ。水島一人で作れば12分だが、クレオが手伝うと15分掛かる。3分の幸せを加味。今日は、さらに、もう一つ別の味が加わる。


(真理)「ケイ、・・・馬鹿と呼んでください」

(水島)「おう、馬鹿。どうした?」

クレオは紅茶だけだが、三人は朝食のテーブルに着く。

(クレオ)「いただきます」

(真理)「何で調べなかったんだろう・・・」真理は、目玉焼きに八つ当たりするように黄身を突き刺し、黄色くトロける中身をフォークで白身になすりつける。

(水島)「エレンとジーナのオーナー?」

(真理)「はい。・・・NPO所有のヒューマノイドも個人所有と同様に就職することができるんですが、」

(水島)「サマンサが理事やってるNPOのヒューマノイドだった、と?」

(真理)「はい。サマンサが実質一人でやってる2つのNPOです」

(水島)「つまり、エレン、フレッド、ジーナ、3体ともサマンサのヒューマノイドだったんだ。・・・やるねぇ、サマンサ」

(真理)「凄すぎ」

(水島)「シャイで内気で線が細いけど、やるときはやる、と」

(真理)「落ち込みます」

(水島)「落ち込んだら、何か良いことあるのか?」

(真理)「いえ・・・。でも、もし、調べてたら」

(水島)「調べてエレンとジーナがサマンサのNPO所属と分かったとして、何かできたか?」

(真理)「・・・いえ」

(水島)「なら、落ち込んでパワー減らすより、飯詰め込んで、頭に栄養回す方が賢くないか?」

(真理)「・・・なんか、カイルお爺ちゃんみたい」

(水島)「・・・上杉先生は、ルリタニア共和国のプレス・カンファレンスについて何と言ってた?」

(真理)「あっ、上杉先生は私からの連絡で初めて知ったそうです。これからチェックすると。現在、モスクワ経由でこちらに向かわれている途中です。8時頃にオフィスで少しお話しませんか、と」

(水島)「あの人、スチャラカ社員風で、実はワーカホリックだよな。8時、ちょっとだけ、ゆっくりできるな」

(クレオ)「真理さんと私は化粧しなきゃいけないのでギリギリです」

(真理)「水島さんも髭剃られたらいかがですか?その程度の髭じゃあ、変装になりませんよ」

(クレオ)「私は無精髭の水島さんも素敵だと思いますよ」

(真理)「えぇ?ケイの顔は・・・


いつの間にか仲良くなってる二人の姿に、いつの間にか大きな娘が二人できた錯覚にとらわれながら、水島は、サマンサが起こした革命にメルクーリ関係者には悪いが、正直、感動していた。自分もダシに使われた一人なのだが。


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