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水島クレオと或るAIの物語  作者: 千賀藤隆
第二章 AIのある暮らし
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退化する心

マンションのドアを開けると女どうしの高いけど柔らかい声が耳に届く。真理は既に着いているようだ。


「ただいまぁ〜」


水島が帰宅を告げると、スリッパがフローリングの床を叩く音が聞こえ、ドアが開きクレオがいたずらっぽい笑顔を覗かせた。


「お帰りなさ〜い。真理さん、来てますよ」

「悪い、遅くなった。あっ、これ買ってきた」

「わあ、綺麗な桔梗ききょう。それに、素敵な一輪挿しですね。さっそく、水揚げして生けますね」


クレオはリビングのドアが閉まっていることを確認すると、水島に近づきサッとキスをして微笑み、桔梗と一輪挿しを持ってリビングへ戻った。


「(あのキスシーンのビデオ、観たんだろうな・・・)水揚げ?って何だろう」


水島が呟きながらリビングに入ると、真理が水島のエプロンを着けてキッチンに立っていた。


「お邪魔してます。遅いんで、夕飯、勝手に作りはじめてます!」

「おう、じゃあ、今日は僕がアシスタントだ」


すでに何品か出来上がっており、それ以外も下準備がだいたい終わっていたので、夕食の準備はサクサク進む。それは、水島の考えていた献立とは違ったが、水島が一目置くレベルのものだった。


(水島)「料理、上手だね。それも日本食」

(真理)「まぁね。16から日本に留学、自炊してたし。ピアノもバイオリンも弾けない私には、料理は大切な創作活動」

(水島)「(15で家庭崩壊、その翌年か・・・)昨日と逆だな」

(クレオ)「まったくですね」


クレオが相槌を打つ。一輪挿しを何処かに飾り付け、手持ち無沙汰になったクレオはキッチン・カウンターの背の高い椅子に座っている。


(真理)「何?昨日と逆って?」


水島は、花玲奈に押しかけられた昨日からの顛末を簡単に話して聞かせた。


(真理)「うわぁ〜、そういう人がいるって聞いてたけど、このマンションにもいるんだぁ」

(水島)「(真理と花玲奈、同じ境遇からなのに、この違いは何だろう?)」

(真理)「ケイ、クレオったらピーマンを洗濯機で洗おうとしたんですって?」

(クレオ)「だって、料理に関しては何もインストールしてないんですよ!」

(真理)「可笑しいわね、ケイ?私たち人間二人がここで働いて、クレオがカウンターで待ってるなんて」

(クレオ)「私は世界一幸せなヒューマノイドです」

(真理)「ケイ?・・・ケイ?・・もしかして、私に見惚れてる?私、綺麗?」


真理がおたまを持って、おどけたポーズをとる。


(水島)「・・・ん?あぁ、そうだね。美しすぎて見惚れたよ」

(真理)「まるで気持ちがこもってない!・・・。って、元気ないね?」

(水島)「そんなことないよ」

(真理)「なんかあったの、散歩で?」

(水島)「散歩?ああ、そういえば、同じ年生まれのお婆さんに会った、御歳95才の」

(真理)「ふ〜ん、それで落ち込んでるんだ」

(水島)「落ち込んでないよ。ただ、もし、僕が健康に長生きしてたら、どういう生活してたんだろうなぁって、少し考えた」

(真理)「そのお婆さん、不幸せそうに見えたの?」

(水島)「いや、むしろ幸せそうに見えた。僕ぐらいの年齢設定のヒューマノイドと一緒に暮らしてた」


水島は、昼は役所務め、夜は竹細工の職人をしている、そのヒューマノイドの話をした。


(水島)「・・・カイルとケイコさんの晩年はどうだったの?」

(真理)「祖父母は二人で一体のヒューマノイドを所有してたわ、使用人って感じの男性型ヒューマノイド。でも、料理や庭の草刈なんかは体が動かなくなるまで祖父母が自分たちでやってた。引退後はバカ息子(※真理の父親)に遺産相続して、故郷のテキサスで牧場付きの広〜い家で余生を送ったの。90になって祖父一人になっても、誰に頼ることもなく大好きな牧場で生活できたのはヒューマノイドのおかげだと思うわ」

(水島)「・・・でも、君はクラウド派でヒューマノイドを嫌ってる」

(真理)「嫌ってないわ、ヒューマノイドは。私が嫌いなのは、ヒューマノイドに頼りきって、人間としてのプライドを失った生き方してる奴ら。昨日、ここに押しかけた女とかね」

(水島)「ふ〜ん。ステッフ、君の父親もそうなってしまったの?」

(真理)「・・・あ、・・あいつは、もっとタチ悪いわ。・・あの男は、そういう輩を量産しようとしてたのよ」

(水島)「そういう輩を量産?」

(真理)「人のように自然な恋をするヒューマノイドを開発しようとしてたの。それで我家の資産を食い潰し、家族を捨てた。・・・アホでしょ?」

(水島)「・・・それは、・・・アホだな」


真理は、はじめクスクスと、その後、大声で笑い出した。しかし、すぐに少しワザとらしい笑いになり、その後は静かに淡々と料理を皿に盛り付けた。


  《ヒューマノイドは人に恋をするのでしょうか?》


水島は、中西の秘書の言葉を思い出しながら、皿に盛られた料理を運び、箸置きに箸を揃えた。それとなく窺う真理の横顔には、優しい微笑みはあったが、表情はどこか寂しげで、食事中の会話は、料理中より少なくなった。水島は、悪いことを聞いてしまったと心で反省したが、同時にまったく気を使わなくて済むクレオとの暮らしに自分が慣れすぎたのでは、と一抹の不安も感じた。


  《この時代、いつもヒューマノイドと一緒にいるでしょ?そうすると、あの寛容性が当たり前だと思っちゃうのよ。素敵な人に出会っても、付き合い始めるとすぐに『どうして、この人、こんなに心が狭いの?』ってお互い思っちゃうわけ》


中西の言葉が頭を巡る。クレオは水島の隣に座っているが、真理に気を使ってか、今日は水島に甘えることはしない。クレオは、小皿に少量よそわれた真理の料理を時々口に運び、差し障りのない話題を提供しながら、二人の会話が途切れすぎないように気を使っている。

「(俺の社会性も退化してきたのかなぁ?)」


  夕食の後片付けが終わり、クレオは「体に病院の匂いが付いているので」と言ってバスルームに入った。メルクーリのプレス・カンファレンスが始まるまで約1時間。水島はお茶を入れ、ソファ・テーブルに湯飲みを2つ並べ、真理の左に離れて座った。


(真理)「あっ、ありがとうございます」

(水島)「・・・さっきは、ごめん。・・デリカシーに欠けていた」

(真理)「えっ、・・・私、何か嫌な顔しました?」真理は明るく振る舞った。

(水島)「ん?・・・いや。君に嫌な顔があるとは知らなかった」


真理は、無理やり嫌な表情を作って笑わそうとする。水島が顔を緩めると、真理は水島に体を向け、横に座った水島の目をまっすぐに見つめる。


(真理)「ファーガソン家の真理として、お願いがあります」

(水島)「なんだい、改まって?」

(真理)「あのぉ、・・・膝枕してもらっていいですか?」

(水島)「はぁ?」

(真理)「お願い!」ソファの上に正座し、両手を合わせ祈るポーズをする。

(水島)「・・・別にいいけど、・・・変なの」

(真理)「ヤッタぁ!」真理は子供のようにはしゃぎ、水島の太ももに頭を乗せて寝っころがり、左手で束ねた後ろ髪を水島の膝に向けて流した。太ももの上の真理の目は水島を見つめている。


(真理)「ここから見るケイの顔は少し違う人みたい」

(水島)「どっちの顔がマシだ?」

(真理)「・・・どっちも好き」


真理は左手を伸ばし水島の右頬に触れる。


(真理)「お爺ちゃんが言ってた。小さなステファン(父)は、いつもケイに膝枕してもらってたって」


水島も右手で真理の左頬を撫で、そっと添える。


(水島)「うん。よく、そのまま寝ちまって、僕は動けなくなっちゃった」

(真理)「あの馬鹿野郎、どこで何をしているのやら」


真理は潤んだ目を隠すように左手を目の上に移し、照明が眩しいそぶりをする。


(水島)「お母さんは元気なの?」

(真理)「3年前、他界しました」

(水島)「・・・ごめん」

(真理)「うううん。ケイには知ってもらいたかった」


真理は、両手の指を組んで、お腹のあたりに置き、少し湿った視線を水島から天井に移した。


(真理)「中西先生の下で博士の学位を取った後、久しぶりの休暇を母と旅行に出かけたの。母と会うのも久しぶりだったけど、母と旅行なんて何年振りだったのかしら。・・・でもね、母は娘の私によそよそしかったの。母は連れてきたヒューマノイドとは楽しそうに話すけど、私とは何か・・距離があるというか、他人行儀というか。私のやきもちで気のせいだったのかもしれないけど・・・」


水島は呼吸の音にも気を使って静かに次の言葉を待った。


(真理)「滝を見に行く途中だったわ。私はもっとゆっくり歩くべきだった。・・・母のヒューマノイドに嫉妬してた。イライラして早足になった」


真理は、一旦、口をつぐむ。水島は、重い雰囲気に生唾を飲み込む。


(真理)「短い叫び声に振り向くと、母とヒューマノイドが絡まりあうように崖に沿って転がり落ちてゆく姿が見えたわ。400ヤード(370メートル)も落ちたそうよ」


水島は右手で真理の目から流れ落ちる涙をぬぐい、左手で自分の目頭を抑えた。


(真理)「警察ってひどいよね。・・・ボロボロになったヒューマノイドからメモリー取り出して、死にゆく母の映像を見せるの、何度も何度も、現場検証だって。・・・ヒューマノイドの視覚が捉えた映像には、彼が一生懸命、母を助けようとした姿が残ってたわ。『結衣、結衣』って母の名を呼んで、崖を落ちながら、ついに母に追いつき抱きかかえるの。でも、滑り落ちるのを止められない。彼の右腕が引きちぎられて宙に舞い、その後、大きな岩にぶつかる音がして止まった。映像には、母の頭部、砂埃にまみれた母の髪の毛が写って、その後ろには、青白い一枚岩が殺伐と広がっていたわ」


水島は抑えた目頭から堪えきれず涙が溢れたが、ゆっくり大きく呼吸して嗚咽で膝が揺れないよう努めた。真理は両手を顔に乗せて、声も出さず、しばらく静かに泣いていた。


  バスルームの扉の向こうでクレオがドライヤーをかけ始め、やがて風の音は止まり、何やらゴソゴソ音を立てはじめた。ヒューマノイドも女性型は、その繊細で美しい人工肌を維持するために入浴後に入念なメンテナンスが必要だ。


「私ね、ヒューマノイドに対しての感情が屈折してるんです」


まだ目は赤らんでいるが、真理は落ち着きを取り戻し、指を組んで反対向きに伸ばして笑顔を見せた。そして、膝枕から起き上がると水島の肩に寄りかかるように並んで座った。


(真理)「ケイは知らないかもしれないけど、ファーガソン家では、あなたはヒーローなの」

(水島)「・・・ヒーローじゃなく、せいぜい悲劇の主人公だよ。で、蘇生できた今、悲劇の主人公も返上すべきかな、と」

(真理)「いいえ」


真理は、横から水島の顔を覗き込み、少し寂しそうな表情をする。


(真理)「8年前に祖母、5年前に祖父、3年前には目の前で母を失い、父はずっと昔に失踪したまま。私は、深〜い闇の中にいたの。そんな時、大好きだった祖父母の昔話に英雄として登場したケイが冷凍保存から生き返ったの。分かる?・・・この意味、分かる?この気持ち、分かる?」


真理は、興奮気味に左手で水島の右腕をつかみ、強く揺する。


(真理)「私には、蘇生してくれただけでヒーローなの」


水島の肩に額を押し付け、両手で水島の右腕を包みながら呟くように声を出す。


(真理)「ありがとう」


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