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水島クレオと或るAIの物語  作者: 千賀藤隆
第二章 AIのある暮らし
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古都の心

家に着いても、中西の秘書が見せたフローラと水島の映像が頭を離れない。今まで観たどんな名作映画のラブシーンにも負けない、心打つフローラの振る舞い、表情、あるいは演技。あの時は、突然で「このロボットが!」と、・・・いや、嘘だ。あの一瞬、水島は魔法にかけられたように惹き込まれた。ネット上で多くの人が感じたように。ヒューマノイドの『人が感じる心』が人を動かす・・・、あるいは滅ぼす・・・。


書斎のロッキングチェアに座り、真っ白い壁をぼ〜と見つめていると、日本に向かうプリズム・チューブに乗った真理からテレビ電話が入った。今夜9時、メルクーリのトップがイギリスでプレス・カンファレンスを開く。人体の冷凍保存事業に関してだ。一緒に見ないかと誘われたので家に招待した。


「ああ、構わんよ。夕食も食べてくか?」

「いいんですか?」

「一人前作るのも二人前作るのも変わらんよ」

「まるでケイが料理するみたい」

「僕が作るんだよ」

「えっ、じゃあ、私も手伝うわ。久しく料理してないんで手伝わせてください。じゃあ、そちらに6時過ぎに着くと思います」


真理との短い会話を終え、食材の買い出し(オンライン)もしたが、時刻はまだ5時前。このまま部屋でモヤモヤしているのも気持ち悪い。雨も上がり、日はまだ高い。水島は、心を落ち着かせるために散歩に出かけることにした。


  昼過ぎまで続いた雨が散歩道に残る。丘の八合目あたりにある水島のマンションから麓へ降りる道は、新しいけれど古い街なみ。緑が繁る庭にたたずむ古い寺、岩陰にひっそり彫られた仏像、今も残る屋外の野菜畑。路面電車も路駐の車も電柱も電線もなくなったが、細い路地、自然の草花を活かした竹枠の垣根、波のように歪んだ舗装道、山肌に斜めに傾げる木々など遠い昔の面影も残る。水島が学生時代(70〜80年前)に幾度も歩いたはずの古都の街並、記憶になくても懐しい風景。


  あてもなく、気の向くまま歩き続けると閑寂な住宅地は唐突に観光客で溢れる商店街に変わった。水島は歩行者道の真ん中で立ち止まり、後ろ手を組み、自分の両足を見つめる。右足を浮かせ左足を軸に二度扇型に振る。次に軸足を右に変え左足を振る。腕のインタフェースに目を落とすと、いつの間にか6時を過ぎている。「(こんな遠くまで歩けた)」通行人にぶつかりそうになって、ようやく自分が雑踏の中に立ちすくんでいることを再認識する。まもなく真理が家に来る時間。

「(クレオが帰宅してるはずだから大丈夫だろう)」


  帰りは車を拾うことに決め、その前に、ここまで歩いた記念に何か欲しくなった。近くの小物屋に入り店内を見回す。店の奥には、黒ずんだ小さな木の椅子に座布団を敷いて白髪頭の老婆がたたずんでいた。水島は、後から入った観光客に押し込まれるように店の奥へ奥へと進む。特に欲しいものがある訳でない、とりあえず、水島は老婆の近くにあった質素な竹筒を手に取る。


「い〜らっしゃい〜ませ〜」


間延びした声、寝てるのかと思ったが見えているようだ。あるいは、観光地仕様のヒューマノイドか?水島は、とりあえず、軽く会釈する。


「一輪挿しです〜」小さな目の老婆はどうやら微笑んでいるようだ。

「あっ、一輪挿しかぁ」よく見るとそれは意外に新しい商品だ。いや、作品というべきレベルだ。茶道も華道もよく分からないが、その太さ大きさ、節の形、色、艶、何よりも、その潔い切口に、職人の粋を感じる。


「ただいまぁ」店の奥から男の声が聞こえ、しばらくすると紺の作務衣さむいの横ひもを結びながら40代の男がやってくる。その男は、老婆に近づき肩を抱え、再び、「ただいまぁ」と語りかける。老婆はようやく気付き、満面の笑みを浮かべ、今日、何が売れたか嬉しそうに報告していた。


その男は、水島に気付くと話しかけてきた。

「いらっしゃいませ。どうですか、そちらの一輪挿し?」

「あなたが作ったんですか?」

「はい、店の裏が工房になってまして、ここで作ってます」


その男は、作品のコンセプトやら竹の性質、飾り方などを水島の知らない茶道の言葉も交えて説明した。


「竹細工の職人さんですか?それとも、茶道で使う製品全般ですか?」

「私はヒューマノイドです。昼間は役所で働いて、夜、竹を使った小物を作っています。半分趣味ですが、主人の美佳子がこう言った小物のアイデアを考え、僕がそれを作り、美佳子がこの店を切り盛りしています」

水島は「ふ〜ん」と感心する。

「あなたには、こういった茶道や華道の道具をデザインするプロウェアがインストールされているんですか?」

「竹細工の技巧に関するプロウェアはインストールしました。茶道や華道の基本は、私もヒューマノイドなんでデフォルトで実装されてます。」


その男の話によると、ヒューマノイドの世界的にメジャーなメーカーでは、茶道や華道の心得は基本というか、コアとして実装しているという。


「『利休七則』?」

「千利休がまとめたと言われる『おもてなし』と『しつらえ』のエッセンスです。『茶は服のよきように、炭は湯の沸くように、夏は涼しく冬は暖かに、花は野にあるように、刻限は早めに、降らずとも雨の用意、相客に心せよ』というものです。どれも、当たり前のことですが、千利休が弟子に仰ったように、この当たり前のことを常に心がけ、常に実践するのは、とても難しいことなんです」

「・・・人間にはね?」水島は首を傾げ、ニッとした表情をする。

「はい、ヒューマノイドが得意なことです」

「24時間365日、バッテリーがある限り『利休七則』が実行され続けると」

「はい。ヒューマノイドとお暮らしですか?」

「ええ」

「では、いかがですか?そちらをお求めになって『花は野にあるように』、どんな作品にどんなタイミングで巡り逢うか、体験されては?」

「うちの子にも、できるかな?」

「もちろん。ヒューマノイドはあなたのことを深〜く学習しており、あなたの気分や心境も良〜く理解して、数千万パターンあるレパートリーからあなたの感性に合わせて最適な生け方をしてくれると思いますよ」

「ふむ」


水島は、その周辺にあった他の商品にも目を向け、一つ一つ手にとって品定めしたが、結局、最初の一輪挿しを購入した。


「美佳子さん、お幾つになられましたか?」

「あ〜?」

「お幾つですか?」

「レディーに歳訊くもんじゃないよ、じゃハハァ。わたしゃ、95になったよ、先月。そろそろお迎えが来るからのぉ、欲しいものあったら早めに買っといた方がいいぞ。ハッハッはぁ」

「1972年生まれですか?」水島は、老婆に聞こえるよう、ゆっくり大きな声で訊く。

「ん、そうだ。まだ江戸時代じゃ、ガハハ」

「じゃあ、僕と同い年生まれだ(本当に)、ハハハ」


水島はそう言い残し、右手を上げ、店を出た。大通りに向かう途中、花屋で桔梗の切り花を一輪もらい、インタフェースで車を呼んだ。


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