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水島クレオと或るAIの物語  作者: 千賀藤隆
第二章 AIのある暮らし
33/57

飼い猫進化論

「ふ〜ん、ご近所さんで、いい体験したわね。私もそう思う。あのワンちゃん、ニャンちゃんの中には芸達者な連中もいるわ、社会と隔絶してるけど」


中西は水島の話に付き合いながら、秘書の式部へ次々仕事を指示している。しかし、よく聞いていると、式部が次々と中西が決めるべき事案を指示していた。そこには、小気味良いリズムやユーモアがあり、励ましがあり、信頼関係がある。12年も中西の秘書を務めるヒューマノイドの式部は、中西の伴侶、翔太に負けず劣らず、中西のあやし方を機械学習、心得ている。中西はヒューマノイドがいなければ家では何もできないと言っていたが、それはオフィスでも同じようだ。パンッという音に視線を向けると中西と式部がハイタッチしていた。


「ごめん、待たせちゃって」そう言って中西はソファに滑り込むように座る。

「先週末はご活躍ね、世界中のニュースに登場して」

「登場じゃなく、盗撮をニュースで流されたんですが・・・」

「言ったじゃない、この時代、プライバシーは自分で守らないと、って。まあ、いい教訓ね。大丈夫、みんな忘れっぽいから。ここに来るまで誰もあなたのこと、気付かなかったでしょう?現場、すぐそこなのに」


水島は、中西からもらったケーキをしばらく無言で食べ続けた後、いつものように唐突に唐突な質問を投げかける。


「奏ちゃん(中西の娘)のヒューマノイド、ララは、いつか男性型に変わるんでしょうか?」

「ララちゃん?さあ、どうでしょう。娘の性的指向語れるほど、子供のこと良く知らないわ」

「・・・他のお子さんは?」

「長女は男性型に変えたわ、えらくオッさんのヒューマノイドに。あれは、バカ親父への当て付けね。長男は、まだ学生なので私がペアレンツ・コントロール握ってるわ。けど、そろそろオーナーをあの子に変えてあげてもいい年頃ね。三女は10歳、まだ宇宙人」


そういうと、中西はショート・ケーキのフィルムをフォークで注意深く引き剥がすことに集中しはじめ、水島はその作業を見守った。


「で、クレオちゃんとは、その後、何か進展あった?」

「まあ、ボチボチと。・・・あれから色々考えてますが」

「例えば?」

「『飼い猫化現象』自体は問題ではなく、この社会への適応化なのかな、と」

「ふむ。この社会に適応するために『飼い猫化』される人々がいる、と」

「失礼ながら、中西先生、あなたも『飼い猫』かな、と」

「ニャ〜オ、あら、そうなの?」中西は招き猫のように右手を上げポーズする。

「中西先生は、家猫じゃなく外猫です。自宅以外にも居所があり、別の名前があります。家では翔太さんに菜月と呼ばれ、ここでは、式部さんに中西先生と呼ばれる」

「今、トラ柄の太った猫を想像したわ、無愛想な」

「僕のイメージでは細身のペルシャ猫ですけどね(グルーミングしないから毛玉だらけの)」


中西は、右手の人差し指を顎に当て天井を見ながら答える。


「確かに家では翔太くんがいないと何もできないし、ここでも、式部ちゃんがいないと何もできないから、飼われているっちゃ、飼われてるのかもね」

「で、『飼い猫化』を問題と捉えるのではなく、『進化』と捉えるべきか、と」

「『問題』ではなく『進化』と捉える・・・?何か良いことあるのかしら?」

「『飼い猫化』自体を『問題』って捉えると、『飼い猫化』は悪いことで、それをやめさせる方法を考えちゃいますよね?一方で、『進化』と捉えるなら、それは既成事実で、それを前提として、より良い社会、あるいは、人類の発展を考えると思うんですよ」

「でも、『進化』って言葉はピンとこないわ」

「では、もし、人類の手足がメカで強化され、時速100キロで走り、1トンのバーベルを持ち上げ、脳はネットに接続し網膜に映る映像を操作できる、そんな風にサイボーグ化されたら、この場合、『進化』と呼べますか?」

「その場合は、より優れた人類になったので進化よ」

「サイボーグ化の場合は、人体とメカが一体化してるのでイメージしやすいですね。『飼い猫化』では、物理的には一体化してませんが、『人+ヒューマノイド』、一人と一体のセットで新しい個体、新人類と考えるんです」

「ふむ」

「そうすると、中西先生のような有能な人は『自分の中』のアシスタントを使い、より高い成果を出せるし、先ほどの花玲奈のような経済力のない人でも、今の時代の労働環境に適した労働力を『自分の中』から提供できる」

「ふむ」

「恋人を作るのに悩んだり、生涯の伴侶を得ようと無理して結婚する必要もなく、病気になったり年老いて身体が動かなくなっても、自分で大抵のことができる。つまり、『自分の中』のヒューマノイドが面倒見てくれる」

「ふむ」

「『自分の中』に、疲れ知らずで家事も晩酌もやってくれる部位=ヒューマノイドがいて、料理やメークアップに至ってはプロ級の腕。旧人間部分がダラけた性格でも、確定申告もやってくれるし、意外に健康的な生活も送れる」

「ほう」

「さらには、『自分の中』だけでもウィットに富んだ知的な会話を楽しんだり、音楽やら絵画やら文化的な活動を『自分の中』のプロ級の指導者と楽しんだり、『自分の中』の美男、あるいは美女を相手に性欲まで満たしてしまう。新しい人類の個体は、ずいぶん進化したと言えませんか?」

「そう考えると『飼い猫化』って、サイボーク化より遥かに大きな進化ね」

「ええ、僕はそう思います」

「でも、問題がない訳ではないんでしょ?」

「はい。『飼い猫化』は問題ではなく『進化』の帰結、つまり前提条件。我々がすべきは、その前提条件の下で、今、何が問題か突き止めることです」

「問題は何か?水島さん、あなた、それに対しても考えがあるんじゃない?」

「う〜ん、漠然と思うのは、進化には退化が付きものということ」

「退化が付きもの?」

「進化と退化は対立する概念ではなく、通常、進化の過程では何かが退化します。例えば、人類は進化の過程で尻尾がなくなりました」

「飼い猫化の過程で、何かが退化したと?」

「ええ、それが問題に見えるんだと思うんですよ」

「何が退化したの?」

「社会性です」

「・・・そうね、答えは簡単だったわ。でも、それって、人間としてめちゃくちゃ、コアじゃない?」

「あなたのご専門です。人間って社会的存在なんですか、社会学では?」


  中西のオフィスのエレベータが開き、若い男が一人やってきた。中西の下で学ぶ大学院生だ。中西は「あっ、忘れてた」と言って立ち上がり、両手を合わせ水島に「30分ごめん」と謝って奥の会議机へ移った。学生への一対一の研究指導の時間とのこと。

「紅茶のお代わり、いかがですか?」


中西の失礼を完璧に補うタイミングで秘書の式部がやってくる。水島は、軽く微笑み紅茶のお代わりを頼む。


「君は、好奇心ってあるのかな?」


水島は、ティーポットから紅茶を注ぐ式部にそう尋ね、中西が座っていたソファに腰掛けることを勧めた。


「好奇心ですか?ええと、中西先生が興味を持たれそうな分野は、日頃から幅広くモニタリングしています。これは好奇心ですか?」


水島は、質問の仕方が悪かったと思い、質問を修正して投げかけた。


「じゃあ、僕についても何か調べたと思うけど、もっと調べてみよう、って思うことって、何かあったかな?」

「はい、水島さんは、とてもユニークな方ですね。まずは、51年間、冷凍保存でタイムスキップされたとのことですが、それは、私のようなヒューマノイドが普及する前の社会ですね」

「うん、そうだね。どういう生活をしていたか、もっと知りたい?」

「はい」

「それは、好奇心だね」


  奥の会議机では議論がだいぶ白熱してきた。水島と話す時とは違い、中西は百戦錬磨のプロの研究者、厳しい指導者の顔をしている。学生は優秀そうではあるが、直近の研究の進捗報告でも、博士論文のまとめ方に関しても、視野の狭さと詰めの甘い論理を指摘され、学生の主張はことごとく跳ね返され、研究者としての未熟さを嫌という程、思い知らされていた。


「(真理も何年か前までは、ああやって絞られたのかなぁ)」


水島も、自分の大学院時代を懐かしく思いながら、いつもとは違う中西の口調にも耳を傾け、中西のもう一人(一体)の飼い主との雑談を続けた。


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