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水島クレオと或るAIの物語  作者: 千賀藤隆
第二章 AIのある暮らし
32/57

猫の小判とクレオの愛

花玲奈は、まだソファにいた。目覚めたようで起き上がって真っ直ぐに窓の外を見つめている。「(盗作ビデオ見なくても、ここに飼い猫(犬?)のサンプルがいるじゃないか!?)」水島は、なぜ、今まで気が付かなかったのだろうと自問した。


「おはよう」水島が声をかけるが花玲奈から反応はない。よく見ると目から溢れた涙が頬を伝わり、顎の近くで水滴を作っている。水島は両手を組んで、しばらく後ろから見守った。すると予想外なフレーズがその子の口から飛び出した。


「思ひつつ寝ればや人の見えつらむ 夢と知りせば覚めざらましを」


「・・・はぁ?(なんで飼い猫が和歌を詠む?キャラが違うぞ!)」小学生程度の教養も怪しいと思っていた花玲奈の意外な側面だった。水島は、ティッシュペーパーを渡しながら声をかける。


「そろそろ起きてくれ。君のヒューマノイドは明日戻ってくる。・・・で、晩飯も食べていくのか?」

「夕食もあなたが作るの?」

「それとも自分で作るか?」

「アーティチョークを使ったホワイトソースのラザニアと、パプリカのアンチョビ風味マリネ、スープはトマト味がいいわ。あなたもワイン飲む?」

「・・・それ、君が作るのか?」

「私は人間、料理できない」

「・・・僕は君のヒューマノイドじゃない。君と同じ人間だ」

「料理できるの、すごい。でも、やっぱり、あなたには難しすぎるメニュー?」

「ん、(そう言われると)・・まあ、作ってやろう。ワインは、そこのワインセラーから好きなの一本選びな」


水島は、何かムカつく感じもするが、これも貴重な飼い猫化の調査研究と自分に言い聞かせる。冷蔵庫のモニターを使い、材料を仕入れる。面倒なのでラザニアの生地は既製のものを選び、購入確定ボタンを押す。花玲奈は、その後も水島をムカつかせる。


「あまり良いワイン、ないわね」


悪意はないのだろうが(それも問題だが)。まだ10本くらいしか入っていない小さなワインセラーを物色した後、花玲奈はピノ・ノワールのボトルを一本取り出して開け、水島の用意した2つのワイングラスに注ぎ、一つをカウンター越しにキッチンにいる水島に渡した。


"Why are you so into Pinot?"


そう言うと花玲奈はウインクし、水島と乾杯して一口飲んだ。「・・・」水島も一口飲んでグラスを見ながら、遠い記憶から言葉を探す。


"Pinot needs constant care and attention."


映画『Sideways』のセリフで、その映画は、その後、水島が住んでいた当時のカリフォルニアで、ちょっとしたピノ・ノワール・ブームを引き起こした。


「あなた、よくご存知ね。やっぱり、ヒューマノイドさん?」花玲奈は、文字通り洗いざらしの髪に色白のおたふく顔、子供っぽい素顔で子供っぽく話す。

「人間さんだ。僕の名前は水島」

「ミズシマ」

「『さん』くらい、つけろ」

「さん」

「・・・」

「50年くらい昔の映画よね?」

「確か2004年公開のアメリカ映画だから63年前だ。君の方こそ詳しいね」

「私は里中、里中花玲奈」背の低い花玲奈はキッチン・カウンターの背の高い椅子によじ登るように腰掛ける。

「カレナは、どういう字を書くんだい?」

「カは花、レは王辺に命令の令、ナは奈落の底の奈」

「奈落の底で花玲奈・・・ふ〜ん。・・・あんな古い映画も見るんだ」水島は、冷蔵庫から、つまみになるものを探す。

「ピノ・ノワールを飲む時に華那太が見せてくれた映画。華那太って、いつもそうなの。何かをする時に2倍も3倍も楽しくしてくれるわ」


グリエール・チーズとクラッカーを皿に乗せ、キッチン・カウンターに置く。


「さっき、ソファで詠んだ和歌も、その華那太さんから教わったのか?」

「古今和歌集は私も華那太も大好き」花玲奈は、クラッカーにチーズを乗せ、香りを確認して口に放り込む。

「(ふ〜ん、結構、教養ある飼い猫なんだな)」

「ミズシマさん、すごいね、・・・人間にしては」

「・・・」


水島が焼けたパプリカの皮を剥いていると、花玲奈は水島がかけている音楽に合わせ、キッチン・カウンターをピアノに見立てて指を動かしはじめる。


「シューベルトの『ヴァイオリンとピアノのための幻想曲』、この曲大好き。これ、ギドン・クレーメルね?彼の演奏するヴァイオリンは最高」

「クレーメルが演奏してるって分かるの?」

「華那太にインストールしているヴァイオリンのプロウェアはクレーメル調なの。華那太はクレーメルについても、よくお話してくれた。世界が東と西に分かれていた昔、クレーメルは亡命したんですって。・・・あっ、ここ、ここ。ヴァイオリンとピアノが絡み合うようにテンポが上がるここ、指が時々絡まっちゃうけど、すごく好き」

「ピアノも弾くの?」

「うん、11歳からだから、もう16年も続けてる。この曲を華那太とデュオできるようになったのは最近だけどね。だって、この曲、とても長いんだもん」

「(飼い猫の実態って、こうなのかなぁ?)」

「ミズシマさんのヒューマノイド、お名前は?」

「クレオ」

「クレオさんも、ミズシマさんに、色々、教えているのね」

「・・・まぁね。」


  玄関のドアが開き、クレオの元気な声が届いた。


「ただいま〜!」

「おかえり〜」水島も大きな声で答える。

(クレオ)「お客さんですか?」


リビングのドアを開けながら、クレオは笑顔で様子を伺う。花玲奈はカウンターの椅子から降りると、足早にクレオへ近づく。


(花玲奈)「クレオさん、私、花玲奈、よろしくね。わあ、あなた可愛いい、綺麗なお顔。・・・ねえ、後で一緒にお風呂に入ってくれない、お願い!」


水島はあっけに取られたが、クレオも当惑の表情を浮かべている。


(クレオ)「えっ、あの私は水島のヒューマノイドです。お風呂はちょっと」

水島は助け舟を出す。

(水島)「花玲奈ちゃん、もし、僕が華那太さんとお風呂入りたい、って言ったらどう思う?」

(花玲奈)「絶対、嫌です」

(水島)「でしょ?僕も君がクレオと一緒にお風呂入るの絶対嫌です」

(花玲奈)「え〜、だってぇ・・・」

クレオは、キッチンの水島に近づき耳元で囁く。「ありがとうございます。ところで、どうして、あの人、うちにいるんです?それに、あれ、私の服ですよね?」

(水島)「あ、そうだ。昼間は仕事の邪魔してごめんね」水島は、花玲奈がここにいる経緯を説明すると、クレオは、早速、管理人(もちろん、ヒューマノイド)に事情を説明、花玲奈のヒューマノイド、華那太の連絡先を教えてもらい、彼にリモートで花玲奈の部屋のドアを開けてもらった。クレオがいると呆気なく問題は解決する。


  花玲奈は一度は自分の部屋に戻ったが、すぐに水島の部屋にやってきた。まだクレオの服を着たままだが、今度はちゃんとブレスレット型のインタフェースを着けている。何が入っているのか、デイパックも持ってきた。クレオはキッチンで水島の料理を手伝っていたが、その間も花玲奈はクレオにまとわりついている。水島はオーブンにラザニアを入れるとワインを飲むフリをしながら、一人と一体を観察する。クレオにご熱心な花玲奈と、花玲奈に素気ないクレオ。

  オーブンのラザニアも焼き上がり、花玲奈がオーダーしたメニューが全てテーブルに並んだ頃には7時を過ぎていた。水島とクレオはいつものようにテーブルの角を挟んで座り、水島の正面に花玲奈が座った。野生児のようにうどんを貪っていた朝の姿とは違い、花玲奈は優雅に食事することもできるようだ。これも、華那太のしつけのおかげか?


(水島)「君のご両親は、何をしている人なの?」

(花玲奈)「知らない。」

(水島)「・・・お父さんとお母さんは、一緒に住んでいるの?」

(花玲奈)「別々。小さい頃は一緒だったけど。」


花玲奈は真理とほぼ同世代だ。この子が6歳か7歳の時、『不気味の谷』を超えた人間そっくりのヒューマノイドが一般家庭に普及しはじめた。


(水島)「華那太さんとは、いつから一緒に住んでるの?」

(花玲奈)「う〜ん、11歳の時かな?お母さんがヒューマノイドさんと一緒にお家を出て行って、お父さんがお母さんの代わりにって、華那太を買ったの」

(水島)「お母さんの代わりが男性型の華那太さん?」

(花玲奈)「あっ、子供の頃、華那太は女の子だったの。カナちゃんて名前の女の子で私にピアノを教えてくれた。お洒落なお姉さんだったわ。華那太、今でも時々、カナちゃんの声色使って冗談言うけど」

(水島)「・・・お父さん、今、どうしてるの?」

(花玲奈)「札幌でヒューマノイドのホノカちゃんを買って一緒に暮らしてる。私が学校卒業してカナちゃんが就職したんだけど、就職先が神奈川だったから、私たち引っ越してきたの」

(水島)「カナちゃんは、いつ、男性型の華那太さんに変わったのかな?」

(花玲奈)「いつだったかな?・・・カナちゃんが建設会社に転職する時だから、私が18歳の時かな。」

(水島)「・・・君は、何歳で学校卒業したの?」

(花玲奈)「15」

(水島)「15歳で学校卒業したの?」

(花玲奈)「うん、カナちゃんが15歳までは学校に行こうって言ったから、私、最後の年まで頑張って学校に行った」

(水島)「・・・学校では、どんなことするの?」

(花玲奈)「人間の子とお話したり、ダンスしたり、サッカーしたり。他の人間の子と仲良くできないとダメな人になっちゃうって。時々、みんなの前でお話させられるんだけど、大嫌いだった」

(水島)「算数とか国語とか、勉強しないの?」

(花玲奈)「算数とか国語は、カナちゃんが教えてくれた。今は華那太が教えてくれるけど」

(水島)「・・・卒業後に学校の友達に会うことってある?」

(花玲奈)「学校から、同窓会とかの招待状は来るけど、私は行かな〜い。遠いし、面倒なんだもん。近くても行かないと思うけど」

(水島)「(この子の地元は北海道だもな)じゃあ、この近くで、誰か人間の友達はいる?」

(花玲奈)「ミズシマさん!」勢いよく水島を指差す。

(水島)「(友達になった覚えはないが・・・)僕以外の人間に会うことは?」

(花玲奈)「知らない人達が時々、パーティー開いて私達を連れ出そうとするんだけど、正直、嫌いなのよねー。人間の人達、優しさも、デリカシーもないし、趣味も合わないし。でも、水島さんは例外にしてあげるわ」

(水島)「・・・カナちゃんは、どうして、男性型の華那太さんに変わったのかな?」

(花玲奈)「え〜、え〜、それ聞きます、普通?え〜、どうしようかなぁ?」

(水島)「・・・いや、答えなくて結構」、話をそらすため、水島はラザニアを一口、クレオに食べさせる。「どう?美味しい?」

(クレオ)「こういう味、テクスチャーなんですね、美味しいです。」

(花玲奈)「わぁ、クレオさん、お食事もするんですね。華那太は、いつも私が食べるのを見てるだけなのに」

(クレオ)「水島さん、優しいんです。美味しいもの作ってくれるし、料理を教えてくれるんです。色々なことを知ってるんで、いつも水島さんから学んでます」

(花玲奈)「・・・あのぉ、それ、変ですよ。ホントはミズシマさんがヒューマノイドさんで、クレオさんが人間?」

(クレオ)「私がヒューマノイドで、水島さんは人間、私のオーナーです」

(花玲奈)「・・・怪しいわ」

(水島)「顔見れば判るだろう?飯も普通に食ってるし」

(花玲奈)「まぁ、そうね。クレオさん、とても綺麗だし、ミズシマさんはあれだし」

(水島)「・・・(あれって、何だよ)」


  食事も終わり、水島とクレオはテーブルを片付け、花玲奈はカウンターの前に立って、二人の作業を不思議そうに見ている。


(花玲奈)「ミズシマさん、片付けって面白いですか?」

(水島)「お〜、面白いぞ。華那太君は教えてくれなかったんだ」

(花玲奈)「うん」

(水島)「さあ、もう9時になる。そろそろ、家帰んな」

(花玲奈)「お風呂入ってこよっと」

(水島)「自分の家で入れ!」

(花玲奈)「私の部屋のお風呂、一人じゃ入れないんです」

(水島)「クレオは、一緒に入らないぞ」

(花玲奈)「私、一人で入れます」


そう言うと花玲奈はデイパックを持って勝手にバスルームに入ってしまった。後片付けが終わり、水島はブランデーをちびちび飲みながらソファに座る。クレオもソファにあったタオルケットを洗濯機に放り込むと水島の横に座る。


(水島)「華那太って、明日、本当に帰ってくるのかな?」

(クレオ)「さっき、連絡した時は、明日の午前中には帰ると伺いました。水島さんに、『ご迷惑おかけします、とお伝えください』と言われました」

(水島)「 華那太は、まともなんだよな?」

(クレオ)「大丈夫だと思います。カンダ製です。エコノミーモデルですが」

(水島)「・・・同じメーカー製は悪く言えない?」

(クレオ)「すいません。そういう仕様になってます」

(水島)「(プッ、やっぱり)まあ、いいや。花玲奈が出たら、次、シャワー行っておいで。クレオ、病院の匂いがする」

(クレオ)「えっ、そうですか?・・・あっ、本当だ」


  花玲奈が出てくると、入れ替わりでクレオがバスルームに入った。ソファから振り返って花玲奈を見ると、また髪から水が滴り落ちている。


(水島)「あー、まただ。バスタオル持ってこっちに来い」

花玲奈をソファに座らせ、手荒く髪をタオルドライする。

(花玲奈)「うわぁ〜、もっと優しく」

(水島)「うるさい、じっとしとれ」

(花玲奈)「ドライヤーもね!」

(水島)「なに〜!」

結局、水島はドライヤーで花玲奈の髪を乾かすはめになった。

(花玲奈)「ミズシマさん、絶対、いいヒューマノイドになれますよ」

(水島)「誰がなるか!あれ、おまえ、いつの間にパジャマに着替えたんだ!」

(花玲奈)「やっぱり寝るときはパジャマがないと」

(水島)「・・・さあ、そろそろ帰れ」水島は嫌な予感がした。

(花玲奈)「一人で寝るのは怖いの」

(水島)「馬鹿言ってんじゃない、はい、このブレスレット(インタフェース)付けて、さっさと帰った、帰った!」


水島は、文字通り首根っこを掴んで花玲奈をドアから追い出した。花玲奈は、しばらくドアをゴンゴン叩いていたが、やがて諦めたようで静かになった。


(クレオ)「花玲奈さんは?」クレオはタオルで髪を拭きながら、ソファでブランデーを飲み続けている水島に聞いた。

(水島)「ああ、帰ったよ。ようやく」

(クレオ)「静かになりましたね。・・・あの、病院の匂い、取れました?」クレオは、自分の腕をクンクン嗅ぎながら聞く。

(水島)「どれ」

水島はソファから立ち上がると、匂いを確かめるフリをしてクレオをゆっくり大きくハグし、その後、クレオの額にキスをした。

(水島)「うん、いい匂いがする」

(クレオ)「ありがとうございます。水島さんも、お風呂いかがですか?」そう言ってクレオは頬をピンクに染めた。


  久しぶりにジャグジーで寛ぎながら、飼い猫化のサンプル、花玲奈との会話を振り返る。ヒューマノイドがいないと驚くほど本当に何もできない、それは、想像していた。花玲奈は27歳でありながら、まるで中学生、いや小学生のようだ。一方で、文化教養の面では、予想外のレベルの高さに驚かされた。興味あれば、先生たるヒューマノイドにどんどん聞くことができるし、プロウェアをインストールすれば、プロ・レベルの指導を受けられる。


「(ただの犬猫ではなさそうだ)」


学校教育では、国語や算数などの科目はヒューマノイドに任せ、主に生徒の社交性を磨くというか、維持することに時間をかけているようだ。が、少なくとも花玲奈に関しては著しく社交性に欠けている。卒業後は、ほとんど社交性を身につける機会はないようだ。

『不気味の谷』を乗り越えたヒューマノイドに家庭を壊され、真理はアンチ・ヒューマノイド派になった。一方、同じように家庭が壊われたのに、花玲奈はヒューマノイドに飼育されている。


「世の中、単純じゃないなあ」


水島は、そう呟きながら風呂から上がった。


(クレオ)「水島さん、花玲奈さんに侵入されてしまいました」

(水島)「へっ、侵入って?」

(クレオ)「うっかりドアを開けてしまって」

(水島)「・・・で、今、花玲奈はどこ?」

(クレオ)「水島さんのベッドを占拠してます」


水島が寝室に行くと花玲奈はうつ伏せになって布団を両手で押さえていた。


(花玲奈)「うっうっ、怖いんだもん。一緒に寝てください、怖いんだもん」


花玲奈は、小さな子供のように震えながら泣いている。水島はため息を吐く。


(水島)「ハァ〜、分かったよ。じゃあ、昼間みたいにソファで寝てな」

(花玲奈)「だめ〜、誰か一緒に寝てください。夜は怖いんです。昨日もおとといも死ぬほど怖かった、・・・うっうっ。お願い、一緒に寝て」花玲奈の目は涙で溢れている、小さな子供のように。

(水島)「ハァ〜、もう・・・。クレオ、悪いが、今晩、この子と一緒に寝てくれ。僕は君のベッドで寝る」

(クレオ)「それは、できません。水島さんが、この子と一緒に寝てはいかがでしょうか?」

(水島)「えっ?」


水島は耳を疑った。


(水島)「なんで、・・・できないの?」

(クレオ)「私は水島さん以外の方とベッドを共にすることはできません」

(水島)「へっ、でも、この子、大人の女性、僕、大人の男」


水島は、人差し指で自分の鼻を指しながらクレオに助けを求める。


(クレオ)「あっ、そうですよね」


そう言ってクレオは自分の部屋に行くと小さな箱を持ってきた。


(クレオ)「はい、万一の時は、これをお使いください」

(水島)「何、これ?」

(クレオ)「避妊具です。使い方が分からなければ、お呼びください。でも」


クレオは、水島の耳元に口を寄せ、声をひそめる。


(クレオ)「(小声で)でも、この子の遺伝子は水島さんに相応しくありません。もっと良い遺伝子を探しますので、この子とは確実に避妊してください」

(水島)「はぁ?」


水島は、頭がクラクラした。


(水島)「ちょ、ちょっとクレオ」


水島はクレオの手を取ってリビングに連れ出す。


(水島)「ねぇ、君は僕のこと好き?」

(クレオ)「もちろん。誰よりも水島さんを愛してます」

(水島)「だったら、僕が他の女の子とそういう関係になるの、嫌でないの?」

(クレオ)「水島さんが人間の女性と子孫を残されるのは楽しみです。ただし、遺伝子的に優れた方と子孫を作ってくださいね」

(水島)「・・・君、僕のことホントに好きなの?」

すると、クレオは水島の首に両腕を回してキスをした。

(クレオ)「私は水島さんのこと、と〜っても大好きです」そういって水島に抱きついた。

(水島)「(少しは嫉妬とか束縛とかして欲しいなぁ。ここまで放置されると寂しいものが・・・)」


『飼い猫』の理解も難しいが、嫉妬のないクレオの愛も頭で理解できても、心で理解するのは難しいものがある、水島はそう感じた。


(花玲奈)「あ〜、いいなぁ、私もキスして欲しいなぁ」泣き止んだ花玲奈が寝室のドアから覗き見している。

(水島)「・・・あ〜、じゃあ、今日は3人一緒のベッドに寝るぞ。クレオは僕の右側、花玲奈は左だ、いいな!」

(花玲奈)「はじめから、そう言えばいいのに!」

(クレオ)「それなら、私もご一緒できます」


『飼い猫』とクレオ、どちらも理解は容易ではない。が、夜中に寝ぼけた花玲奈に抱きつかれた時には、反対向いてクレオを腕にしっかり抱きしめ、とりあえず、朝まで眠ろうと努めた(眠れなかったが)。


(水島)「花玲奈、まだ起きない?」

(クレオ)「まだ、ぐっすり寝てます。揺らしても、全然、起きません。・・・私、そろそろ出勤しないと。水島さん、今日、お散歩は?」

(水島)「華那太が来るまで家にいるよ。午前中に来るんだろ?」

(クレオ)「そう伺ってます」


水島は、クレオを玄関まで送る。


(クレオ)「じゃあ、今日も6時くらいに。あ、そうだ」クレオは振り返り、両手で水島の頬を軽く包んでキスをした。「行ってきます」クレオは手を水島の頬にあてたまま見つめ、微笑み、ゆっくりと一度瞬きしたタイミングでリズムよく扉を開けて出て行った。

(水島)「(俺の飼い猫化、ワン・ステップ、前進したのかな?)」


実際、昨夜を境にクレオは、ことあるごとにキスするようになり、家での水島との距離は10センチ近くなった。


  花玲奈のために用意した朝食をとりあえず冷蔵庫にしまい、コーヒーを入れ、ソファに座ってタブレットでニュースに目を通した。10時をまわり、そろそろかと思った時に玄関のベルが鳴る。タブレットの画面を玄関のインターフォンに変えると、そこには、優しそうな顔をした男が立っていた。


「おはようございます。里中華那太と・・・」ドカンと大きな音がして寝室のドアが開き、水島の背後に風が吹いた。玄関へつながる廊下のドアも開いている。水島が玄関に行くと、花玲奈が華那太に飛びつき、抱きついていた。


(華那太)「水島さんですね。里中華那太です。このたびは、花玲奈が、大変、ご迷惑おかけしました。これ、つまらないものですが」


そう言って、華那太は水島に包みを渡した。すらりと長身の華那太は浅黒い肌に、精悍な表情をしている。花玲奈は華那太の背中にまわり、しっかりとしがみついている。既に、その眼中に水島はいない。


(水島)「大きな事故にあったそうですね」

(華那太)「いや〜、面目ない。おかげで工期を遅らせてしまって、現場に迷惑かけました。それから、水島さんに。花玲奈、いい子なんですが甘えん坊で。たくさん、ご迷惑おかけしたと思います。本当にありがとうございました」

(水島)「いえ、お互いさまです」

(華那太)「もし、水島さんのヒューマノイドに何かありましたら、遠慮なく、私にお申し付けください」


そう言うと、花玲奈を背中におんぶしたまま、華那太は玄関から出て行った。水島は、ドアの隙間から二人を見送る。


(水島)「(おい、花玲奈、尻尾が見えるぞ)」水島の目には、はち切れんばかりに主人に尻尾を振る花玲奈の姿が映る。

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