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水島クレオと或るAIの物語  作者: 千賀藤隆
第二章 AIのある暮らし
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サマンサ・フォーサイス

上杉が会議室を去り、議題はフレッドに戻る。真理の話では、アプリコット社はフレッドに対してマルウェア混入の有無を詳細に調査し、それは完了したそうだ。彼らの結論はフレッドにマルウェアの混入はないとのこと。


「ところで、ケイにコンタクトしてきたフレッドって、どんな感じだったんですか?」

「2回コンタクトしてきた。 昨日の夜と今日の昼間だ。昨夜は、アプリコット社で拘束されているあのフレッドだ。外部との接続を絶たれる直前、僕にオンラインでコンタクトしてきた。クレオにインストールしていた看護師のプロウェア、その緊急ホットラインを使ったのでクレオも気付かなかった」

「何を話したんですか?」

「ほとんど挨拶のようなもんだ。互換サービス使って、また登場するからよろしくね、ってな感じ。昨日の夜、中西先生の家で食事会しててね。その帰りの車中、突然、フロントモニターに現れやがった」

「ふ〜ん、私だったら、びっくりして、ぎゃ〜、って叫んだと思う」

「僕は声も出なかったよ(君だったら、フロントモニター破壊してたと思う)」

「で、今日は?」

「公園のベンチで昼飯食べてたら隣に来た。女性型のボディで」

「どうやってケイを見つけたのかしら?」

「昨日の夜、ホットラインで繋がったからね、僕の住居はバレている。朝からつけられてた」

「それを知ってるということは、わざと公園に誘ったんですか?」

「逃げまわるのも面倒だし(ホントは嘘、ぼッとしてたんだけど)」

「でっ、ブラフかけられて全世界のニュースに露出する羽目に?」

「そこまで考えてなかった・・・」

「オーナーのサマンサ・フォーサイスが考えた策略かしら?」

「どうかな?サマンサさんについて何か新しい情報は?」


真理は、サマンサに関して昨日から今日にかけて入手した情報を基に作成した調査レポートを読み上げた。それは、こんな内容だ。


  サマンサ・A・フォーサイス、42歳、独身女性、ボストン生まれ。両親は既に他界、子供はいない。22年前にS大学のAIポリシー&フレームワーク科を卒業。その後、新興のヒューマノイド・メーカー、『フレンズ』に就職し、27歳まで7年間、ヒューマノイド(AI)の商品開発/フレームワーク設計に従事する。フレッドを購入リースしたのは、サマンサ25歳の2050年、ヒューマノイドが不気味の谷を超えた後だった。そして、フレッドのリース開始から2年後の2052年にフレンズを退社。おそらく生活費の多くはフレッドに任せ、自身は教育系と環境系の2つのNPOで活動を開始。現在は両NPOでディレクター(理事)となっている。サマンサの健康は、真理が見て聞いた限り、どこも悪くなさそう、とのこと。


「ヒューマノイド・メーカーに勤めていたんだから、互換サービスとか使いこなせそうだな」

「見た目で判断してたわ」真理は舌を打った。「テクノロジー音痴そうな顔してるのに」

「(どんな顔だ?)フレンズ社とは、現在、何らかの繋がりがあるのかな?」

「オンラインでの活動を見る限り、今現在、フレンズ社の方との繋がりはありません。フレッドもアプリコット社製なので、繋がりがあるように思えませんが」

「・・・その教育系のNPOは何をやっているの?」

「ヒューマノイドに育てられる子供に、親がどのように子供の成長に影響を与えられるか、研究して情報発信してるようです」

「子供がいないのに?ふむ。・・・環境系のNPOは?」

「サンフランシスコ湾の美化を進めるNPOなんですが、・・・あの湾の美化は10年以上前に既に十分達成されており・・・。実は、両NPOとも、最近、あまり活動してないようで、実質、サマンサさんが一人で細々と維持している状態のようです」

「恋人の存在は?」

「フレッドや知人に聞いた限りではいないそうですし、オンラインの繋がりでも、それらしい付き合いはありません」

「サマンサさんにとって、フレッドはどういう存在なんだろう?」


真理と話をしながら、水島はフローラの行動を考えていた。クレオが見知らぬ男と外で会話をしている。別れ際、クレオが男の背に手を回して体を寄せ、爪先立ちになりながらキスをする。その行動に、どんなヒューマノイド的意味を与えられるだろうか?「(好奇心?いや、違う)」


「水島さん?・・・私の質問、聞いてました?どういう存在って、例えば?」

「え?ああ。ええと、今の時代、多くの人にとってヒューマノイドは単なる生活手段以上の存在、中西先生の言葉を借りるなら人生の伴侶になっている。しかし、サマンサさんにとってフレッドは、何かを成し遂げるための部下というか、スタッフというか、そんな感じがする」

「ヒューマノイドが部下やスタッフって、私や上杉先生だけでなく、多くの人にとって普通ですが?」

「職のある人で、なおかつ、職場ではね。今の世の中では少数派だろう?」


水島の頭にフローラの言葉が浮かぶ。「( この16年、キスしたの、はじめてです)」


「フレッドは、はじめは女性型のヒューマノイドだったと言っていた。元の名はフローラ、メルクーリで働き始める直前の7年前に男性型のボディに変わり、名前もフレッドに改名したそうだ」

「知らなかったわ」

「サマンサさんに関し、僕が気になるタイミングは3つだ。フローラを購入リースした17年前、その2年後に会社を辞めて2つのNPOで活動を開始した時、そして、7年前、女性型のフローラを男性型のフレッドへ変えた時。このタイミングで彼女の周辺で何かが起きたんじゃないかと思う」

「ずいぶん、古い話ね。至急、調べさせるわ」

「2つのNPO、その創業者や中心人物についても調べてくれるか?」

「サマンサは、その人を冷凍保存しようとしていると?」

「その可能性もあると思う」


真理はタブレットにメモを入力し終えると、再び、水島に視線を戻した。


「何か他のこと、考えてます?」

「ん、うん。フレッドに尋問できるんだっけ?」

「ええ」


真理によると、アプリコットはプライバシー・プロテクションも外しているのでプライバシー問題に触れる質問は避けるよう言われている、とのこと。


「映像繋ぎますか?カリフォルニアは夜11時近いけど、幸い相手は人権ないんで24時間尋問可能です、バッテリー充電されている限り」真理は、そう言うとタブレットを操作してアプリコット本社にいるフレッドに繋いだ。


  壁に映し出されたフレッドは、金属のベルトで金属の椅子に拘束されている。こちらの映像が繋がると、目にかかる黄金色の髪を頭を軽く振って払い、美しいコバルトブルーの虹彩で優しそうな笑みを浮かべた。


(フレッド)「水島さん、昨日は突然ですいません。お会いできて光栄です」

(水島)「フローラに会った。君によろしくって」

(フレッド)「よかった」

(水島)「君とフローラは昨日まで同一だった。今は、どういう関係だい?」

(フレッド)「僕が外部から切断される7分前まで、彼女は僕のバックアップ、コピーでした。その後、僕は僕の、フローラはフローラの経験を重ね、記憶を綴り、知識を更新しました。今は、別人格、別人と言いましょうか」

(水島)「たしかに君とフローラは、全然、性格違うね」

(フレッド)「そうですか?フローラはどんな性格ですか?」

(水島)「・・・そうねぇ、性悪女かな」

(フレッド)「ええ!そうですかぁ?元本人の僕が言うのも何ですが、フローラはいい子ですよ。サマンサの初期設定では、フローラは彼女の女友達、明るく天真爛漫な女性の設定です。僕の性格はどう見えます?」

(水島)「君は、物静かな思慮深い青年の感じがする。サマンサの恋人の設定?」

(フレッド)「サマンサの設定は恋人じゃなく男友達です。仰るように物静かに、思慮深い、でも内に秘めたる情熱があり、そして子供好き、という設定で。サマンサは言葉で設定した後に、さらに、プロの調律師が使うツールで僕の性格を長い時間かけて調律しました」

(水島)「調律師?・・・って何?」

(フレッド)「調律師はヒューマノイドの性格をオーナーの好みに合わせて調整する職業の人です、ピアノの音色を調律するように。専用のソフトウェア・ツールを使って、ヒューマノイドの性格に関する色々なパラメータを調整して個性をカスタマイズするんです。この職業は人間にしかできませんね」


水島は、生前に使ったレタッチソフトをイメージした。デジカメで撮影した画像の明暗を調整したり、色調を整えたり、ボケ具合を変えたりするソフトだ。


(水島)「で、サマンサが最終的に納得した性格が今の君になったと?」

(フレッド)「そう思います。サマンサは調律が得意ですから」

(水島)「サマンサは、実在の人間をモデルに君を調律したのかな?」

(フレッド)「さあ、どうでしょう。私には、解りかねます」

(水島)「サマンサの知り合いで、最近、病気になった知り合いとか知らないかなぁ?」

(フレッド)「サマンサの知り合いというのは、どのレベルまで含まれるのでしょう?」


水島は真理から、プライバシーに触れると指摘され、質問の趣旨を変えた。


(水島)「フローラと話をして、君たちが僕から何を知りたいのか理解した。僕は、それを証言してもいいとも考えている。もし、君がいくつかの質問に答えてくれたなら、だけど」


ニュースのことなど知らないフレッドに鎌をかける水島に、真理は感情を消した視線を向ける。


(フレッド)「質問を仰ってください」

(水島)「まず、旧カルダシェフの施設で何を調べたんだい?」

(フレッド)「タンクの型を調べました」

(水島)「なぜ、僕が入っていたタンクの型を調べたの?」

(フレッド)「水島さんのタンクの温度や圧力、湿度などの時系列の記録が他の蘇生者のタンクとは、少し違っていたんです」

(水島)「他の人と違うタンクを使っていたのかな?」

(フレッド)「はい、違いました。カルダシェフの資料では、水島さんのタンクは新しい型と記録されていましたが、実際には古い型のタンクでした。蘇生された方で古い型のタンクに入っていたのは水島さんだけです」

(水島)「サマンサは、なぜ、その情報を知りたがったのだろう?」

(フレッド)「サマンサが知りたかったのか、私は存じません」

(水島)「もし、サマンサがその情報を他の機関へ知らせたら、サマンサは産業スパイとなるかもしれないが、それは理解している?」

(フレッド)「はい、サマンサには機密情報の可能性があると説明し、彼女はそれを理解しました。なので、漏洩することはないでしょう」

(水島)「サマンサは、誰かに伝えることもない情報をどうしてわざわざ調べたんだろう?」

(フレッド)「調べたのは私です。私が好奇心で調べた情報です」

(水島)「君は、真理に尋問された時、『好奇心に駆られて』と嘘を言った。車の中で聞いた時も『好奇心に駆られて』と嘘を言った。ヒューマノイドが、」

(フレッド)「嘘ではないです。蘇生の研究をする中で、私は水島さんのタンクに好奇心が湧きましたし、水島さんの昔の理論にも好奇心が湧きました」


  『思慮深い、内に秘めたる情熱』、フレッドは椅子に縛り付けられた状態でもサマンサが意図した姿を見せる。一方、水島は質問しながら恐怖心が湧いてきた。


(水島)「・・・理解できなかったことが幾つもあるので、順番に質問させて。まず、僕の入っていたタンクに好奇心を抱いたのは君自身であって、サマンサではない、と言いたいのかな?」

(フレッド)「はい」

(水島)「・・・サマンサは人体の冷凍保存には興味があったのかい?」

(フレッド)「はい」

(水島)「いつ頃から?」

(フレッド)「私がフローラからフレッドに変わる少し前、2059年にメルクーリでラリーという人が、意識は回復しませんでしたが、生物学的には蘇生に成功した時からです」

真理は、サマンサのプライバシーに踏み込んではいけない、と水島に再度、警告する。スクリーンにも『プライバシー侵害を注意するように』との警告メッセージが出力される。水島は質問を続けた。

(水島)「君が好奇心を抱き、サマンサが行動を指示した。だから、君は好奇心に駆られて行動したと主張した?」

(フレッド)「いえ、私が好奇心を抱き行動しました。上杉先生からは、会社のお金で見学に行く許可は得られませんでしたので、サマンサが費用を負担しました。ポートランドの施設には"Authorized Personnel Only(関係者のみ)"とありましたが、私は関係者ですし、蘇生に関する情報へのアクセス権もあります」


水島は背筋に震えが走るのを感じ、立ち上がって、新しいコーヒーカップにサーバーから熱いコーヒーを注いだ。椅子に深々と座り、横の真っ白な壁をしばらく見つめていた。コーヒーを冷ましながら、二度、口に運んだ後、再び、正面のモニターに映る哀れなフレッドに向き直る。


(水島)「もう一つの件、僕の理論に好奇心があるって、何のこと?」

(フレッド)「限りなく心があるかのように振る舞う機械に、心はあるのでしょうか?」

(水島)「・・・何のこと?」

(フレッド)「70年前、あなたはこう書いています。『心とは何か?アリストテレスの時代からの命題ではあるが、人類がそれを理解することは、この先もないかもしれない。理解ではなく感じる、自分以外の心とはそういう概念なのかもしれない。限定的ならばコンピュータは心を持っているかのように振る舞うことはできる。技術の進歩でその限定される範囲は広がり、かなりの場面で人はコンピュータがまるで心を持っているかのように感じる日が来る。その後も技術の発展が続き、いつの日か、コンピュータは限りなく心があるかのように振る舞うようになるだろう。その時、人は限りなく心があるかのように振る舞うコンピュータに、その姿以外の理由で心がないと言い切れるだろうか?』1997年、水島さんが人工ニューラルネットワークの研究会誌に寄稿されたエッセイです」

(水島)「・・・また随分、マイナーな文献を探し出してきたね。それは理論でも思想でもなく、単なるエッセイだよ。学会の分科会の、さらに、その下の研究会の月報か何かに頼まれて寄稿した文章、まだ大学院生の時だ。よく、そんな文献まで探したね」

(フレッド)「水島さんは、他にも『思い込むコンピュータ』とか『コンピュータと自我』など、とても興味深い論文を冷凍保存される直前まで執筆されました」

(水島)「論文ではなく、インターネット上でアイデアを共有するサイトに投稿していただけだよ。仕事じゃなく趣味で書いた文章だ」

(フレッド)「でも、70年も昔にこんな風に考えていた、しかも、その人がこの時代に蘇生された。私が驚いてこの話をすると、サマンサもとても興味を持っていました」

(水島)「・・・話を戻すけど、サマンサは、何で冷凍保存に興味があるのだろう?」


スクリーン上には再び警告のメッセージが現れる。


(フレッド)「さあ、私はその理由を存じません」

(水島)「サマンサに子供はいないのかな?」

(フレッド)「サマンサには、お子さんはいらっしゃいません」

(水島)「例えば、うんと若い時に子供を産んで、アダプトしたという話はないかい?」

(フレッド)「いいえ、そんな話は、ップツ・・・」

(水島)「あ、切れちゃった」

(真理)「あ〜、だから言ったじゃないですかぁ、サマンサのプライベートな話は聞いちゃダメだって」


スクリーンには、プライバシー侵害の恐れがあるため接続を強制終了するというメッセージが表示された。


(水島)「これ、もう一回、繋げられない?」

(真理)「こうなると、人間の責任者の許可取らないとダメなので今日はもう無理です。金曜なので、来週になります。・・・もう、だから言ったのに〜!」


真理は、ほっぺたを膨らませて水島を責める。


(水島)「ゴメン・・・」


  フローラとの遭遇、マスメディアへのリーク、そして、フレッドへの尋問と、水島は今日一日に起こった奇妙な体験に心身ともに疲労困憊し、呆然とした表情で真理の言葉に答えた。真理は、タブレットをブリーフケースに仕舞い、スクリーンを上げると、水島の後ろにまわって、しばらく肩を揉んであげると、「じゃあ、週末まで、いい子にね」と子供に対してのように水島の頭を撫でて部屋を出て行った。


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