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水島クレオと或るAIの物語  作者: 千賀藤隆
第二章 AIのある暮らし
29/57

リーク

メルクーリへ向かう車は、内陸を走る道から海岸線の道に差し掛かり左へ曲がった。水島はフロント・モニターに映る地図で現在地を確かめながらフローラの振る舞いの意味を考えていた。


「(俺はフローラのオーナーじゃない。なのに、まるで俺に好意のあるような振る舞い、何を企んでる?それに、『嫌わないで』って何なんだ?)」


  不意に真理から連絡が入る。タブレットに映る真理は、心なしか髪を乱し、眉間にしわを寄せている。


「どうした?」

「メルクーリは大変なことになってます。水島さん、何やらかしたんですか?」

「へっ?大変なこと?」

「ええ、マスコミ連中が入口で水島さんを取材させろって、騒いでますが?」

「何でそんなことに?」

「私が伺いたいんですが?とりあえず、車では来ない方が賢明です。フライング・カーを手配するので、乗り換えて屋上から入ってください。」


  真理の映像が消えると、車は急速に速度を落とし海岸線の小さな公園で止まった。

  車から降りて、その一画だけ岩場になっている海を眺めていると、ほどなく、6枚のプロペラが付いた自動運転のフライング・カーが水島の目の前に降りたった。ドアが横にするりと開き、水島はプロペラから吹き付ける風を避けながら、それに乗り込む。「(蘇生してから、空飛ぶ乗り物は初めてだな)」


  フライング・カーは離陸こそ揺れたが、その後は、とても安定して飛行する。ヘリコプターと違い、ドアを閉めると音はほとんど聞こえない。眼下のエメラルド・グリーンの海は深いコバルトブルーに変わり、陸が近づくと再びエメラルド・グリーンの海岸線が見え、メルクーリのキャンパスが現れる。水島とクレオがしばらく滞在していた宿泊施設のある建物の上を飛び超え、庭園を超えると白い小石が敷き詰められたエリアに幾つもの建物が見える。大きめの建物の屋上には植物が植えられ、中央に小さなヘリポートのようなスペースがある。水島の乗ったフライング・カーは、その一つに着陸する。屋上の小さな小屋のような建物から中に入ると真理からのメッセージが届き、水島の腕時計型インタフェースには会議室まで案内するアプリが立ち上がった(クレオの映像が指で方向を示す)。


  会議室に入ると正面のモニターに流れるニュースが水島の目に飛び込んできた。その映像には30分前の水島本人が登場している。


・・・

(蘇生者)「あれは普通の睡眠薬に色を塗っただけのものだ。実は病室がちょっとした芝居小屋になっていた。患者は薬を飲む前に棺桶のような箱に入るんだ、衛生上の理由とか言って。で、薬を飲むと蓋が閉められる。死を看取りに来た人たちからは顔の部分が辛うじて見えるだけで呼吸や心臓の動きは見えない。病室内に心拍や血圧などを計る機器があるが、それは、嘘の信号を表示していて患者が眠りにつく頃に生体活動が止まったと見せかける信号を流す仕掛けになっていた」

(聞き手)「どうやって、その話を知ったんですか?」

(蘇生者)「尊厳死の前日、死ぬ場所の下見をさせてもらった。勝手に部屋に潜り込んだんだけどね。その時、その棺桶のような箱の細工に気付いた。問い詰めたら、あっさり教えてくれたよ、冥土の土産話として」

・・・


  ニュースでは情報源は匿名とされていたが、それは、フローラの目の中のカメラが撮影した、ついさっき、水島と交わした会話だった。アナウンサーは、水島を日本初の冷凍保存からのサバイバーと紹介し、この手の事件に詳しいというT大学の飯塚名誉教授という男に専門家としてのコメントを求めた。

  同教授によると、生きたまま冷凍保存するという行為は、水島が冷凍保存された2016年も現在においても殺人罪である、とのこと。一方で、冷凍保存からの蘇生が現実に成功して以来、『生存者は生きたまま冷凍保存された』という噂が都市伝説的に語られていたそうだ。今回、実際の蘇生者である水島の証言は噂の真相に迫るものであり、さらに同じ情報源から同時に2つの情報がリークされた。一つ目は、旧カルダシェフ財団が残した動物実験の手順書では動物を生きたまま冷凍保存しており、メルクーリでの再試では安楽死させた動物の冷凍保存からは一度も蘇生に成功したことがない、という情報。もう一つは、旧カルダシェフ財団では、通常の冷凍保存とそれよりも10倍以上の料金を取るフル・オプションと呼ばれる特別な冷凍保存があり、旧カルダシェフ財団の資産を受け継いだメルクーリで蘇生に成功した27例は、いずれもフル・オプションだったという情報だ。ニュースではフル・オプションが生きたまま冷凍保存することを意味していたのでは、と匂わしていた。


・・・

(アナウンサー)「飯塚先生、フル・オプションで冷凍保存された方は39名、そのうち27名、70%の方が蘇生に成功したということをどのように思います?」

(名誉教授)「あ〜、冷凍保存された方々ってのは、あれでしょ、その時代では手の施しようもない、あ〜、余命幾ばくもない方々だったんですよねぇ。そんな患者さんが蘇生されて、結構、普通に生活されてるんですよね、この、ミズ、ミズ、え〜、ナントカさん、・・・映像見ると元気そうだし。70%の成功率ですか?これ、治療法と考えるなら驚異的ですよ、ゴホゴホ、失礼」

・・・


  ニュースでは、旧カルダシェフ財団以外で蘇生に成功した2つの人体冷凍保存サービス提供機関、レックス財団とニュー・ホライズン研究所の両方の創業者が共にカルダシェフ財団出身の科学者であることを突き止め、両機関へコメントを求めているが、現状、回答を得られていない、といったことが報告された。


・・・

(アナウンサー)「しかし、現状の法律に照らし合わせますと、生きたまま冷凍保存する行為は殺人罪になりますよね?」

(名誉教授)「はい。だから、早々に、あ〜医療行為としてだね、え〜、認可させることじゃな。大怪我で瀕死の状態になった患者に対しては、一旦、低温で血を抜いて仮死状態にしてから手術する治療法は昔から認可されてる。それと同じように考えてだな、あ〜政府の役人さんには考えてもらいたい。儂もそのうち使いたいのぉ、ヒョッヒョッヒョ」

・・・


  続いてニュースでは、水島が今いるメルクーリ日本法人のキャンパスの映像を流しながら、メルクーリがカルダシェフ財団の資産を引き受けた時に、その違法行為を知っていたのかどうか、当時のニュースをダイジェストで流しつつ、興味本位の解説をしていた。


  水島は呆然と立ち尽くしていた。「(フローラ、いやサマンサの野郎・・・。それにしても、あれから、まだ30分しか経ってないのに、こんなに早く・・・。あの名誉教授以外、全部AIがニュースを制作してるからかぁ)」

「水島さん」上杉は、落ち着いた声で話しかける。「どうぞ、お席にお着き下さい。お茶など、いかがですか?」


(水島)「この度は、とんだことになってしまったようで、」

(上杉)「まあ、そのことはいいから、まず、席に座って一息ついてください」


長方形のテーブルの右側に上杉、左に真理が座り、水島は真理の右横に座った。


(真理)「あの映像、いつ、誰とお話されてたんですか?」

(水島)「ここに来る直前だ。・・・誰だと思う?」

(真理)「私の知ってる人ですか?まさか、クレオ?」

(水島)「いや、クレオじゃないよ。フレッドさ、今、注目の」

(真理)「はぁ?フレッドは、外部との接続を絶たれて、今はカリフォルニアのアプリコット本社で拘束されてます」

(水島)「ネット上には互換サーバーというのがあるらしい。ヒューマノイドのメーカー以外のクラウド・サーバーでバックアップするサービス」

(真理)「ええ、知ってるわ。・・・まさかフレッドのオーナー、サマンサ・フォーサイスが、フレッドのバックアップを互換サーバーに?」

(水島)「そう、互換サーバー上にフレッドのバックアップを作り、そのバックアップから日本でレンタルしたヒューマノイドのボディにインストールする。そいつが僕にコンタクトしてきた。それが、あの映像の相手だ」

(真理)「でも、互換サーバーを使うには、かなり知識必要よ」

(水島)「サマンサ・フォーサイスに関して、何か新しい情報は?」

(上杉)「ゴホン、え〜、そっちの話も重要なんだけど、メルクーリは水島さんの発言に対して、至急、説明する責任があります。水島さんには、シン代表と私と一緒に、今日、この後、記者会見に出席して頂きます。まず、その準備のため、事実関係を教えてください」

(水島)「(またかよ・・・)はぁ」


(上杉)「以前、入院中の水島さんに人体の冷凍保存についてお話したことありましたよね?蘇生の歴史を振り返りながら。途中で私が『生きたまま冷凍保存されたんじゃないですか?』と尋ねると『そうかもしれないですね』とお茶を濁されましたが、先ほどのニュースを見ますと、とても明瞭にお答えされてます。その後、何か思い出されたのですか?」


気まずい話になったが、水島は正直に話した。


(水島)「・・・いえ、あの時、既に思い出してました。お茶を濁したのは、旧カルダシェフ財団に対して気遣いというか、秘密にする約束で教えてもらったので。50年以上経った今も、なんとなく話す気になれなかっただけです」

(上杉)「でも、今回、フレッドにはお話しされた。何故ですか?記者会見でも、きっと聞かれます」

(水島)「フレッドから、私以外にも、その事実を知っている蘇生者がいると聞きました。なんでも、麻酔の失敗で生き地獄を経験して冷凍保存された方ですが。現在もPTSDに苦しんで治療を継続されている方です」

(上杉)「・・・どの方です?」


上杉は怪訝な表情で聞く。


(水島)「ええと、冷凍保存のプロセスは、尊厳死の薬と偽って睡眠薬を飲まされ、その後、全身麻酔をかけて体液を抜いたりする冷凍保存のプロセスが始まるのですが、途中で意識が回復してしまい、でも麻酔の失敗で体は動かず、声も出せず、激痛の中、冷凍保存された人です。生き地獄を体験をされて、今もPTSDの治療をされている、とフレッドから聞きましたが?」

(上杉)「う〜ん」


上杉は人差し指と親指で顎をつまみながら唸り声を漏らす。


(上杉)「私はメルクーリで蘇生した27名全員担当しましたが、そんな方はいらっしゃいません。他の機関でも、そんな事例は聞いたことありませんが?」

(水島)「・・・」


水島は、うまく咀嚼そしゃくできなかった。が、何か嫌な予感はした。


(水島)「あの、フレッドは旧カルダシェフの施設で僕が冷凍されていたタンクに心電図や血圧、体温などバイタルデータを表示する計器があったと言っていました。死んだ人間を冷凍保存するなら、そんな計器は不要なはずだと」

(上杉)「冷凍保存のタンクにですか?そんなのあったかな?真理さん、フレッドがポートランドの施設で見た映像をそこに表示してくれます?」


真理はタブレットを操作してフレッドの目に内蔵されたカメラが見た映像を壁に表示した。映像は銀色のタンクの並ぶ部屋に入るところから始まる。左右を見渡す。右に3列進み、左へ曲がる。そのまま、奥から2番目のタンクまで進む。タンクのラベルを確認する。そこには、"102"という番号と"Keita Mizushima"の名前があった。フレッドの手が伸び、タンクの横の柱に取り付けられた計器類を格納するネズミ色のキャビネット・ボックスの蓋を開けた。


(水島)「止めてください」


水島の声に少し遅れて真理が反応し、一旦、止めたビデオを少し巻き戻してキャビネット・ボックスの中身が映ったフレームで止めた。そこには、古めかしい計器が設置されていた。タンク内の温度、圧力、湿度を表示する計器があり、ブレーカーがあり、よく分からないが何かのボタンが6つ、あの時代を反映するようにUSBの差し込み口が1つ、それだけだった。そこに心電図や血圧、体温などバイタルデータを表示するようなものは見当たらない。


(水島)「・・・ない。話と違うじゃないか・・・」


「ゴホン」上杉は軽く咳払いする。


(上杉)「冷凍保存するときにバイタルデータをモニタリングするにしても、一度、冷凍保存したら、もう使わないので、わざわざキャビネット・ボックスに設置しないと思いますよ」


水島は、何が何だか分からなくなった。ふと疑問が浮かび、上杉に尋ねた。


(水島)「上杉先生は、どうして僕が『生きたまま冷凍保存された』と疑ったんですか?」

(上杉)「仮説を立てたのは、フレッドとエレン、ジーナのEFGトリオです。その理由は、一つは動物実験の結果です。カルダシェフ財団から受け取った実験手順書は生きたまま冷凍保存してましたし、安楽死させた動物では一件も成功しなかった。それから、・・・」


上杉は、水島から真理へ視線を移す。


(上杉)「それから、水島さんがお書きになった詩からの連想です。正確には、水島さんが冷凍保存される前日、水島さんのパーソナル・コンピュータから、当時、普及していたSNSに投稿された詩です。匿名のアカウントでしたが。その詩が彼らが立てた仮説を支持してるように思えてならなかったんです。しかし、水島さんの証言を得るまで、正直、なんとも言えなかったんですよ」


水島は机に右手をついて顔を覆った。


(真理)「ヒューマノイドのフレッドがブラフを使い、水島さんは、まんまと引っ掛かったと?でも、ヒューマノイドって嘘つけるのかしら?アプリコットの山中さんには、一応、報告しておきます」


真理の冷ややかな表情と対照的に上杉は同情的な表情を水島に向ける。


(上杉)「まあ、ブラフかどうかは置いておいて、表立っては何と説明しようかね?例えば、メルクーリでは蘇生に成功した人は生きたまま冷凍保存されていたのではないか、との疑惑のもと調査を進めていた。そして、今回、蘇生した元患者の水島さんにヒューマノイドの医師がインタビューしていたが、その映像が何者かによってリークされた、と。まあ、嘘ではない範囲のストーリーで」

(真理)「その何者かって、誰ですか?」

(上杉)「まあ、サマンサ・フォーサイスだと思うんだが、とりあえず、社内の問題なので社内で調査します、と」

(水島)「上杉先生、もし、入院中に私がこのことを先生に伝えていたら、どうされました?」


上杉は、しばし水島の頭上を見つめて考える。


(上杉)「・・・このことは秘密にね、とお願いしました。私は冷凍保存の再開には反対なので」上杉は毅然とした表情で水島を見つめた。10秒ほど見つめられてから水島は尋ねる。

(水島)「素朴な疑問ですが、この時代にも不治の病はあるんですか?」

(上杉)「ある病気の治療法が確立すると新しい難病が見つかる、その繰り返しでね。昔なら死んでいた症状でも生き延びる。すると、そこから、さらに先の病気に罹る。それまでは、その病気にかかる前に死んでいたから知らなかった病気もある。近頃は人間が撒いた種で生じた難病も多いです。例えば、ある種の遺伝子組換え作物の人体への影響が次世代、次々世代の子孫に現れ、低品質の卵子冷凍保存で生まれた子や超未熟児出産のために使われるある薬が難病をもたらし、多くの人々が気軽に宇宙へ行くようになって新たな染色体異常になり、極度の若返り整形や病気でもないのに体をサイボーグ化することで複雑な神経系の病気を生み出し、高機能のタトゥーの材料が致命的なアレルギーの原因となり、度を過ぎて清潔なライフスタイルが免疫異常を起こし、蚊を駆除しすぎて生態系のバランスが崩れ新たな伝染病を生み出したり、と」

(水島)「ふむ。でも、上杉先生は冷凍保存には反対と。・・・以前から、そんな感じがしましたが、なぜ、反対なんです?法改正とか面倒な課題はあると思いますが?」

(上杉)「進歩がね、・・・止まったんですよ」


上杉がつぶやくように語った時、側にあったインタフェースが上杉を呼び出した。上杉は、しばらく誰かと英語で話をしていたが、通信を切ると水島に視線を向けた。


(上杉)「水島さんに記者会見へ出て頂く必要はなくなりました。メルクーリのグループ最高経営責任者、ジャクリーン・デイヴィスからでしたが、彼女自ら本件について記者会見やるそうです」


上杉は、立ち上がって腰に両手を当て、背中を伸ばす動作をした。


(上杉)「人体の冷凍保存事業を再開するそうです。水島さんに『ありがとう』と、お伝えください』とのこと。冷凍保存事業再開に踏み切れて嬉しいようです。・・・すぐにアブダビに来いと命じられましたので、私はこれで失礼します」


上杉は、そう言うと少し憂いた表情で会議室を後にした。


(水島)「進歩が止まった、って、どういうこと?」

(真理)「・・・」

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