互換
熱つめのシャワーでアルコール気を抜いたが、フレッドの言葉を思い出すと、再び、アルコールが必要になった。バスタオルを首にかけたまま、グラスにブランデーを三分の一ほど注いでテーブルに着くと、クレオは大きなコップに水を注いで、そのグラスの横に置いた。
「水島さんの現在の血中アルコール濃度は0.12%、酩酊初期です。健康のため、まずはこの水を飲んでください」
クレオはエクボを作りウインクすると、水島の手からブランデー・グラスを取り上げた。水島は横の椅子を引いてクレオを座らせる。コップの水を一気に飲み干すと、バスタオルで口を拭いた。
「君の通信ログをチェックしてくれるかな?フレッドは、君に幾つかのチャネルでアクセスできるだろう?インタフェースを介して僕にコンタクトしてきた。1時間ほど前だ」
「フレッドさんから?調べます。・・・あっ、水島さんが入院中にインストールした看護師プロウェアの緊急ホットラインに履歴が残ってます。ホットラインなので、私をスキップして、直接、水島さんにコンタクトできたんですね」
「ああ、あのプロウェアね、僕に注射するために使ったあれ。あと1ヶ月くらいライセンス残ってるんだっけ?」
「あと17日間です。何かお身体に異常が見つかったんでしょうか?」
「いや、単なる挨拶さ、フレッドからの」
「フレッドさん、10分ほど前にサイバースペースから削除されました。お別れの挨拶ですか?」
「・・・どうだろう?」
クレオは着替えを持ってシャワー・ルームに入る。水島は、今日は、もう誰からのコンタクトも受けたくなかった。フレッドの亡霊もそうだが、真理にどう伝えるべきかも考えがまとまらない。中西から掛かってきたら、・・・今日は無視しよう。インタフェースを全てシャットダウンし、壁のモニターもすべてオフにした。
「こういう時に紙の書物がないのは不便だよなぁ」ブランデー・グラスを片手に独り言が溢れる。
水島は、クレオがシャワー・ルームでボディを洗っている間、ベランダで立ちながらブランデーをちびちび口にした。
「『互換サービス』を使って存続し続けます」フレッドの言葉を思い出す。それが本当なら、フレッドは、次にどうやって自分にコンタクトしてくるのか、少し怖くなる。満月まであと少し、左側が三日月ほど欠けた月は、今日は雲に隠れることもなく、水平線低く、夜の海を淡く照らし続ける。
「こちらに、いらしたんですか?」
パジャマ姿のクレオがベランダに顔を出し、それを待って水島も部屋に戻った。
「フレッドは『互換サービス』を使って存続し続けるって言ってたけど、どういう意味か分かるかな?」
水島はソファに座り、クレオを隣へ誘う。
「フレッドさん、まだ存続されているんですか?」
「分からないけど、もし『互換サービス』ってのが使えるなら」
「『ごかんサービス』ですか?ごかんって、どういう意味ですか?」
「ええと、互換は英語で言うと"Compatible"」
「互いにの互に交換の換で『互換』ですね、・・・。ネット上では、・・・いっぱい、ありすぎて分かりません」
水島は、アプリコットの研究所で見たシーンをふと思い出す。
「クレオは、クラウド上でも稼働できるの?」
「ええ、もし、ボディが壊れたら、すぐにクラウド・サーバー上で私のコード本体が駆動して、インタフェースなどを使って水島さんとコンタクトできます」
「クラウド・サーバーは、カンダのサーバー?」
「はい、日本に3箇所、世界40箇所に分散して設置されてます。私のモデルは8箇所使ってバックアップしています。」
「カンダ純正のサーバー以外に、他の業者が運営するクラウド・サーバーは使えるの?」
「使えることは使えますが、お勧めしません。そういうサービスは、主にローエンド機種向けです。ローエンドのヒューマノイドでは、デフォルトで1、2箇所しかバックアップがないので、そういうユーザーの方がコストを重視する場合に使うサービスです。あるいは、コスト重視する『クラウド派』の人たちが使うサービスですね」
「ふ〜ん。・・・バックアップに使うということは、サーバーからヒューマノイド本体を新しいボディにインストールできるんだ」
「できることはできますが、何か問題があった場合、メーカー側は保証してくれません。なので、お勧めしません」
「フレッドが『互換サービス』を使って存続し続ける、って、言ってたのは、メーカー以外のそういったクラウド・サーバーを使ったサービスのことかなぁ?」
「どうでしょう?分かりません」
水島がブランデーを飲み干すと、クレオはグラスを奪ってディッシュ・ウォッシャーの中に放り込み、ニッコリ笑った。
「今日は、これで、おしまいです」
「つまらんなぁ」
「水島さんには、長生きして欲しいので」
「(『長生きして欲しい』、中西先生の翔太も同じこと言ってたなぁ)」
「さて、明日の出勤に備え、私はそろそろ充電しなければなりません」
「うん、そうだね。・・・今日は、僕のベッドで充電しない?」
「それって、水島さんとお布団をご一緒させて頂くということですか?」
「うん、そうだね」
「じゃあ、私、もっと綺麗な下着に着替えてきます!」
「いや、そうじゃなく、万一、夜中にフレッドが僕を誘拐に来た場合、君のボディーガード機能で助けてくれないかと・・・。長生きするために」
「フレッドさんが水島さんを誘拐するんですか?フレームワークがあるので難しいと思いますが」
「・・・よく分からないけど、僕にコンタクトしようとしている」
「分かりました、喜んで警備します!すぐに充電パッド持ってきます」
午前3時過ぎ・・・。クレオはお尻の下に充電パッドを敷き、ベッドに座ったまま監視を続けている。360度首を回し、瞬きもせず、口を一文字に結び、時々、不審な動きがあると目や口からレーザー光線やら超音波やらを出して監視、威嚇する。
「水島さん、まだ、寝付けないようですね。やはり怖いと寝れませんよね」
「う、うん。そうだね(君の姿が怖いんだけどね)」
結局、水島が眠りに入ったのは、明るくなり始めた4時を過ぎていた。