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水島クレオと或るAIの物語  作者: 千賀藤隆
第二章 AIのある暮らし
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初出勤

「お疲れさま、カリフォルニアは夜の11時過ぎか?」 水島は、真理とのテレビ電話の映像を書斎の壁に投影している。濡れたままのセミロングをざっくり後ろに束ね、黒のタンクトップで机に向う真里の背景は、その姿とミスマッチな森と湖に囲まれたヨーロッパの古城からの映像が使われている。


「あら、いいわね、そのロッキング・チェア。私も同じの買おうかしら」

「夜更かしは美容の敵だから、早速、始めよう。何か進捗は?」

「2つのことを同時に進めてます。1つは現フレッドの置き換え。アプリコット社はフレッドと同じタイプのヒューマノイドのボディを用意して、現在、移行を進めてます。とりあえず、新しいフレッドには、真っさらな状態に医師プロウェアをインストール、そこに現フレッドが受け持っている約200名の患者の情報をコピーし、現フレッドからは患者の情報ごと医師プロウェアを削除します。もちろん、クラウド上のバックアップを含めて。この作業は、まもなく完了する予定です。もう一つは、あの不可解な挙動の原因究明です」


  真理は、この問題へのメルクーリ本社の対応体制や、会議で訪問したアプリコット社の現地チームの様子、山中のアプリコット本社でのリーダーシップから、フレッドのオーナーの家の状況など、この数日に得た情報を手際よく説明する。水島は、真理の堂々とした態度に祖父のカイルを、時折、見せる可愛らしい仕草に祖母のケイコさんの姿を重ねながら耳を傾けた。


「新フレッドと現フレッドねぇ。でも、ボディの問題じゃなくソフトウェアの問題だろ?マルウェアに感染したとか?何で新しいボディが必要なの?」

「ええ、ソフトウェアの問題だと思うわ。ポイントは、どうやってマルウェアをヒューマノイドに感染させたか?その感染ルートを探るためにアプリコットはボディを回収して徹底的に調べるそうです。そのためにアプリコットは、現フレッドを取り上げ、新フレッドに交換する作業を粛々と進めています」

「フレッドのオーナーには、本件、どう説明したんだい?」

「一昨日、オーナーのサマンサ・フォーサイスさんという方にお会いした時には、メルクーリからは起こったことをそのまま説明したわ。一方、現フレッドから新フレッドへの交換作業に関しては、アプリコット社の責任で進められているので、どうやって説明したか分からないです。でも、これって、結構デリケートな問題ですね。まず、サマンサさん、収入も家事もほぼフレッドに頼って生活しているので、彼女の生活のために新フレッドへスムーズに移行する必要があります。一方で、フレッドとは既に17年も一緒に生活されているそうです、人生の伴侶として。私には理解できないけど、大切な思い出がたくさんあるそうで、もしフレッドの記憶を消すようなことがあれば、アプリコット社を訴える、とも言ってます」

「・・・新フレッドの顔はどうするの?」

「現フレッドは解析終了後に廃棄処分する、という前提で、新フレッドの顔は現フレッドの顔を継承します。記憶をどこまで継承可能か分かりませんが」

「顔の継承は、オーナーのサマンサさんの要求?」

「どうでしょう?山中さん、サマンサさんに会う前から、そう言ってたと思いますが」

「サマンサさんの年齢とフレッドの想定年齢は?」

「サマンサさんは42歳、フレッドは、・・・30前後に見えますが」

「フレッドの顔のデザインは特注?それとも、一般的な顔制作のアルゴリズムでデザインしたもの?」

「分かりません。もし、聞けるようであれば、山中さんに聞いてみます」

「サマンサさんの学歴というかバックグラウンドは?どんなNPOで活動しているの?」

「学歴は調べてみます。教育系と環境系のNPOの理事をされていると伺ってます。・・・あのぁ、ケイはサマンサさんに何かあると疑ってます?」

「分からない。ただ、ヒューマノイドはオーナーにとても傾倒した心で行動を取るよう設計されている、僕の少ない経験からだけど」

「ヒューマノイドに心はないわ」


真理の口調が、一瞬、きつく鋭くなる。水島は、画面の真理の瞳に視線を合わせ、しばし、見つめてから口を開いた。


「もちろん。・・・本当の意味での心ではなく現象論としての心だ。あたかも心があるかのように振る舞う仕組みになっている。僕には、そう見えるし、それは原理的に可能だ。それから、もう一つ。自分のヒューマノイドが不可解な行動を起こしたとなれば、オーナーはどう感じるだろうか?もし、クレオがフレッドのような行動を起こしたなら、僕はクレオと一緒に住むのは怖い。サマンサさんは、どう感じているのだろう?まあ、17年も一緒に暮らしてると、そうした恐怖に打ち勝つ信頼や情があるのかもしれないが。あるいは、サマンサさんが潜在的な恐怖をちゃんと理解してないのかもしれない」

「・・・分かったわ。もう少し、サマンサさんの身辺を調べてみる」

「うん。さて、君はそろそろ寝た方がいい」

「うん、そうする。お休みなさい、ケイ」

「おやすみ」


  六面全て真っ白になった書斎で、水島は揺り椅子をゆっくり揺らしながら目を瞑る。17年一緒に過ごしたクレオが、突如、千キロ離れた街で奇行を見せ、警備員に拘束される。真理に「何をしていたのか?」と追求され、クレオは「好奇心に駆られた」と答える。自分はコンピュータなど何も知らない社会事業家。真理は、この現象は危険だと真剣な眼差しで訴える。どう感じる?夢と覚醒のはざまで、遠くにクレオの声が聞こえる。不意に胸元に何かを感じ、驚いて目を開ける。


「あ、起こしちゃいました?ごめんなさい、ゆっくり寝ていてください」クレオが水島に毛布を掛けながら微笑んでいる。

「あ、お帰り、早かったね。真理と話をした後、うっかり寝てしまったようだ」

水島は伸びをしながら揺り椅子から立ち上がり、クレオを連れてリビングのソファに移動する。


「メルクーリでの初出勤、初仕事はどうだった?」

「はい、医師ヒューマノイドの活動を管理する研究開発中のマネージャ・プロウェアをインストールしてもらいました」

「 プロウェアは問題なく動いてる?クレオのOSって、カンダ独自開発の新OSだと聞いたけど?」

「OSは関係ないと思います。ヒューマノイドのプロウェアはOSに直接にインストールするのではなく、バーチャル・マシン上にインストールします。カンダの新しいOSにもメルクーリが開発したプロウェアに必要なバーチャル・マシンが実装されてますので、問題なくインストールできました」

「マネージャ・プロウェアは既に稼働してるの?」

「はい、テストモードですが、既に稼働しています。本当は、今日、真理さん、上杉先生含めてオリエンテーションが予定されていたんですが、お二人とも、急遽、本社に出張されてキャンセルになりました。だから、今日は早く帰れたんですが」

「・・・まあ、二人とも忙しい人達だからね」

「ところで水島さん、フレッドさんのこと、ご存知ですか?」

「・・・フレッドのどういうことだい?」

「それが、よく分からないんですが、今のフレッドさんはデリートされ、新しいボディの新しいフレッドさんに置き換えられると聞いています。新しいフレッドさんは、現フレッドさんの約200名の患者さんを引き継ぐそうです」

「・・・」水島は、クレオから目をそらしながら聞いていた。

「今日、プロウェアをセットアップした時は、以前から水島さんのバイタルデータをモニタリングしていたフレッドさんでしたが、その後、新しいフレッドさんに交代するといわれました。今夜にも、新しいフレッドさんになるようです」

「ふーん、そうなんだ。何か理由を聞いてる?」

「いいえ。フレッドさんと一緒に水島さんをモニタリングしているエレンさんとジーナさんにお聞きしましたが、『あなたは知らない方がよい』と言われました」

「・・・『あなたは知らない方がよい』、ねぇ。うん、そういう時は、クレオは知らない方がいいんだよ」

「はい、わかりました。じゃあ、知らないままでいますね」

「(いい子だ、ホント)話変わるけど、車の手配をお願いしていいかな?」

「もちろん、どちらまで?」


水島は、ロッキングチェアから立ち上がり、外出の着替えをするために寝室へ向かった。


「(フレッド、君のまわりで一体何が起きたんだ?もしかすると、それは、『俺のまわり』なのか?)」水島は、頭の中でそう唱えながら服を着替えた。

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