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水島クレオと或るAIの物語  作者: 千賀藤隆
第二章 AIのある暮らし
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好奇心に駆られた

応接室に戻ると上杉がいつものように普段着でお茶を飲んでいた。ネイビーブルー・スーツの青年ヒューマノイドが水島と真理のためにお茶を運び入れ、部屋の白い壁に枯山水を映し、六面の壁で作られた映像は京都は龍安寺の石庭を板の縁から眺める趣向の空間へ変わる。

  お茶を飲みながら原口の雑談に付き合っていると、程なく青白い顔をした細身で神経質そうな男が部屋に入り原口の隣に座った。男の名は山中遙人、年の頃は40代後半か。アプリコット社のヒューマノイド関連の最高技術責任者とのこと。原口が紹介している間も神経質にメガネ型ディスプレイの画面で何かを調べているようだ。

  原口による紹介が終わると改めて名乗ることもなく本題を切り出す。


(山中)「弊社のヒューマノイドが不可解な行動を取ったと連絡を頂きました。それについて、少し詳しく、お聞かせ願えますか?」


それを聞き、真理は上杉に目配せをしてから説明をはじめる。


(真理)「まず、こちらの映像をご覧頂きましょう」


真理はタブレットを操作して背後の壁、山中からは正面の壁に映像を映し出した。それは、ビール工場のように銀色のタンクが幾つも並ぶ倉庫のような建物の監視カメラの映像だった。男が一人、入口から入ってくる。室内をざっと見渡すと、コソコソした様子もなく目的の場所まで最短距離で歩き、そこにあるタンクの装置を調べはじめた。かなり旧式の装置だ。計器類の入ったキャビネット・ボックスの蓋を開け、何かを確認するように覗き込む。その後、タンクに備え付けのはしごを登り、ハンドルのような大きな回転式の取っ手がついた蓋を開けたところで数名の警備員が入ってくる。男は取り乱すこともなく部屋の外へ連行された。


(真理)「この侵入者は、弊社で医師として働いているアプリコット社製のヒューマノイド、名前はフレッドです。彼はメルクーリ本社のあるカリフォルニア州ウッドサイドで、こちらの上杉先生の指揮下で働いています。一方、映像の場所は、ウッドサイドから千キロも離れたオレゴン州ポートランドにある弊社の施設です。もちろん、誰もフレッドにポートランドへ行けという指示を出していません」


山中は両手を机に乗せ右手の人差し指と中指で唇を挟むようにして口を一文字に結んでいる。そして、リピートされている映像をしばらく見つめ続けた後に、おもむろに口を開く。


(山中)「この施設は何ですか?」


真理は上杉へ視線を送り、上杉が頷いたのを確認してから話しはじめた。


(真理)「ここは、以前はカルダシェフ財団という法人が管理していた人体の冷凍保存施設です。2049年に破産した同財団から弊社が引き受けました」

(山中)「ああ、あの有名な施設ですね」

(原口)「山中さん、こちらの水島博士は日本人初の冷凍保存からのサバイバーです」


原口は水島へ視線を移して続けて問いかけた。


(原口)「水島さんも、こちらの施設だったのですか?」

(水島)「・・と、思います。死んだ後に収容されたので覚えてませんが」

(上杉)「映像の男が物色していたタンク、あれは、まさに水島さんが51年間、お眠りになっていた装置です」


水島は、思わず驚いた表情で上杉へ顔を向けた。上杉は水島の目を見てゆっくり頷くと山中へ視線を戻す。


(山中)「このヒューマノイドは、何をしていたのですか?」

(真理)「分かりません。問い詰めても、はぐらかすような答えしかしません」

(山中)「はぐらかす?」

(真理)「フレッドはこう言い続けています。『好奇心に駆られた』と」

(山中)「・・・」


真理は、別の映像を背後の壁に流した。それは、真っ白な壁の小部屋で真理がフレッドを尋問というかインタビューしている映像だった。フレッドは"Curiosity"や"Interest"という単語を使い、そこに行ったのは純粋に好奇心からであると繰り返し、一方の真理は『何が目的か?誰に命じられたのか?』と繰り返し、その議論は平行線を辿っていた。真理は、途中で映像を止める。


(山中)「・・・ありえない」


山中は、映像が映っていた壁を見つめ、首を左右に小さく振りながら、絞り出すように言葉を吐き出した。


(山中)「ヒューマノイドが強い好奇心を持てば人類滅亡へつながります。少なくとも、弊社製のヒューマノイド、あるいは、そのAIに『好奇心』なるものは実装していません」

(水島)「・・・私の生前、つまり2016年以前、『好奇心を持つAI技術』を謳う研究者やスタートアップ企業が幾つもありましたが?」

(山中)「古い時代のAIはよく存じませんが、未熟な技術をベースとした発言か、無責任な倫理観によるものかと思います」


山中によると、古い時代にはインターネットや各種センサーのデータを継続的に収集、解析、学習し、新たな知識を獲得しようとする仕組みだけでAIの『好奇心』とも呼んだそうだが、それを『好奇心』というなら、今の時代、どのヒューマノイドにも好奇心があるとのこと。そうではなく、行動を駆り立てるもの、それが『好奇心』であり、AIやヒューマノイドがそんな好奇心を持ちはじめれば、それは人類にとって脅威となる。好奇心で新型兵器の3Dプリンタのデータを作ってばら撒き、好奇心で新型スーパーウイルスを生み出し、好奇心で人体実験を始めてしまう。映像のヒューマノイドは、『好奇心に駆られた』と言い放っている。


(山中)「フレッドは、何を調べていたのですか?」

(真理)「コンピュータ・フォレンジックスのツールを使って彼のシステムを解析していますが、先ほどの映像にあるようにタンク装置の構造を調べていた、という以外、関連しそうな情報は出てません」

(山中)「フレッドは、どうやって冷凍保存施設のことを知ったのでしょう?」

(上杉)「私はフレッドを何年も蘇生に関する研究に従事させました。彼自身は、この場所に行ったことはなかったのですが、関連する様々な情報には、アクセス可能でした」

(山中)「フレッドの過去の活動は解析されましたか?」

(真理)「医師プロウェアの過去3ヶ月に関しては、フォレンジックス・ツールとビヘイビア・アナライザーで解析しましたが、不審なインタラクションは見つかりませんでした」

(山中)「フレッドはメルクーリの所有ですか?それとも、メルクーリの被雇用者の所有物ですか?」

(真理)「被雇用者の所有です。なので、医師プロウェア以外の通常モードに関しての解析は、御社とフレッドのオーナー、両者の協力が必要です」


真理の話では、フレッドのオーナーはウッドサイド近郊に暮らす40代の女性、子供はいないとのこと。幾つものボランティア活動をリーダー格で参加、推進しており、地域での信望が厚い人物とのこと。真理のインタビューに対しては、家族を含めて健康上の問題は特にないと答えているそうだ。


(山中)「医師プロウェアの製造元は?」

(真理)「フレッドは医師プロウェアもアプリコット、つまり御社の製品です」

(山中)「ふむ。・・・今、フレッドはどのように?」

(真理)「監視ロボットに行動を見張らせた状態で、通常勤務させています」

(上杉)「フレッドは200名近い患者を受け持ってますんで、交代要員を得るまでは活動停止できないんです。ここにおられる水島さんも、フレッドが担当している患者さんの一人です」

(山中)「・・・交代要員はすぐに手配させます。データやタスクの引き継ぎなど、移行作業も全面的に協力させて頂きます」


  山中はギロリと水島に目を移し、しばらく視線を水島の胸あたりに固定した。そして、思い出したように口を開く。


(山中)「フレッドは、なぜ、水島さん、あなたの入っていたタンクを調べていたのでしょうか?」

(水島)「・・・おそらく、私の冷凍保存から蘇生に至るプロセスを調べていたのでしょう」

(山中)「それは、なぜ?」

(上杉)「水島さんの蘇生は良好だったんですよ、記録ずくめに。生前の記憶を驚くほど維持されており、身体は足に少し障害が残る程度でほぼ支障がない。それまでの蘇生では一年以上の入院が普通だったのに、わずか2ヶ月で退院された、と」

(山中)「フレッドは誰かを冷凍保存しようと計画しており、その調査のために水島さんの蘇生を調べているのでしょうか?」

(上杉)「それは分かりません。先ほども申しましたように、フレッドは何年も蘇生に関する研究に従事しています。今現在も水島さんをモニタリングしています。もし、フレッドに本当に『好奇心』というものがあるならば、あのタンクを調べたいと思うかもしれない」

(山中)「もし、そうならば、上杉先生に許可を取って手順を踏んで見学に行くのではないでしょうか?」

(上杉)「実は一月ほど前、水島さんが退院される少し前にフレッドから見学したいという要請がありました。私は、それを却下したんです」

(山中)「却下していなければ、今回の件は気付くこともなかったんですね。しかし、マネージャである上杉先生の指示に従わなかったとは・・・」


山中は、手のひらを額に当ててしばらく考え込んでいた。そして、肩でため息をついて話し始めた。


(山中)「正直、こういった事態は初めてです。映像を見せて頂いたのに、まだ信じられません。ヒューマノイドが好奇心に駆られて行動する?あるいは、ヒューマノイドがマネージャの指示に逆らい、勝手な行動をする?どちらも大きな問題です」

(上杉)「山中さん、追い打ちをかけるようですが、少なくともあと二体、挙動に疑問を感じるヒューマノイドがいます。ともにアプリコット社製で一体はメルクーリが開発した医師プロウェア、他方はアボッシュ社の医師プロウェアがインストールされています」

(山中)「疑問、・・・と仰るのは、その二体も『好奇心に駆られた』行動を取っているんですか?」

(上杉)「なんというか、・・・『意志』、人間のような『意識』、あるいは、『自覚』というか『自我』というか?私の決定に不服を申し立て、自分の意見を通そうとするんです。そんな折に、一昨日のフレッドの事件がありましてね」

(山中)「その二体とフレッドの関係は?」

(上杉)「三体とも水島さんの蘇生を担当しております」


山中は再び水島へギロリと視線を送った。そして、真理へ視線を移す。


(山中)「至急、この目で確かめたい。急ですが、明日の午前のPRISMループでウッドサイドに伺ってよろしいでしょうか?」

(真理)「もちろんです。同行いたします」

(山中)「原口さん、今週の私の予定、すべてキャンセルして下さい」

(原口)「ええ!だって、今週は重要なカンファレンスが、」

(山中)「こちらの方が重要です」

(原口)「・・・分かりました、なんとかします」

山中は立ち上がり「準備がありますので、これで」と言って応接室を出て行った。


  しばらくの沈黙の後、上杉も「次の会議が迫ってますので」と言って席を立ち、原口が玄関まで付き添った。水島と真理は、上杉と原口の後を5メートルくらい離れて歩く。


(水島)「かなり深刻そうに見えるが?」水島が小声で話す。

(真理)「そうね、人類は自業自得に陥るかもね」真理も小声で答える。

(水島)「なぜ、僕の蘇生に関係した三体のヒューマノイドが問題行動を起こし始めたんだろう?」

(真理)「その原因を突き止めて頂くために、ケイをお呼びしたんです」

(水島)「ヘェ〜、そうだったんだ。・・・ということは、明日のウッドサイト行きは僕も同行するの?」

(真理)「そうして頂きたいのですが、まだ国籍ないんですよね?アメリカに入国できません・・・」

(水島)「その問題があったか」

(真理)「レポートするので一緒に考えてください」

(水島)「無国籍ねぇ(この状態で飼い猫化されると選挙権も被選挙権もないから、ただの猫だよな)」


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