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水島クレオと或るAIの物語  作者: 千賀藤隆
第二章 AIのある暮らし
22/57

新居

「水島さん、書斎も確認してもらえますか?」

「・・・」

「水島さん?」

「えっ、ああ、そうだね、うん」

「どうか、されました?」

「ん?いや、なんでもない」


先週、決めたマンションへの引越し。VRを使って物件を探し、同時に家具や食器も購入、映像を使って配置した家具は、その映像通りになっていた。控えめに予測した今後3年間の水島の経済状況と水島のライフスタイル、利便性を考えてクレオが探し出した5件の物件から、メルクーリにもK大キャンパスにも比較的近い部屋を借りた(サブスクライブ型の自動運転サービスが普及したこの時代、距離はさして問題にならないのだが)。


  書斎といっても本棚も机もない。小さな部屋は水島が蘇生した病室同様、六面全てがディスプレイになる真っ白い空間だ。南西のスクリーンを上げると、そこには遠くに海を望む本物の窓があり、そこからベランダに出ることができる。水島は部屋の真ん中にあるロッキングチェアーに座り、遠くの海を眺めた。不意に背後から細い手が水島の肩に乗せられた。水島はビクリと固まるように小さく震える。


「あっ、ゴメンなさい、びっくりされました?」

「ん、いや、ちょっとね。」


水島の右肩越しに覗き込むクレオの目を見つめる。ブルネットのショートカットは、手前に見える側だけ二本のピンで留められている。いつもなら自然に何か言葉が出るが、今日はそれが喉に引っかかって出てこない。


《都市伝説化してるのが、ヒューマノイドがある日、突然、子供を欲しがるって話。夜になると妙に艶っぽくなり、人工授精を勧めながらベットへ誘うようになるって》


  水島は、昨日の中西との会話でクレオとの微妙なバランス感覚を失っている。

「(飼い猫になるフリって、一体、どうすりゃいいんだ?)」


しばらく、その姿勢のままクレオと見つめ合った後、窓の外に視線を移し、立ち上がってベランダへ出る。クレオもついてくる。二人並んで手すりに手をかけ遠くへ視線を向ける。


「海からは遠くなりましたけど、丘の上から見る海岸も綺麗ですね」

「うん」


クレオが心配そうな表情で水島の横顔を見つめているが、水島は敢えて気づかないフリをして書斎の窓から部屋へ戻る。手持ち無沙汰の水島は、ふらふらとキッチンを覗く。


「水島さん、お買い物の仕方をお伝えしますね」

「買い物?」

「ええ、食料品はここで購入できます」


クレオは、キッチンの白いのっぺらとした壁のような扉を開く。それは、何も入っていない冷蔵庫だった。クレオは扉を閉じ、淵にひっそりと一つだけあるボタンを押す。すると白い扉は大きなディスプレイに変わり、食料品・生活品の分類が表示された。手の平をディスプレイにつけて横に擦ると様々な分類が右から左に流れるように現れる。


「では、レタスを買いましょうか」クレオが冷蔵庫へ向かい「レタス」というとディスプレイには、野菜工場の棚にある収穫前のレタスが大量に表示された。クレオはディスプレイをなぞって棚のレタスを物色し、その中の一つを拡大、映像を上下左右に回転させながらレタスをチェックした。


「これを買いましょう!」


そう言って、拡大した画面の右下にある購入ボタンを押す。レタスはロボットアームのようなもので刈り取られ、カゴに放り込まれた。真っ白だった左の扉に購入リストが表示され、合計金額がその右下に表示される。


「へぇ、採りたての野菜、それも、選んだそのものを買えるんだ」

「そうなんです。そして、この『完了』ボタンを押すと購入完了です」


クレオは手のひらでボタンを押すと水島の手を取って、楽しそうにリビングルームへ引っ張った。


「どうしたの?」

「踊りましょう、水島さん!」


クレオがそういうとリズミカルな音楽が流れ始める。クレオは水島の手を上手に取って軽快なステップを踏み、時折、水島の懐で軽やかにターンする。戯れる子猫のようなクレオに水島の表情も緩み、一緒に踊りはじめる。音楽が終わると同時に「チャリン」という音が聞こえた。


「ぴったりですね」


そういうとクレオは水島をキッチンへ連れ戻し、冷蔵庫の扉を開く。何もなかった冷蔵庫に瑞々しいレタスが一個入っていた。


「すごい、・・・魔法のようだ」

「フフッ、実はこのマンションのすぐお隣が野菜工場なんです。なので、サラダの野菜はすぐに届きます。果物とか、お肉、お魚などは、届くまでにちょっと時間がかかりますが、でも、まあ、普通30分以内には届きます」


水島は、早速、冷蔵庫のディスプレイを夢中になって操作しはじめる。野菜を次から次へと物色し、カゴに放り込む。野菜だけでなく、調味料や乾燥食品、穀物、果物など、カゴが見るまに溢れた。


「こんなにたくさん買うんですか?」

「これでよし!で、『完了』ボタン、っと」

「全部届くまで、25分ですね」

「25分、ふむ、たっぷり踊れる。クレオ、音楽!」そういうと、今度は水島がクレオの手を取ってリビングへ連れて行く。

「(楽しいなぁ。これも飼い猫化される一歩かな?)」


水島とクレオは購入した製品が届く25分間、終始笑いながら踊り続けた。


「お腹すいたぁ〜。さあ、食事を作ろう!」

「私も20%もバッテリー減っちゃいました。水島さん、躍らせるの巧すぎ」


新しいキッチン、真新しい調理器具に食器、蓋が開いてない調味料。時々、タブレットでレシピを確認し、遠い記憶を呼び戻しながら、水島は調理に没頭する。


「私も何かお手伝いできますか?」

「じゃあ、青椒肉絲チンジャオロースでも作ってもらうかな」

「では、調理師のプロウェアをダウンロードしますね」

「あっ、・・・それダメ。プロウェアは使用禁止」

「でも、ダウンロードしないと全く何も知らないですよ?美味しいかどうかも分からないんですよ?」

「君は舌のセンサーで味も分かるし、経験から学習もできるんだよね。僕のアシスタントをしながら学んでくれたまえ!」

「・・・あのぉ、ほとんどの調理師プロウェアは食品会社が販売促進のために作ってるので無料ですよ?」

「お金の問題じゃなくポリシーの問題。水島クレオを名乗る以上、僕の味を知り、その上でクリエイティブな料理を作れるようになる、そのためには調理師プロウェアは邪悪な存在」

「邪悪ですかぁ、・・・。でも『クリエイティブな』は、ヒューマノイドが苦手なことだと思いますが?」

「そんなことないよ。僕の生前、最高のイノベーターだったスティーブ・ジョブスという人は"Creativity is Just Connecting Things(創造性とは、単に物事を結合させることだ)"と言っていたし、経営学の権威のフィリップ・コトラー教授は世の中に存在する発想法を徹底的に調べた結果、クリエイティブな考えとは、それまで繋がりのなかった2つ以上の概念を結びつけようとした時に生まれると言っている。当時、世界的な音楽家だった坂本龍一という人も、どんなに独創的な音楽でも本当にオリジナルな要素というのは一曲全体の5%もなく、残りは既に存在する曲から影響を受けていると」

「"Just Connecting Things"ですか?」

「そう。人間より遙かに色々な物事を記憶してるし、頭脳がインターネット直結してるんだから、原理的にはヒューマノイドの方が得意なはずなんだよ」

「そうですかねぇ?」

「で、それから、イマジネーション(想像)。これとこれを繋げたら、どうなるだろう、って頭の中で実験してみる。それって、シミュレーションでしょ?コンピュータは得意じゃん?」

「ちゃんと味覚がモデル化されていればですが・・・」

「この時代、モデル化されてないはずないよ。で、最後が実際に料理を作ってみて美味しいかどうか確認するヴェリフィケーション(検証)のプロセス。もし、ヒューマノイドが劣ってるとすれば、ヴェリフィケーションじゃないかな」

「あのぉ〜、それって、とても重要な、」

「つべこべ言わずに、まずは、このピーマン洗って!」

「はい」

「違う違う、それは衣類の洗濯器。・・・それは食器の洗濯器。ここの水道水で洗うの。・・・あっ、食べ物を洗剤で洗っちゃダメ。・・・かして!こうやって、水を流して手で洗うの、こう。やってみて」

「こうですか?」

「うん、そうそう。全体を洗って土やほこりを綺麗に落とす、って力入れすぎ・・・」

「中から白いツブツブが出てきました。ピーマンって柔らかいんですね」

「そうだよ。食べ物は、だいたい、みんな柔らかい。だから潰さないように優しくね。じゃあ、もう一個、洗って」

「はい、次は成功します!・・・こんな感じですか?」

「うん、オッケー!じゃあ、次は洗ったピーマンを細切りにしよう。ピーマンとか野菜の場合、普通は鎌型とか三徳とか呼ばれるこの包丁で切ります。まな板を敷いて、まずは半分に切って、ここと、ここも削ぎ落とします。それからは、こうやって細く切っていきます。・・・じゃあ、残りをやってみて」

「はい、やってみます。まず、半分に、っと。あれ!」


クレオの指先深くまで包丁がぐさりと刺さる。


「痛い!」

「いえ、私は痛くないです」

「いや、見てる僕はとても痛い。ちょっと待ってて、救急箱持ってくる」


クレオ用の救急箱から人工皮膚再生用のジェルとパッドを取り出す。


「こんなに深く切って、再生できるかなぁ?」

「ちょっと待ってください、・・・ええと自己診断プログラムの結果では、ジェルを塗りこんでパッドで固定して安静にすれば、約8時間で治癒するようです」

「それは良かった」水島は、クレオの指先にジェルを塗りパッドで固定し、さらに包帯を巻いた。水島が救急箱を片付けている間、クレオはニコニコしている。

「なんか、嬉しそうだね?」

「はい、嬉しいです」

「・・・嬉しいって、感覚はあるの?というか、分かるの?」

「本当はよく分からないんですが、私のAIシステムが『楽しい』とか『嬉しい』と認識する時のパターンは、だいぶ分かってきました」

「ヘぇ〜、興味深いな。どんなパターンなんだい?」

「大きく2つのパターンがあります」

「どんなパターン?」

「水島さんの役に立ってるとか、水島さんから頼りにされてるとか、水島さんが楽しいとか嬉しいと感じている、そんなことが分かると私の顔、笑顔になるんです。声も大きくなり、動作もちょっと大きめ、で、もっと水島さんの役立つこと、頼りにされること、楽しいことがないかを探すタスクの優先度が上がるんです。消費電力的には無駄ですが、パワー・レベルも5%から10%くらいアップして、アクティビティが上がります。擬似心音の心拍も高まります」

「ふむ。・・・もう一つのパターンは?」

「水島さんに優しくされても『嬉しい』と認識します。この場合、笑顔になるだけでなく、顔の温度が少し高まり、赤くなります。擬似心音の心拍も高まり、それから、水島さんに抱きつきたくなっちゃいます。抱きついていいですか?」

「ダメです。安静にしてください。・・・ふむ。で、君としては、『楽しい』と感じることを繰り返すようプログラムされてるのかな?」

「どうなんでしょう?あまり、この手のことを考えると、また思考をストップされそうで」

「あ、そうだな。この話は、この辺りでやめておこう」


水島は、一人で料理に没頭しはじめた。


「よし、こんなもんかな?」

「ずいぶん、たくさん作りましたね」

「う〜ん、作りすぎちゃったな」

「これは何です?」

「ええと、筑前煮、ひじきの煮物でしょ、ふろふき大根、なすの旨煮 、それから筍ごはんに生海苔のお吸い物、そして、クレオの次回の課題、青椒肉絲チンジャオロース


水島は半世紀ぶりに思う存分料理を作った満足感に浸っている。が、二人いるのに一人しか食べれないのは残念だ。


「舌のセンサーで味見できるって言ってたけど、美味しいとか、まずいって分かるの?」

「味覚センサーで数値としては。あと、顔の表情でも」

「顔の表情?」

「ええ、美味しいと笑顔になって、美味しくないと変な表情になったり、と。辛いとか、酸っぱい、にがいなど、顔の表情が変わるようです」

「ヘェ〜、それはゲーム感覚だな」


二人は食卓で角を挟んで座る。水島は料理を少し取ってはクレオに味見させる。


「ほい、あ〜ん」

「はい、・・・ふむ、ふむ、カツオと昆布の合わせダシに干し椎茸の香りも」

「おっ、正解。美味しい?」

「私の表情、どうなってます?」

「うん、美味しそうな表情してる。じゃあ、これは?」

「ん〜ん。この表情はどうです?」

「いいねぇ!(これ、楽しいなぁ)」


水島が次の皿から料理を箸で少量寄せているとクレオは「美味しいって、楽しいことなんですね」と言い、右手で水島の左肘を軽く抱き、頬を水島の肩に軽く押し当てる。


「今日は、いっぱい踊ってもらって、指の怪我を治してもらって、テーブルでご飯おすそ分けしてもらって。なんだか、私、飼い猫になっちゃったみたい」

「・・・へっ?」

「にゃおーん」


  *  *  *


(中西)「で、あなたが飼い猫にならず、クレオちゃんがあなたの飼い猫になったと?」

(水島)「はぁ」

(中西)「ふぁ〜、眠いわ。夜中にのろけ話聞かされてもねぇ」

水島は中西に渡されたアルファベット社製のタブレットで話をしていた。時刻は夜11時過ぎ、クレオはリビングを挟んで斜向かいのベッドルームでスリープモードで充電している。

(水島)「いえ、のろけてる訳じゃないんです」

(中西)「まあ、この時代、ヒューマノイドにゼロから料理教えようなんて発想、さすが20世紀生まれの水島さんだわ。それも、なかなか、興味深いわね」

(水島)「はぁ(20世紀生まれねぇ・・・)」

(中西)「でも、まあ、早いところ水島さんが飼い猫にされるのを期待してるわ。じゃあ、今日のところはお休みなさい。ふぁ〜」

(水島)「・・・(飼い猫と言われてもなぁ。ある意味、巧く乗せられて『飼い犬』化されてるのかもしれんが)」

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