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水島クレオと或るAIの物語  作者: 千賀藤隆
第二章 AIのある暮らし
21/57

飼い猫

「さて、今日は、ちょっと見てもらいたいものがあるの」


中西が秘書に合図すると半球のガラス窓が曇り真っ白になった。そこに、どこからか映像が投影される。タイトルも音楽もないぶっきらぼうな映像は、誰かの普段の生活を隠れて撮影した、いわば盗撮のような映像だった。


「ここで見た映像については他言無用でね、プライバシーの問題があるので」


中西の言葉に水島は静かに頷く。


  集合住宅らしき一室、女が身支度をして出て行く。映像の右上に表示された時刻は午前7時半。映像は正午に飛ぶ。女が帰宅し、パジャマ姿の男が出迎える。男は若く見ても30代半ば、40代後半かもしれない。容姿から推測するに端正な顔立ちの女がヒューマノイドで男はそのオーナーだろう。女は帰るなりテキパキと食事の支度を始める。その間、男は終始、女にまとわりつき、犬のようにジャレつき、時々女に頬や頭を撫でてもらい、キスをしてもらう。テーブルに食事を並べ終わると女は再び外出する。男は食べ終わると頭に何かのデバイスを付け、部屋の中をさまよい始めた。


「ゲームでもしてるんでしょう」中西が補足する。


男は、ゲームに疲れると居眠りをはじめた。夕方6時、女が帰宅する。昼と同じように男は女に甘え始め、女は嫌がることもなく男のために夕食を準備する。男が食事をする間、女はテーブルの向かいに座って男へ微笑み続け、時々、男の頭や頬、顎を優しく撫でる。食事が終わるとソファへ移動し、男は女の膝枕で横になりながら再びゲームをはじめる。女は男の頭を撫でながら、時々、何かを話しかけている。男が起き上がった隙に立ち上がり、夕食を片付け、それが終わると男をあやすようにして風呂場に連れて行った。裸のまま出てきた男を追いかけ、女はバスタオルで男の全身を拭き、パジャマを着せる。女は歯磨きのデバイスを男の口に入れ、男に歯を磨かせる。それが終わると、男は再び頭にゲーム用のデバイスを取り付け、ゲームに夢中になる。女は、ワイヤレス充電のシートをテーブルの椅子からソファへ移してその上に座り、男の頭を撫で始める。映像は、そこで切り替わった。


「この男は調査した5日間、ずっと同じパターンで生活してたわ」

「何なんですか、この映像?」怪訝な顔で水島は中西に聞く。

「後で説明するわ」中西と水島は映像を見続ける。


  今度の部屋では男が食事を支度している。できた料理をテーブルに並べてカバーをすると、それには手をつけず、ベッドルームを覗いてから部屋を出た。午前7時少し前だ。女が起きたのは10時頃だった。スッピンの女は年齢不詳の顔をしている。寝癖でボサボサのセミロング、ネグリジェのままテーブルに向かい男の用意した料理を食べる。壁のモニターにドラマか映画を映し、見るともなく眺めている。映像が飛び、夕方5時になり、男が家に戻ってきた。女は相変わらずネグリジェのまま映像を見続けている。男が近づくと女は両手を伸ばしキスをせがんだ。男はキスをしながら女を抱え、バスルームへ女を連れていく。男はすぐに出てきて食事の支度を始める。女が下着姿でバスルームから出てくると、男は寝室から着替えを持ってきて女に着せた。そして、男は女を椅子に座らせ髪を乾かしながら上手にセットし、さらにメークアップもはじめる。なかなか綺麗な女性に仕上がった。女は男の用意した軽めの夕食に箸をつける。その間、男は昼間の地味な仕事姿から夜のホストのような服に着替える。女が食事を終えると、男はコーヒーか何か暖かい飲み物を女に与え、しばらく会話を続ける。その後、女は男の腕を取り、意気揚々と外へ出て行った。映像は外に出ても続いた。上空からの映像は、その男女が繁華街で車を降りて華やかな店に入っていく姿を捉えた。店の中の映像に切り替わる。そこは、水島の生前の言葉で言えばクラブのような場所だった。艶やかで怪しい光と煙が舞う空間に派手な身なりの男女が大勢で騒いでいる。しかし、よく見るとかなり荒れ果てている。あちこちで喧嘩が起こり、男も女も罵声を浴びせたり、相手の胸ぐらを掴んだりと。あの部屋の女も喧嘩を始め、彼女のヒューマノイドと喧嘩相手の連れのたぶんヒューマノイドが慌てて仲裁に入った。喧嘩が収まると、二人の男は壁際に戻り両腕を組んで女を優しく見つめ続けた。映像は、壁沿いに静かに立つ人々の姿を映し出す。みな美形の男女だ。


「どうやって撮影したんですか?部屋の中から、上空から、そして、こんな店の中まで?」

「私が撮った映像じゃないわ。ある組織が撮影して研究費と一緒に私に送ってきたの、調査レポートにしてまとめてくれって」

「その組織というのは国の組織ですか?」

「極秘なんで水島さんにも明かすことを禁じられているの、残念ながら」

「ということは、そうなんですね」

中西は両手を広げ肩をすくめる。


  ヒューマノイドに『飼育』される人々の映像は尚も続く。日本だけでない。欧米やアジアの映像もある。そこに映るヒューマノイドの表情や振る舞いは愛するペットを見守る飼い主のそれであり、ヒューマノイドに飼育される人々の行動は犬猫を彷彿させるものだ。水島は次第に気分が悪くなってくる。


「今日は、この辺にしておきましょう」


中西が秘書に向かってそう言うと映像は消え、白かったガラスが再び透明になり、夕方を表現する光が部屋全体に差し込んだ。ふと見るとガラス窓の向こうの止まり木に一羽のフクロウが佇んでいた。


「こういうロボットで撮影したんでしょうか?」

「そうね、こいつも一種の監視カメラよ。ただ、こいつは撮影した映像をリアルタイムに無線で飛ばしてるから、さっきのような盗撮には向かないわ。無線の電波使ったらヒューマノイドにはバレバレ。式部ちゃん、あのフクロウ、いつからあそこにいるの?」

「43分前です。この部屋の窓を曇らせるとすぐ飛んで来ました」

「ふ〜ん、何か疑われてるのかしら、私?」


中西は窓際へ歩き、フクロウ(型のカメラ)にピースサインを送る。フクロウは大きな目をまばたきして顔を左に90度向け、正面を向いて、もう一度まばたきして顔を右に90度回し、その後、翼を大きく広げて飛んで行った。


「この社会の『影』ですか?」

「どちらが?さっきの映像?それともフクロウ?」窓辺で中西は水島を振り返る。

「・・・もちろん、どちらも」

「『光多きところ深い影がある』、ってね」

中西は再び窓の外を見つめながらゲーテの言葉を引用する。


「人がヒューマノイドに飼育されてるようにも見えました。まるで、飼い猫化された人々って感じですね」

「『飼い猫化現象』とでも呼ぼうかしら。猫というより犬っぽい人もいるけど。散歩に連れて行ってもらった『公園』でほかの『犬』と喧嘩してるし」

「まだ、たくさん映像があるようですが、何件ぐらいあるんです?」

「私が受け取ったのは約800件、よくもまあ集めたもんだわ」

「社会問題として表面化してるんですか?」

「まあ、ボチボチとね。問題は『何が問題か?』・・・なんだけどね」

「やがて人類はヒューマノイドのペットになる。日がな一日、家で留守番し、首輪なしでは外出できず、増えすぎると困るので血統の良い個体以外は子孫を残せない。問題あると思いますが?」

「一部の人は新しい社会に適合し、少人数ですごい成果を出しているわ。ここから見える『コト』プロジェクトの人達は、その例よ」

「中西先生もすごい成果を出し続けている、その一人ですよね?」

「私は彼らの活動を助けている、その一人ね。・・・問題は、ペットのように飼育されてる人たち本人が問題と感じないことなのよ」

「彼らは、どう感じているんです?幸せだと?」

「・・・そうねぇ、幸せそうに見えるわ。なんせ、明日の心配もせずに毎日うだうだしていられるもね。ただ、・・・人間っぽく見えない、私には」

「増えてるんですか、こういう人たち?」

「急激に。3年連続増加率が100%を超えたわ」

「どれくらい、いるんです?」

「世界統計はまだないけど、日本の最新統計では190万人」

「ひゃく・・・って、」

「そう、単純計算であと6年で日本は飼い猫化された人間で覆われるわ」


差し込む夕日が強まり、振り返った中西の黒いシルエットだけが見える。


「人は餌をくれて、グルーミングしてくれて、散歩に連れて行ってくれる優しい飼い主のヒューマノイドに媚びるの、ニャーオって。あるいは、ワンっと可愛く吠えるの。一応、税金納めているし、選挙権も被選挙権もあるニャンちゃん、ワンちゃんがいっぱい。そんな世界を想像できる、水島さん?」

「・・・この問題に我々ができることって、あるんですか?」

「さあ、どうかしら。でも、あなたと私には好奇心があるわ。それに、」

「中西先生、捕まえました。このハエ型ロボット、カメラ付きで無線機能がオフになってます」

「式部ちゃん、いい子ね。その極小カメラをこちらに向けて。はい、水島さん、一緒にピースサインしましょう!」

「えっ、」

「好奇心は大きな武器よ。それに問題の原因を突き止めれば、私にハエを送ってきたストーカーが何かできるかもね。ねえ、水島さん、クレオちゃんは、いつから働きはじめるの?」

「来週からですが。あなた、何者?」

「ただの大学教授よ。クレオちゃんで実験するのはどうかしら?」

「クレオで実験って、何ですか?」

「クレオちゃんが、あなたを飼い猫にしちゃう過程を観察したいの」

「ぼ、僕を飼い猫にするんですか?」

「あなたは演技するのよ」

「あのビデオに映ってた人たちのように?」

「その前ね。徐々にクレオちゃん依存に陥る男を演じるのよ」

「僕に演技は無理です」

「大丈夫、私という演出家がいるから」

「・・・なぜ、僕が?」

「クレオちゃんを『所詮はコンピュータ』と思う時があるんでしょ?小さい時からヒューマノイドと暮らしてきた人にはできないことよ」

「・・・盗撮、盗聴の類いはやめて欲しい」

「私はしないし、したこともない。今の時代、プライバシーは自分で守らないといけないの」

「・・・」

水島は断るすべもなく、中西のプロジェクトに巻き込まれた。


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