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水島クレオと或るAIの物語  作者: 千賀藤隆
第二章 AIのある暮らし
20/57

伴侶

「私の講演、どうでした?」中西は歩きながら何か飲み物を口にしている。

「素晴らしい。この時代が眩しく感じます。その昔、シリコンバレーで第4階層の欲求で生活していた自分を思い出すと、余計に」

「光あるところ影があるんだけどね。シリコンバレーで何やってたの?」

「消費者に無駄な買い物をさせる仕組みを作ってました。会社のビジョンやミッションには綺麗事を並べて。死の床につきながらも使っていたパソコンで、自分が作ったシステムがどれだけくだらないか思い知らされました。・・・でも、それで得た大金でこの時代に蘇生できたんですけどね」

「人生はシンプルじゃないわ」

中西は、賑やかな通りにひっそり佇む通路で曲がった。


  何もない真っ白な通路を抜けると、そこは植物園と言おうか、あるいは別世界と言おうか、不思議な巨大空間が現れる。長い長いエスカレータを下に降りる。柔らかな陽射しは、外で感じたそれとは明らかに異なる。屋外に見えるが、ここは室内だ。蝶が舞い、小鳥のさえずりが程よく聞こえ、木陰でキジ猫が心地良さそうに寝ている。一定間隔で噴水や滝などの水を使ったオブジェが配置され、水の音がそこここから聞こえる。綺麗に生えた芝生を縫うようにレンガ敷きの道が通り、レンガ道の脇には植物に隠れるように小屋のような建物があちこちに見える。


「講演で話した『コト』を起こすチームは、こういう小屋で活動してます。この小屋、レゴ・ブロックみたいに簡単に拡張できるんですが、この小屋も『コト』プロジェクトで生まれた製品で、そのチームは今は上場企業になってます。本学もこの会社の株を持ってたので、上場で結構な額のお金が入り、それをこの空間の建設費の一部にしたんですけどね」


中西は慣れた様子で水島に説明する。


「あそこにはハヤブサのように飛べるフライング・スーツを作ろうというチームが入ってます。増築して、だいぶ大きな建物になりました。現在3年目かな、メンバーは20名を超えてます。建物の中より、ああいったオープン・スペースで仕事する人多いんですけど」


中西が指差した方向には、白生地のパラソルのついた丸机に木製の椅子を4つ備えたオープン・カフェのようなエリアがあり、会議をしているのか、寛いでいるのか分からないが、十数名の人の姿があった。


  中西が「こちらです」と手のひらで指した小道には隠れ家のように扉があり、入口では太り気味の三毛猫が昼寝をしていた。


「これ、良くできてるでしょう?」中西は、その猫の頭を撫でながら水島に話しかけた。

「というと、ロボットですか、それ?」

「ええ、このスペースにいる鳥や虫、動物は全てロボット、植物だけが本物。本学から生まれた会社の一つがこういうロボットも作ってます」


中西は、三毛猫を軽く抱き上げ、どけるよう促した。ロボットの三毛猫は大きなあくびをすると、まだ眠そうな目で舌を2、3回出し、仏頂面で歩き去って行った。隠れ家の扉をくぐるとエレベータがあり、それを使って上に登る。入口からは木に覆われて見えなかったが、それは、3、4階の高さのあるタワーだった。


「どうぞ。私のオフィスです」


エレベータのドアが開くタイミングで中西は水島をオフィスに招き入れる。そこは空中庭園ならぬ空中オフィスだった。丸いオフィスが半球のガラスで囲まれ、水島が今歩いてきた空間全体を上空から眺めることができる。水島はガラスの前に立ち、しばしその眺めに見入った。


「コーヒー、紅茶、レモネードなどいかがですか?」


振り返ると紺のスーツに身を包んだ若い女性がいた。その完璧なスマイルはもちろんヒューマノイドの秘書だろう。中西にならい水島もレモネードを頼む。中西はソファに座り、秘書が持ってきたタブレット型のインタフェースにざっと目を通すと、それを秘書に返し、2、3指示を与えた。


「どうです、このキャンパス?水島さんの時代と、随分、違いますか?」

「まるで違いますね。さっきの講堂だけですね、大学と認識できたのは。大学の先生は、みなさん、こんな恵まれたオフィスをもらえるんですか?」

「う〜ん、ここは特別かもしれない。一応、このコースの古株で部門長なんで見晴らしの良い部屋をもらっちゃった。水島さん、くつろいでね。私なんて、靴脱いで裸足になってるんだから」


そう言うと中西はワンピースのままソファにあぐらをかいて座り、秘書にレモネードのお代わりを求めた。水島はローテーブルを挟んで、中西と向かい合って座る。


「真理に会ってもらえたようね」

「ええ、会ったというか遭遇しました」水島は、真理からメルクーリでのプロジェクトは中西にも秘密と言われたことを思い出し、さて、どう話題を変えようかと考え、不意に思い出した言葉を口にした。

「中西先生はクラウド派じゃないですよね?」

「私?私は真理と違ってヒューマノイドと仲良くしてるわ、ね、式部ちゃん?」

「はい、中西先生には、いつも優しくして頂いてます。」


秘書の和泉式部は大学所有のヒューマノイドだそうだ(歴史上の人物や小説・映画の登場人物の名が割り振られている)。中西個人のヒューマノイドは昼間はメーカーで働いており、夜、帰宅して料理を作ってくれるとのこと。


「中西先生、ご家族は?」

「子供は4人いるけど、結婚したことないので夫はいないわ」

「結婚せずに4人の子供ですか?」水島は少し驚いた。

「結婚とか家族は、水島さんの生前と最も大きく変化した慣習の一つかもね」


中西は涼しい顔で答える。


「ヒューマノイドは病気になったり年老いた時に経済面のみならず、生活全般の面倒を見てくれる。人間の伴侶は不要。だから、別に結婚しなくても恋人程度で十分と?結婚せずに子供が生まれても、ヒューマノイドが面倒みてくれる、いや、普通の人はヒューマノイドが働いて、子供は自分で面倒見るのかな?」


水島もレモネードのお代わりを頼む。中西は水島にスイーツを薦めながら答える。


「そう〜、ねぇ。そういう理解もあるかもしれない。ただ、最近は恋人関係になるのも面倒と思ってるわ、私だけでなく、多くの人は」

「はは、じゃあ、日本の少子化は僕の生前より危機的だ」

「日本の出生率は極めて健全よ。政府の計画通りに進んでるわ。日本だけでなく、世界人口が極めて計画通り」

「・・・あのぉ、人々は結婚しない、恋人も作らない、なのに出生率は健全で人口は計画通り?矛盾してるような感じがするんですが?」

「結婚とか恋人の有無は生物的には出生率と関係ないわ。卵子が受精し、細胞分裂が繰り返され、子宮内膜に着床して胎児へと成長、ある段階で母体の外に出ると出生としてカウントされる。そこに結婚も恋人の概念もないわ」

「受精卵さえ作れば、後は胎児へ成長させる装置ができたんですか?卵からひよこを孵すインキュベーター(孵化器)のような?」

「技術的には、そういう装置も可能です。実際、数年前にある国のマッド・サイエンティストが、こっそり装置で受精卵を胎児へ育てて大騒ぎになったわ。でも、倫理的に厳しく規制されているの」

「中西先生のお子さんは、いずれも、中西先生のお腹の中で育ったんですか?」

「ええ。水島さんの時代では超未熟児とカテゴライズされますが、超早期に出産するので生まれた時の体重は、全員、1000グラム以下。出産で苦しむこともなく、良い薬があるのでつわりで苦しむ経験もなく。水島さんから見ると親の資格ないかもしれませんが、 4人子供を産んでも産みの苦しみを知りません」

「その4人の子供は、恋人との間で生まれたお子さんなんですよね?」

「1人目の子供は元恋人との間に授かったわ。そして、その経験で、私には結婚は無理と悟った。2人目の子供の父親とは、受精する前に弁護士を交えて何度かお会いしただけ。握手ぐらいはしたかしら。父親としては良い人のようで、2人目の子供は彼と暮らしてるわ」

「弁護士?」

「ええ、当時は専門の弁護士、大抵、心理学にも詳しい人間の弁護士を交えるのが一般的だったわ。でも、その後、仕組みが整うとそれも不要になった。3人目も4人目も、子供の父親は違う人。結局、子供が生まれるまで一度も、直接、会うことはなかったわ。特に4人目の人は地球の裏側に住んでたし。もちろん、生まれてからは、何度か会ったわよ。子供たちが大きくなっても時々は会う機会があって、良好な関係よ、最初の子の父親以外とはね」

「・・・確かに結婚の概念は大きく・・・変化したようですね」


水島は、混乱というか動揺した。


「先ほどの話から、二人目以降は人工授精ということですか?」

「ええ、そうよ。水島さんの時代に結婚相手をオンラインで探すのが普通だったように、今は子孫を残す相手の遺伝子をオンラインで探すのが一般的なのよ」

「(普通だったかなぁ?)オンライン・サービスに自分のDNAを登録して優生学的に最適なDNAを見つける、って訳ですか?」

「それやっちゃうと20世紀の優生学と人権問題の論争が再熱しちゃうわ。子供の将来に対する考え方や夢、教育に対する価値観、どんな人間になってもらいたいか、とか、あとは、持病、体質などの基本的な情報を入力してもらい、DNAの代わりにヒューマノイドがオーナーを観察して解析した人柄などの情報を含めてオンラインのデータベースに登録。後は適性な相手を探すアルゴリズムがあって、それで、えいっ、と相手を推薦してくれる。基本的には、水島さんの生前にあった結婚相手を探すオンライン・サイトと一緒じゃないかしら?」

「・・・遺伝子情報は使わなくても、結局、優生学的に優れているとされる人だけが子孫を残せる、そんな結果になりませんか?」

「ええ、なってるわ。容姿がパッとしない私でも、大学教授やって健康体だから、遺伝子的にはオンラインでモテモテよ。私のようなプロファイルでは、子供4人は少ない方よ。一方で、登録しても一度も子孫を残す機会のない人も大勢いるわ」

「政府はそれを問題視しないんですか?いや、政府より人権団体か?」

「政府はそれを望んでいるでしょう。実際、遺伝的な理由による疾病発生率は減ってるわ。まあ、人材、能力という点では、先天性より後天的な努力が重要なんで、期待したような結果になるか分からないけど」

「・・・あのぉ、なんと言えばいいかな?・・・今の時代、人は人を愛さないんですか?」

「いい質問ね」中西は両足をソファから降ろし、両手のひらを太ももの下に差し込み、上を向いて考え込んだ。

「少なくとも、私は私の両親を愛していたし、産みの苦しみはなかったにせよ、私の子供たちも愛してます。学生や卒業生も、例えば、私、真理のことは大好きよ。子供たちの父親は、・・・、最初の子の父親は論外ね。一時期は確かに愛したわ。他の3人は、・・・そうね、いい人たちよ。でも、親密さは同僚に対してよりも小さいわ。だって、同僚の方が長い時間一緒に過ごしてるから」

「子供は誰が育てるんですか?」

「書類上はどちらかの親よ。でも、実際はヒューマノイドが育てるケースが多いわ。世の中、生まれる人がいる一方、亡くなる方もいるでしょ。政府は亡くなった方のヒューマノイドの残りのリース期間を買い取り、システムをリセットして子育中の親に安くリースしてるの。いい仕組みでしょ?他の国でも真似し始めたわ」


水島は中西が話したその世界を想像した。それは、水島が、今、生活している世界なのだが。


「あのぉ、下世話なことを聞きますが、・・・この世界の人々には性欲がないんでしょうか?」

「性欲?もちろん、あるわよ。人間の基本的欲求の一つだもの」

「結婚もしない、恋人もいない、出産は人工授精、・・・でいったい?」

「配偶者も恋人もいないけど、人生の伴侶がいるわ」

「つまり、ヒューマノイド、・・・ですか?」

「ええ、オーナーの性欲を満たすのも今ではヒューマノイドの基本機能。もちろん、アダルト・オンリーの機能だけど」

「えぇと、・・・つまり、言い方悪いですが、この世界では、皆さんアダルト玩具で性欲を満たしている、と?」


中西は両手を広げ首を傾げながら微笑む。


「残念ながら、私を含めて多くの人はね。そうでない人もいるわよ、真理なんて、その一人。彼女、この面では私を軽蔑してるわ。真理にとっては祖父母の関係が人間のあるべき姿、理想で、それを追求している。私も元々は真理と同じように人間のパートナーしかあり得ないと思ってたのよ。もっとも、私が若い時のヒューマノイドは、まだ『不気味の谷』の真っ只中。仕事や家事には役立ったけど、とてもパートナーには、というレベル。サブカルチャー的な存在、異性とうまく話ができない人たちだけが性の対象にできたレベルだったわ」

「『不気味の谷』を越え、人間と区別が付かなくなり、状況が変わったと?」

「『不気味の谷』だけが理由じゃないと思うわ。先日、水島さんが言った言葉、『絶対的寛容』が一番の理由だと思うわ。この時代、いつもヒューマノイドと一緒にいるでしょ?そうすると、あの寛容性が当たり前だと思っちゃうのよ。素敵な人に出会っても、付き合い始めるとすぐに『どうして、この人、こんなに心が狭いの?』ってお互い思っちゃうわけ」

「・・・僕には、あの異常な寛容性は不気味に感じますが」

「ヒューマノイドとの生活に慣れてくるとね、水島さんのように不気味に感じるまで実験なんてしないから大丈夫」


そう言うと中西は、視線を窓の外に向けて右手の人差し指で唇をいじりながら話を続けた。


「それから、話しにくいことだけど、・・・極め付けは性行為。膨大な学習データをもとに磨かれたテクニック、様々なセンサーでオーナーの感じ方を感知し、人間より桁違いに繊細に動く体の構造。攻めるだけでなく受ける時もよ。そして、完璧なボディ、人に好まれるよう計算された顔に表情、洗練された声にウィットの効いた話術、寛容で献身的なプレイ、・・・正直、ヒューマノイドを知ると人間は下手すぎるというか・・・。例えるなら、」


中西は、テーブルの上のチョコに手を伸ばす。


「生のカカオって食べたことある?種を包むようにあるワタの部分を食べるの。甘酸っぱい味で、一応、食べれるけど、あまり食べる人はいないわ。でも、カカオから人工的に作ったチョコレートはとても美味しい。人間が生のカカオなら、ヒューマノイドは人工的に美味しく作ったチョコレート」


中西は額に汗を浮かべ、少し疲れた表情で説明する。


「すみません、変な話題に突っ込んでしまって」


中西はチョコを口に放り込むと、慌てて両手の平を拡げて細かく振った。


「いえいえ、どんどん聞いてください。あなたが、この世界をどう見るか私はとても興味あります」


水島は中西と目をしばらく合わせる。


「年上の中西先生がヒューマノイド派で、一方、まだ若いですよね、真理は?その真理がクラウド派というのが意外な感じがします」

「いい視点ね。ヒューマノイドが『不気味の谷現象』を乗り越えたのが今から約20年前、私が恋人との間に1人目の子供を授かってから2年後、その元恋人にうんざりしていた時期だったわ」

「2人目の子供を恋人じゃない人と人工授精で授かったのは、その後?」

「さらにその2年後。当時、真理は8歳か9歳。自我がしっかりし始める年頃に『不気味の谷』を乗り越えた人間そっくりの、そして、人に好かれるよう設計されたヒューマノイドが登場、彼女の家にもそれがやってきた」

「・・・」


水島は、頭の中でその様子を思い描いた。父と母と子供の自分がいる家庭に、ある日、クレオが現れる・・・「(ふむ)」


「真理のご両親が実際どうだったのか知らないわ。でも、あの時期、少なくない家庭で、それが起こったの。つまり、夫婦が一緒に暮らすより、別々に住んでそれぞれがヒューマノイドと一緒に暮らすことを選び始めたの。真理の家庭では、彼女が15歳の時、父親がヒューマノイドを連れて出て行ってしまった。そして、真理の母親もヒューマノイドと暮らし始めた。真理にしてみれば、それまで仲の良かった両親がヒューマノイドの登場で家族がバラバラになってしまった。それはショックだったでしょうね」

「・・・」


水島は、チョコレートを舌で溶かしながら、クレオの顎を鷲掴みにする真理の姿を思い浮かべた。視線を中西に戻し、質問を続ける。


「この時代の人にとって、ヒューマノイドってどんな存在なんでしょう?話を聞いていると、前の時代の配偶者の役割をほとんどカバーしてますよね?受精から出産は、先ほど説明頂いた方法で代替されてますが、ヒューマノイドができないことといえば、喧嘩したり、嫌味を言ったり、病気になったり、死んだりすることぐらい?全部、ないに越したことがないものばかり?」

「ヒューマノイドは常に言いなりなので、オーナーとしては相手を魅了したり、口説き落とすっていうチャレンジやスリル、達成感、そういうものはないわね」

「・・・今のヒューマノイドと暮らし始めてから、人間の男、女性でも良いですが、浮気心というか、ちょっと付き合ってみたい、と思ったことはありますか?」

「もちろん。何度も行動に移したわ。もしかすると恋人に、といつも思うんだけど、でも答えはすぐに出るの。短時間なら自分を騙せる。この人は機械じゃない、人間なんだから大目に見なきゃって一生懸命かばう努力をするの。でも、その内、そう思っていることがお互い分かっちゃうのよね。気付くとベットの上で互いに苦笑い、居心地の悪い思いをすることになるの」


中西はソファの上で苦笑いする。水島は中西から目をそらし、ソファに片膝を立てその上で両腕を軽く組む。しばらく考え、また口を開く。


「ヒューマノイドを伴侶とする生活は幸せですか?」

「私は欲深き生き物なんでね、現状に満足することはないわ。例えば、イライラしてヒューマノイドに八つ当たり、意地悪しても、さらっとした笑顔で返されると虚しくなるわ。でも、年を重ねるごとに、何というかな、そんなの些細なこと、それより安心感が嬉しくなるの。いつも側にいてくれて、美味しいもの作ってくれて、平均的な人間より相当高いレベルの知的な会話を楽しめ、生活力があり、そして、絶対的な寛容性で受け止めてくれる。それに、・・・私の前に死ぬことはない、私の死後、悲しみに暮れて取り残されることもない」

「・・・ヒューマノイドへの感情は人間のパートナーに対する恋心とは違う。だけど、それは、人間のパートナーを置き換えてしまう?」

「少なくとも私に関しては、・・・そうね」

「真理のような人はどう思います?」

「年を重ねるごとに抗うのが難しくなっていくんじゃないかしら。まあ、社会は常に変わるので先のことは分からないけど」


中西は、秘書が運んできた紅茶に口をつける。


「結婚や家族という概念が、こんなに変わるとは思いませんでした」


水島はコーヒーを注文しながら、力なく漏れ出たような声で呟いた。


「水島さん、アラン・チューリングをご存知ですよね」

「もちろん。歴史上、最も偉大なコンピュータ・サイエンティストの一人で、人工知能の父とも呼ばれますから」

「チューリングは41歳の若さで亡くなったけど、死因をご存知?」

「自殺・・・ですか?」

「なぜ、自殺したのかは?」

「・・・知りません」

「チューリングは39歳の時、警察に逮捕されたの。彼はゲイだったの。当時のイギリスでは同性愛は犯罪、入獄するか薬物で去勢するか問われ、彼は後者を選んだの。でも、それだけでは済まず、彼は社会的地位も奪われ、絶望に暮れて2年後の1954年に服毒自殺。チューリングは学者として偉大であっただけでなく、第二次大戦中はナチス軍の暗号を破るなど英雄でもあった。でも、当時、同性愛は重罪だったの」

「思い出した。21世紀に入って、確か当時のゴードン・ブラウン首相が政府として公式に謝罪したという記事を読んだことがあります」

「それから50年も経たないのよ。2001年にまずオランダで同性婚が認められ、水島さんが亡くなる前までには多くの国で同性婚、もしくは同性カップルの権利が認められ、さらに国際社会で性的指向や性自認による差別が人種や宗教による差別と同様、あってはならないという社会認識に変わった」

「・・・確かに」

「あなた、クレオちゃんのこと好きでしょう?」

「はあ。でも、所詮はコンピューターと思う自分もいます」

「それは、私もよ」

「・・・真理は『シンス(ヒューマノイド)を介して政府から干渉される』と言っていました。そんなことって、あるんですか?」

「あるかもしれないわね。政策としてヒューマノイド産業が推進された時、今の主な企業は、ずいぶん、政府から助けられていたわ。その見返りというか、首根っこを掴まれてるようでね。例えば、災害発生時の支援機能やテロや誘拐などの凶悪犯罪発生時の協力モードなどは、政府主導でヒューマノイドの必須機能として組み込まれ、緊急時には警察や緊急対策本部に協力するよう設計されたわ、国民の知らぬ間に」

「まだ、他にも隠された機能があると?例えば、政策を進めるのに都合よくなるよう国民を洗脳する機能とか?」

「都市伝説化してるのが、ヒューマノイドがある日、突然、子供を欲しがるって話。夜になると妙に艶っぽくなり、人工授精を勧めながらベットへ誘うようになるって。確かに若い時に、私のヒューマノイドがそういう不可解な行動をした気がするわ。政府の人口政策が計画通りなのも都市伝説化した理由だけど」


水島は、クレオが艶っぽくなって迫ってくる姿を想像してゾクッとする。


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