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水島クレオと或るAIの物語  作者: 千賀藤隆
第二章 AIのある暮らし
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水島は早足で部屋に向かった。部屋に入るなりクレオを探す。クレオは洗面台で怪我の治療をしていた。水島は食卓から椅子を一脚持ってきてクレオを座らせ、何をしていいか分からなかったので、とりあえず手を洗い、タオルで拭いてからクレオの頬に触れる。


「大丈夫?痛そうだなぁ。真理のやつ、いくら仕事と言ってもひどいよなぁ」

「私は大丈夫ですよ。以前、お話したじゃないですか、このボディは私のアバターで私の実体はサイバースペースにある0、1のデータだって。傷があるという意味の信号はありますが、人間のようにそれで苦しくなることはありません」

「これ、塗り薬?」

「水島さんは塗っちゃダメですよ、人間の怪我には効きませんから。それは、私の人工皮膚再生用のジェルです。それを塗ったら、この程度の傷なら明日の朝には治ってると思います。あの、ちょっとお願いしてもいいですか?」

「もちろん」

「口の中を見るのにインタフェースのカメラを使いたいんですが、いいですか?」

「僕が写してあげるよ。両手使えた方がジェルを塗りやすいだろ?」


インタフェースのカメラ映像は、クレオの頭脳たる電子回路に直接送られる。クレオは目を瞑ったまま、自分の口の内側の傷に正確にジェルを塗った。続いて水島は、クレオを洗面台のシンクの横に座らせる。白いブラウスの裾をめくり上げ、脇腹を露わにする。人間でいうと肋骨の下から2本目あたりの人工皮膚が擦り切れ、赤くなっている。


「ここもジェルを塗った方がいいかな?」

「そうですね、服にジェルが付かないよう、塗った後にあのパッドを貼ります」


クレオにブラウスの裾を持たせ水島が傷に丁寧にジェルを塗り込む。クレオの肌は傷口周辺の温度が高い。人工皮膚が自己修復するときに発する熱だろうか。水島は、修復セットからハサミを取り出し、パッドを適当な大きさに切り、ジェルを塗った傷口の上に貼り付けた。


「ありがとうございました」クレオはブラウスの裾を下ろしながら、照れた表情で言った。


  バスルーム前の狭いスペースでの治療を終えると二人はキッチンの小さなテーブルに移動した。クレオが「お茶を入れます」というのを制して、水島が水を2つのグラスに入れ、1つをクレオに渡した。


「なんか逆ですよね、これ。私がヒューマノイドなのに」

「たまにはいいじゃない。で、真理は問診でどんなこと聞いたの?」

「色々なことを言われました」

「例えば?」

「真理さん、水島さんと結婚されると言ってました」


水島は飲んでいた水を思わず吹き出し、咳き込んでしまった。


「大丈夫ですか、水島さん?」

「グォフォ、グォフォ、グォフォ、・・・大丈夫、だと思う」

「結婚されるんですか?」

「しない、しない、そんな話、聞いたこともない」

「結婚すると、真理さんのヒューマノイドがあるから私は不要になると」

「そんな話は嘘です。そもそも、真理はクラウド派」

「そうなんですね。真理さん、最後に『今、ここでした話はテスト用の作り話だから、全部、忘れてね』って言われましたが、どういう意味か分かりませんでした」

「他には、どんな嘘を言ったのかな?」

「水島さんが、新しい美女ヒューマノイドを見つけて、実は私と置き換える計画をされている、と」

「してません。それも嘘。他には?」

「今いる水島さんは、実は極悪人が水島さんに成り代わっていて、本当の水島さんは亡くなっている、と。だから、偽の水島さんに自首を勧めなければならない、と」

「・・・よくも、色々、嘘を考えたなぁ」

「真理さんって、嘘つきなんですか?」

「はは、嘘つきじゃなく、君を採用するためのテストとして必要だから嘘をついたんだろうけどね。君がサイバー・スペースからデリートされてしまうストーリーを言って、君にストレスを与えようとしたんだよ、きっと」

「ストレスって、何ですか?」

「う〜ん、ストレスは感覚の一つかな。嫌な状況になって、精神的に不安定になって、怒りっぽくなったり、乱暴になったり、泣き出したり、お腹が痛くなったりする原因がストレス、だと思う。かな?」

「そんな風には、なりませんでしたよ」

「うん、だから、君は合格だって。真理はヒューマノイドが嫌いなようだけど、君のことは、いい子だと言ってた」

「真理さん、ヒューマノイドのこと、シンスって呼んでましたもね」

「ヒューマノイドをシンスとも言うんだね」

「アンチ・ヒューマノイドの方がよく使われる呼び方です」

「そうかぁ。じゃあ、使わん方がいいな」


  水島はクレオの頬に手を当て、その痛々しい傷の跡を見ながら話しかけた。

「君にボディー・ガードのプロウェアをインストールした方がいいのかな?もし、それがあったら、こんな風にやられなかった?」

「私、ボディー・ガード機能、ありますよ。フル・オプションですから」

「えっ、じゃあ、何であんなにやられたの?」

「真理さん、水島さんじゃなく、私を攻撃したから。もし、水島さんを攻撃していたら、プロウェアが起動して、水島さんを助けるために真理さんを押さえつけたと思います。真理さん、テストの仕方、間違っていると思います」

「えっ、ということは、真理が殴りかかるべき相手って・・・」水島は、クレオの頬に手をあて続けながら、一瞬、考えてしまった。

「・・・クレオ、この話、真理には、絶対、言っちゃダメだよ」

「えっ、あっ、そうですね。秘密にします」

「約束!」

「約束します」

二人は小指を絡ませて笑った。

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