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水島クレオと或るAIの物語  作者: 千賀藤隆
第二章 AIのある暮らし
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記者会見

記者会見は、水島には高級リゾートホテルとしか思えない、葉山にあるメルクーリ病院のスウィートルームが会場となった。バンケット・ホール(宴会場)と比べると全然狭い会場で記者席は20〜30席しかなく、しかも、開始5分前なのに3名しか座っていない。記者席側に向かい壇上左端にメルクーリ・ジャパン代表のアンディ・シン氏が座り、中央に医療グループ・ディレクターの上杉、右端に水島が座る。壇上から少し離れた演台にはプロの司会者が構え、司会者から2メートルほど離れた壁際にシン代表のヒューマノイドとクレオが並んで立っていた。

  

  水島は閑散とした記者席に少し安堵し、上杉に話しかける。

「世界で41例目の蘇生となると、マスコミの注目も低いようですね」

「いえ、結構、各メディアの記者さん、参加されてますよ」

そういって、水島に見せた薄っぺらいタブレット型のデバイスには、百名を軽く超える顔写真が名前と所属する企業名と合わせてリストされていた。

「メディアの皆さん、お忙しいようで、リモートで参加されるんですよ」 上杉は少し皮肉な表情を浮かべてそう言うと、タブレットを操作し、そこに水島のライブ映像を表示した。

「この部屋にはマルチユーザー対応の全方位カメラが何台も設置されています。オンラインで参加の方は、いつでも、好きな角度から写真や動画を撮影できます。こんな風に」

上杉の指の動きに合わせ、タブレットには水島を中心にぐるりと360度一周する映像が流れた。

「退屈でも、あくびは我慢してくださいね。ほら、このカウンターは、既に撮影された映像の数です。既に60回も撮影されてますよ」

「音はどうなんですか?こうやって話をしているのも聞こえているんですか?」

「オンラインの参加者には、このマイクが拾った音しか聞こえていません。が、会場にいる方が指向性の超高感度マイクで拾うか、あるいは、オンラインの方が読唇アプリを使えば、我々が何を話しているか分かります。まあ、この壇上に上がったら最後、丸裸ですよ」

「記者の方は人間ですか、ヒューマノイドですか?」

「大手メディアはヒューマノイドでしょうね。フリーのジャーナリストは、普通、人間です。半分、趣味みたいな人もいますが」


  定刻になり、記者会見が始まる。はじめに、シン代表が美しい映像とインド訛りの英語でメルクーリを一通り紹介し、それが終わると、上杉がメルクーリの医療技術力を誇示することを目的として、冷凍保存からの蘇生の歴史を紹介した。そして、その後、日本人初の冷凍保存から蘇生した人物として水島が紹介される。


「水島敬太です。上杉先生より、ご紹介頂いたように2016年に、当時は難病だった膵臓癌を患い、尊厳死を選んで冷凍保存となり、2ヶ月半前の3月21日にメルクーリ本部にて蘇生いたしました。なにぶん、51年間も時間をスキップしてここにおり、いまだ、右も左も分からない状態ですが、本日はよろしくお願い致します」


簡潔で無難な挨拶が終わるとメディアからの質問がはじまった。オンラインからの質問では、質問者の顔が記者席の後方にある大きなモニター上にライブ映像として映し出される。質問は多岐に渡ったが、上杉との事前の打ち合わせで想定していた質問ばかりだった。医学的な質問には上杉が、体験談的な質問には水島が答え、倫理に関する質問や国籍や社会保障などの法的な質問には、シン代表のヒューマノイドが答えた。

  予定の15分の質問時間はあっという間に過ぎ、結局、予定の3倍の45分間も質疑応答が続いた。記者会見が終わると、上杉の持つタブレットのアプリ映像がオフラインになったことを確認してから、水島は大きく伸びをした。水島的には、記者会見の内容には満足していた。が、各メディアが実際に取り上げたのは、記者会見がはじまる前の上杉と水島のやりとりだった。『半世紀前からやってきた純朴な浦島太郎』のイメージを前面に創り出した報道ばかり、ということを水島が知るのは、数日経ってからだった。


  記者会見が終わり、シン代表と上杉が水島に一言二言礼を言って会場を去る。部屋に戻ろうとクレオに視線を移した時、記者席にいた1人がすぐ傍で自分を待ち構えていることに気付いた。


「はじめまして、水島さん。K大学で社会学を教えております、中西菜月と申します」

「はぁ、はじめまして」


中西教授は50歳前後だろうか、無造作のショートカット、ジーンズに白のボートネック、黄色いジャケットを合わせた人の良さそうな、しかし、意志の強そうな女性だった。


「あの、大変失礼なんですが、研究者として50年もの時間をスキップされて、今の時代にいらっしゃった水島さんに、とても興味があります」


中西はカラッとした笑みを浮かべて水島を見つめる。


「・・・確かに研究対象としては面白い存在かもしれませんね、リアル浦島太郎ですから」

「竜宮城から乙姫様も連れてきちゃったのかしら?」


中西は水島の斜め後ろに控えるクレオに視線を移す。「あなたは?」


「はい、水島敬太のヒューマノイド、クレオと申します」

「既にヒューマノイドとは遭遇済み、と。この子が水島さんが初めて遭遇したヒューマノイド?」

「初めてヒューマノイドであると気が付いた子です。最初の遭遇は別の子です」

「それまで、この子は人間だと思ってました?」

「はぁ、全く疑ってませんでしたね」

「クレオちゃん、水島さんがあなたがヒューマノイドだと分かった時、どんな風に反応したか覚えていますか?」

「水島さんは冷静に対応されました」クレオは表情を変えずに答える。


中西は相変わらず、カラッとした笑顔で少し早口で水島に聞いた。


「水島さん、今、私がした質問をクレオちゃんにしてもらえます?」

「ええと、クレオ、君がヒューマノイドだと分かった時、僕はどんな反応をしたか覚えている?」

「はい、少々、お待ち下さい。ええと、体が固まってしまった、という表現でいいんですかね?視線を私の顔にじっと向けたまま10分くらい。口だけ動いてお食事を続けてました」

クレオは、水島の目を見つめながら明るい表情で答えた。


「面白いでしょ?同じ質問でも、私とあなたで、この子の答え方が違うの」中西は、ジャケットの両腕をまくり上げ、腕組みをしながら歯切れよく話し始める。

「50年のタイムトラベル、これは、同じ時代に地球上で最も異なる文化圏に行くより大きなカルチャーショック受けられると思うの。あなた、まだ、体験してないことも多いと思いますが。水島さんに興味があると言いましたが、正確には、あなたを通して今の社会を見つめ直すことに興味があります」

「・・・具体的にどのようなことを期待されてますか?」

「お時間ある時にお会いして頂き、一緒に社会見学に行ったり、体験してもらったりしてもらいます。時々、質問やディスカッションもさせてもらいます」

「基本は僕の行動を観察する、バード・ウォッチングのように?」

「観察というより一緒に時間を過ごしてもらう、という感じです。水島さんにとっても、社会学の専門家から現代社会について色々解説が聞ける、いいディールと思いません?」


後ろめたさも引け目もない、絵に描いたようなサバサバとした中西は水島には好感の持てる人物だった。それに、メルクーリ以外の人間とはじめての繋がりだ。中西は両肩を上げ、顔を傾け、口元を締めたまま、ニッと笑い同意を求める。水島も同じ表情で両手を広げて肩をすくめる。


「では、よろしくお願いします。ところで、水島さんはコンピュータ工学の専門家ですよね」

「はは、もう50年以上も前の知識です。技術の知識は陳腐化が早いので昔話にしかなりません」

「いえ、あなたの知識は、今の時代、すごく貴重です。アドバイス料も含めて、謝礼も十分致します。研究費は余るほどありますので。じゃあ、後日、改めて連絡させて頂きますね」


そういうと、中西はスマートフォンのようなデバイスを取り出し、クレオと何かやり取りしていた。おそらく、この時代のスタイルで名刺交換のようなことをやっているのだろう。

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