パーティー会場には殺気が充満するもの
ディアトリス宮殿内、天竜の間。大きなホールのひとつで、重要な行事や儀式に使われる事が多い。天井は高く、魔鎧騎が何騎も入る事が出来ることからも、その広さが伺える。ホールの一面は外とつながっており、広場と、その両側に庭園が連なっている。もっとも、今日は解放されていないが。
今日は、ここで時の皇帝、アーカード=シオン=ディアトリス2世の「お誕生会」が開催されている。ちなみに、正式な祭典ではなく、皇帝の私的なパーティーであるため、この名称となった。 本来なら、この「お誕生会」はアルベルトが率いたオーク討伐の功績を称える園遊会となるはずであった。しかし、アルベルト皇太子の一身上の都合で中止となった。かといって、その準備を反古にするわけにはいかない。そのための方便である。
時は夕方、すでに多数の紳士淑女が会場に集っている。
その中に、ひときわ目立つ貴族の子息がいた。まるで結界が仕込んであるように、周りの人々は距離をとって注目している。嫌悪と畏怖の。視線をもって。
その人物とは、メイシア=フォン=レーヴェルディン侯爵令嬢と、その後ろに控えるエース=フォン=レーヴェルディン侯爵子息準騎士である。
メイシアは、火竜になれるドラグナー。帝国最強の切り札の一枚。同じく切り札のアルベルト皇太子の婚約者でもある。
彼女は、鮮やかで、燃え上がる赤と清楚な白のドレスを身に付けている。装身具には大きなルビーが設えてあり、シンプルかつ豪華絢爛となっている。その隣の中肉中背の若者も、燃え上がるような赤い上着に白いシャツとスラックス、剣帯に儀礼剣を身に着けている。 各所に宝石があしらわれ、此方も豪華絢爛だ。
ちなみに宝石や装身具、上着やドレスには、魔法印や魔力回路が仕込まれており、各種耐性を付与されているため、魔鎧騎並みの防御力を持つ。勿論、使われている素材や技術は希少で最上級。その為、魔鎧騎十数騎分の金が使われている。
メイシア孃の美しさに、何とか近づいて知己を得たいと思う貴族もいる。しかし、彼女の後ろにいる赤い騎士が目を光らせている為、ろくに近づくこともできはしない。
「にいさま、アルベルト様まだいらしていませんね……」
メイシアは意気消沈している。彼女は、このパーティーに来ればアルベルトに会えると信じていたのだが、空振りに終わりそうだからだ。
「まあ、もうすぐ姿を現すとは思うが」
エースの慰めの言葉にメイシアは下を向く。
「アルベルト様、なにがあったのかしら……」
そう、未だアルベルトは現れていない。メイシア達にも連絡すらせず、その消息も不明である。
皇帝陛下への拝謁を済ませパーティー会場を歩きまわる二人。相変わらず、近づいてくる酔狂なひとはなく、敬遠されている二人。エースが後ろに立っているからだ。妹狂いの聖騎士の名は伊達ではない。
「すまないな。私の評判が人を遠ざけているから」
「でも、兄様のおかげで、怖い人たちも来ません。私を利用しようとする人も……」
さびしい笑顔を浮かべるメイシア。
そんな二人に、珍しく、煌びやかな姿の貴族が近づいてきた。美しい御婦人や令嬢方を引き連れて。
「やあ、はじめまして。竜姫士メイシア孃。妹狂いの聖騎士エース君。私はカタナ=フォン=バルムンク。君たちのお父さんのマイセンとはかなり親しい間柄だよ」
その馴れ馴れしい言い方に、エースは警戒し、身構える。メイシアも眉をひそめる。その様子にカタナは両手を高く上げ、天を仰ぐ。
「うん、傷つくな。おじさんはほめているつもりなのだがね」
「いえ、そうは思えません。貴方が、北の守りバルムンク家の当主でなければ失礼だと怒るところです」
バルムンク家は、帝国を守る四大侯爵家の一つ。三大公家に次ぐ地位をもつ。
「ああ、すまない、失礼したね。謝罪しよう」
頭を下げるカタナ。エースはメイシアと共に一礼する。
「こちらこそ失礼しました。マイセン=フォン=レーベルディンの一子、エース=フォン=レーベルディンです。お見知りおきを」
「マイセン=フォン=レーベルディンの長女、メイシア=フォン=レーベルディンと申します。同じくお見知りおきを」
挨拶する二人に、カタナは目を細める。やや細目、細面の端正な顔立ちは、どことなく狐を連想させる。蒼を主体とした上着は刺繍や宝石に彩られ、それでいて品がよくまとまっている。
「カタナさまあ、もう、ご挨拶はよろしいでしょう、私たち、のどがかわきましたの。」
「ああ、でも、もう少し待ってくれないかい。今から、大事な用があるんだ」
と、カタナは取り巻きの若い貴族達をなだめると、エース達に向かいあった。
「実は、君たちに、伝えなければならないことがある。まず、落ち着いてほしい」
「?、なんですか、いきなり」
「うん、非常に重要で、大変なことだからよく聞いて……」
カタナが、「重要な事」を伝えようとしたとき、魔法で拡大された声が響き渡った。皇帝の御座の方向からの声に、エース達は振り向く。
「いまから、皇帝陛下が重大発表される。こころして聞くように」
その声に、カタナは慌てた。
「え? まだ早い! メイシア孃、エース君、気を落ち着けて聞くんだよ」
カタナのあわてようにエースは首をかしげる。が、皇帝の御声を聞く為に、そちらに向かって最敬礼をする。
会場内のすべての人間が、皇帝に向かって最敬礼をする。それを確認した皇帝は、拡声の魔導器をつかい、話しはじめる。
「みな、くつろげ。これより重大発表を行う」
皇帝の手はかすかに震えていた。まるで、戦場にいくときの武者震いのように。
「我が子、アルベルトの希望により、竜姫士、メイシア=フォン=レーベルディンとの婚約の見直しを行う。場合によっては婚約解消もありうる。詳細は、後程伝える。では、わしは具合が悪いので……」
「皇帝陛下」
凛とした声がパーティー会場に響き渡った。メイシアの声。高くも大きくもないのだが会場の全ての人がその声を聞いた。
「ひとつだけ質問させていただきます。それは、本当にアルベルト殿下のご意志ですか?」
皇帝は、ややかすれた声で答えた。
「ああ、そうだ。直接ではないが、アルベルトからの手紙でつたえられた。事情はわからぬが、アルベルトの希望を優先して……」
メイシアがすすり泣く。
「アルベルト殿下が……私のこと……だから、お会いにならない? 避けられている? そんなことない、けど……」
メイシアは、悲しみを押し殺しているようにみえた。
そして。
会場全体に濃密な殺気が満ちた。
一人の人間が発しているのだ。
エース=フォン=レーベルディン。
妹の涙を見て、怒り狂ったのだ。
エースは怒りにまかせて儀礼剣に手をかけた。
そして、抜刀の構えにはいる!
その場の全員が、次の瞬間の、キシリアと皇帝の死を確信したのであった。