上司は幼女だったりするもの
帝都ディアトリス。中央にあるディアトリス宮殿を中心に作られた百万都市。この規模の大都市は他に存在しない。
ディアトリス宮殿は、中央に天を貫く程の鋭い巨大な塔を中心に作られた大建築物集合体である。塔には超大型スタッフとしての能力があり、魔力の充填さえ可能ならば地域規模の大魔術も行使できる。更に軍団規模の軍事施設。国家規模の行政、法律管理施設。産業、魔法の開発施設、そしてそれらに関わる人々を支える施設にて構成されている。
そして、エースは、宮殿の軍事関連の施設を訪れた。妹メイシアに会いにきたのだ。そのついでに、先のレオン共和国との外交結果の報告、それと、オークの侵略軍らを撃退し、凱旋した親友のアルベルト皇太子を冷やかすつもりだ。
グラムを部下にまかせ、エースは待ち合わせに案内されたホールに通される。その姿はそわそわし浮ついていた。近くにいたらぶつぶつ言っているのが聞こえただろう。
「うふふふ。メイシアたんメイシアたんメイシアたんメイシアたん。ああ、やっと会える。メイシアたんメイシアたんメイシアたんメイシアたんメイシアたん……」
そんな様子のエースを待たせる事二十分。
「にいさま!」
萌えるような赤い髪をなびかせ走ってくる。やや、垂れ目だが端正な顔立ち。それに満面の笑顔を浮かべて走ってくる。
メイシア=フォン=レーヴェルディン。エースの妹、竜姫士。ドラグーン。帝国最強の切り札の一枚。皇太子アルベルトの婚約者であり、皇太子妃、皇帝妃候補でもある。
しかし、エースにとっては最愛の妹にすぎない。そして、彼は妹の為ならば何でもするのだ。
そのメイシアがエースの腕の中に飛び込んできた。エースは優しくうけとめる。
エースは、メイシアの香りを、感触を、存在を感じる。そして、その中の美菜のわずかばかりの存在を。
「メイシア、久しぶり! 元気かい? みんなよくしてくれているかい?」
「うん、みんなやさしいよ。先生方の教育は厳しいし、魔物はいろんなところから湧いて出てくるからやっつけに行かないといけないし」
「……大変だね。無理してないかい?」
「大丈夫、あたし、こう見えても強いし、竜の本能なんかに負けないわ。ちゃんとコントロールする。それに、『能無し』なんていわれていた時と比べたら、雲泥の差だよ」
「メイシア」
エースは感極まって、優しく抱きしめる。
メイシアが、ドラグーンの力を得る前、彼女は、魔力はあるが魔法は使えず、また、身体能力も普通の子供より低かった。また、少し気が弱く、周りの貴族(同年代よりは親が)あること無いことうわさしていたのだ。
『魔力はあるのに魔法がつかえないとは、平民よりたちが悪い』
『本当に侯爵の子供か? 魔力も少ないし、魔法も使えない。やはり、……』
『息子はまだいい。何とか武術も学業も平均はいっているからな。しかし、娘は侯爵家にはふさわしくないな』
『ああ、結婚するときは、侯爵家も皇太子も大変だな。嫁は、確実に魔力が少ないだろうしな。もしかしたら、侯爵の血筋ではないかもしれんし……』
そんな誹謗中傷から彼女を守ったのは、父親のマイセン、兄のエース、婚約者のアルベルト、数少ない親友のメリカ、アルベルトの姉のキシリアくらいであった。
しかし、メイシアが、ドラグーンの力に目覚めてからは、手のひらを返したようにもてはやされた。
『竜姫士』『竜の美姫』などと、誉め称えられ、アルベルトとの婚約も祝福され、色々な贈り物が届く日々。
しかし、メイシアは、その人々の瞳に、冷たい打算を感じていた。
信じられたのは、数少ない人々。彼女は父を、兄を、親友を、婚約者を、その姉を、信じた。信じるしかなかった。
彼女が周りの者達を信じたふりをするのは、大切な人々を信じるしかないから。彼らの為になるなら、たとえ自分を削っても仕方ない。
エースがめいしあパワーを貪欲に吸収していると、突然美少女が現れた。次の瞬間、エースは頭を殴られる。
「こら、わいせつ物! 私の妹(候補)をはなせ! でないと!」
「なにするんですか! キシリア様!」
彼女はキシリア=シオン=ディアトリス。アルベルトの姉である。
白銀の髪に端正な顔立ち。しかしきついまなじりに尖った顎。右目に眼帯をしている。外見は、小柄で細身の少女にみえる。が、中身は実年齢27才の才能溢れる女性だったりする。
「……キシリア様、やぶからぼうに叩くのはやめようよ」
「なにを言っておるか馬鹿者! 獣欲の塊のような顔をして! しかも、メイシアが嫌がっているのがわからんのか? エース!」
エースは、傷ついた様子で答えた。
「嫌がっているわけがない! それとも……メイシア、にいさんとのスキンシップはいやなのか」
メイシアは、大きく首を横に振った。
「なにいってるのにいさま。たとえ、世界のほとんどがにいさまの敵になっても、わたしはにいさまの味方よ」
エースが胸をはる。そこにキシリアが質問してきた。
「アルがエースの敵になったら?」
「アルの味方になる。当たり前でしょ」
当然、といった表情のメイシアと胸をはるキシリア。その前でエースは地に手をつく。
「ほっほっほっ、エース、まいったか」
「じ、じゃあ、俺とキシリア様だったらどちらをとる?」
「にいさまに決まっているじゃない」
「え、あたくし、アルの姉よ」
「申し訳ありません、キシリア様。キシリア様は、帝国を一番に考えるでしょう。アルとにいさまはわたしを一番にしてくれます。もちろんキシリア様は、大好きです。お姉ちゃんみたいで……」
「はうっ!」
キシリアは、腰をくねらす。実は、キシリアは可愛いもの好きで、メイシアはどストライクに好みなのだ。
外見的には14才くらいにしか見えず、ほとんど子供扱いなのだが。
が中身は27才。直ぐに立ち直って仕事モードに入る。
「で、エース。報告書と親書をちょうだい」
「あ、はい」
エースは親書が入った封筒を手渡した。キシリアは中身を確実して両手で持つ。どうみてもお使いをたのまれた子供にしか見えない。
「あの、それで、アルさまは?」
キシリアは、くびをかしげた。
「それがね、昨日帰ってきたのだけれども、面会遮絶。身体に問題はないそうだけど……」
「マリクさんは?」
北のバルムンク家の長男マリク。アルベルトの親友であり、将来の宰相候補と言われている。
「アルベルトと一緒だと聞くわ。まあ、明日のパーティーには参加するだろうから、ちゃんと正装して来なさい。そうしたら早く会えるから」
エースとメイシアは顔を見合わせた。
「バス!」
「にいさまと同じ!」
キシリアは、怒る。
「なんでこんなとこが一番似ているのかしら、引きこもり兄妹め!」
「悪名高いエース様だよ、嫌がる奴らのほうが多い舞踏会に出たっていやがれるだけだ。それなら俺がでない方が双方幸せになれる」
「だって怖いもん。男の人いっぱいよってくるし、女の人は怖い顔してるし。おばちゃんたちは手をわきわきしてくるし」
「しょうがないの!わたくしの馬鹿オヤジの誕生会だから!」
「……四十過ぎたオヤジが誕生会だあ? あたま煮えてるのか?」
「あまりいいたくないけど、キシリアねえさまの方がお誕生会のイメージにあう」
まあ、しょうがく……幼女に見える……とりあえず可愛いからいいか。
エースは心の中で思った。が少し溢れてしまった。
「お誕生会ならキシリアさまのほうが似合っているな」
「にいさま、思っていても、言って良いことと悪い事があります。この場合は非常に悪い事です。いくらキシリアねえさまが非常にようじ……年若く見えるとはいえ、もういきおくれてしまったよな。と、アルさまが言うくらいの大人の女性なのですよ」
「……メイシア、」
「別にキシリアねえさまからこき使われてスッゴいストレスたまっているとかで悪口言っている訳ではありませんから、安心してくださいキシリアねえさま」
「あ、あ、うん」
「キシリアさま?」
少し顔を赤らめるキシリア。もじもじする美幼女。しかし、その中身は27才のおば……おねえさんである。
「攻撃的なメイシアも・す・て・き・ね」
エースは、メイシアの手を引く。なんとなく、キシリアを危険に感じたのだ。
「メイシア、キシリアさまは少しお疲れ様のようだ。早くレーヴェルディン家の帝都屋敷に帰ろう」
「はい、にいさま。では、キシリアねえさま、お疲れ様でした。ごきげんよう」
「あ、うん。メイシア、わいせつ物、明日のお誕生会は出席してくださいね!」
手を振るキシリア。二人は手をふり、宮殿の中を歩く。
「……にいさま、アルのところに行ってもいい?」
「……アルも疲れているだろうさ。だから部屋にこもっているんだろう」
エースは思う。アルベルトは、単純な戦闘ならばともかく、大規模な人の殺し合いは今回が初めてである。何らかの、思うところはあるだろう。だから、メイシアには疲れていると言ったのだ。
メイシアも何か思ったのか、ただ、うん、と言っただけだった。
「で、にいさまは今後はどうするの?」
「多分、騎士養成校に戻って勉強、だな」
エースは帝都にある騎士養成校に席がある学生である。騎士養成校とは、魔鎧騎の騎手を教育するための学校である。その性質上、貴族が所属している。また、不文律として、貴族の最低条件に騎士養成校の卒業があげられる。このほかに、騎士支援兵養成校というものがあり、こちらは魔鎧騎(ルーン=アーマー)の運用を支援する魔導士や錬金術師、鍛冶師、を教育している。
「じゃあ、こっちで一緒に暮らせるんだ。良かった」
メイシアは嬉しそうに笑った。
「そうだね。まあ、学業についていくのは大変だろうけどね」
エースの魔鎧騎ルーン=アーマー)の実技、知識は問題ない。しかし、その他の軍略や礼儀作法、一般知識などは不安が残る所であるが。
「にいさま、学校では同級生と仲良くしてください。わたしの分まで。わたし、学校とか行けないし」
エースは、メイシアが皇太子アルベルトの婚約者であり、皇太子妃、ゆくゆくは皇帝妃となることを求められている。そして、その教育は始まり、続いている。学校に行くひまなどないのだと。
「……メイシア、大丈夫、けんかなんかしない」
エースは笑顔でメイシアに答えた。大丈夫、友達といえる奴らはいないからな。と内心苦笑いするエースであった。