道は色々いるもの
太陽が青空の中央に見えるようになるにはまだ一時間はかかる頃。
広大な大森林。その中に切り開かれた広い石畳の街道がどこまでも続いている。
隣の獣人の国、レオン共和国とディアトリス帝国とを結ぶ主要街道である。とはいえ、帝国との合流も少なくなってしまい、寂れた街道である。もし、状態維持の魔法回路(呪文を文字や線で図形化したもの。魔法陣、魔法印と呼ぶ事もある)がなければ森に呑まれているだろう道。
その街道を一台の騎車が走っていた。騎車とは、魔鎧騎(ルーン=アーマー)で引く馬車である。色々な種類があるが、今走っているのは中型騎車、現代日本では中型トラックに相当する大きさだ。
騎車は、かなりの速さで走っている。騎車自体に衝撃緩和及び安定化の魔法陣が組み込まれていなければ横転間違いなし、といった具合いだ。
その騎車を、十数匹の魔物が追ってきている。魔物の種類はエッジウルフ。頭部に魔核と鋭い刃がついた角を持つ狼だ。単体ではC~Dランクに相当する魔物。だが、その真価は集団戦で発揮される。
エッジウルフとドラゴンが1対1で戦えばエッジウルフが必ず負ける。しかし、3対3なら互角。10対10ならドラゴンが不利と言われている。
そのエッジウルフの群が先ほどからエースの騎車を追ってきているのだ。群の半数が街道、残りが森の中を走っている。
街道を若い個体が走り、森の中を経験豊かな個体が駆け抜ける。たまに若い個体が騎車に追いつき、攻撃を仕掛ける。頭の鋭い角を振り回す。
「フレイムランス」
その追撃をかけてきたエッジウルフに、イリスが攻撃魔法を撃つ。ロッド=スタッフから炎の槍が撃ちだされ、エッジウルフに直撃。しかし、魔核には当たらす、足の一本を焼き尽くすにとどまる。とはいえ、一匹は脱落した。
「ん! なんで命中しない」
イリスは苛立った口調で呟く。
「エッジウルフは魔力も魔力力場もそれほどないが、素早いからな」
マックスが答える。
「ん、マックス、リンク」
「無理。今は全周探索で手一杯だ」
マックスは使い魔の鳥達を周りに飛ばして意識をリンク、周囲を索敵している。今も、エッジウルフの位置をほぼ把握、更に前方にハミングハードの一匹を先行させている。
イリスは、その使い魔との感覚共有をしてくれ、と言ったのだ。
マックスの使い魔は、短時間なら他人との感覚共有をする事が出来る。しかし、イリス位しか使いこなせない。
「とりあえず、もうすぐ終わる、っと、まずい! エース!」
マックスは、グラム騎乗のエースに叫ぶ。
「真っ正面からアクスボア。はぐれらしいが大型でかなり興奮している。街道を正面から全力で走って来ている!」
アクスボアとは猪型の魔物である。クラスはBからC。全長10メートル。高さは5メートルの大型で、頭部は斧のような形で甲殻に覆われている。魔核は胴体上部中央にあり、頑丈な魔物だ。
「わかった。アクスボアの大体の速さと距離を教えてくれ」
マックスはエースにアクスボアとの距離と速度を教える。
「しかし、何する気だ?」
エースは何も言わず、グラムにブレスの魔法を発動させた。そして、エースのグラムは、右手で背中のクレイモア=スタッフに手をかける。魔力が伝わり、クレイモア=スタッフのホルダーが解放、大剣が引き抜かれる。左手は騎車の引き棒を掴んだままだ。当然、グラムは騎車を牽引している。
そこにマックスの焦った声。
「……エース! 更にバルチャーの群がアクスボアを追ってきている」
「問題ない。アリサ姉さん、騎車頼みます。イリスとバーンは周囲の警戒。バルチャーが襲ってきたら討ちおとして。マックスは現状維持」」
「大丈夫か?」
と、不安げなマックス。
そういうあいだにも、正面からアクスボアが接近する。上空にはバルチャーのむれが追いかけてきている。
バルチャーは、胴体中央に魔核を持つ鳥型の魔物だ。ランクとしてはDからEに相当する。
「グラムの底力、見せてやるよ」
エースは、グラムのブレスの効果を下半身に集中。それから、騎車の引き棒を手放して急加速した。クレイモア=スタッフを両手で持ち、上段に構えて更に増速。
アクスボアはそれを見て、首を真正面に据える。そして、怒涛の勢いでグラムに突っ込んできた。
グラムとアクスボアが激突する寸前、上段のクレイモア=スタッフが振り下ろされた。応じて頭を振り上げるアクスボア。が,クレイモアの間合いではなく、空振り。その勢いを強引に止めたグラムは、姿勢を低くし走る。
エースのグラムは、アクスボアの胴体下にクレイモア=スタッフを突き入れ、強引に持ち上げて投げ飛ばした。
アクスボアは、騎車の上空を越えて吹き飛び、エッジウルフの群のど真ん中に飛び込む。数匹のエッジウルフが噛みつき、または頭部の鋭い刀角を突き入れ、切り込んだ。
アクスボアとエッジウルフの群との戦い(と、言うより虐殺)を後ろに残し、エースのグラムは走りながらクレイモア=スタッフをホルダーに戻す。そして減速。
それに合わせてイリスがロング=ロッド=スタッフを構える。そして、強化呪文を詠唱する。そして、法弾を放った。
「フレイムランス バラージ」
炎系攻撃魔法。フレイムランスに分散する追加効果をつけたもの。炎の小さい矢が、いくつか
バルチヤーの翼に命中。バルチヤーは落ちていく。威力こそ低いが、速度、命中率が高い中距離攻撃が出来る。再度呪文を詠唱しながらイリスは、上空のバルチャーを牽制。
エースは、イリスが牽制してくれている間に、後ろから慣性で進む騎車とタイミングを合わせ、引き棒を右手で掴んだ。更に牽引。強引な走りに騎車は揺れるが、アリサがそれを制御。
「アリサ姉、ありがと」
「むちゃ言わないで、させないで~ エース~」
グラムは片手で騎車を牽引。速度を上げる。
その一方で、イリスはフレイムランスを撃ち、バルチャーを落としていく。
バルチャーも魔法力場を展開しており、攻撃を防いだり逸らしたりできる。しかし、今は飛ぶ事にその能力を使われて十分な防御力を発揮できない。更に普通の鳥と違い、魔核を持つ為重く、飛ぶことに適している訳ではない。そのため、攻撃魔法でも倒す事が出来るのだ。
魔核を撃ち落とされたバルチャーは他のバルチャーに喰われる。また、アクスボアはエッジウルフの早い夕食となったらしい。マックスは、近くに魔物の影がないことを確認した。その報告を聞き、エースはグラムを走らせる。
グラムが牽引する騎車は街道を走り続けた。
……………
太陽が地平線によってその姿を隠されていく。すでにエースはグラムを降り、マックスとバーンの二人と夜営の準備をしていた。小さなパイル=スタッフを騎車の周囲に打ち込む。その間にイリスは簡易コンロを準備。アリサは降着姿勢のグラムの点検を行っていた。ここも傷んでいる、あ、ここも。などとぶつくさいいながら。
「ん、エース、水が足りない。スライム狩ってきて」
「何故? 一日中走っていたのは……」
「ん、みんな疲れてる。比較的、体力がありそうなのがエース。がんばれ」
「俺だって疲れているんだが……」
「ふーん、お疲れ様、エース。わたしさ、これからグラムを修理するんだよねえ。誰かさんが無理するのよね。急加速、急減速、無理な姿勢をとらせた上の全力斬撃に片手運転。骨格から歪むほどの負荷が掛かって、まさか、使って2~3日のグラムが耐える事が出来るとも?」
「……いえ」
「イリスとマックスは昼間活躍してるし、バーンはグラムの修理でこき使われるから」
「……わかった」
エースは装備を整えた。皮鎧にソード=スタッフ、バケツを持ち、パイルスタッフが構成する結界を超えて森に入る。
エースは、二~三分静かに歩いてから近くの川へ向かう。そして、周囲の草むらを注視した。そして、目的のものを見つける。
半透明の液体をまとった赤色の魔核。スライムである。何かを食べているらしく、体が煽動している。
スライムは最下級の魔物とされている。雑食で、落ちているものは何でも食べる。水場によく出現する。魔物における掃除屋だ。因みに帝国においても養殖され、水や魔石の供給源及び汚水処理に使われている。
エースが見つけたスライムは普通の大きさで30センチほど。食事の為ならちょうど良い。
即、ソード=スタッフの攻撃魔法を発動。フレイムエッジ。炎を刃にまとわせる魔法剣技。そして、炎をまとった刃はスライムの魔核を貫いた。文字通り火がついたように暴れまくるスライム。エースはスライムを突き刺したまま、バケツに入れる。そして炎の出力を上げ、魔核を灼く。スライムは激しく暴れたが、すぐに静かになった。そしてエースはソードを引き抜く。先端には2センチほどの黒い石が刺さっている。魔石、魔力反応素材や魔力反応合金の材料。この世界を支える素材のひとつだ。
「ま、これくらいあればイリスもアリサ姉も満足だろう」
スライムは、魔核の魔力でその身体を動かしている。つまり、魔核を破壊すれば、やや塩味のミネラルや栄養素を含む体液が手に入るのだ。普通、水場にはスライムが群れがひしめいている。その為、旅人は、水分補給の為に狩る事が多い。
「あとは、静かに、逃げたすだけだな」
エースは、辺りからの、水気の多い雑音を聞いている。スライムが辺り一面にいるのだ。
エースはゆっくりと歩き、なんとか無事にテントまで戻ってきた。
「ん、おかえりー」
「ただいま。水こっち。魔石こちら」
「ありがと~」
「ん、もう一匹ぶんお願い。明日の仕込みに使うから」
「……俺って、この中で一番えらくなかったかな? なのにまた猟に行かなきゃならんのかな?」
「じゃ、エース、バーンと代わる? 単純な肉体労働だけど~」
「主、代わりますか?」
バーンは、グラムの左手を持って支えている。グラムの左手は、魔物の骨を主骨格とし、二重の魔力反応合金制内部装甲装甲と二重の鋼鉄製の外部、更に駆動部分は魔力反応素材を使い、魔法駆動用の宝玉や伝達用の魔力回線が付いている。まあ、早い話が普通の人間が簡単に持てる重さではないのだ。
「いえ、スライム猟に行ってきます」
エースはとぼとぼと川まで歩いて行った。
「……もっと、怖い奴と思っていたが、普通だな」
マックスは、使い魔の鳥を使い、周囲を警戒しながらつぶやいた。
その言葉に、アリサはグラムを修理しながら言う。
「ま、メイシア様がいないしね~。それに……」
「……それに、主は、レーベルディン家を憎む理由も憎まれる理由もありますから」
「なんだ? 家族との仲が悪いのか?」
「……あまり詳しい事は言えませんが、家族の仲が悪い訳ではありません。むしろ、メイシア様とは非常に仲が良いのですが」
マックスの問いにバーンが答える。グラムの重い腕を保持したまま。
「ふーん、ま、あ、エースを雇い主にするつもりだからな。あまり酷い奴には仕えたくないし」
「イリスはエースの事どう思っている~」
アリサは、グラムの整備をしながらマックスの相棒に聞く。
「ん、別に。何も問題ないし。今後はわからないけど」
イリスは、作っているスープの味見をしながら答えた。
「ん、やっぱりもう一味足りない」
「イリス、スライム狩ってきたぞ」
「ん、ごめん。少し水たらない。もう一匹狩ってきて」
「……わあった」
イリスの言葉に、残りのものはみなため息をついた。