騎士は、従士を見守ること
レオン共和国中央部の評議会館。その裏手には闘技場がある。本来は裁判所。部族連合だった頃はいさかいは、個人的な決闘でけりを付けていた。共和国になってからは、裁判という概念ができ、裁判をするようにはなった。しかし、いまだに裁判中に激昂の上、獣化するものもいる。そして戦い、建物を壊すのだ。そのため、裁判所は露天になっている。場合によっては、決闘で裁判の結果を決める。そのための闘技場だ。
そして、今は闘技場本来の意図で使われる。エースは、レオン共和国評議長キングに、決闘を申しこんだのだ。キングはそれに応じた。そこで、翌日に行われることになったのだ。
評議長の肝いりで、首都圏にいる部族長や、その家族、国家の役人や兵士、周辺の豊かな市民を動員したことにより、闘技場の観客席は満員である。
昼過ぎになり、決闘の開始が高らかと宣言される。
「これより、キング評議長と、ディアトリス帝国侯爵令息エースとの決闘を始める。理由は、令息の妹をレオン共和国が拉致したと主張。その身柄を渡せと言う妄想をキング議長は否定。そのため、寛大なキング議長は、裁判を行うが、エースは決闘を主張。寛大なキング議長はこれに応じて下さった。さあ、議長。愚かな帝国の貴族に鉄槌を」
と、ここで、エースは発言した。
「ああ、ここで決闘の代理人として、バーンを指名する」
ここでバーンがいつものように歩いて闘技場に姿を現した。
キングは嘲笑する。
「死に損ないが戻ってきたか。俺は以前より強くなった。お前の敗けだ」
「ああ、俺もそうおもう。お前は強い。一度も勝てなかった。武力も、魔力も、獣化も」
しかし、バーンのその眼差しに迷いはない。
「だか、エース様が、俺が勝つ、と言ってくれた。だから、それを信じる。エース様が、あのとき救ってくれたから」
そう、バーンはエースを信じている。この国から逃げたとき。魔物の大発生を逃げ出したときから。絶望的な状況下から彼らを救ったから。
「じゃあ、始めるぞ」
二人は獣人化した。魔力によってその身体が大型化する。魔力反応素材のように。もちろん、彼らの服も、武器もそれに合わせて大型化する。
キングは、虎と人の合わさった中間形態、獣化兵に。両腕には三連の魔力反応合金製の鈎爪を握っていた。
それに対してバーンは白い狼と人の中間形態、獣化兵に変化した。獲物は普通の片手剣。しかし、そのすがたはキングより一回り小さい。
審判が決闘の開始を宣言した。
「今よりキング評議長とバーンとの決闘を開始する」
宣言と共に、キングが駆け出し、バーンに拳を振るう。バーンは紙一重でよける。更にキングは連打。それを何とかかわすバーン。当たりはしないが、鈎爪で傷が少しずつ出来ている。たまらず跳躍し、距離をとるバーン。
「はは、全く変わってないな、バーン。いや、昔のほうが強かった。堕ちたな、バーン」
そう言うとキングは嘲笑した。バーンは無言。
「……バーンさん、大丈夫なの?」
ジークが、こっそりエースに、聞いた。いま、彼女はエースの隣でバーンの戦いを見ている。そのすがたはウイスプに毛が生えたような姿だ。
エースは、にやりと笑う。
「別に、勝たなくていいんだ。時間稼ぎだけしてくれればいいんだ」
「ひどい、あの人信じてないの!」
怒るジークに、エースは、再度笑いかけた。
「大丈夫、いまの戦いを見てわかった。バーンは、間違いさえ起こさなければ必ず勝つ」
ジークは、少し驚いた。
「そう、なの。でも、いまの戦いを見てたら、バーンさん、劣勢じゃない」
今も、バーンは防戦一方だ。攻撃の隙をさがしているが、上手くいかない。
エースは、バーンとキングの戦いを仁王立ちでみている。
「大丈夫。バーンを信じろ。間違いは僕が指摘する」
バーンは傷だらけになりながらも、いまだに立ち続けている。キングは、そんなバーンを攻めあぐねたのか、距離を取った。
「ふん、チマチマするのも面倒だ。一気にけりをつけてやる」
キングは、一声吠えると、両手を地に付け、完全獣化した。人の倍の獣化兵が、更に倍に大型化する。獣人の切り札、完全獣化。力も素早さも格段にあがる。そして、バーンに襲いきった。
バーンも、キングの完全獣化に対抗して、自分も完全獣化しようとする。しかし、ここてエースが怒鳴った。
「バーン! 完全獣化するな! 今がチャンスだ。お前の力を見せろ!」
バーンは、獣化兵のまま、キングに対峙した。キングは、圧倒的なスピードでバーンを襲う。完全獣化したキングの突撃はまさに一撃必殺。抗えるものではない。
しかし、バーンはそれを余裕を持ってかわす。更にキングはバーンを襲うが、その突撃は全く当たらない。
そして、何度目かに突撃してきたキングの後ろ足を長剣でつきさした。勢い余って転倒するキング。
次の瞬間、獣化兵に戻ったキングは、飛びかかって鈎爪の一撃を繰り出す。バーンは、キングの鈎爪を長のではじき飛ばした。更にもう一方の手の鈎爪を弾き飛ばす。それからキングの首もとに長剣の切っ先を添えた。
「まだ続けますか、キング?」
唸るキング。キングは、怒鳴った。
「親衛隊、エースを捕縛しろ」
「な、何を言っている、キング!決闘にまけたのだ」
「うるさい、きさま、俺が負ける訳がない。そうだエースが何かしたのだ。そうにちがいない」
「自分の力で勝てなかった腹いせか、キング。同門としては恥ずかしいぞ」
「黙れ! エース、ここまでこい」
そこに、観客席からエースが飛び降りてきた。身体強化を使って。
「何ですかか、評議長。とりあえず決闘にはうちのバーンがかちましたが」
「何を言う、本人でないのだ。今すぐ俺と闘え」
「わかった。しかし、武器は使っていいんだよな」
エースは、腰の剣を示す。
「ああ、かまわない。では、仕切り直した」
「え、エースさま」
「バーン、お前は戻れ。アリサ姉を頼む」
バーンは、何か言いたげだったが、エースの言葉に従い、その場を去った。
キングの部下や、兵士は、バーンを恐れてちかづかない。
「さてと、キング。しゃあ、最後に言わせてもらいたい。少し長いがいいだろう」
「なんだ、命乞いか。それならば許す」
エースは、はあ、とため息をついた。
「いや、お前の敗因だよ。聞きたくないか。見事に策にひっかかったからな」
「何! やはり汚い手を使ったのか!」
「いや、はっきり言って、僕はバーンが勝つとは思ってなかった。実力では評議長が上だ」
エースの一言にキングが笑う。
「今さらおだててもムダだぞ」
「なぜ、おだてなければならないんだ? ただ事実を言うまでだよ。単純にキング、あんたが完全獣化しなければ勝ててたよ」
キングはエースを見た。
「残念ながら、完全獣化したら、動きや攻撃が単調になるんだよ。ならば、より動きになれている人の形のほうが強くなるんだよ。武器も使えるし」
しかし、と、ここでエースは思った。バーンは、キングの動きを反応こそ遅れたものの、対応して見せていた。つまり、トータル的にキングより強かったからだ、勝ったのだ、と。
遠くて騒ぐ声がする。
「ああ、わかった。しかし、エース、お前はここで死んでもらう。バーンもおらず、身を守る武器もない。この獣化兵達に、その腰の剣で太刀打ちできるかな」
「キング、武器は使っていいのだろう」
突然、闘技場の扉を砕いてグラムが飛び込んできた。エースの隣に立つと右手のクレイモアを振り回す。
獣化兵が退いたタイミングを計って、エースは身体強化を発揮。グラムの昇降口をあけ、中に滑り込んだ。
「ありがとう、ジーク」
「どういたしまして」
ジークは、最初からエースのグラムにもぐりこんでいたのだ。そして、エースの指示てグラムを動かし、ここに来た。
ジークのおかげである。もっともまさか、グラムを扱えるとは思っていなかったのだが。
「さてと、じゃあ、キング、第二ラウンドと行こうじゃないか」
グラムは足場を固めた。
「あのお、でも、勝てるの? これだけの数に」
ジークは、心細げに言った。周りには獣化兵が十数人集まってくる。
「なんとかなるさ。策もなんもないけどな」
エースはあっけらかんと答えた。
「……この人と組んだの、間違いだったかもしれない」
「今さら遅いよ。め、この程度、余裕さ」
二人はグラムで共和国の獣化兵達と対峙する。




