後始末は大変なもの
トロルとの戦いが終わって三日たった。
色々な雑事も一応一段落した。
トロルの死体の処理。魔核の焼却及び、その中心の魔石の回収。トロルの偵察に出ていたグラム三騎及び随伴兵の捜索。捜索後発見された、大破したグラム三騎と随伴兵の遺品の回収。
エース達は捜索とグラムの回収に協力した。エースのグラムは損傷しているものの、動くには支障なく、エースは疲れた身体に鞭打って三日間働きとうしたのだった。そのため、作業自体ははかどったのだが。
エースの心を萌えたたせたのは、メイシアに会った事、帝都に早く帰ってメイシアと思う存分会い、愛でたいということだった。
砦の周辺部は、トロルの大群がきていた為、Cランク以下の魔物が近づかす、また他の兵士の努力もあり、比較的平穏だったことも幸いした。
まだ、グラムの修理などのこっているものの、砦は平常業務に戻ったのである。
そしてモブスは兵士慰労の為の宴会を交代で行う事にした。今日の夕方である。
「では、砦の防衛成功とエース様の活躍を祝して、乾杯!」
「乾杯!」
砦の指揮官モブスの唱和の下、兵士たちの宴会が始まった。貴重な酒と魔物の肉が振る舞われた。
エースは、騒ぐ兵士たちを横目に見ながら料理を取った。干し肉を戻したスープと、ビスケット風のパン。何も言わすにスープを口に入れる。濃厚な肉の滋味が口のなかにあふれる。
また、固いパンを苦労してかじる。すると、麦の強烈な旨味が舌の上にひろがった。
食べながらエースは思った。食材の味がいい。だからこの世界では料理文化なんかあまり進歩しないのだろうな、と。
このディアトリス帝国が存在するこの大陸において、食材は腐敗しにくい。また、基本的に味がよく、栄養価も高い。その為、簡単な料理でも美味い物になるのだ。エースはもはや食事に夢中になり、言葉もない。
「さ、さ、エース様もどうぞ」
と、モブス自らがエースの様子を気にもせず、果実酒をつぎにきた。中身はブドウ酒らしい、が。
「すまない、酒はその、合わないんだ。腹こわすから」
だから茶にしてくれ、とエースは言った。
そこに、バーンが割って入る。
灰色の長い髪を後ろで一つにまとめた筋骨隆々ながらも細身の男。背はエースより頭一つ分大きい。そして、狼の耳と尻尾を持っている。彼は、狼の獣人であり、レーベルデイン侯爵家に仕える武人でもある。
「主、今回はお疲れ様でした。そしてモブス様も」
「ああ、これは失礼を、」
モブスが何かいいかけるのを、バーンは止めた。そして、酒をモブスに勧める。
「申し訳ないが、主は食事となるとそれしか見えない。腹が落ち着くまで相手をしてもらえますか」
「え、ええ、よろこんで」
少し怯えた様子のモブス。バーンは少し笑った。彼は犬歯が伸びているので、威嚇しているように見える。そんな気はさらさらないのだが。
と、エースの片側にもうひとりの大男が座った。黒髪黒目のマックスである。彼も酒瓶を手にしていた。そのまま口をつける。口をはなしてエースにつぶやく。
「少しいいか? エース、様?」
「エースでいいよ、マックス」
マックスは元々冒険者である。たまたまエースと歩みを揃えたのだ。
「すまねえ。で、ここで話す事じゃないが、今後はどうする? あと、俺とイリスはどんな立場になるんだ」
マックスとイリスは冒険者として組んでいる間柄である。なお、イリスは肉料理に食らいつき、凄い勢いで消費している。
「この砦のグラムの修復が終了してから出発。帝都に直行。途中でレーベルデイン侯爵家の屋敷による。マックス達は帝都までついてきてくれ。あと、報酬はうちの家で払う」
エースがきちんと答えた事にマックスは驚く。
「この場で答えてくれるとは思ってなかったな」
「まあ思いつきで言っている所もあるし。それに、頼みたい事もある」
エースは、マックスの方を向き、目を見て話した。
「君たちを見込んで話す。レーベルデイン侯爵家で働かないか? 無理ならしばらく依頼の形でいてくれてもいい。君たちの索敵能力と魔法攻撃力は貴重だからね」
マックスは頭をかいた。
「俺だけなら願ってもない話だが……相方と相談してからでもいいか?」
「ああ、構わない。僕付きの武官という形になるだろうが……それに、イリスにとっても良いことだろうから」
「まあな」
マックスは、再び酒瓶に口をつけた。
「それはそうと、アリサはまだ来れないのか」
アリサは侯爵家付きの錬金術師である。この世界においては重要な役割を果たす。
「流石にグラム三騎同時の修復だから、時間もかかるさ」
グラムなど魔鎧騎(ルーン=アーマー)や武具、防具、魔道具などには、魔力反応金属(魔力反応素材、魔力感応合金とも言われる素材である)が多用されており、その精製に錬金術師が必要なのである。ちなみに三騎とはエースのグラムと、回収したグラム三騎のうちの二騎(一騎は損傷激しく部品どり用の騎体となった)である。
「ま、あとで酒でも差し入れしよう」
「しかし、このへん魔物の発生が多いな」
「近くにダンジョンでもできたのかな」
二人が話しているあいだにも、兵士たちは酒を飲み、飯を食い、騒いでいた。
「しかし、メイシア様、かわいかったよな」
「気品もあるし、まさに姫だよな」
「ああ、ドラゴンからあんな可愛らしく美しい姫になるなんてな。まるでルビーのようだった」
「いや、可憐な薔薇のように美しかった」
その声を小耳にはさみ、エースの顔色が変わった。同時に、彼の部下達はエースに気づかれぬように身を隠す。
「おい、貴様ら! こそこそとメイシアの話をするな」
ドラゴンのような殺気をばらまき、エースが怒鳴る。彼を見るだけで死を覚悟させられる。そんな領域が出来ていた。
「し、しかし」
モブスは兵士の為、いや自分の命の為に抗弁した。
「彼らは、妹君の可憐さ、美しさを、たたえて、おりました、しかも、決して、やましい、ことは、ありません」
「当たり前だ」
エースは当然と言った感じて宣言する。
「私が言いたいのはなぜ、堂々とメイシアの事を讃えない? ぼそぼそと呟くのはメイシアに失礼だろう」
その場の兵士たちは、エースが怒った理由に一斉にほっとした。なんせ、妹が絡んだら、子どもの喧嘩に魔鎧騎(ルーン=アーマー)を持ち出すのだから。(現代風に言えば、MBTを持ち出すと思ってよい)流石にグラムに潰されたい兵士はこの中にはいない。
「もうひとつはメイシアに対して失礼な表現が多い!」
兵士達は、みな明日を見ることはかなわないと確信した。それでも、モブスは果敢に攻め言った。
「わ、私たちは、メイシア様を褒め称えております」
「はあ、なんたる事か! メイシアの可憐さ美しさがそこらへんの草花や石ころと同等と表現するとは情けない!」
肩をがっくりとおとすエース。
「せめて、薔薇なんぞより、一万倍は美しく、かぐわしい! そして、いかなる聖女の二十万倍は清楚であるとなぜ言わない!」
エースは嘆いた。
「第一、メイシアはあんなに細くかわいいのに、この国全域を守ってくれているのだ。真の女神! それを何故わからん!」
エースの心からの叫びは長々と続く。
「忘れるな! 我らの平穏を、牙を持たぬ、持てぬ国民の平穏を守っているのは、メイシアと、名もない兵士の力だ! そして、わずか15才の、か弱く、優しい、美しい、賢い、感情豊かで、戦いを好ます、品行方正で、あらゆる人、そう、名もなき兵士をも守る為! 恐ろしい敵を倒し、その敵の為に涙し、竜になる事で、いつ自分が変わり、竜になってしまうか恐れ、それでも前にすすむメイシアを、」
ここでエースは一息つく。その、握り締められた拳が震える。
「お前らは、その程度の賛辞で済ますのか? なにもしない神やその他の連中なんかみたいに?」
エースはもはや鬼気迫る勢いで怒鳴る。
「メイシアは、ただ我らを守っているだけではない! アルベルトなんぞと婚約したせいで皇太子妃として、場合によっては皇帝妃としての役割を果たさなければならない! その為の教育も受けている! その重圧、いかほどのものかわかるか! はためで見ていても厳しいものだ! それをメイシアは、笑って、むりしてもわらって、無理して笑って、黙々と完璧に遂行するのだ! そんなメイシアを、メイシアを、 」
エースは、その場の全員を見た。
「その程度の賛辞で、賛美で済ますのか!」
エースの鬼気せまる表情、そしてオーラに、砦の兵士たちは即答した。
「否!」
「ならば私について復唱せよ」
「応!」
エースと兵士たちの怒鳴り声が辺りに満ち満ちた。
「ひとつ! メイシアは美の女神など足元にもおよばぬほど美しい!」
「ひとつ!……」
エースと兵士たちの怒鳴り声がこだまする。いつしか、エースと兵士たちは奇妙な一体感を生み出していったのである。
ところ変わって砦の工房。かなり広く場所をとってあり、天井も高い。ここでは魔鎧騎の点検や簡単な修理、部品の作成が行われている。
いま、グラムが三騎待機姿勢で並んでいる。丸っこい装甲の中量級魔鎧騎(ルーン=アーマー)だ。魔鎧騎(ルーン=アーマー)の等級の区分には色々あるが、魔力感応合金装甲の量によって決める事が多い。基本的に、軽量級が一枚、中量級が二枚、重量級が三枚、超重量級がそれ以上となる。例えばグラムは魔力感応合金装甲が二枚、軽装型はそれに鉄製の装甲が一枚つく。通常型だと更にその上に鉄製装甲がつく。魔力感応合金は魔力力場を構成し、運動や防御、魔法使用時の効果の増幅などを行う。その為、魔力感応合金装甲が多い方が強いとされる。しかしその分魔力も必要となる。反応も遅くなる。コストが高くなり、修理も難しくなる。などなどデメリットもあり、通常はバランスが良い中量級がよく使われる。
「終わった~」
と、叫んだ女性はアリサ。レーベルデイン侯爵家の錬金術師で魔鎧騎鍛冶師である。優秀ゆえに仕事が殺到する苦労人でもある。
彼女は、先ほどまでグラム三騎の修理に専念していた。
本来ならエースのグラムはともかく、砦の魔鎧騎(ルーン=アーマー)は修理する必要はない。しかし、砦の錬金術師も魔鎧騎鍛冶師も騎士だった為、グラムと共に殉職。弟子の魔鎧騎鍛冶士はいるものの、経験が少なくせいぜい外部装甲の取り付けができる程度。アリサは一応、魔力感応合金の生成から鍛冶作業まで一通りできる。つまり、この砦で魔鎧騎(ルーン=アーマー)を修理できるのは今のところ彼女のみなのだ。
とはいえ、彼女一人では魔鎧騎(ルーン=アーマー)三騎の再生は無理がある。そこで外装装甲は他人に任せ、魔力感応合金装甲の修復に専念した。まず損傷激しい一騎を解体。必要な部品をとり、再生した。ちなみに最も損傷している騎体がエース騎であり、無惨な姿をさらしている。もちろん、一番状態がいい騎体をエースの為に準備しているのは言うまでもない。
「しかし、エースも、またメイシア教の布教したのねえ~」
アリサは、先ほどまで響いていた男たちの怒鳴り声を聞き、そう呟いた。エースは、機会があればメイシアの魅力を伝える為に日夜努力しているのだ。
とりあえず、魔力感応合金装甲の修復は終えたので、後はほかの鍛冶師に任せる。
アリサは、砦の工房から出た。そして、宿舎にあてがわれている部屋に向かう。両手を組んで上に上げ、背筋を伸ばす。
「うーん、つかれたあ~」
そう言って背筋を伸ばし軽快なリズム歩き出す。スリムでスレンダー。色気ない作業着に手袋、ブーツに身を包んではいるが、その若々しい動作は彼女の魅力を十二分に表現している。
角を曲がって部屋に向かうと、ドアの前に4人の男女が立っていた。
「アリサねえさん、仕事終わった?」
そう聞いてきたのは彼女の主の嫡男エースである。
「うん、なんとか終わらせたけど大変だったよ。でもグラムの内部装甲は完璧に修理したわ。後は鍛冶士が外装装甲を取り付けるだけね」
「流石にレーベルデイン屈指の錬金術師だね」
そういい、エースは、後ろ手に隠していた酒瓶を取り出した。のも、束の間、アリサが電光石火の早業で酒瓶を奪いとり、蓋をあけてそのまま飲み干す。
「流石、うわばみのアリサ。もう一瓶開けるとは」
はあ、と呆れるバーン。その腕には酒樽が二つ抱えられていた。
「なにいってるの。さっきまで魔力も体力も山ほど使ったんだよ。のどからっからだよ。ほら、樽かして」
アリサのセリフにマックスが苦笑いした。
「あのな、こんな所じゃなくてな、エースが、じゃなくてな、エース様がな、部屋ひとつ借りてな、ささやかな宴会でもずるかって、呼びにきたんだよ」
「あ、ありがとうございます。でも、何で樽もってきたのさ?」
「ん、エースが、アリサがのど乾いているだろうからって、もってきた」
そういうイリスは、大きな骨付き肉をかじっている。
「とりあえず、場所を移してのみなおそう」
そのエースの音頭で一行は場所を移したのであった。