騎士と教授が出会うこと。
ダインスレイブの大剣は、トロルをあっさりふきとばした。その威力に二人は思わずハモる。
「「うそだあ」」
ダインスレイブの大剣は、トロルたちを抵抗もなく切り裂いた。エースは、更に返す刀でゴブリンの集団をなぎはらう。魔力力場で、拡張された刃は、二合であらかたの魔物を殲滅した。
「なんだよ、この反応速度。ダインスレイブじゃない。殆ど生身じゃないか」
エースは驚いた。魔装鎧騎、魔鎧騎、どちらも反応速度は生身に比べて遅くなる。金属鎧を着て動く感じだ。しかし、このダインスレイブは、ほぼ生身のように軽やかに動く。
「これだけ威力を発揮してたら、魔力がいくらあっても足りないわ。騎士さん死んじゃう」
ジークは叫んだ。このダインスレイブは、確かに強い。魔力伝導率や、魔力力場は高レベルにある。しかし、その代償として、魔力が桁違いに必要なのだ。通常の人ならば一分も動けば御の字。今の動きなら、普通の、いや、かなりの使い手でも、殆どの魔力を失うはずた。
はっ、とジークは気づいた。
「騎士さん、魔力を抑えて。あんまり使うと魔力欠乏症になるわ。これを使う人は大概そうなるの。実験でも一分もたなかったわ」
エースは振り向いた。彼の右後ろに、女性のイメージが漂っている。ぼんやりとはしているが、可愛いのがわかる。
「エースだ。安心してくれ。お嬢さん。俺は魔力の回復力だけには自信があるんだ」
「ジークよ。わたしは、魔力操作には自信があるの。まあ、しかたないから、なるべく負担が少ないようにしてあげる」
「助かる」
そんな言い合いをしている間にも、正面から、トロルやゴブリンが大量にやってくる。エースは、ダインスレイブの大剣の切っ先をそちらに向けた。そして、魔力を込め、魔力力場を展開。切っ先の一点を中心に魔力力場が渦を巻く。
それをみて、ジークはあわてて魔力力場を調整。威力と各運動量のバランスをとる。
そして、エースはダインスレイブをおもむろに突っ込ませた。螺旋状の魔力力場がトロルやゴブリンが削り砕く。さらに勢いあまって正面の壁を貫き、飛び込んだ。エースとジークは、その威力にしばらく固まった。普通は、ダンジョンの外壁は、魔力力場込みで殆どすべての攻撃を防ぐ。殆ど完全物質であり、どのような力でも破壊出来ないと言うのが常識だ。
呆然としたふたり。先に復活したのはエースだった。かれは、今だ固まっているジークに、にやりと笑って尋ねる。
「ジーク、この階で一番魔力が高い所はどこか解るか」
ジークは、少しの間、沈黙した。魔力探知を行う。そして、すぐに答えた。
「左側。多分、ダンジョンコア。そこに行きたいんでしょう」
エースは、自信ありげに胸を張る。
「ああ、このダインスレイブなら、コアなんか一撃だ」
ジークは、呆れて天をあおぐ。しかし、すぐに真面目な顔になり答えた。
「なら、ダンジョンコアまで案内するわ。魔力が馬鹿高いからすぐわかる。ナビするわ」
「助かる」
「で、まず左側の通路に入って。そのあと、」
ここで、エースはジークに頼んだ。
「済まないが、方向を教えてくれ。直接ぶち抜く」
ジークは、絶句した。
「馬鹿? ダンジョンの壁って、ものすごい強度あるのよ、わかる?」
「だが、さっきは貫いた。まだまだ魔力には余裕がある。十分た」
エースの台詞に、ジークは頭を抱えた。
「……間違ったかな。パス繋いだの。まあ、いいや。死なないでね」
そして、二人のダインスレイブは、大剣をコアの方に向けた。
……………………
ダンジョンコアの前。巨大な黒い球体に、赤黒い神経繊維の様なものが覆っている。すでにゴブリンだった本体は、縮み切って跡形もない。さらに神経繊維は、周囲の丸い、半透明の球体に繋がっている。中にはゴブリンやトロル等の魔物が液体の中に浮かんでいる。
ダンジョンの最深部。魔物を生み出す母体、また本体でもあるダンジョンコアだ。
その、ダンジョンコアの前で、二人の男女が言い争いをしていた。
「まさか、こうなることが分かっていたのか、教授! まさか最下層の戦力がダメージをうけるとは。しかも、魔装鎧騎? そんなもの持っているとは聞いてない。最下層の戦力なら倒せると言っただろう」
小柄で、貧相な顔の男が、ローブ姿の女性に詰め寄る。こちらも小柄だが、その態度は凛としている。
「まさか。あの落とし穴に落ちた時点で普通は詰むわ。瓦礫の中に閉じ込められるのよ。むしろ、こんなに短期間にコアまで到達されそうになるとは思ってもいなかったわ。最下層に魔鎧騎もなしで迷い込んだのよ。死ぬのは時間の問題だった。まあ、そうなったら予定通りダンジョンに取り込んでいたけどね」
小男は、イライラした様子で教授に喰ってかかった。
「このダンジョンは、俺のものではないのか? 取り込むならわたしの支配下になるのではないか?」
「ええ、そうよ。あなたをマスターとして、登録している。ただ、より高位の権限がわたしにあるだけよ」
「じゃあ、このダンジョンに捧げた同族の支配も、おま、教授が握っているのか?」
教授と呼ばれた女性は、ため息をついた。
「それはないわ。その分はあなたの支配下。まあ、誰をどうするかの選択肢はわたしが管理しているわ。でも、こう見えても、わたし、ダンジョンを増やしたいのよ。あなたの力を阻害したくはないわ。まあ、こんなに辺鄙なところに作るとは思ってなかったけどね。こんなところじゃ、新たに魂を集めることは出来ないわ」
男は、顔をしかめた。
「キング様の指示だ。対帝国防衛の拠点として、作れ、とな」
再度、教授はため息をついた。
「ダンジョンマスターになれば、すぐは無理でもキングや共和国と対等の戦力を持てるの
に」
「妻や娘がが人質になっている。キングには逆らえない」
「今は、じゃないの? そうじゃなければ同族を犠牲にはしないでしょう。まあわたしが!」
ここで、教授は叫んだ。
「コアから離れて! 逃げて!」
教授は走る。が、小男はまごついた。そのため反応が遅れる。
魔力力場の塊が、ダンジョンの壁を破って突入してきた。さらにダンジョンコアに突撃。大剣に纏った魔力力場の渦がコアを砕いた。
そして、霧散する魔力力場の中から魔装鎧騎、ダインスレイブが現れた。人の倍位の大きさの甲冑姿。白に赤いラインが身体の各所に入っている。腰に一対の翼を持ち、右肩に羽飾りをつけている。武具として、大剣を右手に、カイトシールドを左手に。魔装鎧騎。
「昔の実験騎が残っていたのか」
教授は、思わず口にする。だが、欠陥が多く、役にたたないものが大半だったはすだが、と内心思った。
「あなたがダンジョンマスターか?今、このダンジョンは、帝国に対する敵対行動をしていると認識されている。そのため、このダンジョンに関連した人材、資産等のあらゆる物は、帝国法が定める通常の各権利を主張出来ない。その権利は帝国皇帝もしくはその代理人に与えられる。ここではエース=フォン=レーベルディン、ダンジョン攻略隊責任者が皇帝代理人として、一時的にその権利を得る。そう宣言する」
エースが言うと、ジークが口を挟む。
「何でそんな面倒な事を言うの?」
「帝国法で決まっているの。そう宣言しないと権利関係がうるさいから」
教授は、心ときめく。しかし、そこは抑えて口を開く。
「ああ、エース様。わたしは、このダンジョンの関係者ではありませんわ。わたしは、そう、イモーダルからは、教授と呼ばれています。以後よしなに」
「教授? イモーダルの?」
エースは驚く。アリサから教授の評判は聞いていた。その様子をみて、ジークはちょいちょいとつつく。
「この人って、どんな人なの」
エースは、困った顔を見せた。
「よくも悪くもイモーダルの異端児と聞いている。不老不死を目指す連中の中で、それを放棄したという話だ」
教授は、苦笑いする。
「まあ、そうね。人に不老不死は無理。基本的に耐用年数はよくて200年位だわ。魔力による底上げがあってもさらに200年位じゃないの」
「じゃ、不老不死を諦めたの」
教授は、胸を張る。
「ヨクゾ聞いてくれました。わたしの理想は、ダンジョンに人の魂を移すことなの。ダンジョンならば、かなり長期間存在するし、ダンジョンが、人の魂を吸収して、保存するのはわかっているわ。あとは、実践あるのみ」
ジークは身震いした。
「それって、ダンジョンを増やすってこと? 人の天敵を?」
「天敵ではないと思うわ。ダンジョンは、この星の生態系と異質なもの。だけれども、知性ある存在の情報を維持できる可能性はある。いえ、そうできるわ。そんな存在」
エースは、やれやれ、とつぶやく。
「だから、イモーダルでも、異端児と言われている。ダンジョンを増やし、人を滅ぼせば、幸せな世界が構築できると言っているから」
「ちと違うけど、大半はそんな感じ。で、とりあえず、ここのダンジョンコアは、さっき粉微塵に吹き飛んだわ。もう魔物を『生産』することはないわ。だから、とりあえず安心して」
と、ここで、教授はダインスレイブを見た。わくわくした、陽気な口調で尋ねる。
「と、ところで、どうゆうこと? 魔装鎧騎の定員は一名のはずよ。複座型なの? あり得ないわ。スッゴい興味ある」
こっそりジークはエースに聞いた。
「この人なにいってるの?」
「さあ」
二人の様子をみて、教授は手を叩いた。
「はい、注目! ちと講義するわね。基本的に魔装鎧騎も魔鎧騎も、身体強化の魔法を基礎として人の動きをするの。基本的にその乗り手の動きね。でも、二人で動かすと、その動きがシンクロしてない限り、誤差ができる。誤差が大きいと、魔力力場を相殺して、力や、動きが制限されるの。ああ、二人で一振りの剣を振り回すようなものね。スペック上は一人より力がだせるけど、普通はしないし、出来ない。それができるなら、新しい技術か何かがあるの。でも、こんなところにそんな技術者も施設も、組織もないし、あるわけない。第一、何十年も前からここには人はいないはずよ」
ジークは、少し震えながら呟いた。
「あたし、アーティファクトなんたよね」
その言葉に教授は食らいつく。
「嘘! 魔法による意志が、意識がある! 人工知能! 常識を遥かに超えている! あり得ない! 魂の転写? 構築? いえ、魔法でもそれだけの情報の維持や転写はむり。だいいち、魔力も魔法印、魔方陣がいくつあっても足りない。それこそ都市レベルでも、いや、国レベルでそれだけに特化すれば不可能ではない。でも、そんな馬鹿なことはしないし出来ない。ひとは、情報と、エネルギーと、魔力の高レベルパッケージ体なのよ! 再現だけでも難しいのに! 偶然だろうと意図的だろうと、この世界で最高の価値があるわ。あ、あと、法的保護も、考えないと。異質な知性体として考えると、……」
教授はだんだんぶつぶつ小声になったが、突然大声を出した。
「エース様、しばらくその子、貸してくれない? 悪いようにはしない。その子は人類の宝! 絶対に危害をくわえたり、くわえさせたりしない」
「断る。ジー…… ダインスレイブは俺のものだ。第一、貴女は敵だろ。ダンジョン関係者らしいから。それに、魔力消費が大きい。普通の者では維持すら無理だ。俺なら軽いものだが」
教授は納得の表情で答えた。
「ああ、確かにエース様。あなたの魔力量なら納得するわ。更に維持にそれだけの力がひつようなのも」
クールダウンした教授は、ここで姿勢を正した。
「なら助言させて下さい。その子は、人類の宝。未知技術、未知魔法のかたまり。その存在を知れば、少なくとも国家レベルの存在が動く。秘蔵しなさい。隠しなさい。たとえ帝国でも、イモーダルでも、私でも、信用してはならないわ」
エースは、鼻を鳴らして笑う。
「どちらにも、ある程度の力を持っているよ。俺は」
だが、教授はエースに熱心に説明、いや、説得した。
「忘れないで。帝国もイモーダルも人による構成体。意思はひとつではないし、どうしても揺らぎはある。その子がいれば、不老不死の可能性の一端が得られるかもしれない。強力な魔鎧騎、魔装鎧騎が作れるかもしれない。人の知識や技術が増えるかもしれない。人は、自分の欲望や知人のためならどんなことでも出来るわ。神や悪魔なんか笑えるレベルのことをね。特に大義とか、正義とかでコーティングできたらね」
「……」
「貴方は一個人。たとえ魔力があろうと、権力があろうと、その能力には限界がある。そして、彼女は一般人から大は国家の集合体まで、様々なものから狙われるわ。貴方は、守ることができるの? わたしは、わたしが予測出来る限りにおいて、その子を大事に扱うわ。保証する。と、言っても信じてもらえないだろうけど」
エースは、少し沈黙した。そして、ジークに小声で伝える。
「ジーク、君は俺を信用するかい?」
「一応信用する。あなたは、悪い人とは思わない。第一、もうあなたとは運命共同体よ」
ジークが言うと、エースは、教授に向き合った。
「わかった。彼女に危害が加わらない限りにおいて、協力しよう」
その言葉に、教授は笑う
「あら、いいの? わたし、貴方を騙しているかもよ」
「当代最高の知能の教授。つてが出来るならその方がいい。第一、協力者は多い方がいい。権力者ならなおさらいい。確かに、俺は一個人。守れるつてがあるなら誰だろうとかまわない」
教授は、首をかしげた。
「いいの? 自分で言っててなんだけど、わたし、信用できるの?」
「彼女に危害を加えたら、それなりの報復はする。第一、彼女のメンテなんかできる人は少ないだろう。まともなダインスレイブじゃないんだから」
「アリサさんなら問題ないわ。少なくともダインスレイブのメンテはね。でも、まあ、信じてくれたのは嬉しいわ」
次の瞬間、彼女は叩き潰された。両腕が肥大化した、甲角質の表皮を持つ巨人に。
「は、はは、やったぞ。裏切り者め!」
ダンジョンマスターの小男は、最後の戦力、コロッサスを使った。全高6メートル。トロルの上位種であり、任意の魔力力場を弱体化する能力を持つ。
「これならお前の魔鎧騎もつぶせる。はは、いいきみだ。降参したら命だけは」
エースのダインスレイブは、大剣をコロッサスに向けて振り回す。しかし、その斬撃は、コロッサスの上腕で止められた。より強力な魔力力場でおおわれているからだ。しかし、ダインスレイブの切り返しには対応できず、反対側から真一文字に切り裂かれた。
間髪入れず、次のコロッサスを袈裟切りに、その次は唐竹割りに仕留めた。それで打ち止め立ったのだろう。エースは、おもむろに、ダインスレイブの大剣の切っ先を小男に向けた。
「さてと、お前がダンジョンマスターか?」
エースは、怒りに満ちて小男を睨み付けた。
「元、だ。私のダンジョンを崩壊させやがって!」
「ま、あえて言う。帝国法においては、敵対的ダンジョンの構成体には、あらゆる権利は保障されない。つまり」
と、ここで、エースは大剣を振り回して怒鳴った。
「お前を殺しても問題ないんだよ! 人殺しがぁ。無抵抗の相手を殺しやがって!」
激怒するエースに、ジークは怯えながら話しかけた。
「エース、行こう。仲間の人が待っているんでしょう? 心配してるんじゃないの?」
エースは、何度か息を整えると、憮然とした表情で呟く。
「ああ、わかった。こんなところにいたくもない」
そして、二人のダインスレイブは、ダンジョンの上方に向けて歩き出した。
「ちと困ったわ。次に会うとき、絶対誤解されるわ。どうしましょう」
巨大なダンジョンの中で、彼女は呟いた。
帝国ダンジョン管理法。
ダンジョンにおいては、そのあらゆる権利は皇帝もしくはその代理人に所属する。
帝国に対して敵対的なダンジョンの全ては、あらゆる権利を皇帝もしくはその代理人が所持する。ただし、ダンジョン管理法に基づいて管理登録をなし、登録されたダンジョンに侵入して得た財貨は登録者が権利を主張できる。ただし、皇帝もしくはその代理人が要求するならば、その財貨の権利を皇帝もしくはその代理人に提供しなければならない。
また、皇帝もしくはその代理人は、ダンジョンの所持者に対してその権利を認めることができる。ただしダンジョン管理法に基づき、紙面もしくはそれに準じた記録媒体に権利内容を記載しなければならない。
皇帝の代理人は、ダンジョン管理法においで定められているものとする。代理人は、等級により、その権利が設定される。なお、ダンジョンの全ての権利は皇帝が所持するものとする。




