騎士と乙女は出会うこと
グラムは、大量の瓦礫とともに落下した。エースは、グラムの魔力力場を最強にして、瓦礫と落下の衝撃に耐えた。しかし、最下層に落ちた後も、上から瓦礫がおちてくる。エースは魔力を放ってグラムに供給、魔力力場を強化した。グラムは、燃え上がる炎のような魔力力場を纏って落下してくる瓦礫の衝撃に耐える。エースは時間を稼ぎ、周囲を見渡した。逃げられそうな空間を見つけ、グラムを飛び込ませる。間髪入れず、後ろの空間は、轟音をたてて瓦礫で埋った。
グラムの中のエースは頭痛と吐き気に襲われる。しばらく動けないまま、うずくまる。通常以上の魔力を放出したため、身体に反動がきたのだ。
しばらくして、エースは動き出した。頭痛は、どうやらおさまったらしい。しかし、身体がついていかないらしい。動きが鈍い。
「……まさか、こんなことで魔力を解放するとはね、体があちこち痛いや」
そう言いながら、エースは、グラムを立ち上がらせようとした。だが、反応することはなかった。エースの増大した魔力量に耐えられず、機能を停止したらしい。一部の法珠がひび割れているのがわかる。
やがて、エースは、グラムの中から這い出てきた。外装を確認するが、損傷は殆どない。大量の瓦礫に潰されかけたことを考えると奇跡と言える。
ここで、エースは青ざめた。
「また、グラム壊してしまった。う、アリサ姉、怒るだろうな」
ともかく、皆と合流しなければ。エースはそう思い、バックパックを取り出し背負う。そして、腰の鉄塊のような大きな片手剣を握る。同時に、魔力光を展開するウイスプの魔法をつかう。辺りは、柔らかい光に照らされた。
「さて、これから進むか。痛みも引いたし、上に上がらないと」
エースは、歩き始める。
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魔鎧騎の長所。単純に言って、自分の第二の身体であり、大概のことができる。そして、騎士が被害を受けない場合、代わりがきく。と、言うことである。魔鎧騎が全損になっても、騎士がいれば再出撃できる。しかし、生身の身体はそうは行かない。傷つけば、その影響は大きい。魔法で治療できても、体力や気力まで元通りになるわけてはない。
だからこそ、エースは再び鉄塊のような小剣をふるい、ゴブリンの魔核を砕く。殺さなければ殺される。
魔物は、雑食で同族でさえも食べる。しかし、優先して食べるのは人である。それゆえに、ゴブリンはエースを襲い、エースはゴブリンをたおす。ここまで、数匹倒した。しかし、気力、体力はもともと失われている。魔法で身体を洗浄したり、傷は治すことはできても、食事しなければ体力は戻らないし、精神的にも持たない。しかも、現在は単独行動なので更に気を抜けない。
幸いなのは、今のフロアは、高さ3mほど。トロルは入ってこれない場所である。また、本棚のような、いや、本棚が大量にあり、隠れる場所には事欠かない。そのため、比較的少数のゴブリンしか出会わずに済んでいる。なお、本は、損傷しているものがおおく、まともに読めないものが殆どだろう。まあ、探せばいくらか見つかるのかもしれないが。
そんなとき、エースは、近くに明かりを感じた。ウイスプを解除して自分の明かりを消す。明かりからは、声が聞こえてきたのだ。ゆっくりと近くまできて、耳を澄ます。ややハスキーな可愛い声が歌を歌っていた。
「おっさかなくわえたどらごんー、おおかけーてー、ダンジョン、乗り込むー、豪気なザ、サエさんー。みんなが怯えてるー。ドラゴン逃げて行くー。ルールルルルール。辺りはこなごなだー』
「……何で、ザ、サエさんの主題歌が』
小さく呟くエース。ちなみザ、サエさんとは、メインスポンサーの西芝電気がゲームを開発。メディアミックスとして、長寿ホームドラマにゲームの設定を詰め込んで、深夜湧くで放送局したアニメだ。ゲームの売り上げは低迷したものの、深夜にしては視聴率は好調で、コアなファンも多いらしい。エースもそのひとりだった。
「小銭を稼ごと辺りを散歩して、マモノヲ、殲滅。ご機嫌ーザ、サエさんー。魔物は逃げていくー。人間おびえてるー。ルールルルールルー、辺りは血の雨だー。この番組は明るい未来を繋ぐ、技術の西芝がお送りいたしまーす!」
「って、そこまていうのかよ!」
と、つい突っ込みをいれて、飛び出したエース。
「え? 人」
そこにいたのは、本棚の空いたスペースに、魔法書らしきものをおき、読んでいるらしき光の玉、ウイスプだった。エースは、思わす問いかける。
「なんだ、お前」
そのエースの声に、ウイスプは、機嫌を悪くしたのか言い返した。
「普通は人に名前をきくときは、自己紹介するものじゃない?」
エースは、そうだな、と反省した。
「失礼した。私はエース=フォン=レーベルディン。ディアトリス帝国レーベルディン候爵の嫡男だ。君、は、何者だい」
この世界における魔物は、基本的に実体を持つ。ウイスプなどの魔法でないかぎり、光ったり、色を変えるということもない。
「わたしは、ジーク…… そう、ジークよ。あなた、ここで何しているの?」
「何って、このダンジョンに落ちてしまって、グラムが壊れたから上層に向かおうと歩いている」
「え、ダンジョンって、ここ1日2日でできるものなの? わたし、一月位いるけど、知らないわ」
「良くはしらないが、まあ、そんな例もあるそうだけど」
ジークはそういえば、と小さな声で語りかけた。
「まあ、言っとくけど、ここ最下層よ。ダンジョンなら、一人で上に上がるのは難しいわ」
「そうか、まあ、わかってはいるが、上に仲間がいるんだ。合流したい」
そこで、ジークが質問した。
「ところで、グラムって、魔鎧騎? 帝国の」
「そうだ。まあ、な」
ここでジークは、少しかんがえて尋ねた。
「エースは、騎士なの?」
「ああ、そうだ」
エースは、この場合の騎士は魔鎧騎を使えるか、という意味にとった。
「じゃ、相談があるの。私、ここから出たいのよ。協力してくれる? いいものがあるの」
エースは、一瞬何かの罠かと疑った。が、すぐに否定した。魔物ではなさそうだし、第一、ザ、サエさんの歌を知っているものだ。悪い奴ではないだろう。元日本人か、それに近いだろうから。
「……、まあ、宛もないしな。助けてくれるならありがたい」
「じゃ、こっち来て」
そう言うと、ウイスプはふわふわとある方向に向かい始めた。エースが光を追って行くと、やがて、大きなドアの前についた。ドア開けようとするが、開かない。
「あ、ごめんなさい。鍵かかっているわ。ちょっと待ってて。今開けるわ」
ジークは、カキ穴からするりとはいった。中の機構をいじっているのか、結構大きな音がする。それがゴブリンの気を引いたのか、通路から何匹かやってきた。エースはあせる。
ガチャガチャと音がしたあと、いきなりドアが開く。エースは、中に入るとジークに言った。
「鍵閉めれるか。ゴブリンが来た」
「う、うん」
光の玉は、再度鍵穴にはいり、鍵をかけた。同時にドアに衝撃がはしる。
「うん、ヤバイな。結構ゴブリンが大量に出てきた」
いまでこそ、ドアはもっているが、それも時間の問題だ。しかも、ゴブリンは、素手ではなく、マチェットやショートソードを持っていた。それを叩きつけているのか、外から何かを叩きつける音がする。それとともに、ドアに亀裂がはしる。
「このままじゃ、長くは持たないな」
「とりあえず、こっち来て」
そう言われ、エースはウイスプが動く方に走る。色々な物や書類、が散乱する机のなか、大きな作業台の上にそれはあった。見たことがある剣。いや、少し違う。ジークかそれについて説明した。
「ダインスレイブ、魔装鎧騎。その研究調査騎よ」
エースはジークに感謝した。
「助かる。本来俺はインドア派なんだ。肉体労働は苦手でね」
エースは、ダインスレイブをつかみとった。そして、二、三度振るう。エースにとっては、少し軽いがバランスは良く、振りやすい。思わず呟く。
「こいつはいいな、振りやすい」
「奥の方に大きな通路に面した扉があるわ。そっちから上に上がって行けると思う」
「了解。少なくとも脱出しやすくなったな。助かった。ええっと、」
「ジークよ。ほら、早く。こちらよ」
エースはジークに先導されて、大きな扉の前に立つ。ジークは、ふわふわと鍵の中にはいり、ガチャガチャと音をたてる。エースは鍵の開く音と共に扉を開け放つ。
開けたらそこにはゴブリンが一匹いた。エースは、間髪入れす、ダインスレイブを叩きつける。次に刃をたてて切り裂いた。
「いたああああああああぁぁぁいぃ」
同時にジークが大声でさけぶ。
「いきなり叩きつけないで! 痛いじゃないの」
「え、お前、ウイスプじゃないの?」
驚くエース。ジークは、そんな彼に怒鳴った。
「冗談でしょ。わたしの本体はダインスレイブよ。ウイスプは、外を見るための魔法。じゃ、なかったら案内だけすればいいんだから」
「あ、ああ、済まない」
エースは戸惑いながらも謝る。しかし、ジークは怒りを抑えきれないようだった。
「騎士さん、そうは見えなくても、わたしは、乙女なのよ。ジークリンテは」
「え、男の子じゃなかったのか。てっきり」
「謝って」
ジークの剣幕に、エースは謝った。
「ごめんなさい」
そう言っていると、ゴブリンが数匹、トロルが三匹やって来た。エースは、ダインスレイブを構える。
「ちっ、トロルがいるのかよ」
ここで、エースは、ダインスレイブを展開するつもりで詠唱を開始しようとする。
「ワトキダブ』
しかし、ジークの一言でダインスレイブが高速展開。一瞬で魔装鎧騎ダインスレイブとなった。
4~5mほどの大きさの白銀の鎧騎士。その身体には赤く輝くラインがはしる。頭部左右に二つの翼の様な飾り。腰部横に対になる大きな翼。そして右肩に鳥の様な羽飾り。右手にクレイモア風の大剣。左腕にはカイトシールド。
「ほら、前からトロルが来るわよ』
エースは、右肩からジークの声がするのを感じる。いや、人がいるのを感じる。
魔装鎧騎の展開時には、人はそれと一体化する。しかし、エースにとって、このような感覚は初めてだ。
だが、今は目の前のことを片付けよう。
エースはそう思い、ダインスレイブと一体化した右手を振り回し、大剣でトロルを切り裂いた。




