闇はうごめくもの
夜、皇宮の一室。
皇帝は、キシリアの報告に満足した。
「では、エースは近日中にここを離れるのか」
キシリアは頷いた。
「はい、めぼしい国は全部回って、婚約者候補は全員ぼこぼこにするとかいってました」
はは、と皇帝は笑う。
「アルベルトがいなかったらた頭を抱えていたところだ。そういえば、アルベルトとメイシアは今どこにいる」
「二人とも深淵の帝国病院にて治療中ですわ。もっとも、二人とも症状の改善がみられません。とくに、メイシアを縛っている例の魔道具は無効化できません。現状では、ある程度命令を遅延させることができるだけです」
皇帝は、ため息をついた。
「仕方ない。ほとんどの魔道具は帝国の汎用型魔法統轄システムに対応しているからな。令剣もシステムに対応し稼働しているから対処出来ん。しかも、なんて、あんなものまで補助できるようになってるんだ。歴代皇帝は何を考えていたんだ」
「魔法統轄システムはもともと、魔法行使時の術者の負担軽減、魔力補助などのためのものです。魔法印の基礎構造がシステムに合致するなら、恩恵を受けられるようにできています。贖罪の令剣も、基礎構造はシステムに対応してますから、仕方ありません。システム自体は、帝都再開発からのインフラに組み込まれていますから、かなり広範囲にわたって支援します。対応しないようにするなら、魔法回路を改装するしかないです。そうなると、インフラごと交換、再構築が必要になります。莫大な資金と時間と労力がかかりますがいかがしますか? 皇帝の権限でなら可能でしょう」
無理だ、と皇帝は一蹴する。
「資金の問題だけではない。システムによる街道や上下水道の自動修復だけでも省力化がすすみ、人件費もういている。さらに、帝国だけの問題だけではない。ブロサイムやジャス、イモーダル辺りが技術や利権に絡んでいるんだ。あいつら全てを敵には出来ない。それに、困るのは独立して魔法システムを構築出来ない小国だ。確実に破綻する」
「流石に一人の為に国家レベルの損害は、与えられないと、言うことですか」
か
皇帝は、そうだ、と、言いため息をついた。
「わしは、息子の思いびとの娘さえ救えないのだよ。帝国の最高権力者のはずなのだがね」
キシリアは皇帝に言葉を返す事ができなかった。
………………
レオン獣人民主共和国。その首都ライガ。その議会院内にて、獣人議会の議長キングは連絡をうけ、喜んだ。
「では、贖罪の令剣が手にはいったのだな」
「はい、対象者はメイシア=フォン=レーヴェルディン。帝国のドラグナー、竜姫士です。魔力は込められていますが、一回の命令しかできません」
「構わん、あの娘をこちらに喚べるようになったら直ぐ使え。あとは、議長権限であの娘を管理する」
「し、しかし、今のところ一回しか使えません。もし、我が国の中でトラグナーが暴れたらどうします? 竜の被害は尋常ではありませんよ」
キングは大笑いした。
「なに、策はある。第一、我が国に何か損害をあたえたら殺せばいい。いくら竜のライカンスロープだとしても、無限に変身していられるわけではあるまい。そこをつけばどうとでもなる。あとは、外交のカードにでも使えばいい。何も問題ない」
キングはニヤリと笑った。
「それに、教授もいることたしな」
…………
夜。ジャス王国王宮。王都は、闇の帳に包まれている。とはいえ、灯りがないわけではない。が、建物から外に出さないようにしてあるだけである。その王宮の謁見の間に、ジャス国王グンデルと、第一勇者(ジャス王国勇者の筆頭)が会見していた。王は、ハーケンにや書類を渡した。
「用と言うのは他でもない。贖罪の令の情報が剣、匿名で我が国に送られてきた。ご丁寧に対象者と能力の情報つきで。詳しくはその書類に書いてある。で、お前にこの処理を任せたい。頼んだ。勇者ハーケン」
満面の笑顔のグンデル王に対し、第一勇者ハーケンは、書類を黙読した。読み終え、渋い顔をする。
「また、面倒な事を押し付けて……グンデル王。」
「こうゆうものを使おうというのが気に入らん。無理やりなドラグナーの行使などな。それに、竜の力が使いたいなら帝国に頭を下げればすむことだ。かといって、他国の、しかも一貴族の令嬢のために王が動くのも対面に関わる。だから、王国の方針どおり勇者に任せることにした」
「方針?」
「厄介事は勇者にまかせろ、だよ」
はあ、とハーケンはため息をついた。
「もし、自分がこれを使って竜をあなたに、いや、王国にけしかけたらどうするのですか?」
「このわし自らお前を倒す。どんな手段を使ってもな。力では負けても、方法はいくらでもある」
ハーケンは慌てた。
「もう、真剣にならないで下さい。自分がそんなことする訳がないじゃないですか。少なくとも、自分の忠誠心はあなたにあります」
グンデルは、ニヤリと笑った。
「まあ、分かってはいる。しかし、勇者なんて人外の生き物を扱っているんだ。多少の覚悟は必要だよ」
はあ、とハーケンはため息をついた。そして、王に背を向けて歩き出す。
「任務了解しました。今すぐ取りかかります」
「もう行くのか? 娘には会っていかないのか?」
「さっき、厄介事をおしつけられましたのでね。この件が終わったら、長期休暇を取りますよ。そのときにじっくり会います」
「……すまんな」
ハーケンは手を振ってその場をはなれた。
ハーケンが、足早に広い廊下を歩いていると、黒目黒髪の少年にであった。よう、と声をかける。
「ひさしぶりだな。リュウヤ。お前もグンデル王に呼ばれたのか」
「お久しぶりです、ハーケンさん、はい、王に呼ばれました。魔物の討伐直後なんですけどね」
「いやいや、新進気鋭、第九勇者に最速で昇格した、リュウヤくん。この調子なら、また昇格するんじゃないか? 自分もうかうかしているれんな。筆頭の座を奪われてしまう」
「いえ、ぼくなんなまだまだです。ハーケンさんに、ご指導してもらわないと」
では。失礼します、と、リュウヤは、走り去った。ハーケンが、王宮の外に向かって歩きだすと、今度は藍色の髪の、目付きが悪い少年が立っていた。
「今日は珍しい日だね。勇者の有望株が二人もいるなんて」
目付きが悪い少年は、むっ、とした様子でハーケンをにらむ。
「あんたも、あの転移者にたらしこまれたか。ざまないな」
「まあね、ただ、才能ある人材は好きだよ。第七勇者ジグルドくん、君も含めてね」
「ほ、ほめても、何もでないぞ。ど、どうせ、お前の地位まで登ってやる。首を洗ってまってな」
「ああ、楽しみにしているさ」
そして、二人は歩き出した。同じ方向へ。
「なんでこっちに来るんだよ!」
「こっちでないと、外にいけないからだけど」
……………
ラナクリム教国首都、教皇私邸。
「さあ、ホリン、今がチャンスよ。アホな共和国がバカなことしてる間に竜姫士をたらしこみなさい。あなたなら出来るわ」
「なにバカなこといっているんだい、怒るよ姉さん。第一、メイシア嬢には婚約者がいる。相手のアルベルト皇太子との仲は良好らしいよ。意味がない」
「あんたこそバカね。メイシア様は囮よ。目的は、え、え、す、さ、ま、よ。私のために一肌脱ぎなさい。男でしょう」
「エース、あの変態と名高い騎士? 狂的なまでのシスコンで、妹を泣かしただけで、街一つ焼き払ったとか、妹の為に母親を叩き殺したとか、メイシア教を立ち上げたとかいわれている危ないやつじゃないか」
「あら、あぶなくなんかないわ。確かに妹狂いらしいけど、わたしに惚れさせれば問題ない。むしろ、武力はすごいし、夫になってくれたら、後ろ楯として最高じゃない。変態と言われているけど、夫婦の間でやることなら問題ないわ。それに、あの方は、世間で言われるほど悪くはないわよ」
「姉さん、何で会ってもない奴に期待するんだよ」
「あら、あんた、覚えてないの? 会っているわよ私たち」
「会っている?どこで?」
しかし、彼女は、いつしか自分の世界へ去っていた。
「ああ、エースさま、早くお会いしとうございます。いつか、こちらにやってくるのを、いえ、わたしの方から出向いたほうがいいかしら」
「それは無理だよ。姉上が行方不明になっているから、ぼくたちの周りはガチガチに固められている。公式行事でも近場の日帰りだよ。ましてや外国なんて無理だよ」
「ほんと、困った姉上。いまだに見つからないなんて……まあ、いいわ、エースさま、必ず捕まえて見せます。そうそう、罠を仕掛けなきゃ。いっぱいいっぱいいっぱいいっぱいいっぱいいっぱい……」
その姉の様子に、ホリンは、恐怖を感じることしかできなかった。
………………
ラナクリム教国
「もう、あきらめたほうがいいだろうな。生きている可能性は非常に少ない。だが、探し出してみせる。姉上、ジークリンテをお守り下さい」
…………
帝国領内某所。
暗闇に、灯りが一つ。そこは、大量の書籍がならんでいた。たぶん、図書館か何かののであろう。なかでは、歌声が響いていた。
「おつさかなくわえたどらごん、おおっかけーてー」
彼女は、本のページをめくった。
「あーあ、もう一月たっちゃった。もう絶望視されているわね」
彼女が、ここに閉じ込められて、一月はたつ。一人では動けないため、誰かの助けがなければここから出られないのだ。
「……生還は絶望視されてるだろうな。ま、も少しまちましょうか。それ以外出来ないけど」
そういい、彼女はまた、本を読み始めた。
「しかし、この本、材質弱いね。古いからかな」
少しこころあたりはあるものの、気にしない彼女であった。
………………
帝国領内、深淵。
深淵の一部、その浅い層にある広大な地下空間。本来危険な存在を封じ籠めるための施設。その球体状の内部のほぼ半分が液体で満たされている。ときおり、天井からは、下水と思われる液体が流れ落ちてきていた。空間の中心には、直径10メートルほどの赤黒い球体が存在している。球体からは、魔力力場が発生しているらしく、液体表面には波打っていた。
空間を埋めているのはスライムである。赤黒い球体は、スライムの魔核である。よくみると、魔核には、いくつも槍状のものが刺さり、ワイヤーで上にある建築物に繋がっている。また、固定具があちこちから伸びており、スライムが身動き出来ないようになっている。
帝国において、スライムの養殖方法は確立されており、水や、魔石、魔力反応素材の供給源として、深淵で、育てられている。しかし、ここまで巨大なスライムは育てない。危険性もコストも高くなりすぎるからだ。
巨大スライムの直上の建築物。その中の一室に、スライムの飼い主がいた。アーカイブ==ディアトリス。皇帝の嫡男である。かれは、隣にいるこの施設する責任者に質問した。
「こいつは、あとどれだけ育てられる?」
責任者は、アーカイブの言葉に、額の汗をふきながら答えた。床は強化ガラスか、それに近い素材でできており、巨大な魔核が肉眼で確認できる。巨大スライムは、固定され、魔力や一部の必須栄養分が制限されてるとはいえ、漏れでる魔力力場はすさまじく、シールドされているこの施設内にさえ、その力を、脅威を感じさせた。
「正直、ここまで大きく育てたことはないのではっきりとはわかりません。ただ、これまでの経験から言いますと、ほぼ限界まて大きくなっていると、思います」
「これ以上は大きく出来ないか」
「はい、これ以上大きくなると、魔力の吸収が間に合わなくなります。魔力が増えると、分裂、もしくはダンジョン化する恐れがあります」
「では、分裂やダンジョン化はもうあり得るのか? それとも、余裕はあるのか」
「まだ、時間はあります。分裂するには二週間はかかるかと。ダンジョン化は三週間ですね。一週間は、余裕がありますが、様子を見ますか?」
アーカイブは、少し考えた。そして命ずる。
「いや、なるべく早く殺処分してくれ。今までありがとう。今後は、通常業務に戻ってくれ」
責任者は、ほっ、とした様子で答えた。
「正直、綱渡りの連続でしたよ。有意義なデータもとれましたが、何度もやりたくはありませんね」
「ま、なるべく作らないようにしたいが」
アーカイブは、部屋を出て、上に上がろうとして足を止めた。前に、一人の男が立っていたからだ。
「やあ、こんにちは、アーカイブ殿下」
「こんにちは、カタナどの、こんな地下深くまで何の用ですか」
「いえ、殿下が魔王級のスライムを育てていると聞いて、拝見させていただきたいと思いまして」
「なら、見ればいい。そこの窓から見る事ができる」
カタナは、スライムを見下ろした。面白そうに、アーカイブに質問する。
「いや、ここまで大きなスライムとは思いませんでした。魔王級とは、よくいったものです。しかし、こんなもの、脅威度はドラゴン並みではないですか?」
「ああ。否定はしない」
アーカイブは、苦笑しながら、窓から下のスライムをみた。
「だが、スライムの養殖は、帝国内では問題なく行われているだろう。こいつはただ、スケールがでかいだけだ。そして、想定できるだけの対策は、すべて打ってある。ロッド=スタッフやパイル=スタッフをなん十本も突き刺して。直ぐ焼き殺せるようにしている。また、この空間の壁面は、鋼鉄と魔力反応合金で装甲されている。理論上は、このスライムが、万全な状態の倍の魔力力場を発生させて壁を壊そうとしても、一週間は200パーセント耐える事ができる。さらに、出入り口は上にあり、スライムが、登ろうとしても相当の魔力力場を必要とする。万一、登ってきたときでも私か財を投じた魔鎧騎隊が常駐しているし、深淵の防衛隊もいる。それに、わたしが常にここに来て、状況を把握している。最悪の場合、父か姉上に対処してもらう。まあ、竜姫士に処分してもらうことになるだろうがね」
「彼女は魔力欠乏症だよ。そんな娘を使うのかい?」
「帝国の切り札は、一枚ではないだろう。まあ、父や、姉上の判断に任せるよ。わたしには、切り札を切る権限はない」
「そこまでして、大きな魔石が必要なのですか。噂によると、移動城塞を作るとか」
その言葉に、アーカイブは苦笑した。
「まあ、そうだな。確かに移動城塞というものだろうな。巨大な魔石を中心に、都市級の複合魔法陣や魔導回路、魔力反応合金や鋼鉄製の装甲を持ち、魔力力場を使用した移動機構を持つ。その意味では間違いない」
だがね、とアーカイブは続けた。
「本来作りたいのは大規模なシェルターなのだよ。移動式の小さな都市機能と言ってもいい」
「都市機能、を、動かす?」
「この間のオークの侵攻、あれでアンスラを奪われ、さらに、奪回したあとでも戦闘による都市機能の低下は未だ回復していない。まあ、まだ数日しか経たないがな。しかし、帝国臣民が苦労しているのは確かだ。このような脅威は、この世界には多い。その対策の一つだよ」
「こんなデカイ物、いくつも作る積もりかい」
「必要となれば、ね」
アーカイブは、カタナに目を向けた。
「軍事関連のほうが、比較的に予算が通りやすいし、早くできる。スライムの養殖も既存の技術の延長。最初だから分からない面もあったが、回数をこなせば安定するさ。最も、次も作るか、作れるかは分からないが」
「自分の為に遣う分で十分だと?」
「何か勘違いしているかい?」
アーカイブは笑った。
「まさか、巨大移動要塞で帝国を支配するとか思ってないかい? もし、そう思っているなら、こんな面倒で非効率的なことはしない。投入した資金を魔鎧騎につぎ込んだり、傭兵を雇うさ。第一、父上や姉上が許可しない。まあ、君も大変だね。僕なんかを警戒するなんて」
「なるべくなら、帝国には安定してもらいたいからね。仕方ない」
「なら、協力するよ。この世界には、脅威が多いからね。人が争っている余裕なんかないんだよ」
その言葉にカタナは戸惑った。そして、真剣な眼差しでアーカイブを見た。
「そう、ですね。なら、お願いします。アーカイブ殿下」
二人は、どちらからともなく手をだし、握手した。
………………
その翌日。帝国内某所。
魔力反応合金と鋼鉄、強化ガラスでつくられた大きな球体。その正面で、カタナは立っていた。彼の視線は、球体の小さな窓にそそがれていた。
「カタナさまあ、また黄昏ちゃって」
先日、カタナにまとわりついていた令嬢の一人が近づいてきた。カタナは彼女を見て笑う。
「やあ、リンデ嬢。よくここがわかったね」
リンデ嬢は、カタナに寄り添い、腕をとる。
「カタナさまあのいるとこならあ、どこでもわかりますう」
「はしたないよ。てをはなしなさい、ジークリンデ」
「んもう。カタナさまあ、その名前は呼ばないでえ。もう捨てた名前だからあ」
「ん、ああ、すまない」
そういい、カタナは目の前の球体を見つめる。リンデ嬢は、そんなカタナに寄り添った。
長い時がすぎ、彼女は、カタナに話しかける。
「あたしい、役に立ちましたあ」
「ああ、役にたったよ。おかげで贖罪の令剣をメイシア嬢に使う事が出来た。これも、リンデ嬢がエースくんとメイシア嬢の気を引いてくれたおかげだ」
「カタナさまあ、の為なら何でもやりますう。だけどお、いいんですかあ。メイシア嬢は、帝国の切り札でしょうう? それにい、あの権他の人にあげていいんですかあ?」
「かまわない。最近帝国はあの二人に頼りすぎだ。変な気にならないように、彼らには、休んでもらわないとね。切り札は、他にもあるし」
カタナは、にやりと笑った。
「あと、帝国の国内の不安定要素は教授と、エースくん、かな」
「エース様、ですか?」
「ああ、単純なパワーだけなら彼が一番怖い。やる事がわかっているからコントロールしやすいがね。教授は複数の計画を同時進行するから厄介さ。位置も特定しにくいし。大変だよ。帝国内の安定の為には仕方ないけどね」
「帝国の、安定?」
「そう。千年ほど平和でいてほしいね。みんなの為に」
そして、カタナは巨大な球体をみつめた。
………………
帝国領内、深淵中心部、黒の核晶。
帝国皇宮地下中心部。黒の核晶は、そこに設置してある。魔力を貯めておく、ただそのためだけの魔石。元々は、大きいとはいえ、ただの魔石にすぎなかった。しかし、帝国が建国してからずっと帝国臣民の魔力を貯め続け、今では巨大な柱となっている。またこの場所も、拡張や移転でおおきくなり、今ではどこまで続くか分からない、黒い巨大な穴となっている。穴の壁面には、螺旋階段があり、途中にバルコニーのような管理施設が設置されている。
そのうちの一つ、イモーダル帝国支部専用監視施設。ここでは、黒の核晶の管理、魔力の供給を行っている。その中の一つにエースたちはいた。アリサは、管理施設の管制所に、エースは、黒の核晶の魔力入出力場にいて魔力を供給している。
「やっぱり、魔力の供給は人の十倍が限界ね。これ以上は、エース様の体か持たないわ。まあ、エース様の消耗を考えず、一瞬だけならいくらでも魔力を供給出来るけど……」
そう呟き、アリサは、エースに声をかけた。
「エース様、そろそろ終了です」
「ああ、了解した」
エースは、しばらく魔力を供給すると、アリサのもとにもどった。その顔はいくらか憔悴していた。
「やっぱり、魔力の供給は、一般人の十倍が限度みたい。これ以上大きくなると、エースに負担がかかりすぎるわ」
「しかし、魔力の供給を増やさないと、」
アリサは、エースの言葉に被せてきた。
「これまでの魔力供給量は、人としては通常の数十倍になるわ。魔力の供給源としては、かなりのものよ。さらに、魔力統括システムに供給する魔力も、含めると、一都市分の魔力を供給しているわ。無理はしないで」
「あと、どれくらい魔力が必要なんだ。アリサ姉」
アリサは、一瞬、言葉をつまらせたが、すぐに答えた。
「今日のように、あと十回は、供給してもらわないとね」
「それで、俺は、美奈のもとに、帰れるのか」
「正直、一回以上は、貴方の世界の確認をしたいわね。あと、時空間調整も必要たから」
「そうしたら、俺は、美奈のところに帰れるのか?」
アリサは、ため息をついて答えた。
「理論上は、可能よ。だけど、あなたはもうあちらの世界では死んでいる。あなたがあらわれても混乱を招くばかりだわ。わかっているの?」
「ああ、わかっている。しかし、俺は、生きている。あちらに行ってなんとかできる。死人にはできないことさ。それに、この世界では俺はいないほうがいいのだろ? 危険物だから」
エースは、自嘲気味に笑った。
「俺も訳がわからない。なぜ無限の魔力を持つ存在なんてなったのか。この世界的には怖い存在だよな。理論上世界を滅ぼすこともできるから」
「確かに、魔力だけなら無尽蔵だわ。でも、あなたは無限大の魔力を持つかもしれないけど、普通の人なのよ。魔力を引き出す前に、あなたの体が持たないわ。世界を滅ぼすなんてことにはならない。あなたが世界を道連れに自殺するつもりでないかぎり、そんなことにはならない」
「世界を滅ぼすことができるのは、認めるんだ」
「嘘は言えないから」
「もし、俺が会った人達が、俺を道具扱いしていたら、そう。思ったかもしれない」
「……生憎、道具扱いするには情が移りすぎたわ」
「メイシアも、アルベルトも、父上も母上も、俺によくしてくれた。なら俺のためにも、皆のためにも、俺が美奈の所にいくほうがいいんだ」
「……時空間移動は簡単ではないわ。場合によっては失敗もありうる」
「それは、それで仕方ない。本来、俺は、死人なのだから。だが、何かできるのに、やらないと言うのは性に会わない。出来ることをやるだけさ。だから、俺は帰る。あの場所へ」
「どうしてもなの? メイシアが悲しむわ」
「メイシアの事を言われると辛い。しかし、メイシアには、アルベルトもいる。父もいる。アリサ姉もいる。でも、美奈には誰もいない。だから、帰らなければならないんだ」
エースは外に向かって歩き出す。
「誰にも、俺のじゃまは、させない」
そんなエースに、アリサは、呟く。
「私は、あなたが、ここに残れたら良かったと思うわよ」
その言葉を聞いたのかそうでないのか、エースは、前を向いて歩く。その足取りに迷いはなかった。




