竜姫は圧倒的なもの
更に一時間が過ぎ、
「このっ!」
いまだ、エースはグラムを駆ってトロルと対峙していた。すでに彼の乗騎は、数多くの損害を受けている。
右手腕上部装甲は剥がれ落ち、魔力反応合金製の内部装甲がむき出しになっている。他の部分も傷だらけ、まともな装甲はは背中のみ。盾も傷だらけで、半分に削られている。大剣こそもっているものの……
「ヤバいねっ!」
今も二匹のトロルが左右から襲いかかってくる。一匹が棍棒でグラムをたたきつけてくる。それを大剣で迎撃するグラム。棍棒と大剣が激突し、両方が砕けた。
「うおーっ!」
「主!」
轟音と共に大剣の砕けた先端が、砦の外壁に突き刺さる。砦の兵士たちは一斉に息をのむ。
その視線の中、グラムは気にせずトロルの頭部に折れた剣を突き出す。トロルの頭部、魔核に突き刺さるも、砕くまでには至らない。
トロルは腕を振り上げグラムを殴りつけた。グラムは軽くなった盾でうけとめる。衝撃と轟音とが重なり、盾は破片をバラまいた。
次の瞬間、グラムは剣を右に振り抜く。破片と共に魔核が再生不可能なまでに砕かれ飛び散る。ほぼ同時にバックステップ。追撃を避ける。
グラムは、微動だにせず、敵の攻撃に対して周囲を警戒しているようにおもえる。
「はあ、ひとまず、ここまで、か、」
しかし、騎乗しているエースは疲労困憊していた。一瞬も気を緩めることなく、4時間に渡って戦い続けてきたのだ。その戦果はトロル17匹。100に対して17の損害率。普通の軍隊ならば撤退指示されるだろうが、
「まだ、逃げないの、かよ!」
トロルの群はいまだ戦意は旺盛。棍棒を振りかざしている。
『主、もうグラムが限界です。一度下がって下さい。武器の補充くらいは出来ますから』
バーンの念話にエースは力無く答えた。
『わかった。グラムを失うよりはましか……』
『そうです。砦のほうに戻ってきて下さい』
だか、そのとき、トロルの集団が一斉に飛びかかってきた。目標はエースのグラム。グラムは、一匹をカウンターで頭をつらぬく。しかし、ほかのトロルの攻撃がグラムを襲う。盾で二回の打撃は防御。しかし、最後の棍棒の一撃はグラムの胸甲に当たった。グラムは衝撃に後退。しかし、次の瞬間、体勢を整え足場を固める。
そして、グラムはクレイモア=スタッフを横一文字に振り抜いた。斬撃と言うより打撃の一撃は、トロルたちを吹き飛ばした。そして、轟音と共に折れたクレイモア=スタッフの先端が砕け散る。破片が辺りに舞い散った。
「ちっ!武器がもう保たないとは……」
バーンは焦った。エースの魔力は人よりは多い。しかしそれより特筆するべきは回復力。魔力を使っても次の瞬間すぐに回復するのだ。ゆえに、彼は魔鎧騎での持久戦は得手と言える。しかし、騎体や武器のほうが保たない。特にスタッフ系の武具は、魔法前提の為、どうしても強度が足りなくなるところがあるのだ。
が、グラムは更に砕けた大剣を振り回し、トロルを牽制。更に魔核を砕いていく。しかし、魔核を砕ききる事はないのかトロルが後退、待機する。
『すまん、無理して時間を稼ぐ。その間に受け入れ準備を頼む。グラムの限界が近い!』
『了解しました。主』
エースの要請に、バーンはそう答えた。そして、マックスと門のそばの兵士に指示した。
『マックスは開門のタイミングを頼む。兵士は門の開閉。俺は、獣化して奴らを引きつける』
そう言い、獣化しようとするバーン。魔力が身体からほとばしる。しかし、
『お待ち下さい。バーン殿。あと15分耐えていただけますか』
念話に割り込んだのはこの砦の指揮官モブスであった。
『何故だ! このままではグラムが保たん。主を失うわけにはいかん』
バーンの剣幕に、モブスは笑って答えた。
『先ほど、使い魔に持たせた帝都への緊急要請が通ったのです。我が帝国の最大戦力が支援にやってきます』
『……もしかして……』
『はい、竜姫士メイシア様、ドラクナーがいらっしゃいます。即時対応して頂けるとの、アルベルト皇太子からの書簡が先ほど届きました!』
『……なに! いかん、念話が繋がっている! しまった!』
バーンは、エースのグラムを見た。目に見えるほどの魔力力場がグラムの全身に展開されている。まるで炎に包まれているかのようだ。
念話がエースからふつふつと伝わってくる。
『メイシアたん! メイシアたん! メイシアたん! メイシアたん! メイシアたん! メイシアたん! メイシアたん! メイシアたん! メイシアたんがくる! この汚物を全部消毒しなければ! メイシアたん! 君が来るまで消毒しつくすからね! ああ、メイシアたん!』
バーンは頭を抱えた。ついでにアリサも。
『エース様! 後退して下さい。グラムの整備大変なんですから! また全損状態を修復なんてイヤです-』
「……無駄だ……」
すでにグラムはトロルの群のど真ん中に飛び込んでいた。大剣を振り回し、盾を振り回し、武器や盾や装甲の破片をばらまきながらトロルを打ち倒す。
連撃と言うより乱打、盾も武器として使用。トロルに大打撃を与え、倒してはいる。しかし、防御は無視している為、グラムの装甲はトロルの集中攻撃を受けている。もっとも、目に見えるほどの魔力力場を展開し、武器を、盾を、自騎を強化し、守ってはいるのだが。それでも完全には防御出来ず少しずつ損傷し、破片が飛び散る。
『なんと素晴らしい! トロルを一撃であんなに倒している!』
モブスはエースの活躍を見て賞賛した。
しかし、バーンにはわかった。エースはトロルを殺しきれていない。確かに大きなダメージは与えている。しかし10分もあれば、トロルは全快し戦う事ができる程度のものだ。時間稼ぎにしかすぎないのだ。
そして、いきなり戦いは終わった。
赤い旋風が砦の上空を通り過ぎた。そして、トロルの大群が炎に包まれる。 更に音と衝撃が砦の上を襲う。が、それは人を打ち倒す程ではない。
砦の人間は、何が起こったかわからなかった。ただ一人、バーンを除いて。
バーンは見た。レッドドラゴンがもの凄い速さで砦の上まで飛び込んできたのを。そして上級魔法のフレイムランスを連射。トロルの魔核を全部狙撃して通過したのだ。
『な、なにが、起こったのですか?』
『妹君、メイシア様がいらっしゃったのです。そしてトロルを殲滅したのです』
バーンは、狼狽するモブスに説明した。
『い、妹君?』
『そうです。竜姫士メイシア様は、我が主、エース=フォン=レーベルデイン様の実の妹君にあらせられます』
モブスが、息を呑む気配が伝わった。
『そうか、どこかで聞いたような名前だと思った。噂に聞いた事があります。狂乱のシスコン、妹狂いの聖騎士……妹の為に笑って一都市殺戮したと』
『それは一部誤解です。まあ、エース様は妹君の扱いを間違えなければイイヒトですから。温厚で優しいですよ』
そう言いながら、バーンは苦笑いしていたのである。
一方、エースはトロルたちの死骸から離れ、グラムの中からはい出てきていた。そして立ち上がる。
エースは仁王立ちした。疲れてはいるが、妹メイシアの手前、情けない姿は見せられない。彼の燃えるような赤く短く刈り込まれた髪は汗にまみれている。やや垂れ目だが端正な顔立ちを前にむけ、疲れきつた中肉中背の均整のとれた身体を立たせている。その身につけた魔物の皮鎧も汗と埃まみれだ。
辺りは木々がまばらに生え、近くには大森林が広がっている。その上には、高速で飛行しエースに近づいてくる。先ほどのドラゴン、メイシアだ。
全長10メートル。しなやかな身体のラインは、翼と手足をつけたランスのにも見える。赤いルビーのような体は生きた宝石のようだ。
やがて、飛んでいたドラゴンは着地。両脚を交互につけ走り出す。その間に翼をたたむ。
走っている間に竜と人の中間形態、ドラゴニュートとなる。全高4メートルの人型の竜の姿だ。首に白い布が巻かれ、スカーフのようになっている。ドラゴニュートは更に小さくなり、白いスカーフが体を包む。魔力反応素材で作られており、竜姫士の形態変更に合わせて布の形が変わるのだ。
そして走ってくるのは、美しい赤い髪の少女となった。
「メイシア!」
エースが爽やかな笑顔でかの妹を呼ぶ。
「にいさま!」
メイシアは長く赤い髪をなびかせ、やや垂れ目の端正な顔立ちに笑顔をのせ、均整のとれた身体を躍動させ走ってくる。
「美菜」
思わずエースの口から言葉が漏れる。
違う。彼女はメイシアだ。美菜じゃない! 妹だ。
エースはそう思いながらも走ってきたメイシアを受け止め、優しく抱きしめる。
「にいさま! 大丈夫? 怪我してない? 遅くなってごめんなさい!」
その体が震えているのをエースは感じた。エースは思った。無理もない。まだ15の女の子。しかも、戦士に向かない優しい子。いくら竜の力があるとはいえ。
「大丈夫、メイシア、助かった。でも無理することはない。戦うのが嫌なら私や父さん、アルベルトの奴に言うんだよ。なに、兄さんも父さんも、ついでにアルベルトもみなメイシアの味方だ」
「……うん、にいさま、ありがとう。あたし大丈夫だよ。時間がないからもう行くね。あたし帝国の“切り札”だから。アル様も早く戻ってこいと言ったし」
「メイシアは、アルベルトが本当に好きなんだな」
「父さまとにいさま以外でメイシアを見てくれたのは、アル様だけだから……」
メイシアは、はにかむ笑顔を見せると、エースから離れ、隣を走り抜けた。
そして、ドラゴニュートへ、次いでドラゴンへ変化し、空へ飛び立った。そして、帝都へと向かう。
エースはメイシアを見送りながら思う。
メイシアは、だんだん死に別れた恋人、美菜に似てくるな、と。
美菜は今、どうしているかな、元気にしているかな、と。
そしてエースはグラムに向かって歩き出す。彼の、まだやるべき仕事へと向かって。