皇帝は、命令を出すもの
ディアトリス帝国宮殿の皇帝謁見の間。奥行き七十メートル、幅四十メートル、高さ十メートルにもなるこの部屋は、豪華絢爛に飾り立てられ、歴代皇帝をして無駄遣いの極致と言わせている。
単純に、魔鎧騎が入る事が出来るように作られただけなのだが。
そこで、エースはただ一人、皇帝と対峙していた。謁見場の所定位置に膝をつき、頭を下げ、微動だにせず、拝謁の礼の姿勢を維持している。
対する皇帝は完全武装の上、近衛兵を配置。正面には盾を持つ重装歩兵が列をなし、両脇には魔鎧騎グラムが五騎ずつ並んでいる。勿論、完全武装。小剣と盾を装備。言うまでもなくスタッフ=ウエポン(魔法の媒体とする事ができる武具)である。
儀礼剣をとりあげられ、丸腰になったエースに対しての警備である。皇帝は、よほどエースを恐れているように見える。
「さて、“妹狂い”面を上げよ」
皇帝は安心した様子でエースを見る。
顔を上げたエースは無表情。しかし、握りしめた拳が内心を現しているようにも見える。
「さて、“妹狂い”エース=フォン=レーベルディンよ」
ここで皇帝はひと息いれた。
「さて、何故、私がお前をここに呼んだかわかるか?」
「わかりません、皇帝陛下」
皇帝は、ニヤリと笑った。
「エース、お前を不敬罪で告訴したものが大勢いる。お前の罪は明白だ。ゆえにお前を罰しなければならぬ」
エースは、不思議そうな顔で皇帝を見た。
「私めが何をしたのでしょうか?」
皇帝は 呆れたように言い放つ。
「昨日のパーティーの際、お前は我に剣を振るおうとしていたであろう。幸い、カタナがあの場にて止めてくれたので大事にはいたらなかったものの……」
エースは首をかしげた。
「あの場に所持していたのは儀礼剣。防ぐ為ならともかく、斬ったり、魔法剣撃を放ったりする事は不可能でしょう?」
「きさま! あの場の状況で、よくもそくもそんな事が言えたな!」
皇帝は、つかつかとエースのそばまで行くと、首元をつかみ上げた。
「ま、もう少し大人しくしろ。流石にあれはやりすぎだ」
皇帝は、それまでの感情が嘘のように優しく言った。
「すいません、つい、メイシアを悲しませたと思うと頭にきて」
「しかたあるまい。アルベルトにかけられた呪いは、魔力、魔法論理構成、厄介過ぎておいそれと解呪できん」
ここで、エースは眉をひそめた。
「しかし、皇帝陛下、このような事、大っぴらに言っていいのか?」
「こう見えても、画像、音声欺瞞の魔道具を所持、使用している。外観は、儂がエースに罵詈雑言を言っているようにしか見えん。しかも、いつものように決まった事しか言わんから、注意もされとらん」
「ああ、いつものお説教兼悪口は、そんな意味があったのですか」
「でなければ、娘や息子の幼なじみにあんな事いうか」
「いや、立場上言ってるのかと」
「あ、後な、メイシアに使われている魔道具、帝国情報部の予想では、“贖罪の令剣”の可能性が高いらしい。かなり厄介な奴だな」
「噂には聞いてます。罪人に使う為の魔道具で、一定量の魔力を封入したら、対象に言うことをきかせる事が出来ると。……」
「情報部によると、やらせたい事や場所、時間にもよるが、効果を発動させる魔力を貯めるのには大体一年位かかるらしい」
「つまり、タイムリミットは一年、それまでに手に入れなければ……」
「まあ、帝国開発局の魔法課においても解析、解呪を命じてはいるが、他の案件もあるし、アルベルトの事もある。比較的原因がわかっていて、対処が可能だからお前に任せる」
「しかし、どこにあるか捜すかあてすらないな……」
エースはうなだれた。さすがにどこにあるかは見当もつかない。
「行方はわかっている」
そんなエースに皇帝はさらりと言った。エースはその言葉に食いつく。
「! どこですか!」
「昨日、特使が本国に戻った。レオン共和国。特使は荷物を抱えていたらしい」
と、ここで皇帝はため息をつき、続けた。
「……あと、こう言ってはなんだが、アーカイブが所持している疑いもある……」
「アーカイブ殿下が!」
アーカイブは皇帝の正妻、皇后の実子である。妾の子であるアルベルトを敵視している。そして野心家でもある。
「さらに、帝国情報局、帝国開発局魔法課の情報も随時連絡する。わかった分の情報はその書類にある」
「まあ、わしはお前の親替わりみたいなところもある。危険なところにはやりたくないが、お前は行くのだろう」
エースは肯く。
「メイシアの為なら、そして、帝国の、
レーベルディン家の為なら何処までも」
皇帝は、肯くと、再び玉座に戻っていった。玉座につくと、エースをみる。
「では、勅命を言い渡す。竜姫士メイシアは竜化が不可能になり、その価値も減った。しかし、それでも他国には価値があろう。よって、お前は他国に渡り、メイシアの婿を探す名目で交渉に応ぜよ。なお、お前がよし、とするならその場で結論を出せ。各国との交渉内容は後から文書にて知らせる」
「非才の身ではありますが、謹んでお受け致します。って、アバウト過ぎませんか?」
「安心しろ。簡単な交渉だ」
そう言うと、皇帝は立ち去った。
その後ろ姿に、エースは釈然としないものを感じたのである。
翌日届いた文書には、
「竜姫士メイシアの婿を国内外から捜しだすこと」
と、だけ記されていた。
エースはただ、黙って机と壁を砕いたと言う。




