竜姫士が目覚めて思うもの
メイシアは、目をさました。
ここは、帝国首都帝宮治療院。医学や治癒、回復、対呪魔法の研究、臨床医療を行う、最高峰の治療が受けられる施設である。
メイシアは、その病室の一室にいた。病院の清潔な服を着て、シーツと毛布、にくるまりベッドに寝ていた。
ぼんやり、とした意識であたりを見回す。隣には、正装のままの彼女の兄がいた。エース=フォン=レーベルディン。通称“妹狂い”。その後には聖騎士だの凶戦士だのばけものだの続く。
彼は今、力無く椅子に座り込んで寝ていた。
メイシアは、ぼんやりと思った。
兄は、わたしを好きなのだろう。常に気をかけてくれている。しかし、世間が言う程狂ってはいない。
わたしを見ているとき、たまに違う誰かを見ている目をしているときがあるのだ。アルなら、完全にわたしを見ているのに。と。
メイシアがエースをぼんやりながめていると、彼がいきなり顔をあげた。そしてメイシアが起きたのに気づいた。
「やあ、メイシア、目を覚ましたのかい。」
「おはよう、にいさま」
ここでメイシアは、ベッドの上に上半身をあげ、頭をさげる。
メイシアは少しふらつくが、かまわすエースに謝る。
「にいさま、ごめんなさい。あんなところで気を失って」
「いや、仕方ない。メイシアは悪くない。悪いのは、他の連中だ」
メイシアは、エースをみつめると、ゆっくりと話かけた。
「アル様は、もう戻ったの?」
エースはメイシアに、さも嫌そうに言った。
「アルベルトもマリクさんもいまここで検査を受けている」
「どこかお悪いの!」
「……いや、単純にいうと、オークになる呪い、もしくは付与魔法を自分一身にうけた、らしい。本来なら、術者は魔法の影響を受けないようにシールドされているんだが……」
エースは説明した。アルベルトは、不特定多数の人間に、オークの形質を長期間付与する魔法をその身一つに受けたのだ。魔力や魔法陣の術式、そして、ブヒブヒブヒの形質もその身に受け継いでしまったらしい、と。
「攻撃魔法とは違い、オークの長所となる身体の頑健さや防御力を上げるための身体的構造を付与する魔法主体だから、耐呪、解除が難しい。解除にも時間がかかり、解除した時にはオークの身体的形質が定着している、というものだ。今解除しているところさ」
はあ、とエースはため息をつく。ちなみに、マリクは無事だったらしい。
メイシアは、はたんとベッドに倒れこんだ。
「で、メイシア、体調はどうだ」
メイシアは、エースを気怠げに見た。
「にいさま、わたしすごくだるい。 ひどい病気?」
「何言ってるんだ、メイシアは病気じゃない。ただの過労だよ」
「……本当の事教えて下さい。にいさま。わたし、何となく解るの。雑なにいさまが看病するなんて、ただの病気じゃないって」
エースは、メイシアの言葉を聞いて、背筋を伸ばし、姿勢を改めた。そしてメイシアに対して説明する。
「メイシア、治療院の医者によると、呪いによる魔力欠乏症なんだそうだ」
魔力欠乏症。身体から魔力が漏れ、慢性的疲労や集中力の欠如などの症状が現れる病気である。もっとも、この場合は病気ではないが。
「何らかのアイテムによる呪いだろうと言う診断だ。アイテムの方に魔力が伝わっているらしい。しかし、魔力の伝達方向が分からない。それがわかればだれが犯人か解るのだけど」
「そう、体がすごくだるい。けど、それだけ、なの?」
「魔力が少なくなるだけだよ。この後はわからないけど」
ここでエースは微笑む。
「安心しろ、メイシア。私が必ず呪いのアイテムを処理して助ける。心配するな」
メイシアはエースの顔を見て思った。
そう、時々見せる顔だと。
「さ、もうお休み。身体がだるいだろう」
「うん、あ、あのうた歌って。面白い歌」
エースは、困った顔をした。
「歌ったら、休むんだよ」
「うん」
メイシアの返事に、エースは静かに歌いだす。
「お魚くわえたドラゴン、おっかけてダンジョン、のりこむ、豪気なザ、サエさん!」
メイシアは微笑む。そして思う。にいさまのこの歌面白い。そして、懐かしそうな、悲しそうな、たまにわたしを見る表情。とても、きれいだ、と。
エースが歌いおわると、アリサが病室に入ってきた。
「あ、アリサ姉さん、お久しぶり」
メイシアが笑顔であいさつする。アリサは元はエースとメイシアの家庭教師だったのだ。
「こんにちは~メイシア。元気~」
「はい、だるいです」
「そう、あまり無理しないでね~」
のんきなアリサに、エースは尋ねた。
「で、何があったんですか? アリサ姉?」
「そうそう、皇帝陛下があなたを召喚しているわ。エース。今から来てちょうだい」
「アリサ姉、わかった。じゃあ、メイシア、身体に気をつけて。無理してはダメだよ」
「……」
エースとアリサは、気怠げなメイシアをあとにし、病室を抜け出した。そのまま皇帝陛下の謁見場へと向かう。
アリサが、声を忍ばせてエースに報告した。
「エース様、やはり薬が横領されていました。不足分を急遽作成しますので、材料を手配して下さい。シノーウ様もそう言っています」
「わかった。すぐに手配する。しかし、困ったね。父上の目をかいくぐるのも楽じゃないのに。多分、あいつが横流ししたんだ。どうなるかわかっているはずだがな」
「しかたありません。目先の欲望には勝てないのですよ。幸い、今回奪われた薬の量は少しですから」
「アリサ姉、間違いだよ。普通の人なら十年分の純度と量だよ。彼女を満足させるには少ないけどね」
「帝国の切り札の一枚ですものね」
エースは、廊下の窓の外の小鳥を見て呟く。
「できるなら、切り札としては使って欲しくないよ。第一、力が強すぎる。魔物の力は。コントロールも難しいし」
エースは、更に外を見て言った。
「切り札の事はあまり話せないね。ねずみもいるみたいだし」
そう言ってふたりは無言で歩き出した。
ところ変わって、エースとアリサがいる宮殿の一角。
「いや、さすがだね、エース」
精悍な印象の男は、一人呟く。彼は、エースの様子を観察していたのであった。
「近づきたくはないが、死にたくもないからな。せいぜい、調べさせてもらうよ」
男は、深い闇を想像しながら、その場を立ち去っていった。




