実際は、アルベルトとマリクの記憶を二人補足しながら話しているもの。
魔法陣の中心で、美オーク、ブヒブヒブヒは、穏やかに話した。
「アルベルト、ブヒは思った。帝国との平和交流が続けばオークという種はヒューマンに食われてしまうブヒ」
「人はオークを食わないぞ? 第一、帝国との平和交流がオーク族を滅ぼす? 逆だろう? 食糧支援は行っている。確かに帝国側の貿易収支は黒字だが、オーク族の経済に大きな影響を与えるものではない。第一、この都市もオーク族支援の為に作られた都市だ。兵力も、他の魔物に対する対策だから。インフラ整備や教育支援も行っている。オーク族を滅ぼすつもりならそんな事はしない」
帝国政策によるオーク族支援は、魔の森に対する対策のひとつ。魔物に対する防波堤として、また生産力を増やす為の半植民地化が目的ではある。が、悪意あるものではない、と、アルベルトは思っている。
「確かに帝国の支援は助かっているブヒ。ブヒの兄もブヒも、オーク族の多くの者も帝国に留学して、今ではオーク族の為に働いているブヒ。また、兄の嫁は帝国の人ブヒ。ほかにもブヒの同朋、オークに惹かれて嫁に来ている帝国民も多いブヒ」
「……何か問題があるのか、帝国民は、良くも悪くもオーク族を滅ぼす意図はない」
「……確かに帝国はブヒ達を支援してくれているブヒ」
ブヒブヒブヒは、穏やかかつ悲しげな顔をしている。
「でも、ブヒ達は、ヒューマンと袂を分かつか、ヒューマンを滅ぼすしかないブヒ」
「何故だ。ブヒブヒブヒならわかるはずだ。帝国国力から考えても敵対したら勝ち目はないことが。第一、帝国とオーク族は良い関係を築いてきたじゃないか」
「そうブヒ、帝国の支援でオーク族の生活も楽になったブヒ。もはや帝国とオーク族は不可分ブヒ」
でもブヒ、とブヒブヒブヒは続ける。
「ブヒの兄はヒューマンと結婚したブヒ。夫婦仲は良いブヒ。暑くてもげろと思ったブヒ。もちろん子供も出来たブヒ。五人」
そして、そのなかで、
「オークは一人だったブヒ。あとはヒューマンだったブヒ。そして医者に相談したら、大概のオークとヒューマンの夫婦がそうだったブヒ」
アルベルトは言葉を失う。
「まだ、オーク族はいいブヒ。エルフやドワーフはほぼヒューマンが生まれるブヒ。種族としては困るブヒ。滅ぶブヒ」
このまま、帝国と交流すれば、オーク族はやがて消滅するとブヒブヒブヒは言う。
「だから、ブヒは思ったブヒ。帝国に大きな混乱を招けば、オーク族と距離をとれるブヒ。そのために、魔力を貯めている戦略級魔法陣を占拠したブヒ。充分な魔力が手に入ったブヒ」
「……攻撃魔法を撃ったら犠牲者は、数十万単位になるぞ」
「……大事の前の小事ブヒ」
「そうは、させない!」
アルベルトは呪文を詠唱し、攻撃魔法を発動させる。勇者の専用魔法を。
「えくす=かりば」
物質、情報、空間、概念、情報などを撹拌、ランダム化し、構造、意識を無効化する魔力力場を撃つ最強の攻撃魔法、えくす=かりば。アルベルトはその魔力力場の槍を撃った。
命中すれば、魔力ごと戦略級魔法陣を無力化できる。しかし、
「えくす=かりば、ブヒ」
アルベルトが放った魔力力場の槍と同じものをブヒブヒブヒがはなった。
えくす=かりば同士が干渉し、消滅する。周囲に衝撃波が走った。
「えくす=かりばにはえくす=かりばブヒ」
だがアルベルトは一枚上手だった。衝撃波をいなして、一気にブヒブヒブヒの間合いに入り、魔法陣の主要箇所を砕こうと剣をふるった。
ようするに、広域攻撃魔法を使わせねばよいのだから、魔法陣の主要箇所を破壊すればいい。そして、破壊するところは沢山ある。
故にブヒブヒブヒは、己の魔力力場全てを持ってアルベルトの剣を受けとめた。
アルベルトの一撃は魔力力場ごとブヒブヒブヒを貫く。致命傷だった。それでも、ブヒブヒブヒは絶命せず、剣をつかむ。そして死力を尽くしてアルベルトの自由を奪った。
「……やはり、……こうなった……」
「ブヒブヒブヒ、何故、わざと俺の剣を受けた!」
アルベルトは、ブヒブヒブヒが防御したとはいえ、動かなかった事に疑問を持つ。
ブヒブヒブヒは、静かにささやいた。
「……もし、……帝国が、……強いなら、……オークに、……すればいい……ブヒ」
ブヒブヒブヒの身体から、光が放たれた。それは立体魔法陣を形成する。そのルーン文字を見て、アルベルトは何が起こるかを悟った。
「これは、ヒューマンをオークにする魔法陣か!」
「……ああ、……これで、何とか……できる……ブヒ」
アルベルトは焦りながら考えた。多分、ブヒブヒブヒの魔法陣は、付与魔法に近いものだ。通常の攻撃魔法に比して抵抗しにくい。
本来、ここにある魔法陣は、ここで発動した魔法を増幅する為のものである。つまり、ブヒブヒブヒはここにいる事で最大範囲、最大威力の魔法を使える。しかも、奇襲なので、対抗魔法の構築も難しい。
「命をかけてまで……」
「……しかた……ない……ブヒ……殺したくは……なかった……ブヒ」
「最初から、こうするつもりだったのか! ブヒブヒブヒ!」
「ヒューマンの……人生を……うばう……ひどい」
アルベルトは、理解した。ブヒブヒブヒは、多くの人を殺したくはないし、ヒューマンをオークにしてしまう事にも抵抗があったと。
だから、命をかけたのだ。贖罪のつもりで。
それでもアルベルトはブヒブヒブヒを許すつもりはない。帝国人民に対する不正な侵害をアルベルトは見逃すことは出来なかった。
「アルベルト! なんだ、この魔法陣は!」
ここで、マリクがやってきた。
「マリク! 話は後だ! この魔法陣を止められるか!」
マリクは魔法陣を見て、首をふる。
「無理だ。何らかの付与魔法? 呪いに近い? これが解除もしくは無力化された場合は広域殲滅魔法が発動するようになっている!」
「何とかする事は出来ないか」
再度言うアルベルト。
「複雑にトリガー同士がつながっていて、外から大きな変更をしたら発動する。術者本人でもないと、変更は無理だ」
「つまり、」
ここでアルベルトは、つぶやいた。
「中からなら、多少の変更が可能だよな」
「なに考えている?」
マリクは、アルベルトの表情に不穏な気配を感じた。
「ブヒブヒブヒが主な術者だが、これだけの魔法、一人では発動出来ないだろう。魔力的にも魔法陣の構成的にも。補助の術者が必要だ。割り込めるはず」
「まさか……」
「俺が補助者枠で術式に侵入し、何とかしてみる。マリクは俺が失敗したときのフォロー頼む」
「なら、私の方が」
「確かに、魔力も、術式制御もマリクが上だが、意志は俺の方が上だ。大丈夫」
魔法とは、魔力を使って現実に干渉する術法の事。色々な呼び方はあるが、基本的には同じ物。
そして、その発動に関して必要なのは、魔力と、何を実現したいかという意志。イメージと言ってもいい。呪文や魔法道具はその支援の為の物。そして、その意志は、よりアルベルトが強固であった。ようは頑固である。
「……や、め、ろ……ブヒ……」
ブヒブヒブヒは、アルベルトが魔法陣に干渉するのを止めようとする。しかし、致命傷を受けているブヒブヒブヒは思うように動けない。
アルベルトは、魔法陣にこめられた魔力、そしてルーン文字にこめられ意志を読んだ。そして、魔法陣に魔力をこめる。魔法陣のルーン文字が何ヶ所か変更された。そして呟く。
「大規模魔法で助かった。何とか発動に間に合った。範囲をオーク族の都市に限定した。これで」
この時、ブヒブヒブヒの、オーク族の魔法陣が輝いた。魔法が発動したのである。そして、その輝きが消えた跡には。
「ぶひ?」
一人の美オークが立っていたのである。
…………
「そんな訳で、ぶひはオークになったぶひ」
「原因はわかりません。オーク族の魔法陣に問題があったのか……」
エースは、思い出したように、自分の右頬を二回叩いた。
「つまり、呪いにかかったようなものか」
オークとなったアルベルトは右頬を二回叩いて答える。
「と、思うぶひ」
「……マリクは信じられるけど、このオークは、ねえ」
キシリアの疑いに満ちた目。しかし、エースはため息をひとつついた。
「いや、たぶん、このオーク、アルベルトだよ」
「なぜ、そんな事が言えるの? エース」
そのキシリアの疑問を、部屋に入ってきた一人の中年の男が遮った。冴えない風貌の男、シノーウは、帝国最高の医者であり、治癒、回復魔法の使い手である。
「と、いうわけで、アルベルト様、マリク様、丁度よろしいので、お二人の検査をさせていただきます」
シノーウは、有無をいわさず、後ろに連れてきた医師たちに命じてアルベルトとマリクを引っ立てていった。
「では、私はここで」
と、カタナも挨拶して退出した。
キシリアが気づいた時には、エースは、アルベルトの後に付いていったらしかった。ひとり取り残された彼女は、事態についていけず、ただ、立ち尽くすだけだった。




