騎士は戦うもの
ディアトリス帝国の見習い騎士であり、侯爵家の嫡男のエースは、思わず愚痴った。
「……まさか、こんな事になるなんて。考えもツカナカッたよ、っと!」
ここは、魔の森と呼ばれる大森林。その中央を貫く大街道。そこから少し離れた開拓者の簡易砦。彼とその部下4人は、旅の途中に補給のために砦に立ち寄った。そこで魔物の群に遭遇したのだ。そして助役をたのまれここにいる。
砦の正面に立ち魔物の群を牽制しているのは、白銀色と赤い塗装の傷だらけの鎧騎士。全高5メートルはあるその巨人は、左手の盾を構え、右手でもっている長大な両手持ちの大剣を振り回す。
剣は、大きな人型の魔物を斬りつけた。と、言うより叩きつぶした。
頭を叩き潰され、倒れる魔物、トロル。長い両腕に短い足。全高4メートルの巨体を持つランクCの魔物だ。
ちなみにランクとは戦力評価を意味する。SからEに分けられ、Sが最も強く、Eが最も弱い。更に数字がつく事もある。
鎧騎士は、一歩下がり、砦の門の前に陣取る。陽は頂点から高く照りつけ、気温を上げる。装甲が熱を帯びる鎧騎士。その中で、エースは一息ついた。
エースが騎乗しているのは魔鎧騎(ルーン=アーマー) 鉄や魔力反応合金、魔物の皮革や骨格、木材などでつくられた巨人の鎧。身体強化の魔法の応用を基礎として動く。
この世界において、人族の最強の兵器と言われるものである。エースが今使っているのは、帝国の主力魔鎧騎(ルーン=アーマー)グラム。中量級の名騎と呼ばれ、ランクAの戦力に該当する騎体だ。
とはいえ、エースがおかれている状況は厳しい。
「何だよ、この数は!」
今彼らが対峙しているトロルは、単独ではランクCの大型の魔物である。群れを作る時もあるが、最大限5匹前後。魔鎧騎(ルーン=アーマー)を持つパーティーなら十分倒せる。
だが、100匹以上もいれば別である。単騎の能力が高くとも、数には勝てない。
その、トロルの大群は、エースのグラムを頭部中央の赤い魔核で見ていた。
魔核。魔物の特徴であり、魔力を扱う器官である。トロルの目は巨大な魔核があるために退化しており、そのため、歪な形の頭になっている。
トロルが一気に攻めてくれば、流石に魔鎧騎(ルーン=アーマー)でも破壊される。しかし、エースはなるべく各個撃破を狙って戦い、トロルに警戒心を持たせる事に成功していた。でなければ、エースは今頃トロルの昼食と化していただろう。
エースはグラムをじりじりと動かし、間合いをつめる。そして、一気に近くのトロル目掛けて飛び込んだ。皮と金属と魔力がたてる轟音とともに。
エースのグラムは飛び込み突きで、トロルの魔核を貫く。と、同時にサイドステップ、他のトロルの追撃を逃れる。が、別のトロルが棍棒を振り回してエースのグラムを襲った。エースは、グラムの左手の盾を構え、力を受け流す動きをする。
唸りをあげて、棍棒が盾に当たった。力を受け流しても衝撃が襲う。エースは、その衝撃を耐えた。魔力反応合金と鋼鉄製の正面装甲が受け流し、更に魔力反応合金が構成する魔力力場が運動エネルギーの大半を相殺した。しかし、それでもグラムはふらつく。しかし、エースは足さばきで転倒を防ぎ、カウンターの突きをトロルに与え、魔核を砕く。
更にトロルの集団がグラムを襲う。それに対し、エースのグラムは大剣を一文字に振り回した。赤い輝きをまとった大剣の斬撃は、何匹かのトロルを吹き飛ばす。
グラムが使う大剣は、魔鎧騎(ルーン=アーマー)用のクレイモア=スタッフ。魔力の媒体となる大剣である。更に魔法玉(魔法印もしくは魔法陣を組み込んだ魔法発動用の媒体)を装着する事により、魔法を登録出来る優れものだ。
ちなみに今は、剣の硬度と耐久性の向上を中心に付与魔法“ブレス”の魔法玉を装着している。剣の損耗を防ぐために選択されている。
単に攻撃力を高める為なら攻撃魔法や魔法剣の魔法玉を装着すればいい。しかし、それらの魔法は魔力の消耗が激しい。魔力の消耗からすると、こちらの方がより長く戦えるのだ。最も別の理由でエースはこちらを使用しているのだか。
さらに、別のトロルがグラムに殴りかかってくる。エースのグラム騎は、左手の盾でカウンター気味に殴りつけた。トロルは魔力力場を展開し、こらえる、しかしエースは盾の魔力力場を展開し、相殺。トロルを吹き飛ばす。その先にいる別のトロルに当たって二匹とも転倒した。
エースはすぐさま騎体に装着していた念話魔法を発動、部下に指示を出す。
「イリス、広域攻撃魔法を頼む。目くらましだ」
「ん、わかった」
イリスと呼ばれた女性は砦の上からロッド=スタッフを構え、発動呪文を言い放った。
「フレイムブレッド!」
上級魔法発動呪文の詠唱と共に、ロッド=スタッフ、魔法発動専用の杖から深紅の炎弾が形成され、トロルの群へと撃ち出された。
炎弾はトロルに直撃し、爆発した。 そして、周辺部の可燃物を燃やし、一時的に炎の幕を作る。
直撃したトロルは焼きつくされ、動きを止める。しかし、炎に焼かれた他のトロルの被害は軽微だ。
「ん、やっぱり広域魔法だと、周りの奴へのダメージあまりないね」
「ちっ! わかっているけどな。トロルの魔力力場は厚いからな」
魔物や魔鎧騎(ルーン=アーマー)には魔力力場があり、外部からの攻撃を軽減する。さらに、遠距離攻撃は魔力力場に軌道を反らされて命中しなくなる。石弓や銃などの効果は薄くなるのだ。
炎の中、トロルが一匹突出。グラムの攻撃範囲外。エースはとっさに叫ぶ。
「アリサ姉、狙撃たのむ」
「ええ~、あたしが攻撃に参加するとあとがこまる~」
「つべこべ言わず撃つ!」
「了解~」
アリサは、砦の城壁からロングロッド=スタッフを構え、攻撃魔法を放つ体制にはいる。そして、発動呪文を言い放った。
「ゲイルランス!」
風が渦巻き、真空の槍を形成、トロルへと飛び立つ。大気の歪み以外に視認できないため、あっさりとトロルに命中。しかし、トロルの魔力力場が干渉し、威力が弱まる。
それでも上級魔法にあたるので、魔力力場を貫通し、トロルの魔核を砕く。
「あ~あ、魔石が砕けた~。しかも上級魔法なのに一匹しか倒せない……」
念話を通じてアリサのぼやきがエースに聞こえる。
「アリサ姉、ありがとう。引き続きグラムがとりこぼしたやつの狙撃頼みます」
「え?」
アリサは、呆けたような声をだす。
「イリスも貫通系の炎魔法、上級を頼む。トロルが単体で突出したら頼む」
「ん、でもあと5回撃てればいいほう」
「それでいい。バーンとマックスは砦の門を死守」
「主、いいのですか?」
従者であり、遊撃士のバーンは心配そうに念話を繋ぐ。
「とりあえず持久戦だよっ!」
エースはグラムを動かし、不意打ちしてきたトロルの攻撃を盾で受け流す。魔力力場がぶつかりあい、金属同士をぶつけあうような鋭い音がした。
「主、まさか、まだ戦うつもりですか? すでに三時間は戦っています! 一度後退して下さい」
「しかし、トロルとちょくせーつ、対峙できるのはっ! グラムしいか! ない!」
エースは、グラムのクレイモア=スタッフでトロルの棍棒と打ち合う。二合、三合、四合と激しくぶつかり合い、そのたびに魔力力場の干渉波の輝きが辺りに広がる。
「でもっ、なんとかっ、もすこし、まびき、してから、撤退、するよ!」
エースは、トロルと戦いながら説明する。
「主、グラムにも限界があります! それにあなたも連続で戦っているじゃないですか!一時休憩を!」
遊撃士のバーンは、エースを心配し、進言した。
「まだ、たたかう、よゆうは、ある、よっっと!」
何合も打ち合い、隙をみて、トロルの魔核を打ち砕いた。と、同時に後退。敵の追撃を避ける。
さらに砦の上からイリスの上級攻撃魔法が撃たれた。炎の槍が命中し、トロルの一匹が魔核を貫かれて倒れる。
「あと一時間戦って砦に入る。大丈夫、私の魔力の回復力は知っているだろう」
「主、確かにあなたは、魔力の回復力だけは人外レベルですが」
バーンは、自分の主が意見を替えない事を悟り、頭を振った。そして叫ぶ。
「あと一時間だけですよ! それとグラムの損耗は抑えてくださいね」
「ありがとう! みんな、あとの取りこぼしはたのんだ、よっっと!」
トロルが岩を持って殴りかかってきた。エースはグラムを回避させながらクレイモアスタッフを振り回させる。空気を裂いてトロルを襲うが、岩で受けられる。しかし、岩ごとトロルの腕を切り裂いた。さらに上段からの切り下げ。トロルは後退し斬撃はとどかない。
そこへ、別のトロルがどこかで引き抜いてきたのか、自分の全高の二倍の木を持って現れた。クレイモア=スタッフの間合いの外。しかし、砦から撃たれた中級攻撃魔法の炎弾が命中、炎に包まれる。魔力力場がトロルを守る。しかし、木までは魔力力場が働かないのか燃え広がる。そこにエースのグラムが突撃。魔核をクレイモアスタッフで貫いて、素早く後退。敵の追撃を警戒する。
腕を切られたトロルはうずくまっていたが、やがて立ち上がった。その腕は修復されている。その隣では、魔核を修復しているトロルがいた。流石に急所なためか治るのに時間が かかるらしい。
魔物は、魔力を介して短時間で身体を修復する事ができる。その為、多少のダメージを与えても倒せないのだ。体組織を復元不可能にするまでたたきのめすか、魔核を砕き潰すしか、倒す方法はない。
「ま、二割も倒せば撤退するだろう」
エースはつぶやいた。どんな生き物でも死にたくはないし、たった一騎に倒され続ければ、戦力差があると思うだろう。そしたらトロルたちも逃げるさ。
エースは、グラムの大剣を振り回しながらそう思った。
トロルの一匹が大剣の一撃を受ける。
戦いは続く。