徹の親戚
…ポーン ピンポーン ピンポーン
ん…んがっ!?
「こんな朝早くに誰よ?…」
あくびをしながら紀代美は寝床から上半身を起こしたが、時計は11時過ぎを示していた。
「はいはいはい しばらくお待ちくださーい。」
そう言うと、慌てて洗面所へ駆け込み髪型や顔を素早く整え玄関へと向かった。
「お待たせしてすみません。」
と玄関の引き戸を開けると、そこには、白髪頭にひょろっとした体格、徹と同じくらいの歳に見える男性がいた。
「失礼ですが…どちら様ですか?」
「こんにちは。 貴方が袴田さんですか?私は徹の親戚の丸山穣といいます。昨日、市役所の斎藤さんから連絡を頂いて今日、こちらへ伺ったのですが。失礼ですが、徹とはどういった関係なんですか?」
「徹とは…知り合いと言うか友達でしたが。」
「そうですか…その、どういう訳でこの家に泊まったりしたのですか?」
何だ?こいつ…私がこの家に泊まられるのが不満なのか?いや…普通に考えれば知らない家に泊まるというのは変か…
「はあ…徹が何故自殺したのかが気になって、色々見ていたら遅くなってしまったのでつい斎藤さんに御願いしちゃったんです。ホテル探すのも面倒だったし…あ、別に金目の物を取るというつもりは…」
「当たり前でしょう!!」と穣が声を荒げて言った。
「まあ、袴田さんは悪い人ではなさそうですけど…友達の家とは言っても他人の家なんだから、あまり余計な事はしないで下さいよ!! 何かあったら私に連絡してください!!それでは。」
連絡先を書いたメモ用紙を玄関の靴棚に置くと、そそくさと帰っていった。
あれが徹の親戚か…でもあの様子だと徹が残した手紙なんて知らないよね…
「穣…だっけ?
何なのあれ!?まるで私が徹の財産か何かを取りに来たんじゃないかって…え?まさかねぇ…徹の財産?そういうの聞くような事でもなかったし…でも穣のあの言い方、私に知られたくない事があるような。」
その時、紀代美の頭の中に
無念 晴らして
徹の手紙に書かれていた言葉が浮かんだ。
「徹 穣との間に何かあったんだ。それは他の人には知られたくない事なの?」
知られたくない事…何なのだろう…紀代美は昼食の準備をしながら色々と考えていた。
徹が知られると困る事?だとしたら、穣が家の中を見られる事を快く思わないような言い方をする訳…
「やっぱりそうよ!!」
紀代美の考えは一つにまとまった。
穣には、徹が自殺した訳を親族以外に知られたら困る事を知っているに違いない。
昼食を済ませると、紀代美は手掛かりを探すために家の中を探し始めた。
既に梱包された段ボールの中や徹の部屋の中、思い付く処すべて探して見たが手掛かりに結び付く物は見つからなかった。
「ふーっ」タメ息をついて紀代美は顔についた汗を拭った。
ふと窓の外を見ると、既に薄暗い景色が広がっていた。
「もう、こんな時間なの?夕食…またコンビニ弁当かなぁ?イヤイヤイヤ私的には流石に連チャンは…」
そう言えば昨日、タクシーに乗った時に居酒屋が駅前にあったような…
「よし!!今夜は居酒屋で何か美味しい物を食べよう。」
徹の家から歩く事10分程、賀来駅前にある居酒屋に着いた。それは三階建のテナントビルの一階にあった。
カウンター席に座ると「生中と…つくね・皮・砂肝 あっ塩ね!!塩」 と注文し、出された生ビールに口を付けた時、奥の小上がりから聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「…ったく、あの女は何なんだ!?徹の彼女でもないくせに家にあがり込んで泊まってんだぜ!?」
思い出した…この声は穣だ。
「で、その女どうせ徹の友達って言うんだからブスなんだろ!?」
どうも、もう一人相手がいるらしいがその話に紀代美はイラッと来た。
「それが、スゲー美人だったんだよなー!!ま、徹の事だからどこかの風俗店の女なんだろ!?」
「ギャハハ!!ウケるなそれ
!!」
「だろ!?徹にはお似合いだ!!ヒャハハハ!!」
紀代美は怒り爆発寸前だった。
だが、紀代美は感情をどうにか押さえ込んで早めに食事を済ませた。押さえ込んだ怒りで何が口に入ったのか解らない状態だった。
会計の際、申し訳なさそうに店員が「他のお客様がうるさくて不快な思いをしてしまい申し訳ありませんでした。」
感情を押さえ込んで食事をしていた紀代美のただならぬ異様な雰囲気を、その場にいた店員や店長 一席離れて呑んでいた客が感じ取っていたのだ。
「もし良かったら、これに懲りずにまたお越し下さい。お待ちしています。」
「ありがとう。機会があったらまた来るわ。」
そういうと紀代美は居酒屋を後にした。
「ヒャハハハ!!」
穣の品のない笑い声が、僅かではあるが外にまで聞こえていた。
あの時、どれだけ怒鳴り付けてやろうかと思った。
オマエなんかに徹の事を馬鹿にする資格なんてない!!徹の方がお前よりも遥かに素敵な男だ!!
「まったく…穣達のせいでせっかくの酒が不味くなっちまったよ…クソッ」不味い酒になってしまったからか、紀代美の不機嫌は寝床に入っても明け方近くまで続いた。