明晰夢
初小説です。さらりと読めるよう心がけています。
遅筆ですが、どうぞよろしくお願いします。
橋本幸太は悩んでいた。
いや、彼は健全に生きてきたつもりだろうし、何かに追われるような秘密を持っているわけでもない。突出した秀才でもないし、超人的な身体能力を持っているわけでもない、ただの平凡な高校生だった。
そして、ただの凡人であるが故に、悩みという深刻な悩みは無いが、それにしても先ほど腹に詰め込んだ夕食が十分に消化される程度に、長い間目を閉じていた。
「何か、楽しいことないかなあ」
基本的に他人任せである彼は、一日数回、どこであれ、この台詞を吐くのだった。友人達との登下校、夕食の家族団欒、果ては遊びに行った先のカラオケ店のマイクからも同じつぶやきが漏れた。
「そんな簡単に思いつくものでもないかぁ」
高校二年目の4月は半ばを過ぎ、新しい生活にも慣れを感じてきた。授業の進み具合も一年前は異なり、常に必死でなければ振り落とされる。「受験勉強」などは考えたくもない。最低限はこなすが、最大限の努力はしない。生きることに飽きた。なんてことは、この年齢で考えたこともないが、何とも言えないノスタルジーを感じる日々を過ごしていた。
今日もまた、いつものように唯一の癒やしである、自室のベッドに横になっていた。何かが、ふと空からぽとりと落ちてくるように、ひらめきがあるのではないか。淡い期待に、暫くの間目を閉じてみたのだったが、しかし、結局は眠ることも、悩みが晴れることもなかった。
「楽しい……。楽しいって、なんだろ」
午後の23時も過ぎた頃合いか。と、左手を伸ばして、スマートフォンの画面を覗く。
「自由に、何でもできるようなアイテムがあればいいのに。なんでも言うこと聞いてくれるロボットなんかが、机の引き出しから出てこないもんかなあ」
画面を右手で無造作にすべらせると、特に何をするわけでもなく言葉を調べ始めた。
文明の利器は彼の求める、求めないに関わらず、その情報を一瞬で整列し、その言葉に関連付けた全てを表示した。
「夢。夢か」
夢の定義、夢占い、夢の叶え方。夢に関連したすべては、彼の心のわだかまりを払拭するものではなかった。彼が求めていたのは、もっと他人任せで全能的なものだったからだ。
「明晰夢?」
一つの言葉に意識が集中した。
どこかで聞いたことがある。なんでも、自分の自由にできる夢。夢のなかで、夢と気づくことで、夢を自由に操れるらしい。
――これだ!
と、彼は心の奥底で叫んだ。
「明晰夢を見るのに必要なことは……」
いつにも増して集中しながら文章を読み込む。
「すぐにできる。ってわけでもないのか。夢日記をつけるだとか、長続きしなさそうだしなあ」
彼はため息混じりに左手に持ったスマートフォンを下ろそうとした。しかし、一つの言葉がそれを止めた。
「夢が夢だと気づく合図、か。」
夢の中で夢と気づく前に、その合図をどう思い出すのかと彼は苦笑したが、まずはやってみようと決めた。
「人間の体をしてるとも限らないし。何がいいかな」
前は魚になった夢を見た。と思い出す。手足のない動物であれば、体をひっかくなどは難しい。
「唇でも噛んでみるか。それならできそうだし、痛みで気づくだろうし」
頬をつねるだなんて漫画じみてる。と、付け足して、彼は心に決めた。まずは唇を噛む。それが明晰夢に入る鍵になる。
「でも、どうするかな。自由な夢を見て、何をするか。いや、ナニをするのか。……最低だな、俺。ああ、いや、最高か。最高だよ」
あわよくば。と、男子高校生なら誰もが理想に描くハーレムを心に刻み、彼は強く決意するのだった。叶うならば、初恋のあの子と。と、付け足して。