案内【愛であり哀である】
宜しくです
魔王と勇者を不本意ながら退治したオレ(実際は精霊王たち)たち。
当然、周囲は依然としてザワザワしている。
……で、時折
「キャー。 フレイさま素敵」
「アクアさま、その冷たい目で俺を見下ろして下さい」
「アスナさま、お兄ちゃん(もしくはお姉ちゃん)と呼んで」
「シルフさま、カッコイイ」
「カルマさま、お姉さまとお呼びしてもいいですか」
「ヒカリさま、俺をハリセンで叩いて下さい!」
など、聞こえてくるが無視する。
そこにオレの名前が入っていないのは気にしない。
一応、オレも魅力が528あるんだけど……と内心で少し思っても口にはしない。
そう、気にしたら負けなのだ。
気にしない、気にしない、でもやっぱり少し気になる。
そして少しだけ傷つく。
ただ、これだけは分かる。
もう誰も魔王や勇者を過去の人にして、すでに忘れ去ってしまったことを。
で、この雰囲気の中、挨拶をするのは非常にツライものがある。
「……皆さん、すみませんが、私の話を聞いて下さい」
オレが半分聞いてないんだろうなと諦めながら、話す。
案の定、誰もオレの話を聞いちゃいない。
真剣に聞いているのは身内(精霊王たち)くらいなものだ。
集まった人達は、精霊王を見て話をしている。
仕方ないと思いながらも話を初めようとすると、アクアがブチキレタ。
「何故、コタロウさまが話をされているのにあなた方は、聞いておられないのですか? ウフフ……それとも永遠に土の下で聞きたくても聞けないようにして差し上げましょうか?」
周囲の温度が一気に下がり、話す声がピタリと止まる。
そして、アクアが
「コタロウさま、どうぞお話下さい」
「出来るかーっ!」
こんな雰囲気のなか、オレに挨拶をしろと言われても無理だから!
「まだ聞いていない方がいるんですね?」
アクアがそう言うと、集まった人達が周囲を見回して、自分たちの中で聞いてない人を必死で探す。
で、探し終える(誰も当然話す人なんていない)と、何故か「気をつけ」の姿勢になって聞く準備というか、一言も聞き逃すまいと(聞き逃すと命の保障がないと考えて)目を閉じている人達すらいる。
アクアが満足げに
「準備が出来たようです。 どうぞ、コタロウさま」
「……ヒカリ、ハリセンを」
「はい、ハリセン」
【スパーン!】
オレは、アクアをツッコミを入れる。
良い音がなり響いた。 さすがヒカリのハリセンである。
「えっ……。 コタロウさま?」
「オレの哀(戦士)のハリセンだ」
「あ、愛……。 もっと私に愛を下さい!」
まさかの展開だ。
……。
「……また、今度な」
「はい!」
アクアがオレの愛を……愛じゃないから。 哀だな、これは。
とりあえず、オレが話さないと進まない。
オレも気が進まない……。
「皆さん、シルフに急に呼び出されて戸惑われておるかもしれませんが……」
【シーン……】
「魔王や勇者が現れて、大変戸惑っておられるかもしれませんが……」
【シーン……】
「私の話を聞いて頂けませんでしょうか」
【シーン……】
……。
静寂が支配するというのは、この事だろうか。
皆さん鬼気迫る表情で話しを聞いてくれるのはありがたいが、オレにとっては非常にプレッシャーとなっている。
一世一代の晴れ舞台でも、これから戦いに出征する為の演説でもない。
ただ、そう! ただ異世界団地で面白い娯楽小説を書きましょうね♪ というキャッチフレーズみたいなのを言うだけなのに、まるで家族を守るために死に行く戦いの前のような雰囲気を醸し出している。
もうオレも覚悟を決めるしかない。
「私は異世界から来た!」
沈黙が痛い。
誰かツッコメよ。
「そうだ。 コタロウは異世界から来た」とフレイ。
「そうです。 コタロウさんは私の為にこの世界に来たんです」それは違う、アスナ。
「なんだってー。 シルフの為じゃなかったの」お前の為でもない。
「静かに聴きなさい」そしてフリダシに……。
「私の世界では、難しい本もいっぱいあったが、娯楽の本もそれ以上にあった。 だが、この世界には娯楽の本が少なく、一般の家庭でもあまり読まれていない!(と思う、多分ね)」
皆がウンウン頷いている。
うし! イケル。 アクア邪魔するなよ。
「皆さん、だ【スパーン!】」(ポッ! 愛……)
「そこで、私は娯楽の本をこの世界の人々に普及させる為に、皆さんを集めて貰ったのだ。 食事や賃金、生活の全ては私たち(精霊王)が面倒をみる。 だから私に力を貸して欲しいのです。 お願いします」
とりあえず、言ってみる。
実際、誰も断われない(アクアや精霊王が怖くて)が、何事もポーズは大切だ。
生活と賃金を保障し、さらに今後の生活する拠点を見せる。
「先ずは、住むところを見て下さい」
オレが皆を先導することにした。 これで旗があれば、立派なバスガイドだ。
集まった人がゾロゾロとじゃなく、兵隊さんみたくキレのある動きで付いて来る。
「こちらで履物を脱いでもらいます」
広い玄関で靴を脱いで、下駄箱に入れる。
「皆さんも私と同じ行動をして下さいね」
「はい!!」
素晴らしい返事だ。
まずは1階の風呂場に案内をする。
「こちらの場所が、お風呂場となります。 こちらで日々の疲れや身体と心の汚れを落として貰います。 ちなみに、こちらは何時でも入ることが出来ますので、小説で疲れた時や寝る前にサッパリしたい時にオススメです」
「すみません、何となくは分かるのですが、もう少し詳しくは教えて頂けませんか?」
「わかりました。 あとでミノタウロスさんに話をしておきますので、その時に詳細は聞いてください。 あ、ミノタウロスさんは通称ミノさんで、みなさんの食事の中の美味しい牛乳と野菜と果物を作っている方ですので、失礼な態度をとると食事が減るので気を付けてくださいね。 まあ何か問題があればアクアの個人面談があるので、受けたければご随意に」
質問を受け付けたが、男性と女性の2度も説明をするのが面倒だ。 ミノさんに丸投げだ。
亜人で、故郷を追われたっぽいミノさんを差別すれば、アクアとの楽しい時間が待っていると話をしたら、皆様顔を蒼くしていた。 これで問題を起こす人がいないな。
「次に、こちらの部屋です。 こちらは運動をする部屋になります。 こちらで小説を書いて少しイライラするなどの鬱憤を身体を動かして発散するという部屋です。 ここで身体を動かすことで気持ちを切り替えます。 運動不足解消の為にも1時間は、ここで運動する事をオススメします」
そう言って、縄跳びを教えたり、ベンチブレス、器具を使った腹筋トレーニングやサンドバッグのやり方を教える。
他にも、ミノさんの畑仕事を気晴らしに手伝うこともオススメすると、「なるほど~」と言いながらウンウン頷いている。 アクアは聞いているのを確認しているので今回は何も言わない。
「あとこちらが、温水のプールです。 あまり広くないですが、泳ぐことが好きな種族の方も中にはいらっしゃると思い、小さいながらも作りました。 一応、外にも川があるので見て下さい。 両方とも水の精霊王のアクアが精製した水ですので、そこいらの水とは違います」
そういうと、「おぉーー!」という声が聞こえたが、アクアが一睨みすると、静かになった。
「あとは、気分転換とコミュニケーションの為に、ビリヤード台と卓球台を用意しましたが、こちらは後日、みなさんが落ち着いた頃に説明をします。 次にこちらです。 書庫置きです。 まだ少ないですけど、徐々に量を増やしていき、皆さんの小説を書く上で幅を付けていただきたいです。 こちらは自分の部屋に持ち出し禁止とします。 隣のリビングルームか、あとでこちらに机とイスを用意するのでここで読んでください。 机とイスの分からない方もいると思いますが、後で部屋で説明をするので、軽く聞いといて下さいね」
と、話が一終わりしたので、少し休憩にすることに。
一時間後にここに集まることにして、ジムや書庫を自由に見てもらうもよし、ここでのんびり時間を過ごすもいいことにして解散をする。
その間にオレは、隣に住んでいるミノさん所に行って、料理を出来る人を確保し、今いる人数分の料理を作ってもらうようにお願いをする。
当初は、オレが作ってもいいかな、と思っていたが、ハードルの高さが跳ね上がった挨拶に精神が疲れた。 もう面倒という事でお願いをした。
そしてオレも塔に戻り、少し休憩することに。
アクアにチート水を作って貰い、のんべんだらりとベッドの上で過ごす時間は至福である。
もう少ししたら本を読みながら、1日中、最高のベッドでゴロゴロ出来ると思うと、今日の辛さにも耐えられるもんだって思う。
至福の日々を手に入れるには、努力を怠らな……いと思うかもしれない。
さて、そろそろ時間だ。
ベッドから動きたくないが、そうも言っていられない。
みんなを引き連れて、先ほどの団地へと向かう。
部屋に入ると、何やらガヤガヤとジムやら書庫で各自楽しんでいるようだ。
「はい、集まって下さい。 皆さん、そろそろお腹が空いたと思われるので、横にある食堂に行きます。 こちらですが、まだ管理人さんがいないので、今回はミノさんに料理を作ってもらいましたが、管理人さんが出来次第、その人に毎食作って貰います。 ただ自分で作りたい時もあると思いますので、その際には、一言伝えてくださいね。 また材料は、一通りあるのでご自由に使って頂いても構いませんが、大切に使ってくださいね。 では、案内をします」
ちょこっとザワザワしつつもオレの後に付いてくる住民候補さん。 アクアがザワザワした時に何か言わないかとヒヤヒヤしていたが問題なかった。 とりあえず、頭を撫でておく。
「はい、こちらが今日からしばらく料理を作ってくれるミノさんです。 では皆さん、こちらのイスに座って下さい。 わからない方もいらっしゃいますと思うので、このように腰かけます」
見本を見せて、座ってもらう。
ミノさんが小声で「聞いていませんよ……」と言ったので、「特別にアスナ特製の水筒という便利な物をあげますので」と言い、反論を封じこめる。 無論、ミノさんは「そう言ったつもりではないんですが……」と言いつつも嬉しそうだ。 とりあえず忘れないうちにアスナを呼んで、水筒を作って渡す。 使い方は後で聞いてくれと伝える。
「皆さん、座りましたね。 今日の料理は肉野菜炒めとスープとパンです。 本日は量と時間がないので、おかわりはなしですが、今後は少し多めに作って、おかわりなど自由になります。 では皆さん、食事を食べ始めて頂いて結構です」
と、挨拶をしてオレも食べてみる。
まず肉野菜炒めから。
味付けは少し薄いが、キャベツの甘みと肉の旨味が出て美味い。
この世界は、一般的にウスターソースみたいなので味付けされている。
オレ的には、もう少しソースかけて欲しいけどね。
またスープもやはり薄味で塩のみだが、素材の味が活きてこれまた美味い。
具材はイノシシもどきの肉とキャベツと人参と玉ねぎだ。
皆も美味しそうに食べている。 時折「美味い!」とか「この料理を毎日食べられるんだ」とか声が聞こえてくる。 よし! 胃袋の掴みはOKだ。 ただ皆の衆、ミノさんは管理人じゃないから、毎日じゃないけどね。 一応、さっきも新しい管理人って言ったしね、自分に不利になる事は言う気はない。
と、食事が皆終わったので、お茶を出し、台所の説明をする。
ちなみに冷蔵庫はないが、食料庫はある。 床下収納が幾つかあって肉、野菜、魚に分けられてあり、そこに材料がドサっと入っている。 ちなみに穀物は、積まれている状態だ。
台所の流しや釜戸辺りも説明する。 本当はガスコンロを置こうかと考えたが、それに慣れると後々ここを出て行った時に苦労するかもしれないと思い、設置しなかった。 その為、台所から勝手口があり、そこに薪が積まれている。 で、その近くには生ゴミから肥料を作るアスナの魔道具があり、使い方を説明する。
食堂の説明が終わったので、お茶や食器の片付けを教える。 当然、食べたら片付けなければならない。 ただ、何かもう皆さまが団地の住人になる方向だったので、食器を洗い、そのまま食器を持って貰うことにする。 何故なら食器は各自、自分で保管するからだ。 そうする事によって管理人さんの手間が減るし、台所も広く使える。 また自分の食器だからキチンと洗うと考えての事だ。
食器を持って、2階へと移動する。
ガチャガチャと食器を鳴らしながらの移動である。 落とすなよ、後片付けが面倒だから。
2階に行き、とりあえず近くの部屋に入る。
「はい、こちらが家族の方やカップル専用の部屋になります。 まだ皆さん、お子さまがいらっしゃいませんが、ここで出来ても大丈夫なように、壁が少し厚くて隣にあまり音が聞こえないようになっています。 こちらは大きい部屋1つと、小さな部屋一つと家族でここに取れるように台所とトイレ、お風呂が付いています。 とりあえずこの階の自由にお部屋を見て下さい。 1時間ほど時間を取りますので、その間は自由にして下さって結構です」
と、解散をし、塔に戻る。
疲れた。 人に説明やら案内をするのが慣れていないので非常に疲れる。
本当なら1時間というか10分程度でいい見学だが、オレが疲れたから1時間ほど、自由時間を取ることにした。
塔に戻って、少し昼寝をする。 疲れた時はこれが一番いい。
あの水も良いが、今オレの求めているのはちょこっと違うのだ。
で、1時間後。
頭がスッキリしたので団地に戻る。
「はい、みなさん。 集まって下さい。 とりあえずこちらに住む人も、そうでない人も一度こちらの団地を説明をするので、3階に付いて来てください」
3階に行く。 当然、階段である。
3階に着くと、手前の部屋に入る。
「はい、みなさん。 こちらが1人で住む方用の部屋になります。 先ほどの部屋と違い、トイレとお風呂は備え付けられていません。 トイレはこの階の西側にあります。 で、お風呂は1階のものを使って頂くことになりますので、ご了承ください」
と、オレが言うと「そりゃ、あんだけの風呂が1階にあるんだから文句はない」とか「同じ階に、いや外に出なくてもいいんだ」と肯定的な声が聞こえた。 どうもトイレは、臭いが気になるので、一般的にこの世界では外に付けられているようだ。 その為、外に行かないで用を足せるというのは、とてもありがたいとの事だ。
「で、こちらにも小さいながらも台所(小さな釜戸と流し)と、机とイス、物を入れる押入れがあります。 あと寝具もあるので、生活をする分には困らないと思いますが、何か必要なものなどありましたら、管理人さんに言って下さい。 ある程度でしたら大丈夫だと思います。 ちなみに管理人さんが見つかるまでは、ミノさんに言って下さい」
すまん、ミノさん。 係りになった人のは何かアスナからプレゼントさせるから許してチョ。
とまあ、初めに魔王と勇者が現れた以外では、ほとんど想定内に出来た。(魔王と勇者の時点で想定内とは言いがたいが)
アクアが怖いのか、思ったよりも住み心地やら、小説やらに興味を持ってくれたのか全員、入居になった。 場所で何やら少し揉めそうになったが、フレイがちゃちゃっと、それはすごく適当に部屋を分けた。 勿論、反論は一切なしだ。 何故なら命は1つだからだ。
今日から一週間は、この仕事についての説明(アクアに依頼した)や1階の詳しい説明(フレイに依頼した)と、この辺りの説明(ミノさんに依頼した)で時間を取り、来週というか7日後から執筆をして貰うことになった。
とりあえずオレは、今日頑張ったのでこれから一週間程、塔でゴロゴロするつもりだ。




