私の理由
レイさんの悩みというのは、彼女の恋人――司書さんが、本当に自分の事を好きなのかどうかわからないというものだった。まるで自分を通して、他の誰かを見ているのではないかと思う時が多々あるらしい。
「――と、いうことです」
「ふーん。それで、どうかしたの?」
私の目の前で、ケイさんは紅茶をくるくるとかき混ぜる。その顔には前に会った時と同じ、ふわふわとした笑顔が張り付いている。
レイさんを事務所に連れて行った翌日、私はケイさんを呼び出して喫茶店でその時の話をしていた。
「私を非難でもしに来たのかしら。だいたい感づいているんでしょう、レイちゃんの恋人が、探偵ちゃんにとって何なのかとか」
まっすぐに向かい合ってみて、はっきりとわかる。この人の張り付いた笑顔は、本心を隠すための仮面、私の演技と同じなのだと。
その下に何が隠されているのか、探偵さんは暴こうとはしないだろう。だからこそ私は知って、判断しなければならない。同じ仮面を持つものとして、その下にある本性が探偵さんに何を望んでいるのかを。
「司書さんは探偵さんの恋人だったことがある。ケイさんの一つ前で……たぶん、探偵さんにとって初めての恋人」
「その通りよ。私は別れて傷心中の彼女の寂しさに付け込んだってわけ」
「それも想像はついています」
「でしょうね。なら、復讐だとでも考えているのかしら。私を振った探偵ちゃんに、辛い初恋を思い出させて苦しめたい、とか」
「……違いますね。振ったのはケイさんの方です。そして、まだ探偵さんの事が好き」
ケイさんの笑顔が一瞬だけ陰る。
「どうして、そう思ったのかしら」
「自分の悲しみに気付いて、寄り添ってくれるような人を、探偵さんは突き放したりはしません。……例え、愛してなんかいなくても」
「そっちじゃないわ」
いつの間にか、彼女の紅茶を混ぜる手は止まっている。
「勘です。同じ人を好きな者同士の勘。他にも理由はありますが、一番大きいのはそれです」
「……あの子の助手ともなると、エスパーじみてくるのかしら。いや、ほんと勘弁してほしいわ」
そう言って、紅茶を一気に飲み干す。
「全部正解よ。それで、これ以上貴女は何を知りたいのかしら。まさか、答え合わせをしたかっただけじゃないでしょう」
ケイさんからはもうあの笑顔がなくなっていた。その眼にはぞくりとするような、全てを吸い込んでしまうような暗い闇が広がっている。
仮面を取り払われたのだと考えてもいいだろう。ならば私も本当の私で対応しなくては失礼というものだ。
「とーぜん。私が知りたいのは、ケイさんが探偵さんに何を望んでいるのか、それが探偵さんを傷つけないかどうかだけだよ」
ケイさんの暗い瞳がじっと私をのぞき込む。恐ろしい。スカートを強く握りしめていないと、ガタガタと震えてしまいそうになる。
「……私の望みが、探偵ちゃんを傷つけるとしたら、貴女はどうするのかしら」
「なんとしてでも止めてみせる。探偵さんを守ってみせる」
「そんな怯えた目で? 好きだから、かしら。でも、探偵ちゃんをあきらめたとしても、貴女は他の人を好きになるわ。きっとね。そうすれば、怖がる必要もなくなる」
動悸が激しくなり、息が荒くなっていく。彼女から目を離さないようにするのが私の精いっぱいで、一瞬でも離してしまえばきっともう向い合えなくなるだろう。
それはつまり、探偵さんよりもこの恐怖から逃れる方をこそ優先したことだ。
たとえ強がりだとしても私は認めるわけにはいかない。
「探偵ちゃんでなくてはいけない理由が、貴女にはあるのかしら」
「…………」
「……理由が見つかったら、教えてね。その時は私が望むことも教えてあげる」
それだけ言い残すと、お代を置いて、どこかに去ってしまう。
ケイさんの言葉に、私は答えることができなかった。
探偵さんを好きになったのは、彼女が私の仮面を見破ってくれたから。でもそれは、理由にはならない。
私がケイさんの仮面に気が付いたように、ケイさんも私の仮面に気が付いているだろうから。この先にもそういう人は現れるだろう。その中の一人でも私を理解してくれるなら、その人を好きにもなるかもしれない。
(好きなだけじゃ、探偵さんでなくてはいけない理由には足りない……)
その事実に、私は唇をかみしめることしかできないのだった。