家出少女のあれこれ
「それで、どの辺までが嘘だったんだ、ケイからの依頼は」
レイさんにコーヒーを、私に紅茶をいれて、自己紹介をしたあと、探偵さんは唐突にそう言った。
「うそ……?」
「気づいて、それで連れてきたのかと思ったんだけど……。あいつ、両親からの情報以外何も言わなかっただろう。おかしいんだ、自分でできる限りなんとかしようとする奴だから。あたしに話を持ちかけてくる時は解決まであと一歩って時ばかりなんだ。だから情報を言えない理由か……嘘があると考えた」
コーヒーを一口すする。
探偵さんはこうして自分の考えを静かに語ることがあるのだが、その時はだらしなさが消え去ってしまっていて、なんだかいつもと違った格好良さがある。私はいつまで経ってもそれになれず、どきどきしてしまう。
獲物を狙うかのようなその目と、どうあがいてもかないそうにないと思わせる余裕や確信めいた言動……そんな状態を、私は密かに名探偵モードと名付けている。
「レイ君と接触させることで何かをさせたいんだろうが……それを推測しようにも鍵が足りない。どうだろう、どこまでが本当で、何が嘘なのかを教えてはくれないかな」
名探偵モードの探偵さんにとらえられて逃れられた人を私は知らない。きっと何をどう隠し立てしても無駄だと考えてしまうからだろう。
レイさんもその例外ではなく、彼女は自分のことを話し始めた。
「恋人が女性で、家出しているのも本当ですが……理由は彼女との仲が露呈したからではありません。そもそも、そんな下手を私はうちませんから」
自信のある物言いで、実際にそれだけの能力があると私は知っている。それをもう少し早く思い出していれば、自分でケイさんの嘘に気付くことができたかもしれない。
少し悔しいと思った。
「理由は、私の夢を理解しないからです」
「夢……。詳しく聞いてもいいかな」
「……演劇が、好きなんです。演じること、小道具や大道具を作ること、演出……一つの舞台を作ることのすべてが。所属する事務所も決まっていて、進学と同時にぜひとも言われているんですが……」
「両親が否定的……か」
「優等生のまま卒業して、安定した人生を送ってほしいと。責任能力のない私が事務所に所属するには親の同意が必要で……今を逃せば、次は成人するまで機会はないでしょう。それが家出の理由です」
意外だった。レイさんの事はもっとクールな人だと思っていたので、そんな情熱を胸に秘めているなどとは考えてもみなかったのだ。
「それで、どうするんですか。依頼の通りに私を説得でもしますか?」
できるものならやってみろ、とでもいうような挑発的な言い方だった。らしくないように思えたが、何が彼女をそんな態度にさせるのかはわかる気がした。
(きっと、怖いんだ)
夢への情熱はわからないけど、自分の中心になるほどの強い気持ちは私にも理解できる。探偵さんへの想いがそれだ。
不安で、恐ろしくて、何かが突然襲いかかってくるように思えてしまう、そんな気持ち。
解消するには戦うか、気持ちを捨ててしまうしかなくて。気持ちを捨ててしまえば自分が自分でなくなりそうで、戦おうにも敵の姿は漠然としすぎている。
だからこそ探偵さんを敵として戦って、勝とうが負けようが、とにかく納得して、安心したいのだ。
(でも、諦めない限り抱えていかなくちゃならない)
今楽になったとしてもすぐにまた元に戻ってしまうだろう。
そんな彼女の挑戦に対して、探偵さんは首を横に振る。
「聞いておいて悪いけど、それは大した問題じゃないだろう。君にとっても、ケイにとっても。少なくとも、あたしの手を借りてなんとかしようという事ではない」
「……では、なぜケイさんはあなたに私の事を話したのだと思いますか」
「恋人のこと。ケイに何かしらを相談したんじゃないかな。それがあたしにまで回ってきた」
「……」
「内容までは知らないが、相手が誰なのか想像はつくよ。多分、あたしのよく知ってる人だ」
探偵さんはため息を一つついて、私の聞いたことのある名前を口にした。
それは学校の図書館の司書をしている人の名前で、レイさんの驚いた様子を見る限りでは正解なのだろう。
「……さすが。聞きしに勝る名探偵、ですね。どんな推理をしたらそんなことまでわかるんですか」
「推理なんかじゃないさ。あの人のことでないなら、色恋のあれこれを私のところまでーーそれもこんな回りくどいやり方で持ってくるようなことはないってだけなんだ。頭の痛くなる話だけどね」
そして肩をすくめて見せる。
「話は聞くさ。解決できるならする。あたしに原因がある可能性も否定できないから」
この時の探偵さんは何か大きなことに決着をつけに行くような、そんな覚悟を決めた人の目をしていた。