秘密
もうすぐ高等部へ進学できるかどうかが決まるテストが近く、中等部の三年生はどこかピリピリしているように思えた。
幼稚園から大学まで一貫性の私立学校であるとはいえ、成績が基準に満たない生徒は他校へ行くことになるのだ。
「レイさん、いらっしゃるかしら」
彼女の教室に行って、扉の近くにいた子に聞くと、放課後はいつも早足に図書館に行ってしまうという。
図書館は放課後になると司書の先生や図書委員以外はほどんど人がいなくなるので、勉強に励むならもってこいの場所だ。この時期なら毎日足を運ぶというのもおかしくはない。
(恋人と会っているのか、相手が社会人なら仕事が終わって迎えに来てくれるのを待っているのかもしれない)
図書館にいくというのが嘘で、今頃恋人の家にいる、という可能性もある。
もしかしたら会えないかもしれないと考えていた私だが、人気のない図書館の机で彼女は教科書とノートを開いていた。
「こんにちわ、レイさん」
声をかけると、彼女は目線だけをこちらに向け、お久しぶりです、と返事をし、また勉強に戻る。
「進学テストの勉強かしら。でも、ここまで必死になるようなものではないでしょう。少なくともあなたにとっては」
私などテストの前だというだという探偵さんの事務所に出入りしていて、なお余裕があったほどなのだから。
レイさんに関しては、成績は上位から外れたことのない優等生だと聞いている。演劇部にもちゃんと顔を出して、友達付き合いも悪くないことから、ガリガリと勉強ばかりするタイプではなかったはずだ。
「……嫌味みたいに聞こえますけど、そんなことを言いに来たんですか、先輩は」
つっけんどんで、言葉の最後にため息でも聞こえてきそうほどに退屈そうな声。いつも半開きの目も相まって、何事にも興味なんてないんじゃないかと思わせる。
「そんなつもりはなかったのよ、ごめんなさいね。ただ、少しお話があってあなたに会いにきたの」
「話……ですか。めずらしいですね、先輩からそういうことを言ってくるのは」
「そうかしら、これでもおしゃべりは好きな方なのだけれど」
「それは知りませんでした」
「あまり話す相手もいないから、仕方ないのよ。特に下級生の子達とは交流を持てていない気がするわ」
「ここじゃ、アイドルみたいなものですから。近寄りがたいんですよ、先輩に」
「はっきりいうわね、レイさん。私もみんなと同じようにワイワイしたいのよ。例えば、そうね……恋のお話、とか」
レイさんの視線が教科書から上げられ、こちらに向けられる。頭のいい彼女は今のやり取りから私が何を言いたいのか理解したのかもしれない。
彼女の警戒の色が浮かぶ目には、私の笑顔は怪しいものにうつったに違いない。
「ーーぜひとも聞きたいものね、あなたとあなたの恋人のこと。代わりと言ってはなんだけど、私の秘密も教えてあげる」
場所を移すことを提案してきた彼女を、私はそこに案内した。
町の一角にある貸しビル、その三階の一部屋。あまり依頼人の来ない探偵事務所へ。
「こんにちは、探偵さん! 愛しの私がやってきたよ!」
ここに来た時、探偵と一緒にいる時には普通の態度で私は挨拶をした。
「ん、いらっしゃい。隣のその子は……何だ、知り合いだったのか」
読んでいた本を閉じて、探偵さんは立ち上がった。
「コーヒーと紅茶があるんだが……君はどちらが好みかな」
「……コーヒーで」
「気が合うね、あたしもコーヒー派なんだ。まあ、その辺でくつろいでいてくれ」
そしてキッチンへ向かう。
「驚いたかな、レイさん。これが私の秘密ーー演技をしない私と、そして私の好きな人」
いつもクールな彼女のぽかんとした表情は何とも見ものだった。