ABC赤面事件
先ほどまで探偵さんの腰掛けていた隣に座った私は、結果として見知らぬ女性と向かい合う形となってしまった。
なんとも気まずい。
私の話を聞いたことがあるということと、探偵さんの態度から考えてみるに、彼女はどうにも依頼人ではなく、探偵さんの友人か何かだろう。
私と探偵さんの関係をいかがわしいものと推測したことから、彼女もまた同類なのだろうか。それともただの冗談か。
探偵さんからどういう話を聞いているのか気になるところだが、どこまで踏み込んでいいものなのかわからない。
(下手なことが知れて、探偵さんの交友関係に亀裂が生じる、なんて面白くないし)
様々な可能性が私の頭を駆け巡るが、目の前の彼女はそのどれにも当てはまりそうでもあり、そのどれもが違うような気がする。
「ねえね、助手ちゃん」
そんなことを考えていると、女性は楽しそうな笑顔を浮かべて話しかけてきた。
向こうから会話を振ってくれるというのなら都合がいい。こちらから下手なことを言わなくても済むし、幾分か話しやすいだろう。
「実際どうなの、どこまで行ってるのかしら。A、B、それともCとか」
「ABC? あの、少し意味が……」
「あら、今はこういう言い方ってしないのかしら。いいわ、お姉さんが教えてあげる」
人差し指をピンと立てて説明を始める。
「まずAはキスよ、口づけ。もうちょっと古く言うと口吸いね。次にB、これはペッティング。お互いの体を触り合うこと、かしら。最後はC。想像は付くと思うけど、まあヤっちゃうことよね」
二ヶ月前の告白の日、私が探偵さんを誘ってしようとしたことがCらしい。結局は突っぱねられて、私の純血は保たれたままに終わったが。
「どこまでも行ってませんよ。恋人ってわけじゃないんです」
「あら、そうなの。意外ね、あなたにその気がないのかしら」
「そーゆーわけでは……。そ、そもそも、女同士ではBとCが曖昧すぎると思いますが」
あまりそのことには触れられたくないし、話題を他に持って行こうと試みる。
「いやいや、そんなこともないわよ」
「そうですか」
「そうなんです。私たちみたいなのの場合、Bの敷居が低くなると思うの」
「……へぇ」
彼女の声があまりにも自身に満ちていたものだから、思わず真剣に聞き入ってしまう。話の内容に興味がない訳ではないし。
「こう、下着だけで抱き合って眠る、とか。心の距離とでも言おうかしら、それが妙に近くなるときって感じ」
「なるほど。では、Cは体の距離も近くなった時、ということですか」
「そうそう。さすが、理解が早いわね。じゃあ、こういうのは知ってるかな」
ちょいちょい、と手招きをする。耳を貸せということなのだろうか。
耳元で囁かれる卑猥な情報に、私の顔はどんどんと赤くなる。
「ーー今回はこんなところかしら。探偵ちゃんってそういうの結構好きだから、試してみると面白いわよ」
探偵さんに試して見る私、というのを想像してしまって、さらに顔が赤らむ。頭の中がぐちゃぐちゃになって、自分でもなにを考えているのかよくわからなくなる。
「お待たせ。……なに、この状況」
紅茶とクッキーを持った探偵さんが、固まる私と楽しそうに笑う女性を見てそうつぶやいた。