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「可哀想なシンデレラ。舞踏会にも行けず、お姉様方やお母様に言いつけられた仕事を終わらせるばかり」


町外れのお屋敷の片隅でうずくまり、大粒の涙を流す少女。彼女は息を呑むほどの美貌を持ちながら、継母や義理の姉達に疎まれてまるで召使のような生活を送っている。ついたあだ名は"シンデレラ"……灰かぶり。思春期の少女にとっては屈辱でしかないあだ名だ。

そんな彼女は、周りの年頃の少女達と同じくお城で行われる舞踏会に憧れていた。華やかなドレスを着て、少しでも夢をみたい、そう願っていたのだ。しかし、彼女のその願いは叶えられなかった。無情にも継母達は彼女に仕事を言い渡し、自分達だけ綺麗なドレスで意気揚々と舞踏会へ出かけて行く。

仕事を終わらせた彼女は、ただただ泣き崩れる。彼女には素敵なドレスも、お城までエスコートしてくれる従者もいない。彼女にあるのは、みすぼらしくすり切れたワンピースと台所で暮らすネズミだけ。せっかく仕事を終わらせたのに、これではとても舞踏会になど行けやしない。為す術もない彼女には、泣く以外のことは出来なかった。

その目の前に音もなく表れたのは、長い黒髪と黒目が神秘的な美少女。白いワンピースに黒いフードケープを纏ったその姿は、闇の中でも光り輝き、まるで彼女が人ではないかのような、神聖な印象を見る者に与えた。


「あの……貴女は、一体?」

不思議な雰囲気に顔を上げた少女は、目の前に佇む見知らぬ美少女の姿に目を見開いた。恐る恐るといった風情で出した声は、か細く震えている。

そんな彼女の様子を気にも留めず、謎めいた少女は微笑みを浮かべてみせた。

「私は魔女よ。貴女を幸せにしに来たわ、シンデレラ。舞踏会へ行きたいのでしょう?」


シンデレラの悩みも願いも、何もかもを理解しているかのような言葉。彼女は希望が滲んだ瞳を潤ませて頷いた。

「舞踏会へ、行きたいです。……こんな私でも、舞踏会へ行けるのですか?」

それに対する少女の返答は簡潔だった。

「ええ、当然よ。だって、それが貴女の運命なのですもの」


彼女の名前は松葉菊香。場を支配し物語を紡ぐ孤高の魔女。

彼女は高らかに手を打ち鳴らす。魔女としての誇りにかけ、その使命を全うする為に。

「シンデレラ、泣いている時間なんて無いわ。私の魔法は期間限定なの。早く舞踏会へ行く準備をしないと! 大至急貴女と一番仲のいいネズミさんと大きなカボチャを一つ持ってきてちょうだい? ドレスやアクセサリーはこっちで準備するわ」


***


「紫乃りーん……何これー? 菊香、計画書よろしくって頼んだよねー。これじゃ、ただの小説じゃなーい」

次の任務用のシナリオ(私監修)を読んだ菊香ちゃんは、不満そうに私の顔をジト目で眺めてきた。


「え、ダメだったかな? 私、これでも頑張ったんだけど……」

「紫乃? 毎回言ってるけどね、計画書には地の文もセリフも必要ないの。どういった流れで登場人物に接触するか、その時どういった魔法が必要か、誰がどういった行動を取るか、そういったことを書けばいいのよ?」

中学生の時から魔女をしている先輩、小毬ちゃんからの的確な指摘。そう言われれば、やっぱり計画書とは違う気がするな……。ううん、これは自分なりに良く書けたと思ったんだけどなー。


「紫乃ちゃんのお話はとっても面白いんだけど……小毬先輩の言う通り、これじゃ菊香ちゃんも困っちゃうと思う、よ……?」

内気な雛子ちゃんにまで言われるとは……仕方ないかな、この計画書は書き直そう。


「そーいえば小毬さーん。シンデレラの世界の舞踏会っていつですかー? それによってー、下準備とかいろいろ変わってきますよねー? カエル王子の任務の書類だってまだ片付いてませんしー」

菊香ちゃんからの質問に、小毬ちゃんは少し思い出すように小首を傾げて……焦ったように目を見開いた。


「大変! 舞踏会、確か明後日よ!?」

「ええ!?」

「はあ?」

「……え」


思わず絶句。一瞬の空白の後、私たち四人は立ち上がって動き出した。


「ありえないありえないーっ! 一昨日カエル王子の任務終わったばっかだよー!? 魔女ってお休みないわけー?」

菊香ちゃんは慌ててどこかに電話を掛ける。会話の内容的に、執事さんにシンデレラのドレスとアクセサリーの調達を頼んでるみたい。こういう時は、資産家令嬢っていう菊香ちゃんの立場は便利だなーって思う。といっても、毎回頼る訳にはいかないけどね。


「ええっと……とりあえず向こうの世界の皆さんの記憶にちょっと細工しなきゃ……。シンデレラさんのお隣は……また別のお屋敷? みんな、まだメイドさんのお作法覚えてるよね。それじゃ、そこの下働きのメイドさんってことで……」

雛子ちゃんは異世界にすんなり侵入できるように下準備。魔法陣を呼び出して、魔法をかけにいくみたい。雛子ちゃんが使えるのは人の記憶を操作できる魔法だから、潜入準備には欠かせない。もちろん、任務が終わったらちゃんと私たちがいた痕跡は消すよ?


「それじゃ、私は前の任務の書類整理を。……全くもう、たった四人で魔女業務を担えっていうのも無茶な話よね……会長も他に仕事があるのでしょうけど」

小毬ちゃんは書類整理。書類関連は小毬ちゃんに任せっぱなしだなー。私もたまには手伝わないと。……あ、会長ってのは私のお母さん。魔女会の会長をしています。って言っても、魔女会の会員は私たち含めてたった五人。要するに、私たち四人とお母さんだけ。だから休む間もなくお仕事しなきゃいけないんだけどねー……。


「紫乃りーん! ボーッとしてないで早く計画書完成させてー!?」

「紫乃、計画書は明日の朝までに完成させてね。明日中に計画を頭に入れて、向こうの世界に渡って下準備するから!」

「紫乃ちゃん、私たちも頑張るから……紫乃ちゃんも頑張って?」


おっと、ぼんやりしてる場合じゃないね。私も早く仕事しなきゃ。……って、え? 明日の朝!? うっそだー。いや、でもみんな頑張ってるもんね。私も文句言わずに頑張ろう。うん、頑張ろう。

「はーい! 愛する童話の世界の皆さんの為に! 露草紫乃、頑張ります!」

今日は徹夜かなー……。


ああ、早く人手が増えないかなー?

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