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ヤンデレな彼女は好きですか?

作者:

 このままじゃ駄目になることは分かってた。

 でもそれでも私は愛することを止められなかった。





「鬼塚くーん、今日ルミ達とカラオケ行くんだけど来ない?」

「今日何もないでしょぉ? 行こーよぉー」


 −−ベキッ。

 思わず力が入ってシャー芯が折れてしまった。

 ため息をついて声が聞こえた方を見ると、今日も派手めな女の子達が学園の王子こと鬼塚(おにづか) 瑠依(るい)くんに絡み付くように迫っていた。腕を引っ張られながらも、笑顔で傷付けないよう丁重に断っている姿はさすが王子と呼ばれるだけある。


「ちょっと予定がね」

「またぁ? 予定ってー?」

「えっと、一緒に帰る約束をしてるんだよ。ね、愛」


 瑠依くんはふいに助けを求めるように顔をこちらに向けて、私の名前を呼んだ。急に目が合って真っ白になりなりながらもコクコクと頷くと、彼女達はあからさまな非難の目を私に向けた。すぐさまその中のリーダー格である、蜘蛛沢(くもざわ)さんはクスクスと下卑た笑みを浮かべた。


「蛇川さん、今日は何か先生の手伝いするんじゃなかったっけ」


 出た。いつものやり口だ。

 ありもしない事を威圧的に言って、本人にそうだと言わせる方法。何度かそれで邪魔をされてしまったけれど今日は負けない。


「な、ないよ」

「…ふぅん」


 凍り付いた空気に必死に耐えながらそう答えるとやがて「じゃあまた今度ね」と言って蜘蛛沢さんは瑠依くんから離れた。つかつかと歩き私の横を通り過ぎる際に一瞬ぴたっと止まって私の耳元で低く呟く。


「調子乗んなよ蛇女、今度邪魔したらそのズルズルしたキモイ髪引きちぎるから」

「………」


 蜘蛛沢さんに続く周りの女の子もクスクスと笑って教室を出て行った。腰まで伸びた自分の黒い髪をぎゅっと握って、息を吐く。やっぱり彼女に逆らうと生きた心地がしない。瑠衣くんがらみだと尚更だ。

 いつの間にか傍に来ていた瑠依くんは申し訳なさそうにしていて、私の背中をぽんと軽く叩いて「帰ろう」と言った。



***



「ごめんね愛。巻き込んじゃって」

「る、瑠衣くんのせいじゃないよ。だって、こ、恋人…なんだし…」

「…ありがとう」


 帰り道。しどろもどろにそう言うと彼は優しく笑って手を繋いでくれた。手を繋ながら帰るなんて恥ずかしいけれど、なんとなく心地いい。


「でも蜘蛛沢さん達には参ったよ。何かあったらすぐ俺に言ってね」

「………」


 私と瑠衣くんは恋人同士だ。蜘蛛沢さん達もそれは分かっている。分かっているからこそ気に入らなくて、なんとか私達を別れさせようとしているのだ。

 確かに瑠衣くんは格好良くて頭も良くてスポーツも万能、なんでもできる天才肌の人だ。優しいし、モテるのは仕方ない。今でもこんな地味な私の彼氏なんて信じられないほどだ。奇跡と言ってもいい。


 −それでも。だからって瑠依くんにちょっかいを出すのは許せない。あんな風に軽々しく瑠依くんの名前を呼んで触るなんて。今の彼女は私で、私の彼氏は瑠依くんなのに。瑠衣くんは私のなのに。私のものなのに。私のものに。私のものに私のものに私のものに


「…っ」

「えっあ、ごめ、力強かったよね、ごめんなさい」

「ううん大丈夫だよ」


 知らず知らず力が強まって痛みを感じるほど瑠依くんの手を掴んでいたみたいだ。小さな悲鳴が聞こえてばっと離した。痛かったはずだろうに瑠依くんは何でもないような顔でまた私の手を握ってくれた。


「…ごめんね」



 これが、私の悩み。

 蜘蛛沢さん達よりも困った、最近の私の悩みだ。



***



「こういうの、世間ではヤンデレっていうみたい」

「ヤンデレねぇ」


 休日。唯一の親友の真希ちゃんと2人でお昼を食べている最中、その悩みを打ち明けた。真希ちゃんは怪訝そうに眉間に皺を寄せてドーナッツをかじる。


「わ、私にはもったいないって分かってるんだよ。でも、嫉妬しちゃうと止まらなくて、周り見えなくて」

「ふぅん」


 私の悩み、それは嫉妬が度を越えてしまうこと。瑠依くんが他の女性と関わっている所を見るだけで頭がカッとなる。嫉妬にしては異常なほどだ。そんな場面を見てもう何度紙が破けたりシャー芯が折れたか分からない。それも頻度が高まった気がする。

 これではいつか瑠依くん自身を傷付けてしまいかねない。私はそれが一番怖い。


「自分で自分を止められないんじゃ、蜘蛛沢さんにだって危害を加えちゃうかも…」

「却下」


 なんとなく聞いていた真希ちゃんはそれを聞いた途端、いつもの口癖を呟いて持っていたコーヒーカップをやや乱暴に置いた。


「あんなのの心配はする事ないわよ、いっそ1回くらい刺されればいいわあんな蜘蛛女」

「悪口のレベルが一緒だよ真希ちゃん…」

「いい? なんかされたらすぐ言うんだよ」


 苦笑しながらも、やっぱり心配してくれることが嬉しかった。こんな事を相談して応援してくれるのは私にとって真希ちゃんぐらいだから。瑠依くんと恋人でなかったときも、渋々といった様子だったけれど結局は応援やフォローをしてくれた。


「言っとくけど、私と鬼塚が話したからって嫉妬なんてしないでよ?」

「真希ちゃんは相変わらず瑠依くんが嫌いだよね」

「嫌いよ、あんな腹の底で何考えてんだか分かんないやつ」


 真希ちゃんと友達を続けていけている理由の1つがこれだ。基本的に女の子は瑠依くんが好き、これは流石の嫉妬深い私でもちゃんと分かっている。でも彼女だけは違った。私が瑠依を好きだと聞いたときも始終嫌な顔をして、認められないだのあんなやつにウチの娘はやれないだのおかしな事を言っていた。

 至って優しい男の子なんだけどなぁ。分かってもらいたいようなそうでないような。


 真希ちゃんは不機嫌そうに最後のドーナッツを食べ終え、良い考えが思い付いたようにぱっと顔を明るくした。


「傷付けるのが嫌なら、ちょっと距離おけば?」

「えっ別れろってこと…?」

「却下! だーれがそんな蜘蛛沢が言いそうな事言ったのよ、汗水垂らして付き合うのに協力したのは誰だと?」

「いひゃい」


 さっと不機嫌に戻った真希ちゃんは私の鼻をつまむ。すぐに謝ると仕方なさそうに手を放してくれた。その腕を組み、目を逸らして文句たっぷりの顔で続ける。


「ちゃんとアイツは愛が好きよ、私が保証してあげる。だから愛はアイツが女と居ることに慣れなさい」

「む…」

「信じなさいと言ってるの。恋人として必要なことでしょ」


 正論だ。いつも客観的で中立の立場で見てくれる。

 両手を上げて賛成できるものではないけれど、私はコクリと頷いた。それを見て真希ちゃんは満足そうに頷き返して私に飛び付く。


「じゃあ慣れるまでは私が愛を独り占めね! ざまみろ!」

「もう真希ちゃん…」

「だって一気に遊ぶ回数減って私だって悲しかったのよー」


 口を尖らせる真希ちゃんに笑って、そのまま一緒に買い物をして休日が終わった。



***



 翌日、さっそく瑠依くんを人気のない場所に呼んで距離を置くことを相談した。理由は言えなかった。彼にだけは、私が性格まで嫉妬深くて醜い女だと思われたくなかった。


「そんな…、いや俺のせいだよね、ごめん」


 瑠依くんは最初驚いていたが、何か理解してくれたのか残念そうにそう言って顔を俯かせてたまま分かったと言って了解してくれた。申し訳ない気持ちと悲しんでくれて嬉しい気持ちで複雑になる。


「る、瑠依くんのせいじゃないよ、私が勝手に…」

「愛」

「え?」


 俯いて見えなかった顔をパッと上げて、私を強く引き寄せると彼は軽く自分の唇を私の唇に重ねた。それも一瞬のことで受け入れることも抵抗することも出来ず身体が離される。もちろん抵抗する気なんかなかったけれど初めてだったので驚いた。何か言いたいのにパニックになって呂律が回らない。


「る、る、今、キ」

「俺は愛が好きだよ、それは変わらないからね」

「う、うん、私、も」

「ありがと、…大好き」


 今度は抱き締められて今度こそ何も言えなくなった。嗚呼どうか今が夢ではありませんように。



***



 だからといって。


「鬼塚くん、今日暇なんだよね! 私と遊ぼうよぉ」

「えー前私が譲ったから今日は私ぃ」

「もうやめなよ困ってるじゃん、ねぇ鬼塚くん」


 こんなにも急に女の子に囲まれてしまう光景、出来れば見たくなかった。

 クラスの半分の女子はもちろん他クラスの女子まで瑠依くんを囲ってしまって、既に彼の姿は見えなくなっている。どさくさに紛れて触っている女の子が居ないといいのだけれど。…ああ想像したらまた配布された紙が破けた。


「蛇川さん」


 聞き慣れた声がして身体が震えた。振り返らなくても分かる、この声は蜘蛛沢さんだ。

 そっと後ろを振り向くと彼女はニヤニヤと笑いながら椅子に座る私を見下ろしていた。勝ち誇った、と言った方が正しいかもしれない。


「別れたの?」

「…ち、違う、けど」

「じゃあ距離置いたんだ、あはっ馬鹿よねぇアンタ」


 ズバッと言い当てられ肩に手を置かれた。


「これで瑠依は私のよ、短い彼女期間お疲れ様」

「……っ!」


 言い返す間もなく蜘蛛沢さんは私から手を離し、さっさと瑠依くんを囲む女の子達の中に入っていった。

 ぎりっと奥歯が鳴る。馬鹿にされたからじゃない。そんなことどうだっていい。あの人、瑠依くんを名前で呼んだ。


「私だけなのに…」


 名前を呼んでいいのは私だけなのに。あんな人に、あんな女に、私の瑠依くんの名前を軽々しく。私だって呼ぶのにしばらくかかったのに。あんな風にまるでもう自分のものになったみたいに。私だけの瑠依くんが私の瑠依くん私の私の私の私の私の私の私の


 −ベキンッ。

 今度は定規が折れた。



***



 あれ以来瑠依くんは、蜘蛛沢さんと一緒に居ることが増えた。他の女の子達ともたまにはいるけれど、大抵は蜘蛛沢さんだ。他の子も彼女を恐れてあんまり出しゃばることができないみたいだった。

 満足そうな蜘蛛沢さんを最近よく見かける。


 私はというと一向に慣れることが出来ず私の周りの物が壊れていく一方だった。思い出してお皿まで割ってしまった時は不安だった。もしこのまま瑠依くんをあの女に取られたら。瑠依くんが好んであの女と居るとしたんだとしたら。そう思うだけで破壊衝動が起きる。


 せめて少しだけでも会いたいと思い連絡して、今日は瑠依くんの家に遊びに行くことになった。甘えかもしれないけれど、今日だけはそうさせてほしい。


「いらっしゃい、愛」

「ひ…久しぶり…」


 いつもと変わらない笑顔で迎えてくれる彼に胸が落ち着く。うん、これなら大丈夫かもしれない。

 彼の部屋に案内されて、当たり障りのないことを話す。ずっと話しているとやや話題に困ってしまって、ついあの事を私から話してしまった。


「さ、最近は蜘蛛沢さんと一緒だよね」

「え…」


 しまった。いくら話題に困ったからといってこれはない。嫉妬してますと言っているようなものじゃないか。

 でも1度口にしてしまうと止まらなくなり、そのまま続けてしまう。


「楽しそうだよねいつも、休憩時間も放課後も、ずっと一緒で私よりお似合いで」

「愛…」

「蜘蛛沢さん美人だし頭良いし他の女の子達も蜘蛛沢さんなら文句ないみたいだしそれに」

「愛っ」


 まるで思ってもないことをベラベラと並べていくと、それを遮るように抱き締められた。沸騰しかけた頭が急に白くなる。じわりと涙がこみ上げて、抱き締め返した。自分が思っているよりももう限界が近いみたいだった。


「ごめんね愛…」

「違う…私が悪いの、嫉妬なんてして…恥ずかしい」

「ううんそんなことない」


 ぐっと腕の力が強まった。良かった引かれてない。

 こうやってちょっとずつ私が嫉妬深いのを分かってもらえればもしかして上手くいくのではないか、そう思った時だった。


「綾香と一緒に居るのは控えるよ」

「−え?」


 綾、香?

 それって蜘蛛沢の名前じゃ。

 名前の呼び合いなんて、それじゃまるで。


「綾香…って」

「え、あ、ああ。本人にそう呼んでって言われたんだ」


 だから呼んだの?

 私の前でもそんなにあっさりと?


 やめてよ。

 やめてよやめてよ。

 あの女の名前なんて。


「愛?」

「………」


 今口を開いてしまうとかなり危ない。どんな事を言ってしまうか分からない。必死に出掛かった言葉を喉で抑えているのに、また瑠依くんがそれを壊した。


「綾香について僕にして欲しい事があったら言って」

「−−−っ」


 限界だった。


「一緒に帰らないで一緒に居ないで綾香って呼ばないで触らないで顔を見ないで近くに寄らないで視界に入れないで同じ空気を吸わないで!」


 息継ぎなしでそう言い終えると息も絶え絶えで肩が上下した。

 ハッと我に返ったときは既に遅く、瑠依くんはぽかんとした顔で私を見ていた。


 今、私、なんて。


「…ご、ごめ、んなさ…」

「愛…?」

「ごめんなさい!」


 耐えられなくなって彼を突き飛ばして部屋から出て、そのまま家を出た。靴を履く時間すらもどかしく靴を掴んで裸足のまま外へ飛び出す。引き留めるような声が後ろから聞こえたような気がしたけれど、無視して走り続けた。

 家に着いて自分の部屋に戻るとすぐベッドに潜り込む。


 ついにやった、やってしまった。あんな風に嫉妬を吐き出すなんて、あんなに醜く。きっと幻滅してる。気持ち悪いと思われた。


「う、うぅ…う…」


 私の恋は終わってしまった。こんなに呆気なく、最悪な形で。



***



 一晩泣いて頭が落ち着いてきた頃思い出した。


「鞄…忘れた…」


 携帯も財布も入っているからきっと明日の月曜には瑠依くんが届けてくれるだろう。でも一目についてしまう。そうしたら蜘蛛沢さんが何ていうか。まぁもう、気にすることなんてないのかもしれないけれど。

 そう思いつつも急に出て行った事を謝りたくて瑠依くんの自宅に電話した。その時話した彼の様子は至っていつもと変わらなかったけれど内心どうかな、なんて自分の中で毒づいた。



 今日で終わりにしよう。瑠依くんと会うのも話すのも。これ以上嫉妬がエスカレートしたら確実に彼自身を傷付ける。瑠衣くんもこんな女が彼女なんて嫌に決まっている。

 別れるのが、1番だ。


 そう決心して瑠依くんの家への最後の角を曲がった瞬間、蜘蛛沢さんが瑠依くんの家にインターホンも鳴らさずに上がっていくのが見えた。

 一気に身体が脈打つ。


 このままじゃ駄目だ。一旦引き返さないと。

 そう思うのに私の身体はゆっくりと家に近付き、彼女と同じようにインターホンも鳴らさずドアに手をかけた。ドアはガチャリと音がして一切の抵抗がないまま開いていく。


 玄関にあるヒールの高い靴が目に止まる。彼女の甘えた声も聞こえる。

 頭が、熱い。


 ギイッとリビングへの扉を開けると、蜘蛛沢さんが瑠依くんをキッチンへ引っ張るように寄り添っていた。私を見た2人は驚いたように目を見開く。


「愛!」

「あ、アンタいつのまに…」


 何してるの、と勝手に私の口から低い声が出る。蜘蛛沢さんはそれに少し怯んだ様子だったが、負けじと嘲笑する。


「彼にお昼作ってあげるのよ。邪魔だから出て行きなさいよ蛇女」


 何も言い返さず無言でちらりとキッチンの方へ目を向ける。用意された包丁とまな板。やや切られた野菜。エプロンを身に付ける蜘蛛沢さん。

 彼、かぁ。

 彼、ねぇ。


「あ、綾香今日は来ないでくれって言っておいたのに」

「えー?」


 ワザとらしい口調で瑠依くんにへばりつく。胸元の空いた服を強調するように押し付ける。


「だってぇ」



 蜘蛛沢さんの声が頭に響いて反射的に耳を塞いだ。見ないように頭も下にやる。

 やめて、これ以上喋らないで。これ以上は私、わたし、もう、止まらな



「瑠依に会いたくて−」

「呼ぶなああああああああ!!」


 気付いた時にはそう叫んで置いてあった包丁を手にしていた。よく研がれた鋭い先を蜘蛛沢さんに向ける。途端に甲高い悲鳴が部屋に響く。


「呼ばないで…触らないで消えてよ…! 私のに! 私のものに!」

「こ、来ないでよ、け、警察呼ぶわよ!?」


 そのままゆっくりと近付く。強気だった彼女も、距離が縮めていくほど顔を恐怖で歪めていく。


「あーあ…こうならないように抑えてたのになぁ、知られちゃったなぁ、見られちゃったなぁ!」

「ひ…!」

「駄目…はは、駄目だなぁ…知られちゃったら隠すしかないなぁ…あは、はははは!」

「たすけ…!」


 段々笑えてきた。もうどうにもならない。蜘蛛沢さんも瑠依くんも、私も。

 私は熱に浮かされたようなぼんやりとした視界の中、蜘蛛沢さんだけはしっかり捉えて彼女へと包丁を構えた。


「死んで!」

「いやあああああああああぁぁぁぁ!!」


 つんざく悲鳴を切り裂くように包丁を振り上げて落とす−






 −前にその手は瑠依くんに止められた。



「………あ、」


 無表情の瑠依くんの顔を一目見ると、さぁっと血の気が引いて急に冷静になって行く。

 私、何してるの? 包丁なんか持って、蜘蛛沢さんを脅して、私、止めてくれなかったら。


 力が抜けて床に包丁が落ちた。カシャンという乾いた音が聞こえると、腕だけではなく身体全部から力が抜けてその場にぺたりと座り込んでしまった。


 そのことにほっとしたのか、蜘蛛沢さんは強気を取り戻していつものように瑠依くんにへばり付いた。


「警察呼ぶわよ瑠依! この女ヤバいわよイッてる!」


 警察。そんな言葉に納得してしまった。

 そうだ、その方がいい。私みたいな頭のおかしい女、裁かれるべきなんだ。もう2度と瑠依くんの前に出れないような重い罪で、どうか。


「離れて、近くにいると殺されるわよ瑠依! …瑠依?」

「…?」


 けれど肝心の瑠依が何の反応もせず何も言わなかった。少しだけだったとしても彼女だった人がこんなに危ないなんて、何か反応してもおかしくないはずなのに。

 気になって顔を上げると、俯いたままの瑠依くんの口が見えた。


 彼は−笑っていた。









「…あはっ、あははははははははははははははははは!」



 突然だった。

 瑠依くんは堰を切ったようにこれ以上ないほど楽しそうに、お腹を抱えて笑い出した。

 私も蜘蛛沢さんも呆然とただひたすら楽しそうに笑う彼を見つめていた。いやあまりのことで目を背けられず、見つめることしか出来なかった。


「あはっ、ははは、はー、あーもー、最っ高、はは」


 笑い声が段々と治まると、瑠依くんはひょいっと包丁を拾ってうっとりと見つめた。


「まさかここまでとはなぁ…ふふ、駄目だ笑いとまんない」

「ちょ、ちょっと瑠依?」

「え? あぁまだいたの?」


 蜘蛛沢さんが青ざめながら話しかけると瑠依くんは忘れてたといったような様子で彼女に振り向き、おもむろに持っていた包丁を彼女の喉元に当てた。


「ひぅ…っ!?」

「お疲れ様、もう君の役目は終わりだよ。悪いけど用済みだから早く帰ってくれる?」


 少しも悪いとは思っていないような顔でにまっと笑う。


「この事は他言無用。分かるよねこの意味、俺極力犯罪は犯したくないんだ」

「あ、あ…」

「さようなら、蜘蛛沢さん」


 蜘蛛沢さんから包丁を離すと彼女はワナワナと震え出して、持ってきた鞄を掴んで叫びながら部屋を出て行く。


「おかしいわよアンタ達! このキチガイ共があぁ!」


 バタンとドアが閉まる音がして、部屋には私と瑠依くんを残された。静寂が生まれ、先ほどの騒がしい空気が嘘のよう。冷静になってもまだ私の頭は真っ白で、何が起きたのかさっぱり分からない。


「おいで」

「え、あっ…」


 やがて瑠依くんに引っ張られて立ち上がると、そのまま彼の部屋へと連行される。数度目の部屋に入り鍵を閉める音がして、ベッドに座らされる。


「あ、あの…瑠依くん…」

「ん? 何?」


 瑠依くんは混乱する私とは正反対にすごく楽しそうだ。私の長い髪を弄って遊んでいる。

 あんな醜態をみせたというのに、どうして目の前の彼がこんなに冷静なのか分からない。蜘蛛沢さんのように飛び出していってもおかしくないはずなのに。


「気持ち悪く、ないの? 私、嫉妬で人を殺しかけたんだよ? 普通は、近寄りたくなくなるよね…?」


 あんまりにも自然な瑠依くんを、何故だか私の方が段々怖くなってきて消え入りそうな声で尋ねた。彼はすぐさま「ええ?」と理解しかねる様子で笑う。


「だって俺が愛に、そうなって欲しかったんだよ?」

「…え?」


 彼は今なんと言った?

 そうなって欲しかった?


 ゾワリと身体が震えて瑠依くんから身を引くと、いち早く察して手を握られる。こんなにも触れたかった手なのに今は恐怖しか感じない。


「愛が嫉妬深いことなんて知ってるよ。だから好きなのに」

「じゃ、じゃあまさか、私が嫉妬するように蜘蛛沢さんに近付いたの…?」


 冗談で言ったつもりだった。けれど彼はあっさりと頷く。


「当たり前。じゃなきゃ親しくするはずないじゃないあんな蜘蛛女」

「…く、もおんな…?」


 永遠に聞くことはないだろうと思っていた瑠依くんの暴言に驚いていると、彼は楽しそうに私を抱き締めた。温かいのに、身体は冷たくなっていく。


「俺は君を愛してるよ。だから君も同じくらい俺を愛して欲しかったんだ」

「同じ、くらい…?」

「うん。嫉妬して周りが見えなくなって…人を殺してしまうほど強く、ね」


 嫌な汗が流れる。

 まさか。私が蜘蛛沢さんを殺すことを望んでいるなんて。

 こんなの異常だ、おかしい。本当に目の前の彼は、瑠依くんなのかどうかも分からなくなってきた。


「愛は俺の作戦通りにあの人に嫉妬して、憎悪して、殺したいほど憎んでくれたね。俺すごく嬉しいよ感動すらしたね」

「…で、でも」

「おかしいと思う? 思わないよね、君が体験した事だもんね嫉妬で人を殺すこと。どうだった? 俺と同じ気持ちになってくれた?」

「や、やめて!」


 怖くなって瑠依くんを突き飛ばす。それでもまだ楽しそうに笑う瑠依くんが何を考えているのか分からず、ベッドから離れる。

 おかしい。私が言うのもおかしいけれど、こんなのは駄目だ。俺と同じ気持ちって何? いつもこんな気持ちだったってこと? あの瑠依くんが? 私に? 分からない、分からない分からない。


「どうしたのさ愛、何も怖がる事なんてない。君は異常なほど俺が好きで、俺も君が異常なほど好きなだけだよ」

「どうして…どうしてなの」

「え?」


 瑠依から笑顔が消える。


「る、瑠依くんが私を好きになってくれたことよく分かったよ、すごく嬉しいよ! 私も同じ気持ちだしきっと私はそれ以上だと思う…」

「………」

「で、でもだからって人を殺すなんておかしいと思う。蜘蛛沢さんだって、きっと怖がって」


 舌打ちが鳴る。


「…だからあの蜘蛛女は嫌いなんだよ」

「…え? ひゃっ」


 強い力で引っ張られて抵抗する隙もないままベッドに押し倒された。抜け出せないように両手を頭の上で固定され、見上げると上に瑠依くんが覆い被さる。


「るい、く…?」

「なんであの女の味方なわけ、愛は俺が好きなんだよね愛してるんだよねぇ!」

「いっ…!」


 固定された腕が軋む。小さく悲鳴を上げても瑠依くんは冷たい目をしたまま続ける。


「アイツ前々から愛にちょっかいかけてさ。知ってる? 案外あの女も愛を苛める事が好きなんだよ、反応が良いからって」

「ちが、蜘蛛沢さんは、私の事なんか邪魔で嫌いなはず…」

「名前呼ばないでよ」

「ひ、あ」


 首をやや強めに噛まれた。ひどく甘いはずなのに、身体は震えて涙がこぼれ落ちる。


「ずうっと憎かったよあの蜘蛛女。俺の愛虐めやがってさぁ俺もまだあんな風に怯えさせたことなかったのに!」


 怖い、怖いよ。

 どうしてこんな事になってるの。私が嫉妬したから駄目だったの。瑠依くんを好きになったところから駄目だったの。

 誰か、誰か教えて。

 誰か。


「まき、ちゃん…」


 その名前を聞いた瑠依くんは最初嫌な顔をした後、すぐ何か思いついたようににっと口元を上げる。


「愛、友達に助けを求めるほど怖いの? 俺の気持ち、受け止めてくれないんだ?」

「………」

「あーあ、愛が俺を同じように愛してくれないなら俺、その真希ちゃんに乗り換えようかなぁ」

「えっ…」


 震えが止まった。むしろ身体がカッと熱くなった気がする。

 まさか真希ちゃんに嫉妬なんて、まさか。


 私のそんな様子に瑠依くんは満足そうに笑って私にキスをした。


「ほら、ね。愛も俺と同じ。親友だろうと同性だろうと嫉妬しちゃう性格なんだよ。度を越えると、殺したくなるところまで全部一緒」

「わ、私は、真希ちゃんに嫉妬なんて…」

「あー真希ちゃんも邪魔だなぁ!」


 突然変わった低い声にビクッとなる。分かりやすく黙った私に、瑠依くんはクスクスと笑った。


「ねぇ愛、このまま俺の家に住みなよ。外なんか出なくていい。親は長期の海外出張でいないし、ちょうどいい」

「え…?」

「これ以上俺以外の奴見なくて済むよ」


 そんな、と言いかけて唇で塞がれる。抵抗は出来ない。


「これで俺も愛しか見れないし、嬉しいよね?」

「………る、いくん」

「愛してるよ」


 どうしようもない。

 こうなってしまったのも、呆れるような瑠依くんの愛も。


 けれど1番どうしようもないのが。

 私が嬉しいと思っていることだった。



***



「ただいま、愛」

「おかえり、瑠依くん」

「外には…出てないよね勿論」

「うん」

「誰も部屋に入れてないよね」

「うん」

「良かった。…大好きだよ、一生俺しか見ないで」

「…うん。瑠依くんもだよ」

「勿論」




 ここは扉の開いた、鳥籠。


 狂った私の…私達の、居場所。



「ねぇ瑠依くん」




 ヤンデレな彼女は好きですか?




「超俺得!」というのがタイトルに対する答えです←

なんというか…1度ヤンデレもの書きたかったんですすみません。

ヤンデレ、共依存、大好きです。年の差の次に好きです。

これも一つのハッピーエンド、ということで。時間が出来たら彼氏視点とか友人視点と書きたい。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ヤンデレと聞いたら女性と考えていたのが甘かった。 まさかの衝撃の展開になるとは・・・・
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