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COUNT DOWN  作者: 有本康介
9/15

第七話「プレゼント 前編」


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「おねえちゃん」

「何? ちょ、かなり眠いんだけど」

「おトイレ……」

「トイレて、トイレてあんた…………はぁ。いいよ、行こ」

「うん!」

「……あんたさあ、今いくつ?」

「ご!」

「かぁ、もうなんだってこんな幼児脳!? 育て方ミスった!?」

「おねえちゃん?」

「いい。気にしないで。あともう行くよ」

「おてて!」

「はいはいって、あー。……あ、この子は大丈夫なのか。うん、いいよ」

「…………あったかい」

「うん、そうだね。もうトイレの前だね。放そうね?」

「おねえちゃん。……いたい」

「あ、ごめん。いやほんとマジで。あらら? どうしたのかな? 私の握力こんなに強かったのかな?」「……おねえちゃん、ないてるの?」

「泣いてないよ」

「でも」

「泣いてないったら。ただ」 

「ただ?」

「人に触れるのっていいなって。いやごめん忘れて」

「………………」

「大丈夫だって。そんな不安な顔しないでよ」

「……お父さんとお母さんは」

「あの二人みたいにいなくならないって。少なくともあんたが大人になるまでね」

「…………おねえちゃん」

「なによもう。照れるじゃん」

「おしっこ……」

「……行ってきな。因香」

  







「じゃあ、今日はこの辺で。この続きは次回するから、予習しっかりしといてね」

 僕が専攻している科目の准教授はそう言うと、そそくさと講義室から出て行った。

 長机を組み合わせて、長細く長方形の形を形成した机から次々に生徒達がパイプ椅子を引き、続いて出ていく。

 午後一番の講義を終えた皆の顔は晴れやかで、いきいきとしていた。

 この講義の主旨から、少人数で授業を行うことにしているため出ていく顔ぶれはみな覚えている。

 そのうちの何人かは「じゃあな柴」「またね柴ちゃん」なんてフレンドリーに声を掛けてくれる。いいやつらだ。

 ちなみに僕の名前は椎柴梢。大学一回生。友人からの愛称は「柴」もしくは「柴ちゃん」。どうでもいいかな?

 僕は自分で動かせる顔面の筋肉をぎこちなく動かして彼らを見送った。

「変な顔だねえ」

 隣の席のショウグンは僕の顔にそう評価をつけた。

「ショウグン。帰らないの?」

「いやいや。明らかに君を待ってたんでしょうが……」

 ショウグンは呆れながら僕の頭を自身の筆箱で叩いた。コンビニで売ってそうなアルミのペンケースだったので、カンと小気味よい音がなった。それと少し痛かった。

 ショウグン、本名市松筑紫。大学の新入生歓迎コンパで知り合い、友人関係を継続中。性別は女だが、不思議と女性らしさを感じさせない態度で、大学内で僕の最も親しい友人だったりする。あだ名のショウグンという名前、その由来は僕自身は知らないのだが、周りの人が勝手にそう呼び始めたので僕もそれに倣っていい始めるようになった。まあ、そう言うと彼女は決まって「ショウグンはやめろ。名前で呼べ」と強制してくるのだが。

「世界は青いね。ショウグン」

「柴ちゃん、さっきの授業中も寝てたね? どんな夢みたのさ」

「寝てないよ。でもまあ頭の中は妙にすっきりとしてるかな」

「自覚ないのかなあこの男は……」

 まあまあと宥めつつ、僕は隣に立つショウグンに自分の隣の席の椅子を開けた。

「何?」

「お坐りなさいな」

「正気?」

 ひどい言われようだ。席を勧めただけだぞ僕は。

「まわり見てみなさい。あなたと私。それ以外に誰かいる? おら、おらおら」

 がんがんがんとペンケースで僕の頭を殴る。殴る殴る。コブになっていないか心配だ。

「おしゃべりしようよ」

「……仕方ないなこの野郎」

 押すと大抵流される女。それがショウグンだった。

「大学ってさ」

「ん、何?」

 実を言うと僕は話す内容を特に持っていなかった。

 ただ時間が欲しかったのだと思う。

「いや大学って、私服になっただけで、教室とかはあんまり変わらないよね」

「ここがそうってだけもあるけどね。まあこの教室小さいよね」

 ショウグンは僕の言葉に同意して正面に備え付けてあるホワイトボードを指さす。

「そうだね、これなんてそこら辺の塾の方が立派かもしれないしね」

「そう、それ。僕はそれが言いたかった。この教室って大学の校内ってより塾の一室って感じがするんだよ」

 繰り返すようだが、この教室が特に酷いだけだ。他はもっとしっかりしている。

 日当たりの悪いのに加えて、面積は高校の教室の三分の二ほど。ホワイトボードが常時されるがその他には隅にぼろい扇風機が四個、窓際の小さなラックに辞典がいくつか挟まっていて、あとは先程説明した長机の集合体。それだけ。

 うんうんと僕が頷いていると、ショウグンが白けた目で僕を見つめていたのが分かった。

「…………盛り上がらないね」

 ショウグンはぼそりと床に向かって投げ捨てた。

 実にその通り。

 というか僕はわざとそうしている。


 『因香はな、後天的なんだ』


 頭の中に数日前の芳人さんの声が響いた。


 『細雪入鹿』


 芳人さんはその人物を因香ちゃんに超能力を「移した」と言った。

 また、因香ちゃんの姉だとも。

「柴ちゃんなんか元気ない?」

 正直に言うと元気がない。

 僕はおとなしく首肯し、ショウグンの頭にチョップをした。

「痛い! なにする!」

「ごめん。わざとじゃないんだよ」

「……なら許そうじゃないか」

 単純なショウグンは見ていて和む。

 僕が目を細めてショウグンを眺めていたその時、僕の携帯が静かに唸りを上げた。

 水楢からのメールだった。

  

 

 


「鬱陶しい鬱陶しいとは思ってたけどね。うん。まさか君がここまで僕に絡んでくるなんて正直予想もしてなかったよ。褒めてやるよ水楢。君は僕にここまで人の悪口を言わせた偉大な男だ」 

「そこまで言われなきゃ駄目か!?」

「静かにしろ。公共施設だぞ」

 ただでさえ水楢なんかと一緒だというのに、ここは電車だ。

 こんな馬鹿と知り合いだと周りの乗客に思われることが僕には不快だった。

 ぐらぐらと車内が揺れ、時々隣に座る水楢にぶつかる。

「意外と込んでるな、この時間でも」

 水楢は携帯電話を眺めて言った。僕が尋ねると三時と答えた。

「まさかお前に呼び出されるなんて思わなかったよ」

「俺だって意外だ。芳人んとこの妹にお願いされたんだからな」

 そうだった。それも意外だ。って、ん? なんか引っかかる言葉が耳に入ったぞ?

「それより聞いてくれよ。最近翼果が妙に女っぽくなってお兄ちゃんの心は複雑なんですけど」

 それがなんなのかはっきりする前に、水楢は自分の妹の話を振った。

「あぁ、江夏君か」

「そう、それよ。なんかな、昔はこう、いかにも「はっちゃけてますから! 自分目立ってますから! イケてますから!」みたいなメイクだったのに、ここ数週間メイクは控えめになるわ、言葉遣いは優しくなるわ、こうなんつうの? キモい」

「安心しろよ。兄貴のほうがもっとキモいから」

「今は俺の話じゃねえ!」

「叫ぶな水楢」

 僕は興奮する水楢を抑えて周りを見た。

 真左には座席の端にある金属製の手すり。右が水楢。対面に学生集団が三人、べらべらと喧しくマンガの意見を交換している。中年男性もちらほら見られ、僕たちと同学年、もしくはそれより年齢が上の女性もいた。全員こっちを見ていない。よし、このくらいなら睨まれる心配はないな。

 とにもかくにも状況の整理が必要だ。

 僕が何故こんな馬鹿と二人、午後の学生ラッシュ込み合う電車に乗り合わせているのか。

「要件ってなんだっけ?」

 僕は隣に座る水楢の脇を右肘で小突いた。予想以上に鍛えられていてそれほどいい感触はしない。

「ん、あ、ああ」

 目を彷徨わせてから水楢ははっとなったように僕に気がついた。先ほどの水楢の視線を追うなら、出口近くの女性に目をつけていたらしい。突っ込む気にもなれなかった。

「誕生日なんだとさ。芳人の。だからそのプレゼントを選んでほしいって」

「それお前必要なのか?」

 僕は思ったままのことを口にした。出会って間もない水楢が芳人さんにプレゼントって、なんだか突然すぎるだろ。

 水楢の以来を受けたのは先々週。だったらまだほとんど顔なじみ程度だ。わざわざプレゼント選びにこの男を同席させる意味がわからん。

「さあ? でもとりあえず妹さんはこうも言ってたぜ。『……梢は人の嫌がる物を買う』って。だから俺がつけられたんじゃね?」

「ちょっと因香ちゃんもいいす、」

「あん、いいす?」

 あれ、因香ちゃん?

 それとは別に、先ほどの違和感の正体がはっきりした。

 「お前なんで因香ちゃんのこと知ってるんだ?」

 この前の事件で、僕は必死になって水楢から因香ちゃんを遠ざけようとした。だというのになぜこの男は知っているのだ?

「お前、初回で会ったろ。確かお前もいたぞ」

「…………ああ」

 そういやそうだったな。

 こいつの妹のストーカー騒動で事務所に来た時会っていたな。必死で会わせないように努力していた自分を思い出したよ。

「妹さん普通に可愛いよな」

「お前殺すぞ?」

 自分が思っていたより低い音が出て驚いた。水楢はひきつった笑みを浮かべていた。

「冗談だって。あの子俺の妹と同い年くらいだろ? 妹に恋愛感情抱くなんてありえねえって」

 僕は彼の妹である翼果ちゃんを思い浮かべた。

「いやお前シスコンじゃないか」

「失敬な!」

 無駄なお喋りを繰り広げているうちに電車が止まった。目的地に着いたようだった。

 

 


 光ヶ丘から三駅離れた、ここ、中央南という駅では、地方から取り寄せている雑貨や、食料品なんかが集中している大手ショッピング会社や、大型デパートなんかが集中している。若い世代に注目されがちな流行のファッション店も数多く揃えられており、休日にカップル連れを見るのもそう珍しいことではない。

 町全体が田舎っぽい光ヶ丘と比べると、中央南はまだ垢ぬけて見える。

 プレゼント選びにこの場所を選んだのも、ここなら近場でいい物が揃えれるからだ。

 そんなわけで僕は水楢と二人でデパートを散策していた。

「平日っつーこともあってかな。やっぱ人すくねえな」

「仕方ないと思うけどね」

 僕はそう言って言葉を切った。水楢との会話に十秒以上必要としたくはない。

 互いに思い思い、どんな物がいいかとデパートに入店し、一定の距離を置いて商品を観察していた。

 そんな時だ。

 僕がショーケースでブランド物の時計を物色していると、水楢が「おい、おい」と肩を掴んだ。なんだよ。

「ちょっとあれなんだ?」

 ぶるぶると小刻みに震えながら、水楢が指さした先にあったのは、一人の人間だった。

「…………うん?」

 僕はその指さされた人物をじっと見た。

 休憩用に設置されたベンチに、まるでゴロツキのように大股を広げ、四人掛けのベンチの中央にでかでかと座り煙草を吹かしている。一応喫煙コーナーではあるが態度が妙にでかい。それよりも気になる点が一つ。

「アフロだね」

「ああ。そしてジャージだ」

 頭の二倍くらいのサイズのビッグアフロを携えたその男は、全くに合っていない真緑の上下ジャージを着用。足にはランニングシューズではなく下駄。時代錯誤甚だしい堅気とは思えない小さな丸いサングラス。

「無視しよう」

 一も二もなく僕は水楢に提案した。

 僕が水楢の服の裾を引っ張って、この場を後にしようとしたが、妙だ。水楢が一向に動かない。

「おい、水楢?」

 若干の苛立ちと疑問を持って水楢の顔を覗き込むと、水楢は「やっちまった」という顔をしていた。

 左の方の頬を引きつらせ、脂汗をふんだんに流し、目の焦点が合っていない。マンガだとさらに顔の上あたりに斜線が入っただろう。

 失敗した、という顔だった。

「梢。ごめん」

「あ?」

「なんかすげえ目があった……」

「お前――」

 僕の言葉が言い終わる前に、休憩所のベンチがひっくり返った。

「おわ! なんだ!」

 見ると、何故かふんふんと鼻息荒く、嬉々として僕らを見つめているアフロジャージがいた。

 やばい。芳人さんと似たオーラを発しているぞこの人。

 つかつかと歩み寄ってくるアフロジャージ。

 逃げようとする僕。

 硬直した水楢が僕の腕を掴んでそれを阻止する。おい! 頼むから放してくれよ!

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」

 雄たけびを発しながら、その男は「ガシっ」という効果音と共に、水楢の両肩を掴んだ。

「ひっぃぃいぃ!」

 完全にビビりまくる水楢。うんわかる。そして僕もすごく怖い。なんだこのおっさん。

「わ、わいはなあ!」

「ひっ!」

「BIGなんやぁああああああああああああああああああ!!」

 高らかに叫び、水楢の肩を揺さぶるアフロジャージ。言葉から察するに関西圏の人らしかった。

「ええか坊主。お前ちょっと髪染めていい気になっとるか知らんけどな。ちょぅ、調子に乗り過ぎちゃうか?」

 何故か水楢の格好について説教をし出したアフロジャージ。酔ってるのか? この人。

「なんぞ真っキンキンに染めくさりおって。それが格好いいと思ってんのかダアホ!」

「え、え、えと……」

「口応えすんなや!」

 頼むよ水楢。涙を流しながらこっち見ないでくれよ。僕はお前の味方じゃないんだ。

「あとそっちの坊主もや」

 やばい。なんか知らんが僕にも御鉢が周ってきた。ほっとすんな水楢!

「うるせえ! やんのか関西弁!」

 ああ。よく分からない罵倒を防ぐために先に仕掛けてしまった。

「あ? なんや小僧。お前も調子のっとんのか?」

「あ、すんません。調子とか乗ってないんで。僕らただ通りかかっただけでして。すんません抜けます」

「待たんかい」

 なんだかなあ。

 芳人さんみたいにうざい感じで絡んでくるのは慣れたけど、いきなり腕掴んでくるのは卑怯じゃないか?

「痛いっす。いやマジぱないっす」

「苛立つ話し方すんなやドアホ! シバくぞワレ!」

「怖! 逃げようぜ水楢」

 突如拳を振るいだしたアフロにさすがに恐怖を覚えた。ていうかさ、本気で思うよ。誰だよこのアフロ。軽くキチ○イ入ってるだろ。

「ま、待ってくれぇえええ」

 かと思うと、今度は溢れださんばかりにアフロは泣き出した。所謂号泣である。

 人が少ないといってもやはり数人はいる。そんな人達が「なんだなんだ」と集まり出した。

「ちょ、なんすか。泣きやんでくださいよ。あ、なんでもないんで。気にしないでください」

 僕はドン引きしつつアフロから軽く距離を取り、他のお客さんに愛想をばら撒く。水楢は未だ持って硬直していた。復活しろよ。

「わ、わいはなあ……」

 アフロが口を開いた。一刻も早くこの場を立ち去りたい気持ちが増した。

「どうしたらええんや!」

「支離滅裂っすね。まず何がですか? 話の筋道を立てていきましょう」

「お前にわいの何がわかるっちゅーねん!」

 面倒臭ぇよこのグリーンアフロ。もう帰っちゃ駄目かな。

「あ、待ってくれ。話す。話すから見捨てんといて!」

 アフロのツンデレとか勘弁願いたいところだった。

「わいの事情。ちょぉ聞いてくれるか?」

 アフロのサングラスがきらりと光った。

 おい、まさかこれ、もう巻き込まれてる?


 

  

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