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COUNT DOWN  作者: 有本康介
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第六話「過去編 sideA 2」


×

 聞くところによると、細雪も僕と似たような力があることを知った。

「私のはな、お前のよりもっと性質悪いよ」

 たいして楽しい話題でもないのに細雪は笑い、僕に自分の力を語った。

 夏休みの最中の、炎天下の元、やはり屋上でのことで、出来ればそんな話を聞かずにクーラーの効いた図書室でゆっくりと過ごしたい僕だったが、細雪の普段とは違う真剣な顔つきから逃れる術はなく、僕はゆっくりと頷いた。

「私は、相手の感情を意のままに操ることができる」

 細雪は、あついあついと言いながら、フェンス近くにある鉄の手すりを掴んでいた。

 僕は背負っていたショルダーバックから、ついさっき購入したばかりの炭酸ジュースのペットボトルを二本取り出し、片方を細雪に投げた。

「相手に触れると、ベクトルでも換えるみたいに、自分の好きなように感情をコントロールすることができる。私も白樫と同じなんだ」

 蓋を開けた途端「ぶしゃああ」と中身が零れおち、持っていた炭酸ジュースで手がべとべとになっていた細雪を僕は盛大に笑った。全力で振った甲斐があった。

 僕と細雪は屋上から出て、階段をすぐ降りた男子トイレに入った。

 勘違いして欲しくないが、僕が誘ったわけではない。一刻も早く手を洗いたいという細雪が逆に僕の手を引いたのだ。おかげで僕も手がべとべとだ。

 一階二階三階と、男子女子交互に設置されてある校舎なので、女子トイレはその下にあり、行くのが面倒であるのと、夏休みなのでこんな上までトイレを使う奴なんていないだろうという判断だった。

「白樫。お前はどう思う? いきなり自分が「悲しんでいた」のに、ふとした瞬間「怒っている」としたら」

 ポケットからハンカチを取り出して手を拭く細雪。それを尻目に僕は、「さあ? まあ情緒不安定としか」と対して面白くもない返しをした。

「情緒不安定ね。確かにその通りかも。私は他人の人生を壊せるんだ。精神をいかれさせることができるんだ」

 ハンカチのなかった僕は、カッターシャツの端で拭こうとしたが、細雪に別のハンカチを差し出されてので、甘えることにしながら無言で聞いていた。

「私はそれが怖い。とても怖い。怖くて怖くて。なんで自分にはこんな力があるんだろうって。思ったことは一度や二度ではなかった」

 僕にも同じ経験があった。

 怖くて、本当に怖くて。

 だから、友人から逃げた。

「こんな力。なければよかったのに」

 細雪の最後の呟きは、消え入りそうなほど小さくトイレにこだました。





×


 夏が過ぎ、秋が訪れ、そして冬に差し掛かった頃、細雪は僕を自宅に招いた。

 現在進行形で、微妙な立ち位置にいるクラスから逃れているうち、自然と僕と細雪の親交は深くなっていった。

 この頃から僕らは互いに下の名前で呼び合うようになり、それなりに友達をしていた。

 駅から徒歩数分と、随分と近い所に細雪の住居はあった。

「古いな」

「レトロって言えよ」

 築何十年という古びたアパートを目に、僕は口の端を引きつらせた。

「なんにもねえけどよ。かき氷くらいならシロップあるから出せるさ」

「いや、いい。遠慮しとく」

 立てつけの悪いアルミの扉を超え、入ったすぐの居間で腰を降ろした僕と細雪。どんと存在感を醸し出しているちゃぶ台が昭和を感じさせた。彼女が思い出したように腰を上げかけたところで、僕はそれを制した。今何月だと思っている。

「なんかすげえきれぇなんだが、この家」

 細雪家はまるでモデルハウスのうような整頓具合で、床には埃一つ落ちていなかった。

 細雪はそれに、ああ、と短く返し、ごろんと胡坐の姿勢のまま床に転がった。

「物がないだけだって。見てみなよ。ここが居間、であっちがあたしの部屋、その次が妹、で、トイレと風呂。以上」

 天井に顔を向けた状態で、細雪は右手の人差し指を下にし、その後順々に閉まっている扉を指さして言った。

 僕はその説明にどうしようもない違和感を覚えた。

「なあ入鹿。親の部屋とかってないのか?」

 細雪は一瞬だけ僕の方に身を起こし、眉毛をおどけたように動かし、「いねー」と答えた。

「いない? あ、いやすまん」

 僕は咄嗟に謝った。親がいないなんて事情、そう易々と話すものでもないだろう。

 そこで細雪はぶんぶんと手を振り、違う違うと否定した。

「何が違うんだ?」

「親父もお袋も海外ってだけ。仕送りはあるから、芳人が思ってるようなことじゃねえって」

 細雪はそう言って僕の脇腹を軽く蹴った。この話はもうするなという合図らしい。

「そういえばよ、なんで僕を呼んだんだ?」

 僕は話題を変えるために疑問に思っていたことを尋ねた。

 細雪は僕を蹴るのによほどはまったのか、にぃっと左頬を吊り上げて蹴り続けている。全く僕の話を訊いていないようだった。

「おい。痛い。たまに鳩尾入るからやめてグボぉ!」

 勢いづいた一発が僕の下腹部より下、太腿と太腿の間より少し下の、とてもじゃないが蹴って良い場所ではない所に直撃した。

「お、あー、いや。うん。ごめん」

「お、お、おぉ…………っ……っこ……」

 ぷるぷると震えながら僕は痛みが引くのを待った。この女。クソ! この女……。

「大丈夫? ん? お姉さんに話してみ?」

「お前が原因だよ馬鹿!」

「馬鹿って言われた。なにこれ、罵倒が気持ちいい今日この頃!?」

「知らねえよ! つか気持ち悪りぃよ!」

 冗談を言わない女だからこういう対応は普通に困る。

「私さ。Mって得だと思う」

「何語り出してんだよ。いや、その前に僕の最初の質問に答えてねえ!」

「M、すなわちマゾ。なんか響きがちょっとゾクってこない?」

「聞けよ!」

「五月蠅いな。お前あれか? 人との会話とか普通に対応しちゃう感じのお人ですか? かー、嫌だね。やんなっちゃう。もっとこう柔軟に受け答えできんかね君は」

「話の趣旨がズレてんだよ! てかやめろそのよく分からんキャラ作り!」

「ちぇ、ばれたか」

 僕は肩を揺らして息継ぎをし、対して細雪はべたーっとちゃぶ台に突っ伏していた。あまり大きくないちゃぶ台。細雪の対面に僕は座っており、彼女の足が届くくらい僕らの距離は近く、即ち突っ伏している彼女の顔が僕からはすごく近くて――

「……あい? どしたー?」

「………………なんでもない」

「……変な奴ー」

 いつの間にか細雪から顔全体を逸らしていた。

 耳がやけに熱かった。



 本当に何もない家だった。

 テレビゲームはおろか、将棋やオセロ。トランプすらなかった。

 のに、

「なんでジェンガだけあるんだよ……」

「し、静かに。今声掛けたら芳人が罰ゲームな」

「おいおい……」

「だったら黙ってろ」

「うげ……」

 ふるふると人差し指と親指でブロックをつまみ、引きぬこうとする細雪。

「やめろ。それ絶対崩れる」

「いーや大丈夫。ていうか本気で話掛けんな!」

 こいつ馬鹿だ。見るからに支柱ですと申告してそうな柱を抜こうとしている。

 僕はどきどきと鼓動する心臓を抑えながら勝利を確信していた。

 が、気が引ける。

「おい、マジでやめろって……」

「うっさい! 女にゃあやらにゃいかん時があるとですよ! でい!!」

 細雪が一気に引き抜いたそのブロック。

 支えを失ったピサの斜塔は、コンマ一つ猶予を与えぬ前にその姿を消した。

 がらがら、ばらばらと、派手な音をまき散らしながら。

「………………」

 僕は無言で細雪を見た。

「………………」

 彼女は無言でブロックの残骸を見ていた。その眼はどこか虚ろで、やけを起こさないか心配になるほどで。

「なあ入鹿。もうやめないか? この遊び。もう、金ないしさ」

 僕は彼女にそう提案した。

 二時間前。

 暇で暇ですることがなくなった僕たちは、細雪の提案で、福引でもらったというジェンガ(1974年、イギリスで開発され、今現在日本でもこよなく愛されているブロック型バランスゲームである。初めに、三本のブロックを横に並べて一段と成るものを順に交互に重ねていき、塔にしていく。その塔を崩さないように、三本の層から一本ずつ抜いていき、上に重ねていくというものだ。複数人でやるゲームで、塔が崩れたプレイヤーの負け。至ってシンプルな内容である。現在では様々な種類が誕生し、人生ジェンガ、ジャンボジェンガ、恐怖ジェンガ、などなど、バリエーション豊かである。byタカラトミー)をすることに決めたのだが、ただゲームをするだけではテンションがあがらないなどと細雪がほざいたので、賭け金一試合20円でスタートしたのだが――

 『グシャアアアアアアァッ』

「…………脱ぐ」

「頼むからもうやめよう」

 細雪はこのジェンガというゲームに、非常に弱かった。

 彼女の初めの持ち金は、財布の中に七百三十円。端数を取り除いたとしても彼女がどれだけ負け続けたか窺えるだろう。賭け金がなくなったという理由で服を脱ぎ出した、というのが今の現状だ。やめてほしいところだ。ちなみに僕の負けない。

「なあ入鹿。そろそろ腹減ったんだが……」

 僕はジェンガの後片づけをしながら、向かいで不貞腐れた子供のように唇を突き出した細雪に声を掛けた。

 正直二時間もこの単調すぎるゲームをしていたので、飽きていたというのもある。

 時刻は十二時をすこし回った頃。いくら土曜日の休日だからといって腹が減らない道理はない。空腹は僕のボディに強烈にダメージを与えていた。

「あー、じゃあ作るか」

「え、どっか食いに行くんじゃねえの?」

「金お前に取られただろうが」

 あんなものすぐにでも返してよかったのだが、せっかく細雪が作ると言っている。だから、というか、理由は不明だが、僕は「返す」とは言わず、「頼む」と答えていた。

 どうにも今日の僕は細雪に対しておかしかった。

 学校でなら全く気にならない箇所が気になるのだ。

 例えば格好。

 彼女は今現在黒いワンピース一着にブラウンのデニム。ただそれだけのシンプルな服装なのに、それだというのに僕の眼球は必死で彼女の姿を捉えていた。

 例えば髪型。

 普段は後ろで一本に束ねているそれが、今日は何の髪止めもつけず、さらりと自然体のままうなじからや首元に流れている。

 例えば家。

 この家に充満する細雪の甘い匂いが僕を極度の緊張に追い込む。

 総じて、今日の僕は正常ではない。

「出来たぞー」

 僕がジェンガを片づけ、専用の容器に収納している最中に細雪は大きな皿に、なにやら野菜炒めの様なものを運んできた。あれ? 少し早すぎないか?

「おい芳人。片づけだけで半時間使ってんじゃねえよ……」

「え、半時間て」

 僕は片眼で細雪家の置時計を見た。誰の趣味か分からないが、奇抜な落書きが施されているその時計には、確かに時間が三十分過ぎていたことが分かった。

「トリップしてたのか? 僕は」

「知らねえよ。あ、しまった。客人用の箸とか用意してねえ。おーい芳人。すまんけど私の使ってくれない? 私は妹の使うから」

「え、いやお前自分の使えばいいんじゃね?」

「なんで私がお前に可愛い妹の箸を使わにゃあいかんのだ」

 軽く睨まれた。いや、使えって、お前の箸をか?

「コンビニまで行ってくるよ」

「冷めるだろ。いいって。ほれ使え」

 有無を言わさぬ感じで細雪はどんどん用意を済ませていく。 

 卓にはご飯、味噌汁、漬物、野菜炒め、茶、よく分からない干し魚。

「なんかやけに普通の家庭っぽい昼食なんだが?」

「普通だ。材料費考えたらコンビニ飯の方が高い。それにメイン以外殆ど昨晩の使い回しだしな」

 互いに手を合わせて頂きますをする。

「なあ。これ使うぞ? お前抵抗ねえの?」

 僕は細雪の箸――桜色で、持ち手に桜の花刻まれている――を右手で振って細雪の反応を見る。

「しつけえ。とっとと食えって。冷めたら私の飯はゲロマズだそうだ」

 細雪本人は全く気せず、もくもくとご飯をかき込んでいた。

「……誰に?」

「妹。あんのガキめ……」

 妹。

 細雪の話の中には、かなりの頻度でその名を耳にする。 

 本人は否定するだろうが、彼女は相当なシスコンだ。恐らくだが。

 言葉の節々にそれを表すものがある。

 僕はほうと相槌を打って、箸を使うことに決めた。何だろう。普通に興奮する自分がいる。

「お、普通に旨いじゃん」

「おいなんだその普通にって。普通ってなんだ。以上に旨いとかあるのか? 不自然に旨いとかあんのか、あん?」

「なんでキレてんだよ……」

 怒りながら僕と彼女の食事を楽しんだ。

 そのとき細雪の頬に、微かな朱が差していたような気もするが、気のせいだったのだろうか。

 追及しようと思っていたら次の話題に移ってしまった。

 今度機会があったら理由を尋ねてみてもいいかもしれない、と、そんなことを思った。



 

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