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COUNT DOWN  作者: 有本康介
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第五話「過去編 sideA 1」


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 先週末。変な女に出遭った。

 変というには少し語弊が生じるかもしれない。漠然としすぎている単語だし、どこがどう変化と言われても、人によっては変と思わない人間もいるだろう。ただし、僕は少なくとも変だと思った。

 それは真っ黒い長髪の、美人だった。

「お前変なネックレスしてんな。肩コリとかなんねえの?」

 彼女は何かにつけて僕の服装にケチをつけた。この言葉は二日前のものだ。イギリスに住んでいる従妹から送られてきた、銀のロザリオを見て彼女は言った。

 綺麗な装飾でところどころにキラキラ光る石が嵌めこまれており、女性物っぽく、確かに僕に似合わないと思った。僕はそれからロザリオをつけるのをやめた。

「なんで外したんだ? 似合ってたのに」

 その次の日、つまり昨日。彼女は僕にそう問うた。自分の言葉で僕がつけるのをやめたとは微塵も考えなかったようだ。

 彼女の変な女たる由縁はそこだった。

 他人の、服装に限らずなんでも――それこそ顔のパーツや食べる物まですべて、細かく本人に感想を言う――そんな特性を持っていて、彼女はそのせいでクラスからも浮いていた。

 そして今日。

 僕は屋上で一人、煙草を吹かしている最中に彼女が現れた。

「よ、元気?」

「普通」

「そっけねえなぁ、おい」

 給水塔の陰からひょこっと姿を出した彼女は、またいつものように僕の隣に座った。

「授業出ないの?」

「あー、なんつーかそんな気分じゃねーんだよ。だりぃっつーかよ」

 彼女はおとなしそうなその外見に似合わず、とても荒々しい、男の様な口調だった。

「そういうお前だっていつもサボってるじゃん。なに? 反抗期? いいねぇ。青くて笑える」

「違う」

 僕は彼女のからかいに簡素に否定した。

 僕はいじめを受けていた。

 といっても、それは今の、つまりこの学校でのことではなく、一年前、中学でのことだ。

「面倒なんだよ。他のやつと交わるってさ。見えたくないのに見えたり、勝手に分かっちまうってのはさ」

 それきり僕は黙った。

 彼女も敢えて何かを言及したりせず、じっと僕の横顔をぼんやりと眺めていた。

 黙っていれば美人。そんな言葉がよく似合う彼女に見つめられることに、なんの違和感も感じないと言えば嘘になる。ただ、僕は彼女を変な女と評したが、決して僕は彼女を嫌っているわけではない。

 さらっと腰まで伸びた黒髪は、頭髪剤を使っていないというのにさらさらだし、ぱっちりと開いた目元は守ってやりたいという庇護欲に駆られる。クラスの女子と比較しても彼女より美しい人間はいない。少なくとも僕はそう思う。

 ならなぜ僕と彼女は出会ったのか。

 それは先週、金曜日の放課後。僕が力を使っているのがばれたからだ。

 僕には不思議な力があった。

 小さい頃から。それは超能力と言ってもいいかもしれない力だった。

 人の感情が読み取れる力。それが僕の持っている不思議だった。

 対象の人間をちらっと見るだけで喜怒哀楽がわかる。

 対象の人間の瞳を覗けば、より詳しく、たとえて言うなら空腹や眠気なんかも付け加えてわかる。

 対象の人間に触れば、対象が心に思い浮かべている過去の感情も、読みとれることができる。

 僕の力が異常だと気がついたのは、幼稚園を卒園する時だった。

 子供たちの間では何ともなかったのだが、子供たちの母親同士が僕のことを微妙に気味悪がっていたそうだ。

 両親を亡くしている僕は祖父母と暮らしており、そういう母親同士のコミュニティに参加していなかったので、これまで僕が同級生の母親達にどう思われているのか知らなかったのだ。

 なんの拍子であの母親達が僕の異常に気がついたのか、今では皆目見当もつかない。

 恐らくだが、なにか友人と喧嘩した時にでもうっかり僕がぼろを出してしまったんじゃないかというのが推測される。

 母親同士の噂は次第に子供たちにも伝わり、小学校、中学校と、幼稚園からほとんどの奴らが地元の学校に上がり、僕はいつしか気持ち悪い人間として扱われるようになった。

 祖父母に迷惑をかけたくないと思った僕は、三年間その事を隠した。いや、隠せていなかったのかもしれない。毎日憂鬱そうな孫の顔を見れば、嫌でも学校で何かあったんだと感づくだろう。

 いじめがあったから、というわけでもないが、僕は高校は地元から遠い場所を希望した。とにかく僕を知っている人間から離れたかったのだと思う。 

 他県で、寮生活の私立高校なら僕を知っている人間はいないと踏んだ。

 生活が苦しいにもかかわらず祖父母はそれに何の異も唱えなず、ただ優しく微笑んでくれた。

 高校一年生となった僕は、これまでと心機一転。素晴らしい学生生活を送れた。

 いままで友達と仲好く喋ったことがなかったので、やや気遅れすることもあったが、それも全てが楽しかった。

 変わったのは冬のこと。

 僕はクラスでも仲良しグループをほぼ固めつつあって、珍しいことに男女混合のグループが僕らだった。

 男女比は一対一。男子三人に女子三人。とても仲の良い集団だったと思う。

 ある日僕はその中の特に親しい女の子に告白をされた。

 その時ぼくは内心すごく焦った。なんで僕なんだ。なんで今言うんだ、と。いや、前前から分かっていたのだ。僕は人の感情が読める。相手がどうしたら喜ぶか、また悲しむか。僕にはお手の物だった。好感を抱かれるように行動していたのは何より自分だったのだ。

 返事は今度でいい。

 女の子はそう言って僕に後ろを向けて、夕日落ちかけている廊下の闇に消えていった。僕は何も言えなかった。

 その日の夜。僕はベッドの中で自分を酷く恥じた。

 何も答えれなかった事実ももちろんだが、他人に嫌われたくないという過去のトラウマから、他人の感情を読んで人間生活を営んでいたのだ。僕の人間関係は僕の意思で作られたものではない。

 偽りの関係で浮かれていた僕はこの時、とんでもなく情けない道化師のようだと思った。

 その日から僕は彼、彼女らのグループから少しづつ距離を置くようになった。

 女の子からの返事はメールで断った。

 直接返事をしない臆病さに我ながら笑った。もちろん自嘲の笑いだ。

 クラスの反応は芳しくなかった。

 あの真面目な奴が。あいつどうしたんだよ。なにかあったのかしら。

 そんな声がよく耳に入ってきた。

 ほっといてくれ。

 僕に人間付き合いは無理だ。

 手探りで、お互い何も知らない状態からじゃないと、本当の人間付き合いは生まれない。

 気がつけば僕は屋上に来ていた。

 鍵はかかっていなかった。

 先客いたのかと思う心の余裕はなく、日当たりのよい秋の日光を浴びながら僕は眠った。

 時々授業を抜け出し、僕は屋上に足を運んだ。

 やっていることは意味の分からない無駄の多いことだが、なぜかその行為に落ち着いた。

 担任から注意を受けた。校長室にも呼び出され、危うく祖父母にも連絡がいきわたりそうになったところで僕は全力で謝り、事なきを得た。

 それでも僕は時々、自習の時間なんかや、五時間目、昼休みの延長で屋上に来ることも少なくなかった。

 クラスでは僕の存在がいないものとされていた。

 僕という人間がよく分からなくなったのだろう。いつもつるんでいたグループに僕の居場所はなくなり、僕に告白した女の子は僕の顔も見なくなった。

 そういう日々がおよそ八か月続き、僕は彼女に出会った。

 梅雨も始まり、湿り気を帯びた屋上の、給水塔の梯子を昇ったその先に、彼女はいた。

 威風堂々たるその姿は、僕の網膜に一生忘れないであろう衝撃を叩きつけた。

「よ。お前七組だろっぉおおおおおお!」

 そのまま華麗に、たんっと飛び降りる仕草をしたと思いきや、単に足を滑らせ、彼女は足場を失った猫のように落ちた。

「おい! 大丈夫か!」

 屋上に設置されてある給水塔から屋上の地面までの距離は六メートル。当然したはコンクリートだ。

 全力で駆け寄り、なんとか彼女を受け止めることに成功。ただし衝撃で僕の肋骨に多大なダメージを与えたことは言葉にするでもない。

「馬鹿か! なんであんなとこ昇ってんだよ!」

「いやー。出来心って若いうちにはあるじゃん?」

 僕の激昂に彼女はしれっと返す。死ぬまでも、後遺症が残るかもしれなかったんだぞ。

 それに。それにだ。

「お前なんで喜んでいるんだよ!」

「え?」

 さっきから頭の中で「嬉しい」「楽しい」「超ハッピー」という言葉が文字になってぐるぐると回っている。

「何が「嬉しい」だ。何が「楽しい」「超ハッピー」だ。ちょっと周りを見ろ!」

「あのー」

「なんだよ」

「私。そんなこと一言も言ってないんだけど?」

 神妙な顔つきで彼女は言った。

「え、あ、うぇ。あ……」

 やってしまった。

 つまりさっきのは彼女の感情だったのだ。

 落ち着いて考えればわかること。今僕と彼女は密着状態。彼女の感情は鮮明すぎるほど鮮明に僕の頭の中に流れ込んでくる。

「ちょ、ちょっとタイム。今の忘れて」

 僕はふらふらと立ち上がり、彼女の前で右手を突きだし、待てのポーズを取る。

「んふふ。ん? なんで?」 

 彼女はさも楽しいとばかりに僕に詰め寄った。

 彼女の横髪がさらりと肩口からこぼれ、甘ったるい香りが僕の鼻腔をくすぐった。

「な、なんでも!」

「別に減るもんじゃなし」

「減るんだよ! なんかよくわかんねえけど。減るんだよ!」

「意味わかんないなあこの人間」

 酷い言い草に酷いくらい中身のない言い争いをし、僕たちはどちらともなく地面に腰を降ろした。

「二年七組。白樫芳人。だよな」

「なんで知ってんだよ。僕お前の名前知らないぞ」

「今どき僕少年! ギャグ? ねえギャグ!?」

「お前ぶっとばすぞ!!」

 話を訊いてみれば僕は二年で相当問題児らしい。その自覚はないでもなかったが、彼女の話を聞いてはっきりとそうだとわかった。

 なんというか。落ち込むなあ。

 いやまあ嘘なんだが。

「お前は?」 

「みい?」

「お前は誰だよ」

「お前は俺だぜ!」

「くだらねえ返ししてんじゃねえよ! はっきり答えやがれ!」

 実にいらいらする女だ。初対面の癖になんだこの女。ぱっと見る限り、この女から「喜」の感情しか浮かんでいない。笑顔がやたらにはっきりしている。

「んー。ヒントは二年七組のもう一人の問題児」

 七組? ということは同じクラスか。しかし心当たりはない。一応真面目にクラスの奴らの顔は覚えているつもりなんだが。

「誰だ? お前みたいな美人見たら忘れないんだが」

「感情表現がベリィグゥ! あっついペーゼをプレゼント! って所だけど、まあ無理ないよ。ちょっと家庭の事情って奴で休学届出していたし。んで、今日復帰。いえー」

「いえーってお前。あ、」

 そういえばクラスに必ず空いている席が一つあった。あれはこの女の席だったのか。

「お前。じゃあ細雪か?」 

「んー。政界ー」

「なんか字が違う気がするが……」

「細雪入鹿。名前が変だけどまあ気にしないで。親父が歴史好きってだけで決めた名前だから」

「男性名じゃなかったか? それ」

「語感がいいんだって。どうせなら哺乳類のほうの漢字当ててほしかったね」

「海豚じゃねえか……」

 それから僕はこの女、細雪入鹿と最も長く高校生活の苦難を共にし、喜びを分かち合う関係となるのだが、その時は「変な女に遭った」くらいの気持ちで、彼女との会話を楽しんでいた。

 

 

 

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