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COUNT DOWN  作者: 有本康介
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第三話「ストリーキング」


 僕って人間はどうも、周りに誰かいないと駄目な人間らしい。

「おーい、柴ちゃーん?」

 無気力感というかなんというか。

 とにかく気が抜けてだらけてだらけて。

 もう大変だ。

「柴ちゃん聞いてる?」

「……聞いてるよ」

 僕はショウグンの手を軽く払いのけて答えた。

「柴ちゃんさ、ずっと寝てたよね、講義中」

「夢の中で授業内容が再生されるから問題ないよ。それより、だるぃ」

「いっつもそれ言ってない?」

 ショウグンはそう言ってけらけらと笑った。なにか釈然としないが口は挟まない。弁が立つショウグンに口で勝てる気がしないし、それにずっと寝ていたのは事実だ。

「バイトだっけ? なんか大変そうだね。そんなに大変ならなんで辞めないの?」

 ショウグンはいつものように両手を腰に回し、小さい子を相手にするように僕に話しかける。

 なんでって、なんでだろう。

 しかし、いや、バイトか。

 僕がここまでだるさを感じる原因として少なからずそれが関係している。

『さあ梢クン。仕事だ仕事だ』

 うぉ、思い出したら芳人さんの声が頭の中で鳴り響いた。

「ごめんショウグン。ちょっと意地はったけどやっぱノート見して。どうにも寝てしまったみたいだから」

「あ、うん。知ってる。あとショウグン言うな。ツクシって名前で呼んでよ」

「考えとくよ。取りあえず学食に行こうか」

 僕はノートを受け取り、ショウグンと二人、人が少なくなった講堂を後にした。



 失礼。自己紹介といこうか。

 僕の名前は椎柴梢(しいしばこずえ。19歳だ。友人からの通称は「柴」もしくは「柴ちゃん」の二択に絞られる。

 通う大学は光ヶ丘駅から徒歩40分の一応名前の知れた国立大学。全体から見れば、中の上の下というそこそこの学力を誇る大学だ。

 友達は結構いる。

 というか、大学の友達って上辺だけの付き合いって言うか、深く踏み込まない仲といえばいいんだろうか。高校の時に比べ、一気に携帯のアドレスは増えた。が、連絡しないような奴も中にはたくさん混じっている。薄っぺらいと言えばそうだが、まあ仕方ないだろうと割り切っている。

 ショウグンはその中で上辺ではない友達に分類される。

 ショウグン、市松筑紫いちまつつくしとは映画研究会の新入生歓迎コンパで知り合い、以降友達関係が続いている。

 一応生物学的にショウグンは女性に分類されるのだが、立ち振る舞いというかオーラというか、とにかく発するものが僕の知っている『女子』とはずれているのでそういうことには気にせずにいられている。

「でもその芳人って人だっけ? 本当に面白いよね」

 ショウグンは僕に言った。

 学食に向かう道中に僕はよく自分のアルバイト、『素敵な白樫しらかし探偵事務所』の話をする。というかショウグンに話しをするように強要される。ショウグン中で芳人さんは人気者だ。ぶっとんだ行動と言動が彼女のつぼに嵌ったらしい。今もその感想の類だろうか。

「言っておくけどね。確かに芳人さんは変わっていて傍から訊いてれば面白い人物かもしれないけど、実際に行動を共にしたら疲れるよ?」

「万引きの件? それはわかるかも。男二人であそこはきついよね」

「僕はそれよりもこの前の事件の方が嫌だったけどね」

「お、おぉ? なになに。またなんかあったの? 教えて? ね、何?」

 興味津津と詰め寄るショウグン。

「大した話じゃないけどね」

 僕は彼女に語ることにした。

 あれは確か、1週間前の事だったか。





×


「ストリーキング?」

「うん。どうだろうか?」

 何がだどうだろうかなんだろう。

 芳人よしとさんの言葉に僕は思わず掃除の手を止めてしまった。空中で静止したはたきが所在なさげに彷徨う。

 ストリーキングと言ったか? この人今。あの真っ裸で従来を走り抜けるあれ?

「ここ最近妙な噂を聞くんだよ」

「自分のですか?」

「何でも、夜中に真っ裸でランニングする幽霊を見ると」

 僕の言葉を何事もなかったかのように無視して芳人さんは事務所のソファに座り、僕にも座るよう促した。スルーされて少し物悲しい気がするが、仕方ない。掃除は一時中断だ。

「はあ、幽霊」

「勿論そんなものこの世にあるかもしれないけど――」

 どっちなんだ。

「――今回は違うような気がするんだ」

 いつになく真剣な芳人さんの瞳が微かに揺れ動く。

「なにか知ってるんですか?」

「ああ。目撃証言によるとその幽霊は、ミスチルのしるしを熱唱していたらしいからな。幽霊は歌は歌えないだろう」

「歌、ですか?」

「ああ。全裸で熱唱だ」

 歌?

 全裸で?

 ……つまりそれって。

「ただの変態ですか?」

「物事を整理し、かつ論理的に思考するならその通りだ」

 芳人さんは優雅に足を組みなおし、ファサっと髪の毛を持ち上げた。

 ……する必要あったか?

「で、僕らの仕事って結局なんですか?」

「そんなこと決まっているだろう」

 決まっていたのか。

「その変態を捕まえるんだよ」



×


 このあたりの警察はあてにならない。

 僕がこの街に引っ越してきて、割と耳にする言葉の一つだった。

 この前の茂木さんの時もそう言っていたが、あれはどういう意味なんだろうか。

 少なくとも、現状芳人さんがその警察のポジションにいるということが分かっている。

 「探偵」事務所の癖に少しも探偵らしい仕事をしないことにがっかりしなかったといえば嘘だ。

 まあだからと言って浮気調査に付き合え、なんて言われても僕は首を縦には振らないだろうけど。あとで聞いた話じゃ探偵と興信所はまた別物で、浮気は興信所の方らしいから関係ない杞憂だったようだけど。

 それは置いておいて、だ。

「どうして僕らが捕まえるんですか?」

 時刻は午前2時。

 場所は光ヶ丘駅駅前の徒歩3分でつく大手コンビニチェーン店前。

 僕は隣で少年漫画雑誌を真剣に凝視する芳人さんに疑問を抱かないでは居れなかった。

「街の平和の為さ」

 パムっと片手で本を閉じ、またも髪の毛を掻きあげ、口の端を持ち上げ爽やかな笑顔を作る。

「本音は?」

「前金20万え――何を言わせる梢クン」

 先程の態度と打って変わり、額からはだらだらととめどない量の汗を流している。

「そもそも誰からの依頼なんですか?」

「…………役所のおじさん」

 隠しても無駄だと分かったのか芳人さんはそう告げた。

「役所、ですか?」

 しかし驚いた。

 まさか芳人さんと役所に繋がりがあったとは。

「昔は真面目に働いていたのさ」

「芳人さん、あなた今いくつなんですか?」

「……ふ」

 笑って誤魔化しやがった。

 と、そこで芳人さんはおもむろに立ち上がった。微かに芳人さんのズボンのポケットが振動している気がする。

 まさかもうか?

「芳人さん」

「ああその通りだ梢クン」

 僕の考えは間違っていなかったか。

「予想以上に早く釣れた」





×


 はっはっはっは。

 その男は走っていた。

 力の限り、持てる筋力の余すところなく、それこそ全力と形容していいほどに疾走していた。

「ぐっ」

 靴は履いていない。しかし自分の目の前に広がる地面はコンクリート。徐々に膝に痛みが蓄積していく。

 固い道を走るのには慣れていた。

 毎晩毎晩この道を、このコンクリートに包まれた大地を踏みしめていたからだ。

 体力は自分の歳にしてはあると思う。

 日課で続けているランニングのおかげだ。

 男は焦っていた。

 誰かが自分の後を追いかけてくるのだ。それも物凄い速度で。

「ふんっ! これるもんなら追いついてみろ!」

 口の端を醜く釣りあげ男は哂った。

 その姿はさながら悪の提督かもしくは獲物を見定める狙撃手スナイパー

 堂々たる態度は追われている身とは思えぬほど存在感を醸し出していた。

 しかし残念なことにひとつ。

 この男はそのような器の持ち主でありながら、服を一糸と纏っていなかった。

 つまりは全裸。

 今回の目標ターゲット、ストリーキングその人であった。





×


 探偵らしからぬ探偵の芳人さんではあるが、一つだけ探偵と僕に思わせる事がある。

 道具。

 芳人さんは余程簡単な事件以外はほとんど自作の道具を使う。

 探偵七つ道具というやつである。

「芳人さん。今更なんですけどそれなんですか?」

「ああこれか。地雷だよ」

「地雷? ですか。それが?」

 ちなみに今僕と芳人さんは走っている最中だ。

 目標の位置は分かっているんだが発見できない。どころか、こちらの動きを読んでいるんじゃないかというくらい的確に僕らから逃げおおせている。なので走りながら僕は芳人さんに説明を乞うている訳だった。

「俺は『他人の感情が読める』。直接相手に触れば一発なんだけど、あんま人に触る機会とかねえだろ? だからこいつの出番ってわけだ」

 芳人さんはすっとポケットから携帯電話サイズの何か四角い黒い塊を取り出した。

「こいつには俺の「感情の匂い」を染み込ませてある。前回の応用だ梢クン。感情には尾が引くといつか話しただろ?」

 覚えている。万引き魔の時に実際それで犯人を見つけた。

「他人にあるんだから勿論自分にだってある。これは相手に自分の感情の尾をつける道具なんだよ」

 どういうことだ? 話が見えない。

「この道具、通称「地雷」は常に俺の感情の帯が流されている。わかりやすく言うなら焼肉の煙の赤外線センサーだ」

 訳が分からないが意味は伝わった。

「えと、つまり焼肉の煙、つまり芳人さんの感情の匂いが赤外線センサーになっていて、道行く人に当たりをかけていたってこと、ですか? でも範囲が広すぎると思うんですけど。いくら夜中だからって犯人以外ってこともあるでしょう」

「俺はこの道具を大体の目星をつけて20個設置した。その中で犯人以外に反応したのも少なくはなかったが明らかに違うものが混じっていたんだ」

「違うもの?」

「ああ。『恥』と『快楽』と『疲労』の感情をもった人物だ」

 恥と快楽と疲労?

「恐らく『恥』は己の裸体を惜しげもなく外に出していること。『快楽』はそれに伴う「見られている」というマゾスティックな悦によるもの。『疲労』は、多分走っているからじゃないか?」

 納得できる推理だ。

 ならばその人物が犯人で間違いないだろう。

「でも気をつけろよ梢クン」

 芳人さんが、低くくぐもった声を上げた。焦っているようだった。

「「地雷」の有効時間は3時間だ。今でもう2時間半。そろそろまずいぞ」

「訊きたかったんですけど、「地雷」に匂いを染み込ませたって、どうやったんですか?」

「引くなよ?」

 僕は頷いた。

「あの道具いっぱいに俺の唾液が入っている。痛むと効力が消えるから急がねえと!」

 うわぁ……。

 汚い七つ道具だった。





×


 男は今もなお走り続けていた。

 そして疑問も抱いていた。

 何故だ!

 どうして奴らの止まる気配がしないのだ! と。 

 男の緊張は徐々に高まっていった。

 男は片膝をついて息を整える。

 全身汗びっしょりだった。

「どういうことだ。私の崇高な趣味を妨害するとは何さまなのだ」

 男はぶつぶつと零し、辺りを窺う。

 大丈夫。やつらはいない。

 自分を見つめる視線には敏感になった。

 自分が注目されていれば気配でわかる。だからいる。自分をつけ回す輩が必ずどこかに。

 男は、自分がこの趣味、全裸で夜中ランニングするという変態まがいの、というか変態そのものの行為に及んだのはおよそ4週間前。

 会社の新入社員歓迎会の時、酔って帰り道に上半身裸になった所から始まった。

 気持ちいい。

 男はそう感じた。

 上だけでこれほど気持ちいいのだ。ならば下を脱いでみたらどうだろうか。

 この日から男のストリーキングライフは始まった。

 毎夜眠れない日はきっかり1時に外に出、2時に帰宅する。

 人が少ない田舎だからできる行為だ。

「誰にも迷惑なぞ掛けてはいないではないか!」 

「いやいや、十分掛けてるっておっさん」

「っ!?」

 男は振り返った。

 誰かが自分の声に反応した。

 自分の背後には二人の男が立っていた。

 一人は背が随分と高い男。モデルのように体の線が細い。薄い乳白色の皮膚は女性のようにも思えたが、力強い光を灯した堀の深い目に、すっきりと一通った鼻がそれを否定している。長い長髪の前髪を金属製のカチューシャで留めて流している。暑苦しそうなスーツに身を包んではいたがとても会社員には見えなかった。

 もう一人は先ほどに比べると小柄な青年で、年齢もカチューシャの男より大分差があるように感じられた。

 ファッションを重視したというヘアスタイルではなく、適度に長い髪は一回りその青年を幼く見せている。横に並ぶ男が余りに特徴的過ぎるため気づきにくいが、こちらもなかなか整った容姿をしている。が、どことなく目が淀んでいて何を考えているのか分からない。生気が抜けていてある種病人の様な男だった。


「なあおっさん」

 カチューシャ男が口を開いた。

「全裸の理由を説明しようぜ」





「――ってなことがあってね」

「ふーん。おもしろそー。結局そのおじさん捕まえたの?」

「まあね。芳人さんがそれでも抵抗する目標に「俺も裸になるぞ!」って意味の分からない張り合いを始めたときは頭がおかしくなりそうだったけど」

 僕は事件の、という事件でもなかったけど、まあその話をショウグンに語り終えた。

 ショウグンの反応は今回も例外なくご機嫌だった。この娘は基本的に芳人さんが絡む話ではご機嫌だ。

 僕は注文した豚の照り焼き定食を学食のテーブルに置いて席に着く。ショウグンはカレーうどんだった。

「へもさ」

 物を口に入れたまま喋らないで欲しい。汁が飛ぶ。

「あ、かかった? ごめん。でもさ、おかしいよねちょっと」

「なにが?」

 芳人さんの性格がおかしいのはいつものことだが、多分言いたいことはそうではないだろう。

「警察だよ。警察。なんでそういう事件が警察動かないの? ちょっと変じゃん」

 それは僕も思っていたが、詳しい理由は結局分からなかった。今度訊いてみようか。

「あー、それにしても会いたいなー。白樫芳人さん」

「やめておいたほうがいいよ。本気で」

 僕は豚肉を頬張りつつそう答えた。





 光ヶ丘駅から徒歩10分。僕のアパートから徒歩20分にその事務所はある。

「素敵な白樫探偵事務所」の扉を開けるとむわっとした熱気に襲われた。

「暑い!」

「……暑い」

 中ではぐったりとした白樫兄妹がいた。

「こんにちは」

 一応声を掛けるが反応はない。

「暑いな。因香ちゃん。なんでここクーラー利かしてないの?」

「……芳人が潰した」

 ご機嫌斜めに因香ちゃんはそっぽを向いて、奥のキッチンまで向かって行った。なにか冷たいものでも飲むのだろうか。

「芳人さん」

「あー、なにー?」

「給料ください。月末ですし、今回お金入ったでしょ?」

「…………きゅう」

 ぐったりしていた芳人さんが余計萎びたように見えた。

「労働法違反ですよこれ」

「君はアルバイトではなく親戚の子供がお手伝いに来ているという設定になっている。どうだ?」

「金を下さい」

「うぇ……」

 のったりのったり起き上がり、金庫のダイヤルを回す。

「芳人さん」

「金はこれ以上やらん」

「違いますよ。てかまだ貰ってません。そうじゃなくて、今回の事件もそうですけど、なんで警察が絡んでこないんですか?」

 僕は昼間、ショウグンと話したことを芳人さんに伝えた。

「ツグミちゃんか。是非俺も会いたいね」

「そっちじゃなくて」

「解ってるよ。この街は平和だからな。別にいいじゃねえかんなこたぁよ」

「いや、でも」

「今回のストリーキングも可愛い部類じゃねえか。むしろ楽しいね。俺としては」

「あれはさすがに引きましたよ」

 四〇代超えた裸のおっさんなんてもう二度とご免だ。

「いやいや。梢クン。君はもう少しああいう人を見習うべきだよ」

「ストリーキングをですか? 正気?」

「被ってるものを脱ぐって意味でだよ」

 一瞬虚を突かれた気がした。

 思わず苦笑いがこみ上げてくる。

「出会ったころにも言った事だけどさ、自分をさらけ出して見るってのも、案外快感なんだぜ?」

「快感、ですか」

「おうよ。ま、無理せずちょいちょいやってこうやってね。はらよ給料」

 確かに無理は良くない。か。

 こういう時、分かったようなことを言う大人が僕は大嫌いだったんだけど、芳人さんの言葉は素直に聞き入れられる。

「芳人さん」

「おう、なんだ?」

「足りませんよ。給料」

 だから僕はこのバイトを辞めないのかもしれないなと、ショウグンの会話を思い出して僕は小さく笑った。




 

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