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COUNT DOWN  作者: 有本康介
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第二話「探し人 後編」



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 頭の中に電流が走りぬけた。

 続いて襲ってくる不快感と快楽。相反しているはずの2つが織り交ぜになって、僕の体は激しい嘔吐感に見舞われる。

「ぅぐッ!」

 空いている左手で口を押えた。

 胃液が逆流しているんじゃないかという錯覚まで起き、油断したら一気にもっていかれそうだった。

 強制的に換えられた。

 そういう感覚が、確かにした。

 耐え切れず、反射的に僕は彼女の服を放してしまった。

「あっ」

 すぐに後悔した。

 彼女は僕に言ったのだ。絶対に離さないで欲しいと。

 おそるそる顔を上げると彼女は無表情に僕を眺めていた。

 約束を破られたはずなのに何も言わず、ただ僕をじっと観察していた。

「…………気にしないでいい」

 ぽそっと彼女は呟いた。

 まるでそれが決まり文句だと宣言するように。その言葉を使うの慣れてしまったかというように。

 嘘だ。

 気にしないなんて、そんなの嘘だ。

 傷ついている。人に裏切られることに慣れるわけなんてない。

 彼女にそう言ってやりたかったが今の僕にはその資格がなかった。

 先に服を放したのは僕だったから。

「…………」

 彼女は無言で席を立った。

 僕は何一つ言葉を放つことなく、立ち去る彼女の背を眺めた。

「ん、まあ、なんつーかだ」

 彼女が完全に去った後、隣に座っていた芳人さんが口を開いた。

(こずえ)クンは悪くないよ。うん、完璧に」

「いえ。約束を破ってしまいました。完全に僕の責任です」

 僕はとっくに温くなってしまい、水滴が貼りついたアイスティーを口にした。味がしない。

「理科でしなかった? 反射って体の反応。熱い薬缶とかに触ったらとっさに手離しちゃうの。体が危険だってわかったから反応したんだ。正常だよそれが」

 芳人(よしと)さんの言い分はもっともだと思う自分がいて少し情けなかった。

 仮にそうだとしても、何十人、いや、下手をしたら出会ってきた人皆にあんな反応をされたら、そして自分なら大丈夫だと、そう銘打った人間に裏切られたら、僕なら耐えられない。耐えることが、出来ない。

「考えすぎだよ梢クン。あの子はそんなに弱くない。それにそんなに考えてくれる梢クンを裏切ったとは考えないだろうさ」

「……口に出していましたか?」

「断片的にぼそぼそっとね。珍しいよ君にしては」

「……そうかもしれません」

 芳人さんは背広の内ポケットからシガレットチョコを取り出して優雅に舐めだした。

 この緊迫した空気にこの人は……。

「でも諦めませんよ僕は」

「お、何を?」

「妹さんですよ。必ず分からせてやります。能力の使い道だって善悪があるってことを。そしてそんな人間も受け入れてくれる人がいるってことを」

因香(よるか)ー。ここにストーカーがいるぞー。逃げろー」

 両手をメガホンの形にしてこの場にいない人物に警告する。真面目に話しているのにやめてくれ。

「茶化さないで下さい。それと、因香ちゃんって、なんだか似ているんです」

「俺に?」

「僕にです」

 自分の殻に閉じこもり、助けが来るのをひたすら待っていた時期。

 来るわけがない助けをひたすら待ち続けた時期。

「誰かが壊さなきゃいけないんです」

 僕と因香ちゃんが抱えている問題は全く質が異なるものだ。でも、そのやり方は同じ。

「だから僕は諦めません。なんてことはない、ただの宣言なんですけどね」

 珍しく芳人さんはぽかんと呆けていた。

 何かまずいことを言っただろうかと不安になる。

「いいんじゃない? 梢クンらしくて。俺は気に入ったよ」

 芳人さんはそう言って優しく微笑んだ。

 今までに見たことない、柔らかい笑顔だった。





 ピン…………ッポーン。

 僕は白樫家のインターフォンを鳴らした。隣に因香ちゃんがいるのだから、鍵を使って開けてもらえばすむ話なのだが、運悪く家に鍵を置き忘れてきたそうだ。

 出ない。

 僕は左手に付けた腕時計を見た。大体2分くらい経過していた。

「因香ちゃん。芳人さんって出るときには家にいたんだよね?」

 因香ちゃんは黙って頷いた。

 なるほど。つまり居留守を使っているっぽいな。

 強硬手段にでるか。

「因香ちゃん。ちょっとこの家の家電話に掛けてくれない?」

 その言葉で僕が何をしたいか理解したようで、因香ちゃんはいそいそと携帯電話を取り出した。

「よーしーとくーん。あーそーぼー」

 僕は右手で芳人さんの携帯にコールし、左手でドアを叩く。因香ちゃんは左手で携帯電話を操作しながらインターフォンを押し続ける。

 近所迷惑甚だしいがこの時間帯ならまだ学生は部活、主婦は買い物にいっているだろう。

 ピンポン、ぴんぽん、どんどん、ドンドン、ルルルルル、るるるるる、ぴ、ぴ、ぴ、ぴ、どんピンぽールルルルル――

「うるせえええええええええええええ!!!」

 芳人さんが涙を流しながら扉を開け出てきた。

 居留守なんて使うからだ。

 次回からは強硬手段は使わないように願いたいものである。



「ふぅん、捜索願いねぇ」

 芳人さんはパンツ一丁でソファの上に足を組んで僕の話を聞いた。服装については「暑い」の一言が理由だそうだ。

「えぇ。どうです?」

 僕は今回の依頼までの経緯を話し、芳人さんに確認をとる。忘れがちだが芳人さんがこの仕事の主だからだ。

「もっちーさんかぁ。俺あの人苦手なんだよねえぇ」

「僕としては話を聞いた以上協力してみたいと思っているんですが」

 茂木さんの仕事の依頼は人探し。

 この街のどこかに居る棗城さんという名字の人を探し出して欲しいという。


棗城(なつめじょう)? 変わった名前ですね。どういった関係なんですか?』

『ごめん。ちょっと話せない。だけどとても重要なの。お願いできない? 報酬は弾むから』

『警察に相談しては?』

『うーん。なんとなーく、この街の警察って信用ならないのよねぇ』

『芳人さんよりですか?』

『白樫よりねー』


 という会話があった。

「棗城? はて、どっかで聞いた名だなぁ……」

 芳人さんは右親指でくいっと顎をしゃくって何かを思い出そうと頭を捻る。

「有名なんですか?」

「どうだったかな、待ってくれ、受ける受けないはともかくどうもすっきりしねえ。こう、微妙に脳に引っかかった状態って一番悪いんだよ。【電話帳】で調べてみるから待っといて」

 芳人さんはぱしんと膝を叩いて立ち上がり、そのまま隣の部屋まで移動していった。それと入れ替わりに因香ちゃんがひょこんと顔を出す。

「……お茶」

「リプトンをボトルで出されても対処に困るけど、ありがとう。因香ちゃん今まで何してたの?」

 五〇〇ミリリットルのペットボトルを受け取って、帰ってきてから姿を消していた理由を尋ねた。

「……宿題してた」

「あー、そっか。もうすぐ夏休みだよね」

 僕の言葉にこくりと頷く。

 彼女が通う学校、凌雲高校は3年になると、夏休みの課題と受験に向けての特別課題が出るらしい。早い時期から夏休みの課題の範囲は伝えられるので、先にそれを片づけていたのだろう。模範的な生徒だ。

「……ヨシトは?」

 口を耳元まで近づけて尋ねる。やはり慣れない。

「【電話帳】で調べに行ったよ。なんだかんだ言って依頼、受けるみたい」

「……そう」

 【電話帳】とは芳人さんが仕事をするときに使うその道の人たちが集う連絡網のことである。

 あらゆる職のプロフェッショナルを束ねたもので、どんな調べ物もこれにかかれば一発とは芳人さんの談。

 僕もときどき電話を受けるときに芳人さん宛に【電話帳】の人から依頼を受けることがある。これについてはギブアンドテイクだとも言っていた。

「あー、分かったぞー。棗城って人の居場所ー」

 気だるそうに芳人さんは戻ってきた。

「なんだ因香。俺の分の茶はないのか?」

「……買ってない」

「あの、俺一応この家の家主なんだけど?」

「…………」

「なんで黙るの!? え、なんか間違ってるか俺!?」

「んん!」

 僕は咳払いをした。話を続けてもらおうじゃないか。

「あぁ、そうだったな。棗城って名字は珍しいからな。割と早く見つかったよ」

 その割には芳人さん顔色は優れない。なんだろうと疑問に思った。

「亡くなってたよ。2年も前にな。もうこの世にゃいねえ」

「……そう、ですか」

 こういうことはよくあることだ。

 人探しこそ今回が久し振りだが、物探しやペット探し、失くし物がすでに壊れていたり死んでいたり、見つけてもそういうことはざらにあった。

「あぁぁぁぁ、なんか気分がムシャクシャすんぜ! へい因香! いっちょう格ゲーで青春の汗を流すか!」

「……手汗の青春?」

 どこかピントのずれた回答を耳に僕は思った。

 世の中ままならないなぁ、と。




「そっか、まあ仕方がないよね」

 次の日、僕は茂木さんと2人、ファミリーレストランで落ちあって話をしていた。さすがに【ゲキアン】でこの事を伝えるには憚られたからだ。

「茂木さん、あの……」

「もっちーさんでいいよ。いいんだ、あんまり気にしてない。実はそうなんじゃないかなーって思ってたし」

 事実を知った茂木さんの表情はやはり硬かった。それでも気にしてないと言う。

「この前言ったよね? なんでアタシが作る弁当が旨いかって」

 そう言えばそんな話をした覚えもあったなと僕は思い出した。しかしなんでまたこの時に?

「白樫のとこで働いてるから多分耐性あるかなーって思って言っちゃうとさ、私超能力者なんだわ」

「え?」

 僕は驚いたが同時に納得した。そういうことか。

「いつだったか覚えてないけどさ、ちっちゃい頃。ほんと物覚えがついた時には持ってたんだよね」

 茂木さんは淡々と語っていった。

「『人に合わす』能力だって気がついたのは中学の時くらいかな。アタシってそん時すっごく空気が読めるやつっていうか、あんまり人と衝突したことがなかったのよ。なんていうのかな、感覚的に解かっちゃうって言うか、『あぁ、こうしたらこの人は怒るだろうから自分はこうしなきゃ』って。でもそんなこと気づいてなかったの。だって気づくわけないじゃない、普通に空気読むやつとか多いしさ、まあこの能力のお陰で女子の人間関係的には助かったところも多いんだけどね」

「でも気づいたんですよね? 自分が変だって」

 僕は相槌を打った。

「調理実習の時だった。アタシが作った、っていうかアタシの班が作ったなんだけど、それがさ、やたら上手にいったっていうか、まあ旨くいったわけよ。でも変だったの。自分が食べても特別おいしく感じなかったから」

 『人に合わす』ということは裏を返せば自分を出さないということ。だから皆と同じ感想が言えなかった。

「私自分の舌がおかしくなっちゃったのかなーって思って病院行こうとも考えたんだけど、結局やめちゃった。面倒だったし、何より自分が異常だって気付くのが怖かったから。で、そんな不安を抱えたまま学校行ってたらやっぱうわの空になっちゃうのよ。友達とのおしゃべりもおざなりになっちゃうし、遊んでても面白くないから付き合いも悪くなっちゃったしね。そうしたらちょっと友達関係微妙になっちゃった。元々アタシのこと気に入らない子ってのがグループにいて、まあそんな感じで」

 後半はぼかして答えたが僕には分かった。つまりは苛められたのだ。僕も最近まで高校生だったからよくわかる。女子社会の苛めは傍から見ててもきついものがある。

「学校行く気も起こらなくなってさ、ある日ぷらーっと出かけたの。学校の制服着たまま朝に」

 ここで入店した時に注文した料理が運ばれてきた。

「おー、なんとも体に悪そうな食い物だ」

「ですね。ほとんど冷凍物に熱を加えているだけらしいですよ。こういう店って」

「へえ成程ね」

 僕たちはくだらない世間話挟みながら料理を食べた。

「さっきの話の続き。それでアタシは死んじゃおっかなーと軽い気持ちでぷらぷらしてたのよ。ほら、この辺川多いじゃん? 適当に溺れてやろうかって」

「そんな明るく話されても……」

「……止められたんだ。後ろからこうガバーっとね」

 一瞬なんのことか分からなかったが、誰かに突然自殺を阻止されたということらしい。

 茂木さんは自分の両手で体を包み込むようなジェスチャーをした。

「抵抗するのもしんどかったかったから「やめろー」ってぼそぼそって言ったと思う。声が小さくて相手は聞こえなかったのかな、さらに力を込めて引っ張るんだよね。アタシなんだか無性に腹立ってね、「やめろ!」って大声だしちゃったの。したら泣いちゃった。自分でもなんでか分からないくらいにわんわん泣いちゃったの。相手はポカーンって顔してた。なになに、いきなりなんで泣くわけこの娘は、って顔してたんだけど、急に何を思ったのかそいつ抱きついてきたわけよ。もう外国人張りに」

「なかなか行動力のある人ですね」

「始めて見るタイプだったね」

 コーヒーの入ったカップを持ち上げて茂木さんは一口啜った。

「不思議と落ち着いたんだ。初めて人に触れたような気がした。気づけばアタシは自分の悩みをその人にぶちまけてた」

 自分の体が変かもしれないということ。

 友達と上手くいっていないこと。

「『それは超能力だよ』ってその人は言った。普段のアタシなら絶対信じなかったと思うけどそん時は「ああ、そうかも」って変に納得しちゃったの」

「納得したんですか?」

「納得したの。相手が若いくせに堅物眼鏡っぽい外見してたからね。なんか妙な説得力があったの」

 話が終点に向かっていく気がした。茂木さんの口調が先ほどとは違い明るくなっていったからだ。

「その人にとっちゃ適当に言った一言かもしれない。でもその言葉にどれほど救われたかって、ね。でもそれ言われた瞬間恥ずかしくなっちゃって。何人前でこんな話してんだ自分! みたいな。顔真っ赤になっちゃって。逃げちゃった。その人の名前訊いてその場から」

「えぇぇ……」

 いろいろと締まらない終わり方だった。

「じゃあ、その人の名前が」

「そう、棗城。棗城俊作って名前。忘れたことなんて一度もない名前」

 店員が来て僕らの食べ終わった食器を片づけた。

「いつかお礼を言おうって。そう思ってたんだけどもう死んじゃった、か」

 店内に設置された掛け時計をちらりと見る。もういい時間だ。

「もっちーさん。そろそろ出ましょうか」

「そうだね。ってそだ、はいこれ」

 茂木さんは茶封筒を鞄の中から差し出した。

「なんです? これ」

「報酬。受け取って」

「要りませんよ」

 僕はきっぱりと断った。

「芳人さんの伝達です。『依頼は人探し。でも見つかってねんだから失敗だっての。だから謝礼はいらん。いつか弁当奢れ』だそうです」

「ふうん。なんか白樫らしいなあ。じゃあそういうことにしとくか」

 茂木さんはそれを鞄にしまい込んだ。

 それよりも気になっていたことがある。

「最後にいくつかいいですか?」

「ん、いいよ。なに?」

「棗城さんは超能力者だったんですか?」

「いやどうだろ、違うと思うけど。少なくともそんな感じはしなかったかな」 

「じゃあ、仮に超能力者じゃなくても、超能力者を受け入れることって、出来ると思いますか?」

「……できるよ」

 茂木さんは断言した。

「少なくとも君なら、出来ると思う」

 僕の意図不明な質問に対して真摯に答えた。

「ありがとうございました」

 僕の中の何かが、ゆっくりと溶けた気がした。





 アパートに帰ると芳人さんの姿はなく、因香ちゃんがテレビを見ていた。恐らく芳人さんは事務所のほうにでも顔を出しているのだろう。

 僕に気づいたのか、因香ちゃんはぽそっと「……おかえり」と言った。

 どくんと、心臓が脈打った。

 『できるよ』

 茂木さんは言った。

 あんな話をした後だ。好機は逃すな。今しかない。

 僕は深呼吸して因香ちゃんに近づく。 

 腹を括れ。

「因香ちゃん」

「……何?」

「手、握っていい?」

「…………」

 手を握る。

 彼女の体に触る。

 出会ったころ。体ではなく服の上からでも、僕は因香ちゃんの能力に思わず拒絶の色を示した。

 彼女の力に耐えきれなかった。

 あの頃を、払拭したい。

 今なら違う結果を出せる気がする。

「……もう少し」

「え?」

 画面から目を落とし、因香ちゃんは告げた。

「……もう少し、待って」

 時間はかかりそうだけど、僕も出会ったことのない棗城という人のように、因香ちゃんを受け止められる日が来るのだろうか。

 わからない。が、そんな未来がそう遠くないと、僕は節に願うのだった。


 

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