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第8節 昼の出来事

 12時30分になると私たちのチームは昼休みとなった。コンダクターはチームごとに少しずつ休憩時間が異なっていて、今日の私たちのチームは12時30分休み。私たちのチームは揃ってロッカールームへと向かい、チーム内最年長の島田さんは「コンビニ行ってくるね」と言い残して外出していき、残りのメンバーは休憩室へと向かった。


 大きなガラス窓のある明るくて広々とした休憩室では各セクションの人たちが談話をしながらすでに昼食をとっていた。各セクションと言っても、私たち以外のコンダクターが10人弱と、あとはガイドとアフターの人たちが5、6人。そのガイドかアフターの人たちの男性が賑やかにしている。私は全くガイドとアフターの人たちとは話をしたことがないので名前はもちろん知らない。


 でも、その中にいるあの男の子の名前は知りたい気持ちでいつも私は見ていた。


 ――これは誰にも話したことがないけれど、私はいつからかこの休憩室で目にした男の子に興味を持ってしまっていた。それからはセンタールームの仕切り越しに時々目をガイドセクションに向けてチラ見してしまっている。でもこれは好きだとかいう感情ではなくて、なんか興味が。そう単純に興味が。

 その男の子――そもそも男の子という言い方は成人男性には失礼かもしれない。でも私よりは若いことは間違いないと思う。少し切れ長の目に高い鼻、そして男性的ではない白くつるんとした肌にサラサラの黒髪は羨ましさを感じるくらい。美形とまでは言わないけれど目を引いてしまう外見。でも興味が湧くのはその外見からではなくて、その子の発する全体的な雰囲気。どこか冷淡な感じがするんだけれど、それは人間性の冷たさではなくて、なんて言うのか初秋に吹く少しひんやりする心地の良い冷たさ……ちょっと違うかなぁ、何か不思議な、惹きつける冷たさ、神秘的って言ったら大袈裟かも知れないけれど、なんだかそんな彼の雰囲気に目がいつも行ってしまう。

 

 私はその男の子を視界の端に入れながらもチームの人たちと座る場所を探していると、何やらその男の子に対して太っちょな男の人が拝んでいる姿が見えた。何があったんだろ? 男の子は両手を男の人に小さく振りそのまま外へ出て行った。私は男の子がどこへ行ったのかな? あの拝んでいた男の人はどういう人かな? といつも以上に興味が湧いた。同じ職場でありながらも全く知らない人たち。

「雪村さん。こっちこっち」

 私はついうっかりあちらに気が行ってしまっていて立ち止っていた。

「うん」

 あわてて私は野々宮さんに返事を返し席に着いた。


 私たちは休憩室のマルチスクリーンに映るバラエティー番組に出ているタレントのことや番組の間に流れるCMのことやら世間話をしながらご飯を食べていた。そしてしばらくすると島田さんが何やら誰かと話をしながら休憩室に入ってくるのが見えた。

(あれ? 島田さん、あの子としゃべってる……知り合いなの?)

 島田さんはあの男の子と話をしていたのだ。その時私は島田さんが羨ましく思うと同時に、なんだか少し腹が立った。そして島田さんは男の子に小さく手を振って別れこちらへ歩いてきた。

「雪村さん、これこれ、おニューよ。あとで一緒に食べようよ」

 島田さんは動き軽やかに椅子に腰かけ、私にコンビニ袋から取り出したプリンと小さなケーキの説明をしてくれた。デザート好きの島田さんはいつも新商品を見つけるとまとめて買ってきて品評会みたいなことを始める。いつもの私なら島田さんと一緒になってパッケージのデザインから香りや味にあれこれ言って盛り上がるはずだけれど、今日はそんなデザートの話よりもあの男の子のことが聞きたくて仕方なかった。

「あら、雪村さんどうしたの? なんか反応悪いんじゃない?」

「え? あ、そうですか? そんなことないですよぉ」

 私は不器用な返事をしてしまったなぁ。上手く誤魔化すのがホントに不得意な私は、そう言ったあとには頭をポリポリとまで搔いてしまった……。

 そこで私はどうせ不自然な反応しちゃったんだからと思い、吹っ切って素直に聞いてみることにした。

「あのぉ、ちょっと聞きますけれど、今さっき男の人としゃべってたじゃないですか? あの人って……?」

「ああ、さっきの子ね。ガイドやってる橘くん。コンビニに行ったら彼がいてね。で、ちょっと興味で話しかけちゃった」

 そう言って島田さんは頭を左右にゆらゆらと揺らし満面の笑みを浮かべている。

「ガイドとアフターの人達ってあまり私たちと関わらないじゃない? っていうか、私達側が実際距離置いちゃってるでしょ? で、一度どんなんかなぁなんて思ってさ。で、あの子、よくお昼に見かけてたけれど、なんかあの子って独特な雰囲気出してない? なんていうか、ちょっとクールな感じでどことなく神秘的? って言ったらオーバーかもしれないけれど何かオーラみたいなもの感じない? 私の様な中年女のハートをくすぐってくれるような」と語る島田さんは自分の言った言葉に笑った。そして島田さんの話は続く。

「やっぱり人って見かけじゃないわよね。話しかけてみると、思ってた以上に普通に喋ってくれてね。私、もっとツンっとして冷たくあしらわれるかと思ってたわ。特にこんなおばさんじゃさ」

 島田さんはそう言ってオーバーアクションで手を叩き大きな口を開けて声のない笑いをした。随分と嬉しそう。私は島田さんが羨ましく、そして少し憎いなんて感情が私の中に沸いた。それは(おばさんは図々しく恥じらいがなくて羨ましいわね)なんていう悪態を頭の中の私がついてしまうレベル……

 そこへ私の隣にいた野々宮さんが島田さんの買ってきたデザートを品定めする手を止めて言った。

「実際ガイドってキツイ仕事ですよね。大きな声で言えないですけど、結局『死に方』を教えてるんでしょ?」

 野々宮さんの言葉に、同じチームで唯一の男性で立ち上げ当初からいたリーダーの林さんが低いトーンで言った

「そうだね。しかもコンダクターのように人がいない分、ほとんどのビジターを担当するわけだしね。だから精神的にキツいみたいでガイドはなかなか長続きしなくて入れ替わりが激しいからガイドの募集はいつでもやってるよ。アフターもだけどね」

 林さんの言葉に野々宮さんが返す。

「私たちは専門的なことは外に振れるからまだいいよね」

そして島田さんは「絶対私には無理だわ。頭おかしくなっちゃうよ、絶対」と口にしながらコンビニで買ってきたサンドウィッチを口にしていた。

 そんなやりとりを聞きながらも私はガイドの仕事をしているあの男の子のことが気になり少しでも知りたいと思った。そこで私は林さんに繋がりがないものかと僅かな期待を込めて聞いてみた。

「林さんもガイドとかアフターの人とは付き合いないんですか?」

「そうだね。僕はここの立ち上げからいるけれど、ないね。そうそう、あそこに座っている細身の男の子と隣にいる太った人はね、立ち上げ当初からいたよ。ただ、レクチャーはコンダクターとは別だからね。一度も話したことないんだ」

「そうなんですかぁ……そうですよね。ガイドとアフターは直接ビジターの対応ですから関係しているでしょうけど、私たちはビジターとなる前にケアする内容ですもんね」

 私の僅かな期待は一瞬にして払い消された。

(ああ、私におばさんパワーがあればなぁ……)

 そんな私の思いが聞こえたのかどうか分からないけど、私の代わりに島田さんが素晴らしい提案をしてくれた。

「あっ、そうだ。来月の飲み会にさ、誘っちゃえば?」

 そうか! その手があるじゃない! 私の心は軽いタップダンスを始めた。

「でも、来るかなぁ。実は開所した年に一度そういう話あってさ。たしか忘年会やろうかって話が。でもガイドは誰も来なかったんだよね。実際、その時いたガイドでいま残っているのは彼だけだけどね」

 林さんはいとも簡単に私の心のタップダンスを止めさせた。

(そ、そんなぁ……)

 私はここでしゃしゃり出て「いや、ぜひやりましょう!」なんて言えない自分の性格を恨んだ。だって言えないのよ私は……

「でも、メンバーが変わってるんだし、今こうして話が浮上してきたのも何か縁みたいなものよ」

 島田さんの言葉に私の心にはスポットライトが浴びせられ、再びタップダンスを始めた。

「そうだね。あれからもう3年くらい経ってるしなぁ。一度幹事に話してみるわ」

 その林さんの返事に心のタップダンスは最高潮に達し、会場からは盛大な拍手が聞こえる。

(素晴らしい!)

 しかし私は自分の異常なはしゃぐ気持ちを隠すべく、ただ黙って話を聞くことで平静を精一杯装った。

 島田さん、さっきはおばさんなんて言ってゴメンナサイ。あなたは私の女神です。

 ただそう思って島田さんのおばさんパワーに感謝するだけだった。まだあの男の子が来るわけでも何でもないのにね。

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