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第6節 コンダクターの仕事1

 受付番号 AIC(01)EIG01-B00084A

「はい、ライフ・ケア・ステーション、悠久乃森です」

『ああー、どうも』

 緩く低い男性の声の自殺希望者。ID接続無しの場合、相手の身分がはっきりしないので慎重な対応が必要。

「こちらで永眠を希望されているようですが、まず動機などをお話ししていただけませんでしょうか?」

『うーん……なんでだろうか……? まずは私としては貴方のお名前が知りたいのですが』

「雪村と申します。もし可能でしたらID接続して頂けると助かるのですが」

『うえ! これIDやらなきゃ電話しちゃいけないの?』

「いえ、それはないですが、接続して頂いた方が色々とお話がスムースに進みますので」

『大丈夫なの? プライバシーとか?』

 この男性の口調はどことなくベトっとした印象で、私は嫌悪感を抱いた。

「それはもちろん、プライバシーの保護は万全です。すべては暗号化されてますから外部への漏えいは心配いりません」

『お姉さんが私の情報をなんとかしちゃうとか、大丈夫?』

「それはもちろん大丈夫です。そんなことしたら私が罰せられます」

『ふーん、そっか。へへへ』

 なにが「へへへ」なんだろう。ホント感じ悪い。必ず毎日この手の雰囲気の電話は数件ある。できれば早く終わらせたいよ。

「ID接続できるようでしたらお願いしたいのですが」

『うん、ちょっと待って。今手元にID無いものだから。で、そちらで自殺ができるんですよね?』

「永眠は一定の条件を満たさないと許可されません」

『へへへ。その「されません」ってところすっごくいいね。お姉さんの声、すっごい良いよね』

 また声を褒められた……けどさっき男の子とは大違い。こんな嫌な感じの人に言われてもただムカつくだけ。それでもこちらは対応を変えるわけにはいかないからツライ。これは完全にサービス業です。

「どうもありがとうございます。それで今回お電話を頂いた理由をお尋ねしたいのですが」

『……』

「もしもし?」

『……』

「もしもし?」

『……ん……』

 すごい嫌な予感。いやいや予感じゃない。コンピューターも少し前から警戒“要”の文字を点滅させて私に注意を促していた。

 私のイヤホンに不快な息遣いが聞こえる。私はすぐさま『逆探知許可申請』を所長宛てに出しもう少し耐える。

「もしもし? どうなさいましたか? 聞こえますか?」

『ん? あ……ちょっと……もう少し……』

 何がもう少しなんだよ、もうっ。私はイヤーセットホンを少し耳からずらし、相手の声があまり聞こえないようにした。

『逆探知許可申請』を出すと、所長クラスの方でこの会話記録を聞き逆探知許可が下りれば逆探知をして相手へ警告を促すことができる。そして逆探知リストに掲載され、以後同じ所からの電話は警戒マークが付く。二度目も同様のことがあれば即警察行きとなる。

 私はあえて少し黙ってみた。本当に必要な電話なら相手がそれなりの対応をしてくれる。しかし、今回の相手はやっぱりハズレでした。しばらく不快な音が漏れてきて、少しすると『お、お姉さん……ごめんね……もうちょっと……もうちょっとでいいからそのキレイな声を……』と最低最悪の声が私の耳から離れたイヤホンから漏れてきた。と同時にパソコンのモニターには“逆探知”の文字が表れ逆探知が始まったことを知らせてくれた。逆探知が始まると私との回線は自動で切れ、相手にはその旨を伝えるメッセージが流れる。大抵はそこですぐ相手は電話を切ってしまい完全な逆探知はできないらしい。私としてはもっと厳しくするべきだと思うのだけど、プライバシー問題もあり警告を与えるだけで十分の効果があるとしてこのような形で落ち着いている。野々宮さんは変態にプライバシーはいらないと会議で発言していたけれど、私も同感。


 受付番号 AIC(01)EIG01-B00140B

「はい、ライフ・ケア・ステーション、悠久乃森です」

『あぁー、やっと繋がったよ。とにかく助けてください! もうどうしていいか解らず首を吊ってしまおうかとか色々考えてたらここを知ったもんで。もう、死なせてくれるんなら死なせてくれ!』

 開口一番、早口で喋る男性の言葉が私の耳を突いた。

「どうされましたか? 落ち着いてお話しください」

『お、落ち着いてって。もう時間ないし、どうしたらいいのか。いや実はヤミ金に多額の借金をしてしまって……か、かなりヤバいんでなんとかなりませんか?』

「お住まい近くの専属弁護士への連絡となりますのですぐこの後弁護士とお話し……」

 電話の男性は私の声を大声で遮った。

『もう時間が無いって言ってるでしょ! ひとまず100万でいいんですよ。なんとか用意できればなんとかなるんですって! そうしたらこっちでなんとかしますから!』

「落ち着いてください。色々ご心配があるかと思いますが、ここでは直接お金の都合をつけるなどの対処は出来ませんので」

『じゃあ何してくれるって言うの? 金が無いから自殺しろって言うのか? オマエたちは? なんだ、あいつらと変わらないじゃないか!』

 男性は逆上した様子で怒鳴った。それでも何処か何かに怯えているような震えた声に私には聞こえた。

 このような会話も毎日ある。最初は怖くて仕方なかったけれど今では私も随分と落ち着いて対処できるようになった。自分でも驚くくらい。

「いえ、そのようなことは致しません。大丈夫です。こちらではお話の内容に合わせて適切な弁護士へと取り次ぎます。必ずしもその支払いの義務があるとは限りませんし。まずはお名前から確認させてください」

『本当か? 後で弁護士料とか言って多額の、せ、請求をしてくるんじゃないんか?』

「いえ、その点についてもきちんとご説明いたしますのでお名前からお願いします」

『本当かよ? 代わりに命差し出せ言うんじゃないだろうなぁ』

「そのような事は絶対ありません」

 やっぱりここ、悠久乃森は自滅支援事業と言われているだけあってこの男性のような疑いを持って電話をしてくる人は多い。

『鏡、鏡宏樹です』

「現在のお住まいは住民票登録にある北名古屋市で合っていますか?」

『はい』

『おいおい、オッサン。電話する余裕あるんだったら金は用意できてんだろ?』

 突如、私の耳に鏡さんとは違う男性のだみ声が聞こえた。脅しに来た人だってことはすぐわかる。これは本当にコンダクターとして始めた当初は怖くて怖くて仕方なかった。こんな状況に自分も立ち会っているんだと思うと声を震わせ、すぐ先輩にとかに救助を求めていた。冷静に対応できるようになったのは実務に入って一年ぐらい経ってからだと思う。

『ちょ、ちょっと。ちょっと待ってもらえませんか? い、今、都合をつけられそうなんで。それでででデンワを……』

 電話の向こうで続いている恐ろしいやりとり。私は即座にこの鏡さんの家へ警察の出動要請を入れた。電話はすべて録音と同時に所長を始めとした管理職クラスの人たちが常にモニタリングしている。脅迫行為に対する警察への連絡対応スムースなので今では私も慣れもあって落ち着いて対応できる。後は警察官にすべてを任せ次の電話をすぐ取らなくてはいけない。

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