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第5節 コンダクター雪村こころ

「きゃー、やばい、やばい。遅刻しちゃうよー」

 朝のリニモ(リニアモーターシステム車両による交通機関)は相変わらずパンパンの満員で、私はうじゃうじゃいるサラリーマンや学生を押しのけてリニモから抜け出ると湿気がひどい曇り空の下、私はハンドタオルで汗を拭きながら早足で駅から悠久乃森(ゆうきゅうのもり)へと向かう。そしてなんとか時間内に入所できた。

 

 今日から7月。もう夏です。外はホント蒸し暑くて辛い。ステーションへ入った時は「わぁ涼しいっ!」って思ったけどすぐに慣れて汗ばむ。でもそれは私が焦っているせいだから?

 更衣室に入ると始業時間ぎりぎりを物語るかのごとく静まり返っていて私が作る物音だけが響き渡る。私は急いでロッカーへショルダーバッグを入れ、お気に入りの苺のシールを貼り付けた(わたし)用のイヤーセットマイクを付けセンタールームへ駆け込んだ。

「おはようございます……」

 私はかなり遠慮気味に挨拶をしながらセンタールームにあるコンダクターセクションへと入る。そして、急いで自分のデスクへ着くと同時にデスク一体型パソコンを起動させる。そんな私を隣の席にいる同期で同い年の野々宮さんが笑い顔で言った。

「もーにん。今日はマジぎりぎりだったじゃん」

「もーにん。今日はリニモ脱出に手間取っちゃってさあ。扉近くにいたんだけど後ろにいたおじさんがなーんか嫌な感じでさあ。耐えられなさそうな気がしたから奥の方に逃げたんだよね」

「何、どんなおじさん? エロそーな?」

「なんか、やたらと大げさな息づかいでさあ。ちょうど私の頭の上あたりだったから気になって。しかも口臭ひどかったし」

「きやーっ、ただでさえ暑いのに。ツイてないねえ」

 野々村さんは私の話にカラカラと笑いながら答えた。そんなついてない私はまだ体に熱を持った感じでじんわりと汗が出てきて仕方がなく、左手でパタパタと顔へ風を無理やり送り続ける。

 汗が引ききらないうちに始業5分前のチャイムがイヤホンに鳴り響き、部屋の中央にある監視デスクに木下所長が現れた。スタッフは一斉に所長を注目。

『みなさん、おはようございます。今日はこのあと9時10分頃からですが、病院からのビジターが9名来ます。病院名とビジター名、そして個々の入りの時間は予定表の通りです。ガイドへはいつも通りに山本副所長から案内入れるので対応をよろしくお願いします。アフターは部屋の準備をお願いします。それでは今日も一日、適切で心ある対応をよろしくお願いします』

 木下所長の朝の挨拶。私の立場では直接所長と話すことはまずない。落ち着いた雰囲気とその口調は所内の女性からは定評があって、服のセンスも良くスマートな体型に半袖のドレスシャツも良く似合う。どんな時も冷静沈着、そして的確な指示。上司としてはバッチリ。最近聞いた話では奥さんは有名なフードコーディネーターらしい。そういえばまだ奥さんのやってるサイトをチェックしてなかった。今夜にでも見てみよう。そろそろ料理を覚えなくては……なんて、考えていたら始業時間の9時となり、パソコンのモニターにはさっそく電話が入っていることを知らせる表示が点滅してアピールしている。私の一日はここからが本番です。がんばりましょう。


受付番号 AIC(01)EIG01-B000016A

「はい、ライフ・ケア・ステーション、悠久乃森です」

『そこで自殺できるんだよね?』

 今日一番、いきなりの言葉。だけど毎日聞く言葉〈自殺できる?〉。毎日聞いていてもこの言葉には慣れることなく、聞くたびに胸がビクリとしてしまう。

「しかし、すぐにと言うわけではありません。一通りお話をお聞きしてその内容にあわせた対処をさせていただきます」と、私は決まり文句を言った。

『あー、そうなんですか……オレ、今死にたいんだよね……』

声のトーンからしてずいぶんと若い。少年という感じ。コンピューターも声紋解析で10~13才の男性と判定している。

「まずは、なぜそう思うのか話を聞かせてください。何か悩み事などがあると思うんですが」

『うん? いやあ、別に大した悩みなんて無いよ。あえて言えば悩みがないのが悩み? っちゅうーか、この先このまま生きてどうしようかって感じなんだよね』

 少年は軽く友達にでも言うように応えた。

「あの、ごめんなさい、年齢を教えて頂けませんか? ID接続されてないですよね?」

『え? 年なんて関係あるのかよ?』

「はい。年齢によって色々と話も変わりますし、声の感じからすると随分と若い気がするけれど」

『お姉さん、なかなか鋭いなぁ。やっぱ分かる? とりあえず正直に答えとくよ。義務教育期間中』

 そのしゃべり方とトーン、そしてコンピューターの判断から中学生くらいと判ってたけど、あえて上の感じで聞いてみる。

「義務教育期間中かぁ。17くらいかな?」

『ええー! それはナイショだよ』

「内緒だなんて、いいじゃないそれぐらい。学校は行ってないの?」

 最初の決まり通りの丁寧語から軽く友達風に口調を変えた私。

『うーん、まあ、ぼちぼち。今日はとりあえずここに電話してから考えようかと思って』

「考えるっていうのは……自殺?」

『まあ、そんなところかな。なんかねぇ、学校ってしょうもないんだよね』

「先生に気に入らないのがいるとか?」

『先生はねぇ……別にぃって感じだね。なんかねぇ、みんな馬鹿なんだよね。教育プログラム通りに仕込まれてそれをトレースして仕込んでくるんだよね。邪魔くさくてさあ。それで俺らにどうしろって言うだろ?』

 この義務教育期間中という彼、男の子はそう言い終わると大きなため息をついた。私は自分がその教育に不満を持つことなく受け入れここまで来た。作られた自分なんて意識してないし、今それを聞かせれてもそんなことは思わないけれど、すでにそんなことを考えながら生きているこの子はすごいと率直に思った。そんなすごい彼にこんな私が何を言えるのだろう。そう思ってしまった私は男の子との会話の中に一瞬の空白を作った。そして理屈など考えることもなく答える。

「すごいなあ。そんなことまで考えて学校行ってるんだ。私はあなたの言うとおりの教育を受けてきてこの通りよ」

 そう言ってクスクスと笑ってみせた。ただ素直に私が思ったことを言っただけのこと。私たちの役目はビジターとならないためにその方向へと導くこと。でも彼のような未成年はここでは受け入れないから、最終的には話を聞いてその後は専門のカウンセラーを紹介することになる。

『楽しい?』

「え?」

『お姉さんは毎日こんな話を聞いたりしてさぁ。楽しい?』

「ええーっ……うーん、別に楽しいことは無いかも。やっぱり友達とおしゃべりしてる方が楽しいわね」

『ああー、なるほどね。なんで女っておしゃべりなんだ? なんか暇さえあれば何かしゃべってるよな。うるせえ、うるせえ』

「うーん、何でだろうね。おしゃべりはダメ?」

『ダメじゃないけど。そんなに楽しいか?』

「楽しいよぉ。別に深い意味なんか無くたってさ、自分の持ってる情報を話したり逆に聞いたりとかさ。あと、悩み事を聞いてもらったり、聞いたりって感じで」

『それが楽しいのか? ただしゃべってるだけじゃ何も解決しないじゃないか。そんなの時間の無駄だよ、お姉さん』

「そんなことないよ。なんでもすべてを解決しなくたっていいの。急いですべてを解決なんてできないことの方が多いのよ。悩みでも何でも人と共有することで色んなことが見えてきたり、理解できたりするのよ」

『ええー、そうなのかなぁ……』

「まだ若いのにそんな時間の無駄だなんて考えなくてもいいじゃん。もっと自由に考えて行動したっていいと思うけどな」

 男の子は少しだけ沈黙した。つい気軽に私は思ったことを口にしすぎたかも……急いで時間の空間を埋めるように私は続ける。

「ごめんね、なんかうるさいこと……」

『お姉さん気にしないで』

 男の子は私の言葉を遮って言った。気遣ってくれているのかな? 大人の私が子供に気を使ってもらっちゃって……困ったものです。

『なんかお姉さんと話してたら、いつのまにか自分が奴らに言われたことに従った考えかたをしてる気がしてきた。だよな。お姉さんの言うとおりもっと自由でいいんだよな』

 男の子から随分とはいしゃでいるかのような調子の空気が私の耳元へと伝わる。

『お姉さん、今日はありがとう。なんか今日はちょっと学校に行きたくなった。ぶらりと行ってくるわ』

 男の子の声が声高らかにイヤホンに響く。そして男の子は私に気恥ずかしくなる言葉を残してあっさり電話を切った。

『お姉さんの声、キレイだね』


「雪村さん、何ニヤニヤしてるの?」

「へ?」

 野々宮さんは私の顔をのぞき見るようにして小声で聞いてきた。

「え? 私、ニヤニヤしてた? ウソだー」

 私はそんなニヤニヤ顔していたんだ。野々宮さんにそう指摘されて、とたんに意識してしまい、なんだか動悸までもが……

「ここの電話でそんなニヤニヤできる話なんかある?」

「なんかねぇ、まだ未成年の男の子からだったんだけど、電話の最後に“お姉さんの声、キレイだね”なんて言われてつい……」

「もう雪村さんはカワイイなあ。そんな子供に言われて照れるなんてさあ」

「だって、そんなこと未だかつて言われたことないからつい……」

 野々宮さんの言うとおりで子供に言われて照れてる私は情けない。

 すると、そんな私たちのやりとりを遮る音が聞こえた。音の方に目をやると私の正面に座るチームリーダーの林さんが私のモニターを指でコツコツ叩いていた。そして林さんはマイクで相手と話しながらも右手で受話器を持つジェスチャーをして私たちに“仕事をしなさい”と眼で訴えてきた。私と野々村さんは林さんに軽く頭を下げ、目を合わせて笑った。

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